「ねえお兄ちゃん? まいはらさん、今日もいつもと変わらなかった?」

 バイトから帰ってきて俺が遅めの晩ご飯を食べていると、目の前で受験勉強をするが唐突にそんなことを聞いてきた。

「ん? まあ、いつも通りしっちゃかめっちゃかで──」

「いや仕事の話じゃなくて。舞原さん、今日もお兄ちゃんにくっついたりしてた?」

 恵麻はよくバイト先に俺をのぞきに来るため、過去に俺が舞原さんにからかわれている姿も何度かしっかり目撃されている。

「え、まあ……な、なに? 何がそんなに気になるの?」

「いや私ね、舞原さんって実はお兄ちゃんのこと狙ってるんじゃないかなって思ってんだよね」

「えぇ……? そんなわけないじゃん……そりゃ何かと絡んではくるけど、でも舞原さん、他の人とだってすごいコミュ力でしやべってるし、そもそもあんなに可愛かわいい子がわざわざ俺みたいな陰キャオタクのことを狙う道理がないよ」

「はぁ、全く……相変わらず、お兄ちゃんはなかだから陰キャなのか、陰キャだから田中莉太なのか……」

「なにそのしつの悪い呪〇廻戦みたいなやつ……」

 理解に苦しんでいると「もう、鈍感なんだから……」と、恵麻は頭を抱えた。

「ま、それだけだから。じゃあ私寝るね」

「えぇ……?

 恵麻は自分の気が済むと、勉強セットを持ってさっさと部屋に引っ込んでいった。

 ……なんだったんだ?

 ご飯が済んで部屋に戻り、今度はタンスからパジャマを取り出し、風呂の準備をする。

 いつもからかってくる舞原さんが、あれを俺のことが好きでやっていたら、か……。

 一瞬その場で固まって、俺はベッドにほったらかしていたスマホに目をやる。

「……」

 俺はすぐさまスマホのメモアプリを開いた。


やま先輩、ホントにウブなんだから。ちょっとあたしにくっつかれただけですぐ赤くなっちゃって」

「しょ、しょうがないだろ。女の子にこんなに近づかれることないんだよ」

「じゃあ山田先輩、こういうのも初めて──?」

 そう言ってれんは、俺の手に指を絡め──


 うおぉぉぉぉぉぉぉぉ! はかどる! 捗るぞ! イマイチどう動かしたものか悩んでいた後輩ヒロインのエピソードが捗るぞぉぉぉぉぉ!



 一からまいはらさんに仕事を教え直し始めて一週間ほど。少しずつではあるけど、舞原さんはバーガー作りをマスターしてきている。ちなみに俺の小説の中では、この一週間で後輩キャラがヒロインレースでトップに躍り出て来てしまった。これは調整しないと……。

 日曜夜の出勤。ちゆうぼうは俺と舞原さんとやまくんの三人だ。

 午後八時半、退勤三十分前。いくらあの舞原さんがいると言えど、この時間帯ともなれば客も減り、落ち着いて仕事が出来る。

 このまま何もなく退勤出来ることを祈っていると……。

「アチッ」

「大丈夫? 小山くん」

「あぁ、うん。火傷やけどした」

 小山くんは、グリル機に付着した焦げカスが手に引っ付いて火傷したらしい。

「冷やしてきた方がいいよ」

「でも今俺がここ離れたらなか、スタッフの中で男一人になるじゃん」

「平気だよ。ストックも間に合ってるし、お客さんも少ないから」

「いや、女の子を独り占めされたくない」

 私情かよ。

「そんなこと言ってる場合じゃないって……ほら、なんかどんどん水ぶくれみたいになってきてるよ」

「う、うーん……しょうがねえ。頼むわ」

 小山くんは担当に回っていたグリルを離れ、手当てしに事務所に戻った。

「大丈夫ですかね? 小山くん」

 舞原さんが心配そうに小山くんの背中を見送る。

「ああまあ……ひどくはなかったし大丈夫だとは思うよ。痕が残らないといいんだけど」

 ちょうどそのタイミングだ。

「先輩、なんかフロア騒がしくないですか?」

「確かに。何かあったのかな?」

 客の騒ぎ声が厨房まで聞こえてくる。それも少しにぎわってきたけんそうとか、そういう感じでもなかった。明らかに、「きゃあ!」とか、「カッコイイ!」とか、なんだか黄色いタイプの声だ。

 その折、オーダーが入る。

「あ、オーダー入りました先輩! バーガーワン、チーズワン、ダブチワン、テリワン……せ、先輩オーダーがいっぱいです!」

「う、うわなんだこれ。こんなの今までで初めてだ……。っていうかこれ……」

 察したタイミングで、さきさんがなにか、ウキウキとした顔でカウンター側からちゆうぼうに顔を出す。

「やばいよみんな! って、あれ、二人だけ?」

「あ、はい、やまくん火傷やけどしてて……ってそれどころじゃ!」

「今ね! YouTuberの〈モリタベチャンネル〉がうちに来てるの!」

「誰……?」

「え、やば! モッパン系のYouTuberですよ! ほら、大食いの! へえ! あの人この辺の人だったんですかね!」

 どうやらまいはらさんも知っているようだった。……って、

「いや感心してる場合じゃない! も、もしかしてこの注文、その人の……?」

 そう、俺が絶句した注文一覧の画面には──ファミリアのバーガー全種類の名前が表示されていたのだ。

「こっちもドリンクとか色々作ってるところだけど……厨房、二人で大丈夫?」

 美咲さんも心配する。どうしよう、ダメだ!

 店長は今クレーム対応の電話で不在。火傷している小山くんを呼ぶことも出来ない。カウンターにはオーダーを受けた美咲さんと、厨房の仕事が出来ない女性スタッフしかいない。

「お、俺たち二人でやるしか……」

 食料のストックは元々この時間帯をやり過ごすほどの量しか作っていない。俺が担当していたフライは大丈夫だとして、小山くんが担当のグリルの方は全メニューを作るにはパティが数枚足りておらず、俺が焼かなければならないだろう。

「ど、どうしよ先輩……!」

 舞原さんが俺を頼る。でも俺がパティを焼くその間、舞原さんには一人でバーガーを作ってもらうしかない。舞原さんに務まるか……?

 絶望に打ちひしがれていると、舞原さんの心配そうな顔が目に入る。……いや、そうだよな。舞原さんは悪くないのに。

 この子は俺の後輩で、俺はこの子の先輩だ。先輩の俺があせってどうする。元々ちやな注文なんだ。この際、失敗の責任は全部俺一人で負ってやる。

「舞原さん、俺、今からパティ焼かないとだから、少しの間だけバーガー作るのお願い。自分の出来るバーガーから順番に作っていって」

「そんな! あたし一人でなんて! また失敗しちゃったら……」

まいはらさん、大丈夫」

「で、でも……」

「舞原さん、この一週間俺と一緒にずっと頑張ってきたでしょ? 百パーセントくやれとは言わないよ。でも今の舞原さんならきっと前より上手くやれる。もし失敗しても俺がなんとかするから、今舞原さんが出来る全力で仕事に向き合ってみて」

「先輩……」

 舞原さんは少しだけ瞳をうるりと揺らせ「はいっ!」と大きく返事をした。

 さきさんは俺たちを信頼してくれたのか、サムズアップして仕事に戻った。

「よ、よし……! 頑張ろう! 舞原さん!」

「はいっ!」

 舞原さんはバーガーを作り始めた。俺は急いで冷凍庫からパティのストックを持ってきて、素早くグリルの機械にかける。そして舞原さんのいるキッチンに戻った。

「舞原さん! 今どこまで出来た?」

「上四つは出来ました! でも五個目失敗して今作り直してて……」

「わかった! パティ焼き上がるまで少し時間あるから、舞原さんは残りのバーガーのバンズをトースターにどんどん入れていって! 俺作るから!」

「は、はい!」

 舞原さんはすっかりバンズの種類を覚えていて、的確にバンズをトースターに放り込む。彼女なりに仕事と向き合っている証拠だ。

 しかしここでオニオンが切れる。次から次にトラブルだ。

「舞原さんごめん! オニオンが無くなっちゃった! 俺すぐ新しいの作るから、またしばらく一人でバーガー作って! 失敗してもいいから!」

「わわわ、わかりました!」

 オーダーは現在半分クリア。俺はすぐ冷蔵庫からオニオンの入った袋と器になる角ポットを持ってくる。よし、これで大丈夫。

「先輩、パティが!」

「大丈夫! ちょうど焼ける!」

 俺は焼き終えたパティを急いで鉄板からトレイに移す。これで食材がオーダーに追いついた。

「すみません、あたしまた二つ失敗して! パティの枚数間に合いますか?」

「うん! 多めに焼いたから心配ないよ!」

「先輩……!」

「もう大丈夫! あとはバーガー作るだけ!」

 そして俺たちは、全てのオーダーをさばききった。



 失敗したバーガーを抱えて事務所に入ると、先に戻って帰り支度を済ませたまいはらさんが俺を待っていた。舞原さんは椅子から立ち上がり、俺に向かって深く腰を折る。

「せ、先輩! あの、今日は本当にありがとうございました……!」

「い、いいってそんな……! 急に改まらないでよ……」

「でも、先輩がいなかったらあたし……」

 舞原さんはいつになくそわそわして俺のことを見ている。やっぱりこの子、根はまじめなんだろうな。

 奥でパソコン作業をする店長が舞原さんと俺のやり取りにほくそ笑んでいることに頭をかきながらも、俺は舞原さんの隣に座り、カウンターにバーガーを置いた。

「……これ」

「先輩のおごり……?」

「じゃなくて……今日失敗したバーガー三つ。山のように失敗してたあの頃と比べたら舞原さん、すっごく成長したね」

「先輩……!」

「……俺も一人じゃきっとあの大量のオーダーは捌ききれなかったよ。でも舞原さんが頑張ってくれたからなんとかなった。ホント心強かったよ。ありがとね」

「せ、せんぱぁい……!」

「うわぁッ! ちょ、えぇ! くっつかないでよ!」

「うぇーん! だってぇ! 先輩優しいしぃ~!」

「ちょ……うぁ~……

 先輩として振る舞うべきところなのに、童貞としての俺がうずく……。俺が俺でいられるうちに離れてくれ舞原さん! いやちゆう風に言ってもカッコ悪いぞ俺……!

「先輩、あたし一生先輩について行きます……♡」

「いや、ただのバイトよ? 俺……」

「ただのじゃないです!」

 舞原さんは俺の胸の中に収まって俺を見上げた。

「あたしにとって先輩は、ずっとずっと憧れです……!」

 ほおを染めて、瞳を潤ませ言う舞原さん。そんな舞原さんの表情に、真っすぐな瞳に、俺は不覚にも目を奪われる。

 ずっとってそんな、出会っていつげつくらいなのに、なんでだろう……?

「そ、そんなおおな……他にも仕事出来る先輩いるし……」

「先輩は、先輩だけ……♡」

 い、いや待て落ち着け俺! まいはらさんはただ仕事をこなした俺を尊敬してるだけ! 俺じゃなくて俺の仕事ぶりをここまで評価してくれてるんだ! 間違ってもこれは、恋愛的な意味でも、男としてカッコイイ的な意味でもなんでもない!

 なんて自分に言い聞かせていると、事務所の入口にさっきからずっとさきさんとやまくんが立っていることに、俺はようやく気づく。

「こ、小山くんと美咲さん……! いつから……」

「え? 『あの、今日は本当にありがとうございました……』からだな」

「俺の背後にいたのかよ……。って、あ、いやその、これは違くて……」

 あっけらかんと言う小山くんに続いて、美咲さんは肩をすくめた。


「いやいやていうか、お前ら早く結婚しろよ……


「なっ……」

 なんで美咲さんまでそのセリフを……!

 なんという偶然。俺はぜんとして、舞原さんにくっつかれたまま固まる。

「悔しい……なかなんかが……。俺がその場にいれば俺だって……」

 小山くんが悔しそうにしている。田中なんかって、小山くんに言われたくないな。

「い、いや本当に違うんですって。舞原さんはさっきのパニックを乗り切ったから安心してこうなってるだけで……」

「せぇんぱぁい、照れちゃってぇ~♡ かぁいい~♡」

 あ、ダメだ。変になってる。

 俺はなんとかまた美咲さんの誤解を解こうと試みるも、美咲さんはなんか一人で「そうかぁ、そういうことかぁ」と何かに納得して取りあってくれない。

かえでちゃんはうちの男スタッフに大人気だから、取られないようにしなよ?」

「だから、そういうんじゃないですって! とにかく帰ろう! ほら舞原さん! どうせ今日も家まで送って欲しいんでしょ!」

「一緒に帰るなんて、ますます夫婦じゃん」

「これ以上話をややこしくしないでください! じゃあ俺着替えるんで!」

 更衣室に閉じこもる時、後ろから美咲さんの「簡単な話だと思うけどなぁ」という声が聞こえたが、俺は聞こえないフリをした。


◇ まいはらかえで ◇


 ファミリアに属す前まで、楓は非行少年たちとよくつるんでいた。楓の素行も当然、良くなかった。

 もちろん高校に進学して楓のような女子は一人もいなかった。本当は非行に抵抗感があったものの、当時の自分を捨て皆と同じに染まることにもまた躊躇ためらいがあった。

 成長期の揺らぐ感情が災いし、楓は通っていた高校にめず、孤立し、次第に欠席が増え、今となっては不登校になってしまった。

 そんな時期のこと。いつものように良くない仲間とファミリアで集まっていた日。

 バーガーをんでいた一人が突として顔をしかめた。ピクルス嫌いのたかのバーガーにピクルスが入っていたらしく、フロアのバイトスタッフを呼び止め貴也はげきこう

「おい、ピクルス入ってんだけど。どういうこと? 抜きで注文したぞ俺」

「あの、私が作ったわけではなくて……」

「なら作ったやつ呼べや。お前が作ったかどうかなんて聞いてねえから」

「すみません……今呼んで参ります」

 ほどなくして、店長のはなが謝罪に来た。

「大変申し訳ありませんでした」

「申し訳ありませんでしたじゃねえだろ。こっち金払ってんだぞ? 金返せよ」

「申し訳ございません。返金は出来ない決まりになっておりまして。その代わり、ピクルス抜きのバーガーをもう一点用意させていただきますので」

「はぁ? こっちは嫌いなもん食わされてんだ。金返してタダでバーガーせ」

「金返さねえはやべえだろwww 貴也やっちまえーwww」

「やばすぎwww 面白くなってきたぞ~www」

 同調するグループの中で、非行をこころやましく思い始めていた楓だけはこのグループをかんすることが出来た。自分達に集まる店中の視線が嫌悪に満ちていたことに、自分達のグループが非常識な行動を取っていることに、心が変化し始めていた楓だからこそ気づいていた。

 自覚する。ああ、自分はこんなに醜いところにまで至ってしまっていたのかと。

 後悔した。しても遅いのに。

 その時。

「ちょっとなかくん! 今はダメ!」


「すみませんッ……!


「……あ?」

 そこに現れた一人の小柄な少年。止めるさきを振り切って登場した当時新人スタッフだったなかに、全員がポカンと口を開けた。

「お、おい田中! お前、出てこなくていいって言ったろ!」

「すみませんでした……ぼ、僕なんです……ピクルス抜きのバーガーにピクルスを入れてしまったの……」

「あっそう」

「はい……ほ、本当にすみませ──うわっ」


 ──ジョバ。


 たかは莉太の頭にコーラをかぶせた。

「はい、お礼~。ピクルスありがと~」

 コツンと空っぽのコップが莉太の頭に落とされた。頭に溶け終わりの氷が乗っかり、れそぼってしまった莉太は冷たさで震える。誰が見てもやり過ぎた行動だ。

「二度と来ねえからこんな店」

 貴也はそうして風を切るようにして店を歩いて出て行く。まるで英雄でも気取っているかのよう。その格好悪さにかえでは寒気を催した。

 しかし、ともだちも続いて席を立つ。

「貴也最高www めっちゃスカッとしたwww」

「あの陰キャ超キョドってたよねwww ずぶ濡れウケるwww」

「──ほら、楓も行こ」

 楓はいつもの友人の誘いをその場で拒めなかったのだ。

 そして楓はその後少しして、友達と解散した後に良心のしやくに耐えられなくなり、店に直接、一人で謝りに行ったのだ。パーカーを着て、フードを被って、出来るだけ自分の姿を隠し、他の客にさっきの人だと思われないようにして──。

「(きようだなぁ、あたし)」

 そう思いながらも店に着いた。さっきまで自分たちが座っていた六人がけテーブルを、一人、ベトベトの制服のまま清掃している小さなスタッフの姿が目に入る。

「……あの」

「はい?」

 莉太はすぐには気づかなかった。当然だ。姿を隠しているのだから。

「さ、さっきの騒ぎを起こしたヤツの……その、友人です」

 もうあれの友人と名乗ることにも嫌気がさすほど、さっきの出来事は激烈に楓の後悔をあおった。

「えと、友人がひどいことしてしまってごめんなさい……」

 道を外してきたかえでにはこういう時の言葉遣いがわからず、楓は拙く謝る。

 だけどは、そんな楓に優しく朗らかに笑った。

「わ、わざわざ謝りに来てくださったんですね……! あ、ありがとうございます! でも今回のことは本当にミスした僕が悪いんです。すみません。まだバイト始めたばかりで……って、こ、こういうのも言い訳がましいですかね!」

「そ、そんな。あたしは全く気にしてないし……」

「……お客様はお優しいですね。なんだか少し励まされました……失敗ばっかりで萎えてたところだったので……あはは……」

 何度も人を傷つけ、何度も悪いことをした。親に、学校に、反発して生きてきた。

 そんな自分のことを、莉太は怒らずに褒めてくれた。

 優しいのは、自分ではない。彼だ。

「じ、じゃあそれだけなので、あたし帰りますね……」

「あ、あの!」

「はい……?」

「……僕がミスしただけで、このお店のスタッフはみんないい人たちばかりなので、もし気が向いたらまた来てくださいね」

 莉太のその微笑ほほえみに、ほだされないわけがなかった。

 その後また一から歩み出した楓は、晴れてこの店のスタッフの一員となった。



 楓は家に帰ると、まず明かりをつける。夜は家に誰もいないからだ。

 せっかく楽しいバイトだったのに、家に帰ってくると、その静けさのせいでいつも熱が冷めてしまう。

 ソファに背を預け、莉太のことを思い出すと、心が温かくなった。

「今日も気づきませんでしたね、先輩。ホントにウブなんだから」

 莉太を見ていると、しくて笑ってしまう。莉太に大丈夫だと言ってもらえると、安心してしまう。莉太に褒められると、明日あしたも頑張ろうと思える。

 莉太のことを考えると、胸が温かくなる。

「先輩、好き……」


◇ なか ◇


 家に帰ってきてベッドにあおけになった俺は、ぼんやり天井を眺めた。さすがに三回も同じことを言われると、いやおうでも必然なような気がしてしまう。

 かながわさんも、も、さきさんも、どうかしてる。

 俺みたいな陰キャとあんなに魅力的な女の子たちが、釣り合うわけがないのに。

 これは物語ではなく、現実。

 女の子が好きになる男は、より顔が良くて、男らしくて、能力があって、頼りになって……そんな要素が俺に一つでもあれば、まだ納得出来たかもしれない。

 でも俺は顔も良くない。勉強も運動も出来ない。男としての尊厳も、自信も、プライドもない。空想だけがともだちの、誰と仲良しでもないボッチ。

「……俺が将来あの子達の誰かと結婚とか、うーん、ないよなぁ」

 ため息と同じタイミングでスマホが光る。


『今日の最新話も面白かったよ。みかん氏』


 顔も名前も、住んでいる場所も知らないネットのともだち、〈あめちゃん〉からのDM。きっと、〈みかん氏〉こと俺が投稿したウェブ小説の最新話のこと。

 そう、そして事件は起こった。

 俺は自分のウェブ小説の感想欄に寄せられた、あの愛の告白文をの当たりにする。

 ──あの中に一人だけ、本物の俺のヒロインがいる。

 もう一度確認のために言っておこう。

 これは、ラブコメが大好きなだけのただのオタクの俺が、しくも、まるでラブコメのような展開に振り回され、

 ──やがて、本当に一人の女の子と結婚するまでの一連の騒動の話である。