「もう、帰ってくるの遅くなるなら言ってよね」

「ごめんごめん、学校帰りに本屋寄ったらつい長居しちゃってさ」

「ご飯できてるよ。今日はそうの大好きな私特製のにくじゃが!」

 学校では氷の女王と呼ばれている幼なじみのあゆだが、俺が家に帰ってくるとなんだかんだいつもこうして笑顔で迎えてくれる。

「いつもありがと、歩美!」

「別に、奏太のためじゃないんだからね!」

 本当に、素直じゃないな、歩美は。


 ………………またやってしまった。でもしっくりきてしまった。

 キャンプ当日。俺は父が運転する車に揺られながら、こそこそいつもの小説投稿サイトのマイページを眺めていた。

 許してくれ胡桃。この関係、心地よくてなんかいいなと思ってしまったんだ。

 まあいいよな別に、現実じゃありえないんだし、創作の中でぐらい、ね。

 昼頃に目的地であるキャンプ場に到着。車から降りた時の空気がしかった。ここが何県のどこなのかさっぱりだが、どうやら山の中で、やました家は毎年秋にここへ来ているらしい。

 なか家はキャンプ場の駐車場で、先に着いていた山下家と合流した。うちの母、は早速胡桃くるみママのところに挨拶に行く。

「ごめんね家族の恒例行事に混ぜてもらっちゃって~、今日はお世話になります~」

「あらぁ、そんな改まらなくても~。楽しんでってねぇ~。あ、そういえばくんママ、最近、うちのそらがねぇ~──

 うちのお母さんと胡桃ママの子育てトークのかたわらで、胡桃パパと俺の父、ひろの会話も繰り広げられる。

「いやぁ、キャンプ日和ひよりですねぇ、山下さん!」

「そうですねぇ。いやホント晴れてよかったです。これなら子供たちも川遊びできそうですねぇ」

「早速準備ですよね? 何からしましょう? うちの莉太も手伝わせますよ」

「あ、ではまず、テントの設営から……」

 言いながら胡桃パパは、かけていたメガネを直し、一人でぼーっとしていた俺の方を見てニッコリ笑った。

「キミにお父さんと言われる筋合いはないよ」

「あ、言ってないな」

 胡桃パパは何かと俺を目の敵にしてくる。いつものことです。

「あ、莉太くん!」

「お、おお、空……」

 そこに更衣室の方から空がやってくる。空はミニバスに通っていて、その練習着を着ていた。

「莉太くん! 私今日のために水着買ったんだよ! 下に着てるの! ほら!」

 そう言って空はTシャツの胸元を引っ張って中を見せてきた。絶賛成長中の双丘とその谷間が目に刺さる。ちょ、小五? ホントに小五?

「う、う~んちょっと……胡桃パパ見てるからあんまそういうのは……」

「空、やめなさい。それに莉太くん、キミに胡桃パパと呼ばれる筋合いはないよ」

 もうなんて呼べばいいんだよ。あなた誰なの?

「相変わらずお兄ちゃんにベッタリだね、空ちゃん」

 連れてきたメグのリードを握ったが苦笑いする。恵麻は白のワンピースを着ていた。きの格好をしていると、俺の妹とは思えないほど大人びて見える。

「あれ、恵麻ちゃんいたのー? 莉太くんに夢中で気づかなかった!」

「……ほう?」

 そんなは、そらにはよくペースを崩されている。今だって空のナチュラルなあおりを受けて額に青筋を立てている。

「コラ、空ってば。はテント作るの手伝うんでしょ。邪魔しないの。パパもいちいち莉太に難癖つけないでよ」

 胡桃くるみ小豆あずきちゃんの手を引いてやってくる。胡桃はパーカーにショーパン、小豆ちゃんは水着の上にパーカーを着ていた。どこかで既に着替えてきたようだ。その一方で胡桃パパはまたメガネのブリッジを指で押し上げ、威厳を保つ。

「胡桃、パパに歯向かうのはやめなさい」

「はぁ?」

「すび、……すみませんでした」

 おい、威厳。

 胡桃は自分の父を黙らせてから、「……よっ」と、控えめに俺に挨拶してきた。小豆ちゃんも「莉太くんっ」とふりふり手を振ってくれた。俺も手を挙げて返した。

「胡桃ちゃん! 今日誘ってくれてありがとね!」

 恵麻がそう言うと、胡桃は男の前とは比べ物にならない笑顔で応答した。

「恵麻ちゃん~! こちらこそだよ~! 来てくれてうれしい! あ、更衣室あっちにあるから、恵麻ちゃんも水着着替えておいでね!」

「うん!」

 胡桃と恵麻は昔から仲良しで、普段もよく二人で遊んだりしている。今日も楽しそうで何より。

「メグちゃん!」

 そして小豆ちゃんは嬉しそうに胡桃の手から離れて、メグと戯れる。メグも小豆ちゃんに会えて、嬉しそうにその場でパタパタ暴れている。

「へへへ、メグちゃん可愛かわいいねぇ~。一緒に遊ぼうねぇ」

「小豆ちゃん、今日はメグといっぱい遊んであげてね」

「うん! それに、あっちゃん莉太くんと恵麻ちゃんとも一緒に遊びたい!」

 俺と恵麻は笑顔を返し、小豆ちゃんの頭をでた。好きだぁぁぁぁぁあッ!!



 それからやました三姉妹の下二人と恵麻とメグは川へ遊びに。男三人はテントの設営を。母親二人と胡桃は料理の準備に取り掛っていた。

「行かせたくない……行かせたくないよ僕は……」

「く、胡桃パパ……俺、別に手伝うって……」

「と、とは言えキャンプに来させてずっと準備させるわけにもいかないし……でも娘に手を出されたら困るし……胡桃くるみパパって呼ばれる筋合いないし……」

 胡桃パパが俺を川遊びに行かせるかどうか、良心と本心の間で揺れている。なんというか、俺ってそんなに信用ないですか?

「うちの根性ないんで、つらい思いさせるぐらいがちょうどいいんですよ」

 お父さん……?

「いや莉太くん、悔しいけど川遊び行っておいで。どうせもうすぐ終わるし」

 どんだけ俺嫌われてんの?

 段々腹が立ってきて、俺も少し仕返しのつもりでつぶやいた。

「ありがとう、メガネ」

「あぁ、気をつけてね」

 それはいいんかい。

 さて、胡桃パパにあきれつつ、川へ向かう、……前に、少しだけ気になるあの子の方へ顔を出すことにする。

「……ねえ、胡桃は行かないの? 川」

「……なによ? テント終わったの?」

「いや、まだだけど、お前の父ちゃんが遊んで来いって言ってくれてさ」

 テントより先に設営されたテーブルの上でご飯の準備をしている奥様+JKのところへ寄った俺。胡桃は野菜を串に刺すサイズに切り分けている。手際がいい。

「あら莉太くん、胡桃のこと心配してくれてありがとね~。ホントに優しい子ねぇ。なのに胡桃ったらまた仕方のない意地張っちゃって~」

「ちょ、ママ!」

 胡桃ママは困った様子だった。ママは美人だ。この人なんでメガネと結婚したんだろ。

「だって! 二人だけじゃ大変でしょ?」

「莉太と違って優しいのね、胡桃ちゃん。莉太なんて全然家事やらないんだから」

 お母さん……なに、俺っていらない子なの……? 家でもボッチなの……?

「……私のことは別にいいって。私はお子ちゃまとは違うの。あんたはちゃんたち見ててあげてよ」

「ならいいけど……来たくなったら来なよ? 胡桃も水着に着替えたんでしょ?」

「え、えっと……気が向いたら行ったげる」

 来ないやつじゃん。

 でもそう言われたら仕方ない。俺は恵麻達のいる、すぐそばの川の方へ遊びに行った。まあ確かに、もう川遊びではしゃぐのも恥ずいとしだよな。お互い。

「「莉太くん!」」

 川の方へ顔を出すと、パシャパシャと水の音を立てながら、そら小豆あずきちゃんが一目散に俺の元に駆け寄ってくる。空はクロスラップの紺色のブラに、そのセットアップのショーツ。小豆ちゃんはキッズ用のレオタードタイプの水着を着ていた。

「わぁ、二人とも水着似合ってるね」

「「へへへ……」」

 相変わらずの三姉妹共通のその照れ笑い……。

「お兄ちゃん、お疲れ」

「ああ、うん」

 も俺をねぎらってくれた。恵麻はシンプルな黒のビキニの上に、英字の入ったTシャツを着ていた。ちなみに犬用ライフジャケットを着せたメグは、ポメチワ特有のふわふわの毛が水にれて、体積が二分の一くらいになっていた。

「ねえねえ~! 遊ぼくん~!」

 当然のように俺の腕を抱く空。小学生……?

「そ、空……わかったから……。で、三人で何してたの?」

「小豆はメグちゃんと遊んでて、恵麻ちゃんと私は水鉄砲で撃ち合いしてた!」

「二人仲悪いの……?」

「大丈夫だよ。ちょっと色々あって、勝負してたの」

 恵麻はやれやれと笑う。いや怖い怖い。何が原因よ?

「……まあいいけど。じゃあその水鉄砲でなんかやる? あと何丁あるの?」

 空が全部で三丁だと、岸の方で余っていたラスト一丁の水鉄砲を持ってくると、「そうだ!」とそのまま何かを思いつく。

「じゃ、女子三人で莉太くんを撃とう!」

「な、なんでそうなるの!? しかもただ撃つの!? ルールとか無く!? 自分で言いたくないけど空は結構俺に懐いてる方だと思ってたのに!」

「えい!」

 しかし問答無用。ブシュっと空が持っていたガトリング型の水鉄砲から噴き出された水が、俺のちんこに放たれた。

「ちょ、おい! ちんこ狙うなって! ……あふっ!」

 恵麻も続けて、自分の持っていたライフル型の水鉄砲で俺のちんこを狙ってきた。

「おい! 妹!」

「恵麻ちゃんナイス~! ほらほら、小豆も!」

「へへへ……」

「小豆ちゃんに変なことやらせるなぁ!」

 小豆ちゃんは片手にメグのリード、片手に空に持たされたピストル型の小さな水鉄砲で俺のちんこを撃ってきた。

「お前ら! ちんこ狙うなって! うわぁ~!」

 俺のこれ、水着じゃないのに。



 それから女子三人は俺のちんこを濡らし飽きて、メグと戯れだした。気づけば俺の下半身は漏らしたみたいになっていた。ていうか、ちんこ濡らし飽きるってなに。

 遊びがひと段落したところでふと、俺たちのテントとテーブルの方が気になった。

 切った食材をバーベーキュー用の串に刺していく胡桃くるみ。テントを作り終えた父親二人もご飯の下準備に加わっていて、胡桃はその中で、どこか浮かない顔で作業しながらも、母二人の前では笑顔を見せる。

「……胡桃もこっちで遊べばいいのに」

 するとが俺のつぶやきに気づき、どこか意味深に微笑ほほえんだ。

「ねえねえお兄ちゃん、見て? 私の水着。どうかな」

「なんだよ急に……」

 恵麻はTシャツを脱ぎ、黒色のビキニ姿になる。小さい頃から一緒にいた恵麻だが、見ないうちにどこか大人らしい体つきになっていて、妹とは言え反応に困る。

「……えっと、いいと思うけど」

「この水着ね、この前胡桃ちゃんとそらちゃんと一緒に買いに行ったんだ。胡桃ちゃんも今多分、パーカーの下にその時買った水着、着てると思うよ」

「え、そうなの?」

「今日のために選んだ水着、ね。でも胡桃ちゃんが素直じゃないのわかるでしょ?」

 そうなのか、と俺は頭をかいた。本当は今日を楽しみにしてたし、こっちで遊びたいはずだけど、おひとしな上に素直になれず大人の手伝いから抜け出すのをちゆうちよしてるってことか。

「……俺、もっかい胡桃のこと呼んでくるよ」

「ふふ、さすが私のお兄ちゃんっ」

 胡桃は昔からそうだ。正義感が強い。そのくせ自分の気持ちには素直になれない。だから時々自分の気持に蓋をして、周りのために平気な振りをすることがある。いつも素っ気ないけど、本当は誰より家族や俺達のことを考えていて無理をする。強気なのはただの強がりではなくて、優しさと気遣いの裏返しなのだ。

「く、胡桃」

 親達の元で胡桃を呼ぶと、胡桃はなぜか俺の下半身を見て顔をしかめる。

「……漏らしたの?」

「あ、いやこれは違くて……って、そんなことはどうでも良くて! やっぱり胡桃くるみもあっちで遊ばない? せっかくみんなでキャンプ来たんだし」

「だ、だからいいって言ってんでしょ。まだお料理の準備あるし……」

「胡桃~、こっちはママたちでやるから気にしないでいいのよ~」

 胡桃ママがそう言うが、胡桃は「平気だって!」と強がる。

くん」

 そんな俺達のやり取りに、胡桃パパはどこか優しげに微笑ほほえんだ。

「胡桃はこっちで料理の下処理があるから、大丈夫だよ」

 ブレないな、このメガネ。

「いや、でも……」

 他の大人三人すらあきれているメガネはもう放っておくとして、俺は言葉を考える。

 あからさまに気を遣ったり優しくしたりすると、大体胡桃は反発する。プライドが東京スカイツリーくらい高いからな。

 でも、こういう時胡桃をその気にさせる方法を俺は知っている。に零歳から幼なじみをやっている訳じゃない。

 こっちがしたに出るのだ。食べたそうにしているお菓子をわけてあげる時は、『あげるね』じゃなくて『もういらないから残り食べてくれ』だし。おもちゃを貸して欲しそうにしていたら『貸してあげる』じゃなくて『一人じゃ面白くないから一緒に遊んで欲しい』だし。要は、『しょうがないわね……』と言わせられればいいのだ。

「なによ……?」

 胡桃はいつもみたいに口をとがらせてくされている。でも俺の言葉を期待している。何度も言うが、昔からそう。なんとなくの肌感でしかないけど、わかる。

 そんな胡桃を誘う方法はもうこれしかないと、俺は意を決して、思いついた言葉を伝える。

………………く、胡桃の新しい水着、俺、見たいし……

「「「………………」」」

「……あらまぁ~♡」

 数秒の沈黙後、なぜか胡桃ママが恥ずかしそうにしていた。

「ちょ……はぁ!? 何言ってんのあんた!」

「だ、だって……胡桃も今日のために水着買ったってが……」

「それは……そうだけど……」

 これしか思いつかなかったとは言わずに……。

「せっかく胡桃が今日のために買った水着でしょ。見れないとか……損じゃん」

……」

「……ダメ、かな」

 照れくさくて熱くなったほおをかきながら返事を待っていると、胡桃くるみは自分の着ているパーカーのファスナーをくりくりと触りながら、ピンク色の頬をして言う。


……………しょうがないわね」


 いけた…! さすがにキモすぎたかと思ったけど良かった!

 昔ながらのやり方で今でもくいくということに、少し笑えてしまった。

「な、なに!」

「はは、ううん、なんでも。ほら、いいから行こうよ」

 俺が胡桃の手を引くと、「ちょっと待って……!」と、胡桃は立ち止まる。

「どうしたの?」

 手を放して振り返ると、胡桃は下唇を甘くみ、上目で俺を見ていた。

「見たいんでしょ……? 脱ぐから、待って……」

「え、あぁ──」

 幼なじみのそのらしからぬ優艶な仕草と表情に、リードしていたはずの俺の心臓はドク、と大きく音を立てた。

 俺の動揺なんて知らずに、胡桃はパーカーのファスナーをゆっくり下ろした。

 透き通るような白い肌と、柔らかく膨らむ胸があらわになる。ブラはワインレッドのフリル付き。胡桃の白い肌の上でよく映える色だった。ショーパンも下ろし、胡桃はセットアップのワインレッドのショーツを見せる。

「……どう?」

 胡桃は脱いだパーカーとショーパンを胡桃ママに渡しながらそういてきた。

 素直な胡桃の質問を前に、俺は答えあぐねた。

 大人びた、いかにも女性らしい胡桃の身体からだや表情を見ていると、さっきまで胡桃のことを昔から知っているだなんだと考えていた自分が惨めに思えるような、どこか、自分が子供のまま置いてけぼりになっているような、そんな気がしてしまう。

れい、だと思う……」

………………ありがと」

 そのまま褒めると胡桃は、目をらしがちに、それでもあしらったりせずに素直に言葉を受け取ってくれた。

「……連れてってくれるんじゃないの?」

 そして胡桃は俺の手を握ってきた。

「う、う、うん!」

 胡桃くるみの手なんて今まで何回も握ってきたのに、なんでこんな俺、ドキドキして──

 そして、川の方に振り返った瞬間。


「もう~! お前ら早く結婚しろよ~!」


 ………………え? ……え、え、え? そのセリフ……え?

「……ちょ、ちゃんったら……!」

 どこかで聞いたことのあるセリフ。それを俺と胡桃に手向けたのは、俺の妹、恵麻だった。

「だーかーらー! もう早くくっつけよって! 二人、昔からずーっとそう! お似合いすぎだよ! 新婚カップルかよ!」

「お、おい恵麻!」

 親も聞いている中での恵麻の発言に、俺の顔はみるみるうちに熱くなる。

「ねー! みんなもそう思わないー?」

 恵麻が言うと、胡桃ママが「うふふ♡」とうれしそうに笑う。

「そうねぇ♡ くんが胡桃のことをお嫁さんにもらってくれるなら大歓迎よ♡」

にはもったいない気はするけど、二人が幸せならそりゃなか家は大歓迎よ~」

「ひゅーひゅー、いいぞ莉太~」

「僕は嫌だ」

 母親二人が勝手に盛り上がり、お父さんもとりあえず便乗し出す。み、みんなしてからかって……一人だけけやき46みたいなこと言ってるパパいるけどさ。

! からかうなよ! ……ったくもう、お互いの家族のいる前で……胡桃くるみもなんとか言ってやってよ……」

「え、恵麻ちゃん……もう……」

「……胡桃?」

「あんたは黙ってればいいのよ……」

 いつになく弱々しい胡桃は言いながらも、俺の手を握る手に力をギュッと込める。

「ほーらやっぱりお姉ちゃん、莉太くんに優しくされるとすぐ赤くなっちゃって」

 そらにまでちやされ、ようやく胡桃は「うるさい!」といつもの調子を取り戻す。

「みんなおおだよ……ほら、行こうよ胡桃」

「う、うん」

 そして行先には、俺たちのことをニヤニヤ見ている恵麻の姿。

 お前ら早く結婚しろよって、いやいや、なに言ってんだよ……。

 昔から何も出来なくて、その頃からずっと変わらない、一人ぼっちで、陰気で、妄想ばっかりの俺と、昔はワガママで妹のように思っていたのに、いつからか大人になって、れいな、完璧な、魅力的な女性になっていく胡桃。

 これは物語じゃない。現実だ。いくらラブコメにありがちな幼なじみという関係性でも、家族みたいに育ってきた上にこんなに差があっちゃ、結婚どころか付き合うことすらありえないだろ。

 川遊び中、妹達の相手をしている胡桃のことをどこか遠くに感じながら見つめた。すると、うっかり胡桃と目があってしまい、

「……見すぎよ。キモオタ」

 いつもの胡桃に虐げられて、やはり目が覚めたのであった。(泣)

 そもそも胡桃、男嫌いだし。そんな子と恋愛なんて、やっぱあるわけない。


◇ やました胡桃 ◇


 キャンプを終えて、マンションに帰着。

 胡桃は部屋に入り、ベッドに飛び込み、ここ数日の自分の頑張りを振り返る。

 色々あり、高校に上がってから人を避けるようになった莉太とは絡みづらくなり、そして胡桃くるみ自身にも照れくささがあり、疎遠に。だがなんとか関係をつなぎ止めようと、意地を捨て、積極的にアプローチしている真っ最中なのだ。

 ただ肉じゃがの時も意地を張って〈あーん〉してあげられず、今日のキャンプもただ水着を見せるのが照れくさいというだけで避けてしまった。

 だけどは、昔からそんな胡桃を笑って許し、いつも歩み寄ってくれる。

 胡桃は部屋に飾ってある、自分と莉太の小さい頃の写真を手に取る。

「(莉太ぁ~~~♡ 好きぃ~~~~~い……♡)」

 胡桃は莉太を溺愛していた。もちろん男として、恋愛的な意味で。

「私の水着見たいって……しかも手まで……キモオタのくせに……好き……」

 莉太が昔からの胡桃を知るように、胡桃もまたそうだった。

 幼い頃から莉太は、優しい男の子だった。

 莉太は四月生まれ、胡桃は三月生まれの早生まれ。小さい頃のじゆういつげつの差は顕著で、胡桃にとって莉太は兄のような存在だった。

 胡桃が欲しがったものを必ず与えてくれる。困っていたら必ず気にかけてくれる。行動を求めれば必ず応えてくれる。いつも自分の手を引いてくれる。胡桃は莉太の素朴な優しさが好きだった。

 だけどそんな莉太は大人しくて鈍感な性格が災いして、よくいじめられていた。

 許せなかった胡桃は小学生の頃、いつも莉太をいじめる男子と敵対していた。

 その過程で男が嫌いになったのだ。

 莉太のような男は莉太以外にいなかった。

 莉太以外の男なんて、きっとみんなクズ同然なのだ。

 そんなことを考えていると、ふとスマホが震える。

『またチャンス作ってあげる!』

 今日、予想外のセリフを叫んだからのメッセージだった。肉じゃがをごそうした日も、今日のキャンプも、全ては胡桃の気持ちを知っている恵麻に頼んで画策してもらったことだったのだ。

『お願いします、恵麻師匠……!』

 また、昔みたいに一緒にいられるようになりたいから。

「私がもっと莉太のために頑張らなきゃ……へへ、へへへ♡」

 胡桃はこの後二時間、莉太に握ってもらった手の感触の余韻に浸った。