
さて、今回の山場は……。
「
「
そう言う安奈の顔は、ほんのり赤くなっていた。
なんの取り柄もないと自分を蔑んでいた俺は、彼女のその言葉に救われて──。
「………………へへ」
やってしまった。自分の小説に思いっきりリアルを投影するというイタ行為。しかも超脚色してるし。そもそも言われたの、俺じゃないし。いやでも、お陰でなんだかすごくいい話に仕上がってる気がするぞ、最新話。
今日を振り返りながら執筆に
『いや、もう……お前ら早く結婚しろよッッッ!!!!!!』
ひとまず最新話は書き終えた。俺は達成感のままにスマホを枕元に放り投げ、俺の部屋の前で扉をカリカリしてたから部屋に入れてやったまま放置してたメグを、ようやく抱き上げ膝の上で
すると部屋の扉が突然開く。
「お兄ちゃーん? あ、メグここにいたんだ」
「あのさぁ、ノックぐらいしてよ……」
「お兄ちゃん、来週の土曜日ってバイトあったりしないよね?」
「え? あー、休みだけど、なんかあるの?」
「よかったぁ。今ねぇ、
胡桃ちゃん。その名前を聞いて俺は身震いした。
胡桃とは、隣に住む俺と同い
「子供がこの歳になってもまだご近所一家と総出で出掛けるとか言ってんの……」
「いいじゃん。絶対楽しいって。空いてるなら空けといてよ?」
「まあ別に無理に断るほどでもないし、いいけどさ………」
「久しぶりだよね。どっちの家族も
俺がそれに
「どうかした? お兄ちゃん」
「いや……あいつのこと思い出したら寒気が……」
もう高校生だ。昔とは違うのだ。俺も、──あいつも……うぅ……。
◇
次の日、二限目終わりの休み時間。喉が渇いたので自動販売機に向かうと、そこで
「なぁ、この前のことまだ怒ってんのかよ。悪かったって」
思わず俺はあと少しで自動販売機というところで、柱の陰に身を潜めてしまった。
「怒ってんのって、この前体育祭の打ち上げの時、
「ねえ、マジでウザい。いつまでついてくんの?」
山下さんたらいうその女子がようやく男の方を振り返ったと思えば、冷たくため息混じりに男を突き放す。しかし男は
「……許してもらえるまで、だよ」
男の
そして山下さんは、すぅ、と一度大きく酸素を吸い込む。
「許すって何を? 私、怒るも何も、最初からあんたなんかと関わり合うつもりも関わり合ったつもりもなかったんですけど。あんたが友達と口裏合わせて私に何しようとしてたのか知らないけど、私は元からあんたみたいなキモい男と口利かないようにしてるだけ。あんたみたいなの相手に怒るとかそんな
──ピッ、ガタン。
山下さんは言い切ると、あっという間に自販機でミルクティーを買って去っていった。当該者である男は、その舌刀による剣技に
出直すかと自教室の方に引き返すと、すれ違う野次馬
「あれ、男嫌いの山下さんだよな。四組で有名な子。ザ・感じ悪いギャルだな」
「一年でもトップクラスに
男嫌いの
俺は山下さんを評する男子
「
「た、
教室に戻ると、ちょうど竹内さんが俺の元へとことこ駆け寄ってきて、話しかけられた。あぁ、今日も
「今日ね、クラスの何人かでカラオケ行かないかって話になってるんだけど、男子も誘ってて、良かったらその……田中くんもどうかなって」
なにッ!? あの竹内さんがこの俺をリア充軍団との放課後にご招待してくれているだと!? つ、
……いやいや、待てよ。
浮かれた瞬間、思い出す。
『あんたなんかと関わり合うつもりも関わり合ったつもりもなかったんですけど』
背筋がゾッとするのを
「ご、ごめん。今日用事あるんだ」
「あっ……そ、そうなんだ……。それじゃあ仕方ないね」
「うん、それじゃ」
竹内さんの横を通り過ぎて自席に向かう途中、ひそひそ声が聞こえてくる。
「おい、田中の
「羨ましい……。てかもったいねぇ……。」
俺だってそう思うよ。でもでも、山下さんのあの超絶罵倒を見た後だぞ。あの男子と同じ道を
竹内さんは自分の席で心
◇
「はい、いいよ」
「わふっ!」
ビュ───ンッ!
午後五時。下校してメグの散歩後、帰宅して足を拭いてやって膝から解放すると、勢い良く家の中を駆け出すメグ。意味不明だが、メグの散歩後のルーティンだ。
よーし。今日のやることお~わり。
今日父は仕事の飲み会で帰りが遅く、母は夜勤。
そう意気込みながら、部屋に戻ると、
「おかえり~」
「ただいま~。……ただいま!?」
誰もいないはずの家で、出迎えの声が。
サイドテールに青いシュシュ、モデルじみた細いスタイル、
「な、なんで……」
なんで俺のベッドの上に、男嫌いの
「よっ、キモオタ」
「え、うん、え……」

さらりとド直球に俺をディスってきた
「……はい、これ」
動揺していると山下さんがその文庫本を手渡してきて、俺はおずおず受け取る。
「え、あぁ……はい……」
「
「い、いや……えっと……」
堂々としろよ俺……こういうとこだろ、陰キャオタク……。
その整った顔とは数秒見合うことさえ耐え難く、視線を
そんなことを考えていると、山下さんは上体を起こし、
「……変態」
「い、いいじゃんか別に本くらい! 胡桃には関係ないじゃん!」
「幼なじみが変態だと困るのは私なのよ」
そう。彼女がまさに
男嫌いの山下さんは、俺の幼なじみなのだ。
「わふっ! わふっ!」
するとメグが来客に気づいたようで、部屋に侵入して胡桃の前で飛び跳ねる。
「メグちゃ~ん♡ 今日もふわふわ~♡」
胡桃は朗らかに頬を緩ませ、メグを抱える。
「へへへ~、可愛い~♡」
その顔は本当に、今朝のあの男子への罵倒が
俺はついむず
「……どうやって家の中入ったの」
「恵麻ちゃんから鍵借りた。はいこれ、鍵も返す」
「恵麻の仕業なのか……」
鍵も受け取り、『変好き』の一巻は本棚に戻し、幼なじみのこの悪い意味での遠慮のなさに嘆息する。胡桃はメグを下ろし、ベッドから立ち上がって、本棚にずらりと並んだライトノベルの背表紙を値踏みするように見る。
「あんた、部屋に
「余計なお世話だよ……そもそもラノベはエロ本じゃないし、大体、ラノベやめたくらいで彼女出来たら苦労しないって……」
ラノベって、なんで昔からこうエロ本だと思われがちなんだろう。
俺はやるせなさを感じながら、「おもしろいのになぁ」と、『義妹生活』という作品の表紙を見つめる。するとそれを見て
「あぁ、もうリアルの女の子じゃ満足できなくなったんだ……末期ね」
「そ、そうじゃなくて!」
「はぁ……せっかくあんたにもラノベのテンプレみたいに幼なじみいるのに………」
「ははは、現実と物語の幼なじみは違ゴフッ──」
並んで本棚の前に立っていた胡桃から横腹に右ストレートを一発
「な、なんで……」
「あんたに一番言われたくないセリフだったからよ……」
俺はその場に
そして床の上でメグに
「てか、結局胡桃は何しに来たの……」
「あ、そうだった」
胡桃はベッドに座り、サイドテールを手で弄びながら足先をモジモジさせる。
「……今日
「あぁうん。え、なんで知ってんの……?」
「
立ち上がる俺。
「あぁそういう……いいの? じゃあ遠慮なくごちそうになる方向で……」
「あ、あそう? しょ、しょうがないわねぇ~。ま、別にいいけどさ~」
「えぇ? 別に無理にとは言わないけゴフゥ──なぜッ──」
「来なさいよッ!」
唐突に立ち上がった胡桃はまたもや俺に腹パン。やたら切迫した顔でそう言う胡桃の目の前で、俺は再びその場に
「もうわけわかんねえ……」
なにはともあれ晩御飯問題、期せずして解決。それに関しては感謝。
俺が生まれてすぐの頃、両親が今のマンションに引っ越したタイミングと同時期に胡桃を
小さい頃はよく遊んでいたが、小学校に上がり、陰キャの俺と対照的に
まあ、今もこうしてご近所付き合い程度ならあるんだけど。
二人、部屋を出て、メグのご飯だけ用意してから胡桃の家にお邪魔することに。
「そういえば
隣に移動すべく玄関へと先を歩く胡桃が振り返った。
「あー、うん。
「……へへへ」
靴を履き替えながら謎に口の端が緩くなる胡桃。
「え、なに……?」
「あ……い、いや? あんたみたいな引きこもりが外に出る
「うるさいなぁ……だから余計なお世話なんだって」
玄関を開けて、わずか五歩。
「お邪魔しま~す」
山下家に入ってすぐ、胡桃は何だか機嫌良さそうに、鼻歌を歌いながら俺を家に招き入れてくれた。学校の男相手にはあんなだが、四六時中カリカリしているわけではなく、普段は基本温厚なのだ。まあ、既に何発か
胡桃の家の両親もまたうちと同じく共働きで、家には居ないようだった。
すると、リビングの方からドタドタ騒がしい足音が聞こえてくる。
「……あ! 莉太くんだぁ! えーなんでなんで!」
「お~、
胡桃の妹、三姉妹の次女、空が、俺に抱きついて歓迎してくれた。空は胡桃とは対照的に昔から俺に懐いてくれている。
「なんか、大きくなったね……」
「百五十センチ!」
「もう!? すごいね~」
「へへへ~♡」
あ、
「コラ、
「えー、ヤダ。へへへ~、莉太く~ん♡」
「ッ……ホントに生意気なんだから……」
「まあまあ……別に俺は……」
「あんたも小学生に鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」
ギクッ……。
胡桃はそそくさと奥のリビングへ歩いていく。俺も空を
胡桃の家の間取りは俺の家をまんま反転させたような作りになっていて、右にある部屋が左に、左にあるトイレが右に、右にあるキッチンが左に、と、なんかいつも不思議な気持ちになる。
「あ、
「莉太くん……!」
小学一年生の三女、小豆ちゃん。こちらはまだミニマムサイズ。テレビの前にちょこんと座り、大人しくゲームで遊んでいた。
「莉太くん、遊びに来たの?」
「そだよ、胡桃が誘ってくれたの」
胡桃は台所に入って、ライムグリーンのエプロンをつけた。似合うなぁ。
「小豆、莉太に会いたがってたもんね~」
「く、胡桃お姉ちゃんだって……!」
「は? ないから」
「ご、ごめんなさい……」
「小豆ちゃんに強く当たるなよ……
小豆ちゃんの頭を
「二人とも、せっかくだしご飯できるまで莉太に遊んでもらいな~」
「わーい! え、じゃあス〇ブラやろス〇ブラ!」
空がはしゃいでその場で飛び跳ねる。見た目は成長してても中身が伴ってないな。
「おお、言っとくけど俺──強いよ?」
◇
早々にボコられた俺。女子小学生二人にソファの上で挟まれ、
見た感じ三女の小豆ちゃんが優勢だった。的確にコンボを
しばらくして、そのまま
「小豆! メテオばっかりズルいって! あとDLCキャラもせこい!」
「で、でも……」
「あーあ、小豆とやってもつまんない!
「い、いやそれはさすがに……」
「ふぇ、ふぇぇ……ふぇえええ」
「あ、小豆ちゃん!?」
小豆ちゃんはとうとう泣き出し、俺の上に
「だからそういうのもズルいって! すぐ泣いて許してもらおうとするし!」
とは言えこの状況はよくないので、俺はス〇ブラを消してホーム画面に戻る。
「お、俺スマブラ飽きたなぁ。あ、YouTube見よ、YouTube……俺最近き〇ぐれクックにハマってて……あ、小学生は見ないかな。あはは」
コアラみたいに俺にくっつく小豆ちゃんの頭を
「小豆ちゃん、仲間はずれにしたりしないからね」
「………………へへへ♪」
あ、こっちも胡桃と同じ笑い方だ。
「だったら私も莉太くんの膝の上で見る! 小豆どいて!」
「嫌ぁ……あっちゃんも莉太くんと一緒がいぃ……」
ど、どうしよう、キリがない……。それにどうしても小学生を相手にしていると良心が痛んで強く言えない。
そんな時、背後から頼もしい声が。
「コラ! 空も小豆も!
「「は、はーい……」」
胡桃に叱られると、途端に大人しくなる二人。
「莉太もあんま甘やかさないで。もっとキツく言ってやんないと聞かないんだから」
「え、ご、ごめん」
「アレクサ、YouTubeつけて」
料理をしながら片手間に台所からアレクサに指示を出す胡桃。あのギャル家庭的すぎない? 姉っていうかもはや二児の母じゃんね。
胡桃は昔から学校ではそのハッキリした物言いでみんなを引っ張るリーダー的な存在だった。今でこそ男嫌いの胡桃も、当時は男女問わず仲良しだった。
実は幼なじみの俺ですら、
しばらくして料理ができ上がり、俺は三姉妹に混ぜてもらって食卓に着く。
「いつぶりだろ、胡桃の料理。久しぶりな感じする」
「そんな前じゃないでしょ。たまにそっちで作ったげてんじゃん」
白飯に肉じゃが、豆腐の吸物、それから小松菜のお浸し。バランスまで考え尽くされているであろう献立だった。
「はい、じゃあ手を合わせて」
習慣らしく、正面に座る胡桃が言うと、妹ズが手を合わせる。俺も一緒に合掌すると、胡桃は姉をしてる姿を見られたのが恥ずかしかったのか赤面した。
「い、いただきます……」
「「いただきま~す!」」
俺もいただきますをして、パクっと一口肉じゃがのじゃがいもから口をつけた。うまっ……。なんだこれ、俺のお母さんが作る肉じゃがより母の味するんだけど。もしかして、ホントはこいつが俺の母ちゃんなのか……?
「……おいしい?」
少し心配そうに俺の顔を
「うん、
お母さんの料理と違って、やっつけ感がないというか。
「へへ、へへへ……♪」
もう一口食べて
「いつもはこんな豪華じゃないけどね」
「アレクサ、あいつボコボコにして」
「アレクサになんてこと頼むんだよ……」
上二人と違い大人しい
すると空が、箸で肉じゃがを
「はい、
「え、いや自分で食べ……ていうか自分のあるし……」
「ちょっと空! 行儀悪いわよ!」
「えーいいじゃん。せっかく
もごっと、半ば強引に肉じゃがが口の中に。
「お姉ちゃんは莉太くんに食べさせてあげないの?」
「は、はぁ!?」
空は不敵な笑みを浮かべ、胡桃の動揺を誘う。
「く、胡桃……あんま無理しないで……」
「そ、そうよ! そんなことするくらいなら死んだ方がマシだし!」
そんなに!?
学校では男嫌いの
小説のネタにするか……。