たけのこの里記念日から数日。

 放課後、三組メンバーが三々五々散っていく中、このクラスで一番陰キャであるという自負のある俺は、このクラスで一番のリア充軍団の中に突撃した。

「……た、たけうちさん!」

 俺の呼び声に反応したのは竹内さんだけでなく、その場にいた陽キャ集団全員。何事かと、周りの目がさっきまでの外にいた俺に集中する。怖いよぅ。

「い、行こっか……!」

「あ、うん!」

 かばんを背負う竹内さんに声をかけると、竹内さんはくすぐったそうに微笑ほほえみ首肯した。

「ふふ……ゆずりん行ってらっしゃ~い」

「行ってきます! 六時までには戻るからね!」

 竹内さんは、なにやらニヤニヤしているかながわさんの見送りに応えながら、いつも仲良くしているリア充たちの輪から抜け、俺と一緒に教室を出た。

「ふふふ、えへへ……」

「……どうしたの? 竹内さん」

「ふふ、なかくんがこの前言った通り、行く時声掛けてくれたのがうれしくて」

「そ、そう……?」

 今日はボランティア委員の仕事である海浜清掃のため、今から俺達は近所のビーチに掃除をしに出向く。委員全員出席ではなく、委員のメンバーの中から希望を取った少人数参加だ。もっとも、最低五人は強制らしく、わざわざ希望したのは、誰も手を挙げなくて気を遣った俺と、その後に続いた竹内さんだけ。残りの三人は結局くじ引きで決まった。希望制とは?

「……竹内さん、ホントに良かったの? ともだちと予定あったんでしょ?」

 海浜清掃の裏では、竹内さんがいつも仲良くしている女子のメンツで、放課後教室お菓子パーティー、略して菓子パが行われるそうで、竹内さんも参加予定だったらしいが、委員のこともあってきゆうきよ竹内さんは抜けることになったのだとか。

「ううん、全然平気! いつもやってる菓子パだし、どうせ帰ってきてから途中参加するつもりだから!」

 そうかい……? 竹内さん、お菓子大好きでしょうに……。

 竹内さんはいつかの委員会決めの時同様、まるで俺の後を追うように海浜清掃への参加を希望した。多分、俺が仕事を引き受けたことに気を遣ってのことだと思う。

「あの、俺に気を遣ってるなら今からでも先生に俺が適当に言って──」

「気を遣ったりなんてしてないって! その……だってゆず、なかくんとの委員会、好きだもん……」

………………そ、そっか!」

 て、天使だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!

 もちろん、これはラブコメでなく現実。たけうちさんが優しいからそう言ってくれてるだけなのはわかってる。

 ……でも、俺もこの委員会好きです!



 ひようけん明石あかし、学校から南にあるいがしまかいがんに先生のミニバンで来た俺たち。海岸沿いの歩道にはなんか南国風の木、水平線にはあわしま、東には明石あかしかいきようおおはしが見える。ちなみに、めっちゃ家の近所だ。

「めんどくせー」だの、「今すぐ委員辞めてぇ」だの、くじ引きで来る羽目になってしまった先輩と思わしき男子三人が、ゴミを拾いながらぼやぼや文句を言っている。一方、竹内さんとビーチに来れて上機嫌だった俺も、このまま竹内さんとのアバンチュールかと思いきや、竹内さんと一緒にゴミ拾いをしていたところを先生に「しやべんな。散れ」と怒られた。マジかよこの委員会クソじゃん。

 日が沈み始めた頃。清掃を終えてビーチ脇の駐車場に戻った俺達が砂浜から撤退しようとした時、大人しい大きな犬を連れた一人の男性が俺達に近寄って来た。

「あの、すんません。この辺で、青いキラキラのついた銀色の指輪見なかったッスか?」

 たずねる男性に首をかしげる先生。

「いやぁ、僕は見てないですけど……おいお前ら、見たか?」

 先生が返事をして、俺と竹内さんを含めた五人の生徒全員も首を横に振った。

「でも、そのゴミ袋……」

 すると男性が俺達の集めたゴミを見つめ、一人の生徒が「おいうそだろもう……」とめんどうそうに頭を抱えた。確かに、この袋の中にはないとも言い切れない。

「すんません、確認させてもらってもいいッスか? その指輪、彼女との大事なもんなんッス」

 ゴミ袋の中にはそれなりのゴミが入っていた。その中から指輪があるか確認するには骨が折れそうだ。

 だけど、彼の恋人との指輪がこのゴミ袋の中にゴミとして入っている可能性が、どうしても俺の心の中でしこりになり、苦い記憶がよみがえる。


『はい、パス。それ、田中がとうにあげるんだってよ~』

『うわキモッ! 捨てとくわ!』


 嫌な思い出だ。だけど、その時一人の女の子に抱いていた感情は確かに大切なもので、だからこそ彼が指輪を大切にする気持ちも痛いほど理解できた。

「あ、あ~あ……やりやがった。お前が片付けろよ」

「はい、わかってます」

 俺はゴミ袋をひっくり返した。一緒にビーチに来た仲間からわかりやすくとげとげしい視線を浴びながらも、俺は必死に素手でゴミをあさった。

 それから五つあったゴミ袋全てをひっくり返し、彼と一緒に指輪をくまなく探した。だがその努力もむなしく、指輪らしきものは見つからなかった。

「……ない、ですね」

「引き止めてすんません。俺、もうちょっと浜で探しますね。あざっした」

「あ、いえ……ほら、お前ら、さっさと片付けて帰るぞ」

「はぁ? 散らかしたのコイツじゃん……」

 先生に片付けるよう言われ、生徒一人が俺にいやつぶやいた。でも俺はそれより、浜の向こうで今も飼い犬と共に指輪を探す彼の姿の方が気になった。

 もちろん散らかした俺が率先してゴミを片付けて、再び帰れそうだという空気が団体に流れる。やっとうんざりしていた仕事が終わったのだ。喜ぶべきことだ。

 でも、……ダメだ。

 ──俺はこのまま帰る気になれなかった。

「……たけうちさん、ごめん、竹内さんは先に学校に帰って菓子パ合流して」

「えっ、なかくんは……?」


「先生、俺、ここに残ってあの人の指輪探すの、手伝ってもいいですか?」


「はぁ!? ふざけんなよお前マジで! 殺すぞ!」

 先生より先に先輩に詰められ、胸ぐらをつかまれる。少しされながらも俺は先生に話をした。

「お、俺だけ学校まで歩いて帰るので! 皆さん先に学校に戻っててください!」

「いやさすがに置いては行けないぞ……。歩きだと学校まで一時間はかかるし」

「い、いいんです……! 俺がやりたいことなので……!」

「先生、もういいでしょ。こいつもこう言ってんだからほって帰──」


「ゆずも残る!」


 その時俺に助け舟を出してくれたのは、またたけうちさんだった。

「た、竹内さん!? だって竹内さんは菓子パが……みんな待ってるんでしょ?」

 きっとボランティア委員なんて委員会がなければ、きっと俺との仕事がなければ、竹内さんは今頃、俺なんかと一緒に仕事なんてせず、青春を楽しめていたはず。

 それなのにどうしていつも、竹内さんは──。

 普段あどけない竹内さんが、力強いで俺をぐ見てうなずいた。

「ゆずも指輪、ほっとけないから」

 竹内さんは迷いなく決めていた。俺はその思いを否定したりできなかった。

 そして先生も頷く。

「……わかった。ただし、俺が残りの三人を学校に送って、その後また車で戻ってくるから、それまでだぞ。いいな?」

「……わかりました。竹内さん、行こう」

「うん!」

 日が暮れるまであと一時間もないだろう。それまでには見つけ出さないと。

「あの……!」

 俺が話しかけると、振り返った彼は少し驚いた顔をして、手の砂を払った。

「え、さっきの高校生さんら……?」

「先生に許可もらったので指輪探し手伝います! 制限時間付きですけど……!」

「え!? いいんスか!? うわぁ~……ありがてぇ~……

 男の人に、竹内さんも励ましの声をかける。

「大事なんですよね? 指輪」

「ウッス……その指輪、俺らがまだ高校生の頃、初デートの時にオソロで買ったもんなんス。まあもう十年以上も前ッスけど。安物ッスしね。高校生の時の指輪なんて、いい加減新しいのに変えろって話ッスよね」

「そんなことないです」

「竹内さん……?」

 竹内さんは、彼の弱音にハッキリと切り込んだ。

「その指輪は、二人のお互いを思う気持ちが今もいろせてないっていうあかしじゃないですか。普通とか世間体なんて、どうでもいいです。絶対に見つけ出して、この先もずっと大事にしておくべきです。その指輪も、その思いも」

 ──ああ、こういう人だよな。竹内さんって。

 彼は、妙に心のこもった竹内さんの言葉に涙を浮かべていた。そして『世間体なんてどうでもいい』というその言葉に、なんだか俺まで勝手に励まされた。

「日が暮れる前に探し出しましょう!」

「ウッス! あざっす!」

 それから三人は指輪探しに没頭した。ただ、指輪は一向に見つかる気配がない。

 靴の中に砂が入って気持ち悪い。首にかいた汗に砂が付いてかゆい。見れば途方もなく広がる浜。時間がつにつれ、親切心よりも現実への不快感ばかりが募っていく。

 ……やっぱり、現実はそうくいかないよな。

 日も暮れかけ、もう間もなく車が来る頃だ。そう諦めかけた時だった。

「──あれ、これって」

 たけうちさんが、砂浜から何かをつまみ上げた。

 竹内さんの手の中にあったのは、──青いラメの入った指輪だった。

 彼はすぐに竹内さんに駆け寄って、指輪を確認する。

「こ、これだ……うわぁ、よかったぁ……」

 探し始めて一時間弱。ついに指輪が見つかった。彼は喜びか、あんか、恩人の竹内さんに対する感謝か、感情のままに泣き崩れ、何度も竹内さんにお礼を言った。

「ありがとぉ、ホントにありがとぉ……」

「い、いや、ゆずは探しただけですから……!」

 そして、やはりそのの外にいる俺。

 あぁ、モブの俺とは違う。

 ──竹内さん、すごいなぁ……!

 現実なんて。そう思ってしまう俺が見ている景色をひっくり返す、まるで物語の主人公のような彼女の姿から、俺は目が離せなくなった。

 彼は俺にも一言礼を言うと去っていった。

 もうすぐ暗くなるビーチに、竹内さんと俺は二人きりになった。

「……ごめん、竹内さん。お菓子パーティー、間に合うかな」

「ううん! そんなのいいよ。指輪が見つかってよかったね」

「でも……」

「いいんだよ、本当に! ほら──」

 竹内さんは西の方を見て目をすがめた。見れば地平線に太陽がにじんでいた。れいだった。

「──なかくんと、こうしてここで夕日見られたから!」

「……そっか」

 だけどその景色を見た感動よりも、夕日に照らされた竹内さんのいつものうららかな微笑ほほえみの方が、俺の胸にいたく染みた。

 やっぱ竹内さんは、天使だ。



 すっかり暗くなってから俺とたけうちさんが教室に辿たどくと、菓子パをしていたかながわさんと他四人の女子は、既に教室の片付けに取り掛かっていた。

「あっ! やっと帰ってきた! ……って、どしたんそんな汚れて!?

 俺たちはハッとお互いを見合う。言われてやっと自分達が砂まみれであることに気づいた。それぐらい二人して夢中だったらしい。

「ご、ごめん竹内さん、やっぱり間に合わなかったね……」

「もう! だからなんで謝るの! 謝らなくていいって言ってるじゃん! むしろなかくんは感謝されるべきなんだから!」

「えぇ! いや、俺なんて何も!」

「聞いてちゃん! 掃除終わって帰る時にね! 男の人が彼女とのペアリングくしたって困ってて、それを田中くんが探すって言ってあげてさ!」

 金川さんが「は、はぁ……」とたじろいでいる。よ、良くない良くない。女子相手に俺の無駄話なんて……。

 俺は慌てて否定する。

「ちょ、ちょっと待って! 俺はホントなんもしてないって! 見つけたのは竹内さんじゃん! 俺を持ち上げるみたいな言い方やめてよ!」

「でも田中くんが探すって言わなかったら、ゆずきっと探してなかったよ! やっぱり田中くん、優しいなぁ」

「そ、そんなんじゃ……!

「てか田中くん、顔に砂ついてる!」

うそ?」

「ほら」

「うわホントだ」

「ふふ、ここも、あとここにも、ふふふ」

「じ、自分で拭くから……」

「え~、取ってあげるって~」


「……いや、もう……お前ら早く結婚しろよッッッ!!!!!!


 ………………は?

 刹那、教室に木霊した金川さんの大声に、俺は一拍置いて間抜けな返事をした。

「えっと……金川さん? 誰と誰がですか?」

「お前らだよお前ら! 他に誰がいんだよ! お・ま・え・ら! ね!?

「ちょ、ちょっとちゃん!?

 かながわさんは半ギレで他四人に共感を求めた。その四人はニヤニヤして俺とたけうちさんの方を見ている。

「え、うん、マジでこっちから見たら終始夫婦だよ」

「見てる側が恥ずくていたたまれないレベル~」

「ほら見ろ! わかったらとっとと籍入れろ!」

「ちょ、もう……みんな何言って……なかくん困ってるから……」

 そう言う竹内さんもお困りだった。こ、これは良くない流れだ……。俺とセットにされるとか、女子からしたら最悪じゃん……。

 俺の横でからかわれ狼狽うろたえる竹内さんのことを見ていられず、とつかばう。

「や、やめなよ! 竹内さんと俺みたいなのが釣り合うわけないじゃん!」

 瞬間、教室がまたシーンと静まり返った。な、なんですか。

「田中くん、それマジで言ってんの?」

「え……あ、釣り合わないってのは竹内さんが上で俺みたいな陰キャがって意味で」

「いや、そこは疑ってないわ!」

「ででで、ですよね! わかってました!」

 じゃあなんの沈黙でしょうか……。

 理解できずに首をひねっていると、横でほおを赤らめた竹内さんが、「田中くん、そんなことよりゆずたち、着替えないと……」と、俺の半袖の体操服をクイクイ引っ張った。いや、言い足りないぞ。

「その、本当に竹内さんのことからかうのやめてあげなよ! 今日だってみんなと遊びたかっただろうに……」

「いや、ゆずりん、むしろ委員会の方──」

「わぁぁぁあああああああああ!」

 竹内さんは急にシャウトし始めた。なんだ急に。

「ちちち、千代ちゃんってば! バッカじゃないの! バカバカバカ!」

「え、金川さん、今なんて言おうとし──」

「わぁぁぁあああああああああ!」

「竹内さん! これじゃ会話にならないじゃんか!」

「いいんだよもう! とにかく行くよ田中きゅん!」

「田中きゅん……? あ、ちょ、え……?」

 ふんす、と鼻息荒く、竹内さんは俺を引っ張って更衣室のある方へ歩き出した。結局真相はわからずだ。でも竹内さんが俺を引っ張る手はどことなく強く、歩く速さはなんとなく速いのはわかった。

 ……怒ってるのかな。

「……ごめんたけうちさん、俺のせいでからかわれちゃったね」

「だから、謝らなくていいんだって! なかくんのせいじゃないんだから!」

 かばわれてるのに怒られてる……。

 そうこう言っているうちに、更衣室に着いてしまう。男子更衣室の扉に手をかけると、硬い感触が帰ってくる。あの先輩、鍵閉めたな……。

「あー……男子更衣室閉まってる……」

「え? ど、どうするの?」

「うーん、俺はどこか適当にトイレとかで着替えるよ。じゃあ、今日はここで解散だね。指輪のことホントありがとう。また明日あした学校で」

「……ここで着替えたらいいじゃん」

「……え?」

 竹内さんはうつむきがちにそう言った。俺は言葉がつかめずき返す。

「ここって……廊下で着替えろと?」

「ち、違くて……」

「ん? じゃあどういうこと?」


「だから……女子更衣室空いてるから、一緒に着替えようよ」


 ……ん、んぇぇ?

 何を言われているのか理解に苦しむ俺。しかし竹内さんはモジモジと身をよじりながら俺の返事を待っている。

「女子更衣室空いてるから、一緒に着替えようよって……女子更衣室が空いてるから一緒に着替えようって意味だよね」

「……そだよ。な、なんで二回改めて言ったの?」

「いや、ちょっと頭が追い付かなくて……」

 俺はあせって至極当たり前のことを言い聞かせる。

「い、いや、何言ってんの竹内さん? それじゃあ男子と女子で更衣室が分かれてる意味ないよね?」

「わかってるよそんなこと。でもトイレは汚いし」

「いやでもさ……」

 竹内さんは自分のリュックのひもいじりながらつぶやいた。

「ゆずは、田中くんとなら……いいのに……」

 ……な、なんで俺となら一緒に着替えてもいいってことになるの?

 考える。たけうちさんにとって俺と一緒に着替えていい、それっぽい、いかにも正当っぽい理由を考える。まさか俺のこと好きなわけはないしなぁ。

 そして俺は、これしかないという答えに辿たどく。

 ──やっぱり竹内さん、俺のことは男として見てないのか……!

「わ、わかった……き、着替えようか……」

「え、なんでちょっと嫌そうなの……?」

「い、嫌じゃないよ……竹内さんが心を許してくれるなんてうれしい……」

「だったらもっと嬉しそうにして!?

 結局俺は、竹内さんと二人、お互いに背を向けて着替えることになったのでした。


 ……こういうのが、この後あと二回も続きます。


◇ 竹内ゆず ◇


 海浜清掃を終え帰宅し、柚璃は友人のかながわと電話をしながら風呂にかり、その電話をつないだまま、風呂上がり、下にショーツだけを穿いて上半身裸で部屋のベッドに飛び込んだ。

「あぁ~、カッコよかったなぁ。なかくん……」

『あのクルクル頭のおチビくんが……?』

「もう、またそうやってバカにするっ! 田中くんカッコイイもん!」

『ごめんごめん。んまあ人それぞれ好みはあるよね……あ、いつまでその話続く?』

 柚璃は家に帰って千代に電話をかけて以降、ずっととの今日一日を振り返って聞かせていた。

「まだ続きますっ。ゆずが帰るところまでだよ」

『え、まだ委員会の話も終わってないのに……?』

「でも海での話は飛ばしてもいいか、話したっちゃ話したし」

『うっしゃ、やりぃ!』

「喜ばないでよっ! あっ……ていうか、学校に帰ってきてその後ね……我ながら結構大胆なアプローチをしてみまして……」

『ん、なんかあったの?』

「……い、一緒に着替えたの」

………………ぁぁぁぁぁぁッ!?

 音割れした叫び声が聞こえてくる。柚璃は思わずスマホを身から遠ざける。

『最初に言えよそれ……き、着替えたって……それもう……』

「ち、違うの! ちゃんと背中合わせで……ゆずが言い出したことだし……」

『それで、何も起きなかったの?』

「うん」

『はぁ、まぁあのもやしっ子が何か仕掛けられるとは思ってないけど……ホント、なにがそんなにいいのやら……』

「……違うよ、ちゃん。そういうところがいいんだよ」

 ゆずは、更衣室でのことを思い返す。



「じゃあなかくん、ゆず、背中向けて着替えるから、田中くんも反対向いててね」

「わ、わかった……!」

 は言われた通り、すぐ柚璃に背を向けた。柚璃も同じように背中を向ける。

「じゃあ、着替えるね……」

「う、うん……」

 柚璃は最初に、砂だらけの半袖を脱ぐ。自分の水色のブラがあらわになる。

 そして自分の胸元に目を落とした時、柚璃の頭にぎる。もし今莉太が、自分の方を向いていたら、と。

 もし自分の肌を、下着姿を、見られていたら。

 恥ずかしい気持ちと同時に浮かんでいたのは、期待だった。

 ──見られていたら、同じ気持ちだから。

 そして、柚璃は──振り返ってしまった。自分なりの答え合わせのつもりで。

 しかし莉太は当然、背中を向けたままそそくさと着替えている。男の癖にきやしやな莉太の白い背中を見て体が熱で震えた。だがすぐにその体はワイシャツで覆われる。

 柚璃は、半ズボンを脱いだ。

 莉太の後ろにはその時、下着姿になってそちらを向いている柚璃の姿があった。

「(こっち、向いてもいいんだよ。田中くん)」

 もしこのまま、彼もこっちを向いたら、そしたら──。

 柚璃がその姿で、莉太の黒いボクサーパンツ姿を見てドキッとしたのもつか、その姿を見られているとも知らず、莉太は一瞬でスラックスを穿いてしまう。

 そして莉太は、そのまま着替え終えてしまった。

 その場にあぐらをかいて座り込み、一言。

「お、俺着替え終わったから! たけうちさんも着替え終わったら言ってね!」

「──うん」

 ゆずは返事をして、制服を手に取らずに、しばらくじっとのことを見ていた。だけど莉太は両手で顔を覆って、柚璃の着替えが終わるのを待ち続けた。それはまるで、頑として柚璃の方を見まいとするようで。

 その正直な後ろ姿に、じゅ、と胸の内側が焼けるように熱くなる。気持ちがそろわなかったことは少しだけ残念。でも心はますます彼に夢中になった。

「(──やっぱり、こっち向かないよね、なかくんは)」

 ……でも、そういうところだ。そういうところが、



 電話を終えた柚璃は、パジャマを着ると、ベッドに横になってスマホの写真フォルダを開くと、その中から先日の体育祭の時に撮ったクラスの集合写真に写る莉太の顔をズームして眺めた。

「……えへへ。可愛かわいいっ」

 柚璃は、画面の莉太の頭をちょんちょん、と人差し指ででる。

「好きだよ、田中くんっ」