放課後、夕暮れのだいだいが淡くにじむ教室。俺と金髪美少女の二人だけのせいひつたる空間には、壁掛け時計のかそけき秒針の音だけが、やけにれったく一律に響いている。

「私、ずっと前からなかくんのことが好きでした! 私と付き合ってください!」

 瞬間、開いた窓から風が吹き込み、カーテンをひるがえし、美少女の絹のような金の長髪を涼しくなびかせ、俺のほおを冷ますようにでた。

 風がいで、俺は答えを口にする。

「──俺も、ずっと前から好きだった……!」

うれしい、お兄ちゃん……!」

 美少女は俺の返事に涙をあふれさせ、駆け出して俺の胸に飛び込んだ。

「はは、俺も嬉しいよ。これからはずっと一緒さ。………………お兄ちゃん?」

「お兄ちゃん!」

「え、ううん、俺、キミのお兄ちゃんじゃないよ」

「お兄ちゃん!」

 ペロッ。美少女は俺の頬をめた。

「え、ちょっ、は? あはは……くすぐったいなぁ……は? なんで舐めた?」

「お兄ちゃん!」

 ペロッ。ペロッ。……ベロベロベロォッ!!

「はは……そ、そっか、これがキミなりの愛情表現的なあれなんだね。……臭いッ! 臭いよッ! は!? くっさなにこれくっさ! 獣臭ッ! 臭い臭い臭いッ!」

 ベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロォッ!!

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!



「お兄ちゃんってば!」

 目を開けると、俺んちで飼っているポメチワのメグ(三歳♀、アホ)が俺の顔中をチロチロめ回していた。ゆ、夢か。あと少しで金髪ヒロイン嫌いになってた。

「もう、やっと起きた! ほらメグ、よし」

 そして俺のベッドのかたわらにはショートカットの女の子、。一つとししたの妹だ。

 恵麻がメグに指示すると、メグは満足気に、あおけ状態の俺の胸の上で伏せをして、偉そうに俺を見下ろした。なんか、スフィンクスみたい。

「おはよう、お兄ちゃん」

「恵麻……いい加減メグに顔舐めさせて起こすのやめてよ……」

「だって、そうしないとお兄ちゃん起きないじゃん。ね~、メグ♪」

 メグはのんにあくびをするが、恵麻はそんなメグの白い毛でモフモフした背中に「かちこいねぇ~♡」とほおりをする。俺、自分の腹の上で何を見せられてんの?

 俺はメグを抱えて上半身を起こし、ついメグに釣られてあくびをした。

「もう、お兄ちゃん髪ボサボサだよ? お風呂の後ちゃんと乾かして寝ないと。お兄ちゃんくせっ毛ひどいんだから」

「うぅ、や、やめてよ……」

 恵麻は朝なのにぱっちりした目を困ったように細め、俺のはねた髪を押さえつけるようにくしくしとでてきた。妹に撫でられる兄。俺ってペットと同列なのかな。

 恵麻は気が済むと、ぽふりとメグを抱き上げ、その場から立ち上がる。

「お母さんがご飯冷めたって怒ってるよ。それと、寝癖は直して学校行くこと」

「わかったよ……」



 九月は夏だと思う今日この頃。暑い。もう下旬だというのに、この調子でホントに秋は来るのだろうか。その上自転車登校+激坂のコンボのせいで学校に着く頃にはいつも汗だくだ。マジ、毎日弱虫ペ〇ル。

 そうして今日も今日とて、俺の属すうおずみこうこうの一年三組に到着。

 ……はぁ、憂鬱だ。

 まず、教室に入る瞬間が嫌いだ。入室した途端に視線が俺に集まり、衆目はなかを認識すると、『なんだ、田中か』と、何事も無かったかのように散っていく。俺なんてこの教室に居ても居なくても一緒なのに、俺の気配のせいで数秒みんなに『田中を認識する時間』が生まれてしまうのがなんとも忍びない。

 教室中心にある自分の席へ着席し、リュックを肩から机横にかけ、ふう。

 ──そして虚無である。

 あ、はい。見ての通り、ボッチです。ラブコメじゃ重宝される平凡な男子高校生の日常なんて、現実じゃこんなもんですよ。いや、なんなら想定よりやや下振れしてるな、俺の高校生活。こんなはずじゃなかったんだけどな。まあ、いいし別に。俺ネットにフォロワー十五人いるし。クラスの半分くらいよ? えぇすげえ俺。

 自画自賛にもむなしくなり、俺は時計を気にする。現在午前八時十分。あと七時間強もこの教室に幽閉されっぱなしという事実に、俺は気が狂いそうだった。この時間も嫌い。何もすることないし。

 仕方ないから昨日投稿した小説の最新話のPV数でも眺めてようと、俺はスマホを開いた。お、昨日から二人も読者が増えてる! ……二人だけかぁ。

 ──その時だった。


「……田中くん、何してるの?」


 ドッキーンッッッ!!!!!!

 不意にじやな声がに触れ、慌ててスマホを隠す。振り返れば、ミディアムくらいの髪がフワフワした可愛かわいらしい女の子が、……いちご味のポッキーを食べていらっしゃった。

「た、たけうちさん!?

「えへへ~、おはよっ!」

「おは……おは……おはよう!」

 思わず言葉のが下手なオウムみたいな挨拶を返してしまった。

 彼女は同じクラスの竹内ゆずさん。クラスの中でも可愛いとみんなから人気の女子だ。ラブコメで言うところの超王道、天使系ヒロインをこのクラスでたとえるなら、彼女がそう。このクラスにおける男子人気ナンバーワンの美少女であり、男女分け隔てなくみんなと仲が良く、ご覧の通り、俺みたいなボッチにも構ってくれるまさにうちのクラスの天使だ。くりくりの瞳、小さくて柔らかそうな唇、目に入る全てが愛らしい。

 対し、モブ・オブ・ザ・モブの称号をほしいままにする俺、超しどろもどろ。

 たけうちさんがなぜ朝から俺に……?

「……た、たた、竹内さんこそ、どうしたの?」

「ん、そうそう!」

 竹内さんは俺の一つ前の席に腰掛け、ポッキーを魔法のステッキみたいにくるくるさせて答えてくれた。

「えと、あのね! 今日のお昼の委員会のお仕事のことなんだけどね!」

 知ってました。知ってて今ラブコメ主人公みたいな反応してみました。

 竹内さんの魔法にまんまとかかり、俺が竹内さんの一挙一動でドギマギま〇かマギカしている最中、魔法少女竹内さんはなんだか一生懸命お口をパクパクさせて委員会のことについて説明してくれている。

 俺と竹内さんは同じ委員会に属している。今日は別クラスの委員がとある仕事を担当していたものの、予定ができたとかで俺たちにお鉢が回ってきたらしい。なんでも、竹内さんが代わってあげたとのこと。優しいなぁ。

「ってことなの! ごめんね、ゆずが勝手に引き受けちゃったせいで……」

「い、いや全然! 昼休みだっけ、わかった……!」

 すると竹内さんは、少し赤らんだほおをしてポッキーを俺に突き出した。

「……はいっ、あげるっ!」

「え、いいの……?」

「うんっ、食べてっ! お礼? おび? そんな感じ」

「あ、いやそんな、お礼されるほどじゃないよ! 仕事だし……!」

「いいからいいから♪」

 しゆんじゆんしていると、竹内さんは「あーん♪」とポッキーの先っぽを俺の口元にやった。

「じゃあ、まあ……」

 ……ポリッ。

 そのまま一本引き取って、しやくしつつ伏し目がちに竹内さんの様子をうかがうと、ピタリと目が合い、竹内さんは微笑ほほえみかけてくれた。

しい? ゆずね、最近ポッキーハマってるの!」

「そ、そうなんだ! 美味しいよ……!」

 いやホント美味しいです。味も、展開的にも。

「ゆずりん~? あ、ごめん邪魔した?」

 教室の向こうで竹内さんを呼ぶ声がした。どうやら俺ごときが竹内さんと一緒にいる時間にはリミットがあるようだ。仕方ない。人気者は引っ張りだこだ。

「あぁ、ごめんなかくん、ゆず行かなきゃ……」

「あ、うん! 気にしないで! ポッキーありがとう!」

「うん! それじゃ!」

 てててー、と、あっさりたけうちさんは俺の元から去る。竹内さんはともだちの輪に合流すると、「もう!」となんだか怒って、ポコっと友達の肩に猫パンチした。可愛かわいい。

「ごめんって……。ていうかゆずりん、またお菓子食べてるの? ゆずりんってホント、いっつもなんかほおってるよね。リスかよって」

「……ゆずってそんな出っ歯かな?」

「そういう意味で言ったんでなくて……小動物みたいで可愛いってことよ」

「えぇ~、ゆず可愛いより美人がいいかな」

「それはお菓子ばっかり食べてるようじゃ無理かな?」

「な、なんでお菓子食べてると美人無理なの……?」

「はいはい、そのド天然も直そうねぇ」

 次第に竹内さんを中心にした輪が大きくなる。そこには男子の姿もチラホラ。

「あ、竹内~、俺にも一本くれよ」

「竹内、また食ってんのかよ(笑)」

 ともだちに慕われ、ポッキーを俺以外の男子にも分けてあげるたけうちさんの姿を遠巻きに見つめる。

 いるよな~、ボッチにも優しい人って。みんなに慈悲深い。まさに天使だ。

 ……と、この時はそれだけだと思っていた。



 竹内さんとの出会いは、入学して間もない頃の委員を決めるHRの時間だった。

 クラス委員、体育委員、文化委員、風紀委員など、続々メンバーが決まっていく中、〈ボランティア委員〉という委員だけ一向に立候補が出なかった。

 ボランティア委員。校内外の美化活動や生徒会活動の補佐、それから行事の度に雑用を担ったり、学校を背負って地域に飛び出しイベントの企画や運営までやる、まるで都合のい便利屋のような、他の委員の比じゃないほどめんどうな委員だ。

「立候補、出ませんでしたらくじ引きで決めますが」

 入学したばかりで堅苦しさの残る教室で、担任の女教師のむらかみ先生がしびれを切らしていた。俺は関係ない。そう思っていたのに、先生の一言で使命感に駆られた。

 ここで誰も委員に立候補しなければ、やりたくない誰かが無理やり委員に就かされることになる。誰でもないその人のことを考えると、胸が苦しくなった。

 小さい頃からそうなのだ。自分に関係なくても、芸能人の訃報やスキャンダルを見てしまうと二日ぐらい体調を崩したり、困っている人を見ると自分がその立場になった時のことを考えて不安になったりしてしまう。

 れいごとのように思われるのでそういう体質であることを人に言ったことはないが、とにかく今のこの状況を、俺は性格上ごとのようにとても思えなかった。

「……もしかして、やってくれますか? なかくん」

 気づけば俺は、手を挙げていた。

 そしてあっという間に俺の名前が黒板に。正直無駄な気遣いだよなと、決まったそばから後悔していた。……だけど、

「あとは女子ですが、女子ももしこのまま決まらないのであれば──」


「はい、やります!」


 その時、陰鬱な空気を切り裂くぐな手を挙げたのが竹内さんだった。

 それが、竹内さんという天使を知った日。

 竹内さんはその頃から既に人気者で、いつもみんなの輪の中心にいた。

 そんな女の子と、同じ委員。

 めちゃくちゃ期待した。ついに俺にも青春が訪れたと思った。

 でも俺はその後から知っていく。たけうちさんは優しい女の子なのだと。彼女を知れば知るほど、同じ委員になった程度で自分だけ特別だなんて思わなくなった。

 物語は物語、現実は現実。書く人間だからこそ、その辺はわきまえている。

 でも……。

なかくんっ!」

「は、はい!」

 どうしても、竹内さんに話しかけられると浮かれてしまう……!

 約束の昼休み。ボランティア委員の活動の一つである中庭での花壇の水やりへ向かう途中、後ろから竹内さんが声をかけてきた。

「もう! せっかく同じ委員なのに先に行っちゃうことないじゃん……」

「ご、ごめん! 竹内さん、ともだちと話してたから邪魔しちゃ悪いと思って……」

「そんな風に思わないよ! 次から声かけて! それかゆずが声かける!」

「う、うん。ありがと」

 嫌な仕事のことなのに、竹内さんは苦じゃなさそうに言う。ホントいい子だなぁ。

 中庭に出て、倉庫からジョウロを持って来て水をむ。俺たちはいつも、横に長い花壇を向かい合って西から一緒に水やりをする。

「この前も言ったけど、別にわざわざ俺と二人でやらなくてもいいのに。日替わり交代で手分けしようか?」

 ボランティア委員の水やりはクラスごとに順番が回ってくる。大概はクラスの二人でも交代制を採用しているところが多いようだけど、竹内さんはこうしていつも三組が当番の時、二人で一緒に水やりをしてくれる。

「いいんだって! 一人より二人の方が楽しいでしょっ!」

 て、天使だ。

 竹内さんのあまりの聖人度合いにあつに取られていると、返事待ちの竹内さんが不安そうに俺を見る。

「あ……もしかしてゆずと一緒に水やりするの、嫌……?」

「そ、そういうわけじゃないよ! むしろご褒……ゴホンゴホン。う、うれしいよ! だから竹内さんがいいならいいんだ」

「そう……? 良かったぁ……」

 普段モブの俺が、仕事中の今だけはクラスの天使を独り占め。しかも俺や外部の無理やりや強制ではなく、天使のご厚意で。この時間は俺の高校生活の唯一の楽しみなのだ。

「あ、そういえばさぁ、明日あしたの六限のHRで文化祭の出し物決めるんだって! 田中くん知ってた?」

「そ、そうなんだ? 知らなかった……。まだ先なのにね」

「他のクラスと出し物がかぶらないように、早めに決めようってことなんだってさ!」

 ボッチには基本、学校の情報が回ってこないもんで。お恥ずかしい。

 でもそんな俺にも、たけうちさんはいつも気さくに話しかけてくれる。いやされる~。

「一年生はね、展示なんだよ! 先輩たちはお化け屋敷とか、クリスマスツリー作ったり、すごいクラスだとジェットコースター作ったりしたんだってさ!」

「結構色々あるんだねぇ」

「けどゆずはねー、プラネタリウムがやりたいんだよ!」

「プラネタリウム? 文化祭でどうやって?」

「ダンボールとか暗幕使って、みんなででっかいかまくらみたいなの作るの! そのかまくらの天井を、投影機も作って照らすんだよ! それがれいなんだってさぁ」

 竹内さんは頭の中で文化祭のことを想像しているのか、ふふ、と笑ってつぶやく。

「楽しみだなぁ、文化祭っ」

 文化祭なんて、正直ボッチの俺は一人で暇を潰すことになるだろうし、とても楽しみとは思えない。でも竹内さんの笑顔を見ていると、竹内さんが心から楽しめる文化祭になって欲しいなと素直にそう思えて、俺も釣られて微笑ほほえみが漏れた。

「いい文化祭になるといいね」

 俺がそう声をかけると、竹内さんは言葉なく二回大きくうなずき、ジョウロを傾けたままなぜかぽわぽわ俺のことを見つめてくる。

「……って、あれ? ちょ、竹内さん! 同じところに水あげすぎ!」

「え! あぁ! あはは……ごめんちょっとぼーっとしてて……」

 どうしたんだろう。なんか俺、変なこと言ったかな。

「おーい! ゆずりーん!」

 不意に校舎の方から声がして、上を見上げる。取り乱していた竹内さんも振り返って上を見た。

「ち、ちゃん! どうしたの?」

 三組の竹内さんの友人、かながわ千代さんがクラスのある四階の廊下の窓から俺達を見下ろしていた。金川さんはクラスのリーダー的な存在。これまた男女みんなと仲良し。……まあ俺は別に他人だけど。

「今から自販行くんだけどー! ゆずりんいつものオレンジジュースでいいー?」

「えー! いいのー!? ありがとぉ~!」

「うんー! 買って待ってるねー!」

 金川さんは竹内さんの注文を聞いた後、なぜかしばらく俺達の方を見ていた。

「な、なに!」

 たけうちさんがそんなかながわさんに、顔を赤らめてムスッとする。

「いや~? あんたらいつも一緒にいるなぁ~ってー!」

 遠くて表情はよくわからないが、「ふっ」という金川さんの笑い声がかすかに上空に響いたような気がした。

「ち、ちゃんってば!」

「へへーん。じゃ、またあとでー!」

 竹内さんにたしなめられ、金川さんはようやく窓から首をひっこめた。どうやら行ったようだ。にしても、金川さんは何を笑ってたんだろう。

「……って! ちょ! た、竹内さん! 水! こぼれてるって!」

 今度はもう花ではなくコンクリに水をやっていた。

 竹内さん、変わってるなぁ。



「じゃあ、この中から投票で決めたいと思います!」

 水やり翌日の六限。クラスの文化委員である金川さんは、書記に回った男子文化委員がこのHRでずらっと黒板に書いてきた文化祭の出し物の候補を眺めた。

 竹内さんが言った通り、お化け屋敷、ジェットコースター、プラネタリウムあたりの他、ダンボールアート、ペットボトルアート、モザイクアート、それからねぶたやイルミネーションなどが候補に上がった。

「決選投票する前に話し合いでもしとく?」

「ジェットコースター絶対無理だろ。めんどくせえ」

 話し合うとなった途端、男子リア充軍団から即座に批判の声が挙がったコースターは、〈ものづくり科学部〉という文化部の男子生徒たちの提案だった。その男子は「で、できないなら、大丈夫です……」と、細々とつぶやいた。可哀かわいそうに……。やりたかったろうなぁ……。

「モザイクアートとか平面だし、超つまんなそうじゃん。あとペットボトルアートってちょっと汚くない? 誰かが飲んだゴミで作るんでしょ?」

 今度は女子リア充軍団がそう言う。竹内さんや金川さんもよくそのグループにいる。アート系は先生が例年の出し物を適当に見繕って候補として挙げたもの。

「えーいいじゃん、簡単そうで」

 男子の面々は基本やる気がなさそうだ。まあ確かに、劇や屋台と違って展示って地味だしなぁ。

 そんな中で、「ダンボールアートって何作るんですか?」と誰かの質問が先生へ飛んだ。

「例年だと、大きな恐竜を作ったり、ロボットを作ったり、お城を作ったりですかね。予算がかからないので、オススメです」

 男子の面々が「そんなん作れんだ」と興味を示す中、リア充軍団の中にいたクラスの中核の男子も「いいじゃん」と、コースターの時と比べ前向きな声で続けた。

「難しくねえし、っきく作れば迫力もでるっしょ? ちょうどいいんじゃね?」

「えー、お化け屋敷みたいに教室全部使うやつがい~」

 反発するその女子の声を聞いて、かながわさんが「あっ!」とひらめく。

「それならイルミネーションと掛け合わせたら? ダンボールで作ったお城をライトアップして、教室全体も暗くしてめっちゃピカピカさせるとか! ディ〇ニーのシンデレラ城的な!」

「え! エモいかも!」

「それいいじゃん!」

 金川さんの折衷案によって、ようやくクラスの目線がそろい始めた。さすがリーダー。取りまとめるのが上手。……でも、

「とりあえず、これ踏まえた上で投票やろっか! 他にやりたいことがある人もいるだろうし、誰が投票したかわからないように、机に伏せてやろう」

 ──そして、

「よし! 決まり!」

 クラスの出し物は、ダンボールアートで作る城に決まった。

 そうしてクラスは解散となった。俺はクラスの出し物なんて別に何でも良かった。

 ただ俺が気がかりだったのは、たけうちさんが候補に上げたプラネタリウムに入っていたのが、一票だけだったことだ。



 出し物決めのHRを終え、放課後にあった定期委員会中の竹内さんはどこか様子がおかしかった。話しかけてもうわの空で、なのにたまに妙な視線を感じるというか。

 委員会後、二人でばこで靴を履き替えている今も、竹内さんの方を見ると、案の定目が合い、かと思えば竹内さんはろうばいして目を泳がせる。

「た、竹内さん、どうかした?」

「えっ!? ななな、何が!?

「いや、なんかさっきから、変だから」

「へ、へ、へ、変!? どどどどどこが!?

 いやもう、どこがってレベルじゃないけど……。

「まあ無理に言わなくてもいいけど……」

 別に話すつもりのない相手にこれ以上追及するつもりはない。てかそもそも、あのたけうちさんのお悩みを俺みたいなボッチが聞くのもなんか、あれか……。

「……えっと、じゃあ俺はもう帰るけど、竹内さんはかながわさん待つよね?」

「あ、う、うん……」

「あ、ゆずりん、なかくん」

 折も折、文化委員の会議もちょうど終わったのか、ばこに金川さんが追いついて来た。じゃあまあ、解散か。

 というところで、金川さんが言う。

「そうだゆずりん、ちゃんと田中くんにあのこと聞けた?」

 ……あのこと? あのことってなんだ? 俺に聞くこと?

「え、えっと……まだです」

「えーもう、今聞かないと他にチャンスないかもよ? 聞くんでしょ?」

「でも、ゆずの気にしすぎだったらやだし……」

 え、なに。俺のせいだったの? なんか気になる? ズボンのチャックは閉まってるよな。……鼻毛か!?

 いや待て、そんなさいなことで済むのか? じゃないとこんなに竹内さんが動揺見せたりしないよな。ああ、なんかやらかしたんだ俺。クラスで唯一俺に優しくしてくれる竹内さんの前で。ホントに、こういうところが俺だよな。

 ……我ながら、どうしようもないボッチだ。

 せめてものきで俺が鼻をこすって鼻毛を隠していると、「あのっ……」と竹内さんは真っ赤な顔で切り出す。

「は、はい……!?


「だ、出し物決めの時、プラネタリウムに入ってた一票、あれ投票してくれたの、田中くんだったりしないかなって……!」


………………え、あぁ」

 よかったぁぁぁ。そんなことかぁぁぁ。俺はもう、「おちんちんはみ出てるよ!」くらいまでは覚悟してたのに。

 ホッとした後、ああそういえばと、心当たりを思い返す。

「あ、うん、そうだよ……? その、竹内さんプラネタリウムやりたいって言ってたし……。でも俺の一票しか入ってなかったから、気変わりしたのかなって」

 竹内さんが俺を見つめる瞳は揺れていた。だけどじっと一点、俺の目を見ている。

「……たけうちさん?」

「あの、あり……あり……ありゃと……」

「う、うん……? 気にしないで」

「良かったね、ゆずりん」

「……は、恥じゅかしいからやめて! ちゃん、帰るよ!」

「え! もう? なかくんともっとお話ししなくていいの?」

 竹内さんはその場でむぅ、と考え、俺の目の前でピンク色のリュックの中をごそごそ探り出した。

「……こりぇ、あげゆ……」

 いつになく舌っ足らずになった竹内さんは、なんと、たけのこの里を一箱丸ごと俺に差し出していた。

「く、くれるの!? 全部!?

 コクコク、とうなずく竹内さん。さすがに一箱もらうのはとちゆうちよしていると、「もらったげて」と、かながわさんが微笑ほほえんで俺に促してくる。

「あ、ありがとう……!」

 俺が受け取ると、「じゃあね……!」と、竹内さんは金川さんを引っ張ってその場に背中を向け、金川さんにケラケラ笑われながら今度こそ帰って行った。

 なんかよくわかんないけど、竹内さん、たけのこの里派なんだ。

 ……同じだ。(照)