「今日は素晴らしい天気だな。まるで七緒ななおの輝かしい未来への道を示しているかのようだ」

「お姉様、少し気が早いのではないですか?」

 軽井沢旅行が終わり、一週間が過ぎた。

 夏休みも中盤。お盆明け──僕は羽織はおりさんと振袖ふりそでさんと共にとある会場へと向かっていた。

 振袖さんは先日の軽井沢旅行で姉さんに選んでもらったらしい明るめの色のデニムのパンツに、涼し気な白いトップを合わせたコーディネイト。

 羽織さんは僕が初めてのデートで買ってあげたスカートとブラウス。サマーニットのカーディガンを羽織らなければ、夏でも着回しできるのは見越していた通り。

「お前様、今日は桃尻娘は呼んでいないのか?」

「いや、呼んでますよ。会場の入り口で待ち合わせです」

「……まあ、そんなことだろうとは思っていたがな」

 台詞せりふだけ聞けば嫌そうな感じだけど、その声音こわねはさほどそうでもなかった。

 なんだかんだいがみ合ってる二人だけれど、いなきゃいないで張り合いがないのかな?

「してお前様、七緒はどうだろう? 無事合格できるだろうか?」

 振袖さんの言葉に、羽織さんも心配そうに僕に視線を向けてくる。

「正直、僕にもわかりません。でも、やれることはやってきたつもりです。それもこれも、二人やリサが七緒さんを応援してきてくれたからだと思います」

「お前様にそう言われるとうれしいが……桃尻娘の名前も一緒だと複雑だ。しかしながら、桃尻娘が七緒のために尽力してくれたのも事実。姉として、礼の一つもせねばなるまいか……」

「そうですね。全部終わったら、みんなでお礼をしましょう」

「羽織がそう言うのならば仕方あるまい……一度くらいもてなしてやるか」

 うん。やっぱりなんだかんだ振袖さんとリサって仲がいいのかもしれない。

 理由はともかく、遠慮がないのはきっといいことだろう。

 そうこう会話をしているうちに会場に着いた僕ら。立ち止まって会場を見上げる。

「……ここにくるのもあの時以来か」

 で思い出されるのは約四カ月前のあの日の記憶。

 そう、僕らが来ているのは、以前七緒さんが最終オーディションを受けたあの会場。

 書類選考と何度かの審査を通過した七緒さんは、これからウエディングドレスの最終オーディションにのぞむ。合格すれば、ブライダル雑誌の専属モデルとしての活動が約束される。

あきちゃーーん!」

 不意に呼ばれて声の先に視線を送ると、そこには入り口付近から駆けよるリサの姿。

「おはよー彰ちゃん! 会いたかったー!」

「ぐはっ!」

 なんて叫びながら、リサは僕の胸元に思いっきり飛び込んだ。

「だからなぜ貴様は毎度毎度あるじ様に抱き付くのだ!」

 振袖さんは張り合うように僕に抱きつく。なんだこのサンドイッチ状態。どうせなら羽織さんと七緒さんがよかった。きっと気持ちよさが違う──なんて言ったら殺される。

「お願いだから離れて!」

 二人を振りほどく僕。ふと背中辺りが引っ張られている感覚。

「……」

 振り返ると、羽織さんが僕の服のすそをつまんでいた。

創真そうま君。行きましょう」

 羽織さんは裾から手を離し、顔を赤くしながら僕の手を握り締める。

 少し前の羽織さんなら、きっと人前でこんなことはしなかったはずだ。

 僕は恥ずかしくなりながらも、その変化をとても嬉しいと思う。

「そうだね。二人も早く行こう」

 なんだか照れくさくなりながら、僕は羽織さんの隣に並んだ。

「なるほど……桃尻娘が言っていたのはこういうことか……」

「だから言ったでしょうが。私たちは敵じゃないって」

 振袖さんとリサの間になにやら固い貧乳同盟が結ばれたような気がした。

「ところで創真君」

「なんだい?」

「私との約束を、おぼえていらっしゃいますか?」

 約束──うん。もちろん憶えているよ。

「オーディションの帰りにでも下着ショップに行こうか。前に買ってあげた猫プリントのパンツにあったブラジャーを探さないとね」

「はい!」

 前にリサのコスプレ衣装作成を手伝ってもらった時のお礼。公園で猫さんに囲まれながら交わした約束も、ようやく果たす機会がきたのかもね。



 会場の中に入り、僕らはすぐに客席へと足を運んだ。

 その後、僕だけが客席を抜け出し関係者受付へ足を運ぶ。

 受付のお姉さんは夏らしい薄手のブラウス姿。それなのに、残念ながらブラジャーが透けて見えないのはベージュのブラジャーを着けているからだろう。

 ベージュの下着は透けない。これは女性の一般常識だから覚えておくといいよ。

 受付を前回同様に『兄です』と言ってスルーした僕は、七緒さんの控室へと向かう。

 控室の前につき、かかげられている名前を確認してノックをした。

「──どうぞ」

 僕はドアノブに手を添えて、そっとドアを開ける。

 大きな鏡の前に座るウエディングドレス姿の七緒さん。

 背を向ける七緒さんと鏡越しに視線があった。

「……きたんだ」

「迷惑だったかな?」

「まさか……」

 鏡越しの会話。僕は部屋に足を踏み入れながら思う。

 たしか前の時も、最初にこんな会話をしたよな。

 でも、七緒さんの表情はあの時とは明らかに違った。

「どう? 緊張してない?」

「大丈夫よ。自分でもおどろくくらい落ち着いてる。袖姉そでねえ織姉おりねえ、それにリサさんや瑞穂みずほさんにポメ子さん──みんなが見にきてくれてるんだもの。緊張なんてしてらんないでしょ?」

「それならよかった。前みたいに『やっぱり無理……』なんて言われて泣かれたらどうしようかと思ったよ」

「むう」

 僕が冗談でそんなことを言うと、七緒さんはねて口をとがらせる。

「優しくない……」

「残念ながら優しさは売り切れだ。他をあたってもらいたい。だけど──」

「……だけど?」

 口にしようとして、これまでのことが走馬灯のようによみがってくる。

 七緒さんと出会い、取引関係になって、僕の夢を語り七緒さんの夢を知って──七緒さんの努力を誰より近くで見続け、協力してきた僕にとって、その思い出は感慨深すぎる。

 よくまたここまで辿たどり着いたね──。

 色々あったけど、本当に頑張った──。

 僕らの夢のためにも頑張って欲しい──。

 伝えたい想いはあまりにも多すぎて、言葉を選ぶことさえできない。

「七緒さん」

 だけど、そんなことを長々伝える必要なんてないんだと思う。

 思い出話や過去を笑い話にするのは全部終わってからでいい。

 今はただ、目の前にいる一人の女の子の背中を押してあげたい。

「僕は誰よりキミを応援してる。キミが夢を追い、僕が夢を追っている限り──二人で共通の夢を追っている限り、僕はずっと応援し続ける。今日はその最初の一歩だ」

「……うん」

「以前のようにダメでもともとなんて思ってないよね?」

「もちろんよ。今日は取りに行く。いつまでも足踏みしてるつもりなんてないから」

「うん。そうだね」

「私が合格してデビューしたら、次は彰人あきとの番だよ。先のこと考えてる?」

「あれ? もしかして僕、尻をたたかれてる?」

「当然よ。二人の夢は、あたし一人が頑張ってもダメなんだから。いつか私がモデルとして一流になった頃には、彰人も下着デザイナーとしてそれなりの地位を確立しておいてもらわないと。そもそも進路とかどうするの? 専門学校? 大学? って──先のこと考えすぎかな?」

「いや──」

 未来を語る七緒さんの目が輝いているのを見て、僕は思わず嬉しくなった。

「明るい未来の話とブラジャーの話なら、いくらでも付き合うさ。それこそ寝ずに朝まで語り合ってもいい。だけど、その話はまた今度にしよう」

 気が付けば時間が迫っていた。

 僕はドアを開け、七緒さんは椅子いすから立ち上がる。

「今はまず、このオーディションだろ?」

「うん──」

 七緒さんは笑顔で歩みだす。

 僕の前を通りすぎ、控室を出ようとした時だった──。

「きゃっ──!」

 僕の足につまずいて、思いっきり前のめりにこける。

 とっさに両手で七緒さんを抱きしめる僕。はたから見たら、僕が七緒さんを後ろから羽交い絞めにしている絵にも見えなくもない。でもそんなこと言ってられないでしょ?

「七緒さん、大丈夫?」

「……」

 七緒さんは返事をしない。

 まさかどこかぶつけた? 思わず七緒さんを抱える手に力が入る。

「……んでんのよ」

 七緒さんがなにかをつぶやくと同時、控室全体に負のオーラが立ち込める。

「いつまで人の胸を揉んでるんですか!」

 うん。実は気づいてた。なんだかすごく両手が気持ちいいと思っていたんだよね。

 七緒さんは僕の拘束から抜け出し、振り返って僕のほっぺを両手でうにうに。

「ごめんなさい。つい出来心で……」

「出来心じゃないでしょ! 本番前になにしてくれんのよ!」

「でもほら、本番前にビスチェをちゃんと着けられているかチェックできたと思えばいいんじゃない? さすが僕が作っただけあって完璧だったけどね!」

 そう言ったらほっぺをつねる力が三割増しになりました気持ちいいです。

「まったく……別に触っちゃダメなんていってないんだから……もっとこう、雰囲気を……」

「え? なに?」

 なんだかとてつもなく喜ばしい台詞せりふが聞こえた気がする。

「なんでもないですよーだ!」

 七緒さんはベーっと舌を出してぷりぷり怒る。

「じゃあ──行ってくるね」

「うん。頑張って」

 笑顔でステージに向かう七緒さん。

 このオーディションの結果がいいものだとしたら、サマーキャンドルナイトの時に書いた流星便りが届く頃には、七緒さんの載ったブライダル雑誌が発売されているんだろうな。

 そんなことを考えながら、僕は七緒さんの背中に精一杯のエールを送る。