僕が問うと、振袖さんははにかむように笑い──。

「そんなのは、お前様のことが好きだからに決まっている」

 迷いなく、そう言いきった。

「女に生まれて十七年──物心がついた頃から私はいつか、服部はっとり呉服店を継ぐのだと信じて疑わなかった。そして思春期といえる時期を迎え、自分には女としての魅力が欠落していると知り──その辺りは、お前様も知っての通りだが、つまり私には婿むこをとることも跡取りを残すこともできないと思っていたのだ。だからこそ、最初はお前様を羽織の婿にと思っていた」

「……」

「だが、お前様は悩む私に道を示してくれた。夢に生きる強い意思を見せてくれた。そしてなにより──私たち姉妹のために尽力してくれた。そんな姿を見せられてはれずにはいられまい。お前様は、恋や愛とは無縁だと思っていた私に初めての恋をくれたのだ」

 振袖さんはそのつつましい胸に手を当てる。

「お前様と出会って、私は初めて女に生まれたことを嬉しいと思えたのだ」

 その穏やかな笑みを見た時、もはやごまかせない強さで胸が痛んだ。

 これまでも何度か僕の胸を襲ってきたこの痛みが、きっと僕の本心なんだろう。

「お前様……?」

 心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。

「いえ……そういえば振袖さんにはっきり好きだと言われたのって初めてですね」

「ん? そうだったか? どうだろう……確かに口にはしてなかったか」

「わかってはいましたよ」

 わかってはいたんだ。いや、わからないはずなんてない。

 僕にお弁当を作ってきてくれたり、おっぱいを触らせようとしたり、僕の無茶なお願いを聞いてくれたり……だけど、僕はそれを、どこか本気で捉えていなかった。

 無視をしていたわけじゃなく、気づかないふりをしていたわけでもなく、ただ、どこか冗談であって欲しいと──そんなありもしないことを思って逃げていただけだった。

 逃げるのをやめてこうして向き合ってしまえば、嫌でもわかってしまう。

「なあ、お前様」

「はい……」

「私はお前様にこうして迫ってはいるが、極論を言えば、お前様に選んでもらえなくてもいいと思っているのだ」

「え……」

 それは、まさかの一言ひとことだった。

「あ、いや。今の言い方は語弊があるな」

 驚く僕に、振袖さんは説明するようにゆっくりと話しだす。

「もちろん好きになってもらいたいし、好きになってもらえるように努力は続けるつもりだが──例え想いが届かなくとも、私はお前様を好きになれたことに満足している。これまで恋に無縁だった私にとって、例えそれが片思いであったとしても幸せなものなのだ」

 僕はもう、なんて答えていいかわからなかった。

「いつかきっとこの関係も変わるだろう。それが良いものだとしても、そうでないとしても、私にとって、お前様に好きになってもらえないことが、お前様を諦めるに理由にはならない」

 僕を好きだと言ってくれているぐすぎる想いは、まぎれもなく恋愛感情だ。振袖さんにとって初めての恋であると語ってくれているのだから、疑う余地があるはずもない。

 僕は、この想いにどう応えるべきだろうか?

 僕にはまだ、恋というものがはっきりとわかっていない。

 女の子から向けられる好意については、リサと振袖さんが教えてくれた。だけど、僕自身の想いについてはわからない。つまり、まだ恋を半分しか理解できていないんだろう。

 彼女たちの想いにどう応えるか以前に、僕はまず、自身の想いに気づかなくちゃいけない。

 いや──『気づかなくちゃいけない』じゃない。

 気づきつつあるのだから、はっきりさせなくてはいけない。

 そうでなければ、僕の語る言葉はなにを言っても噓になる。

「だからお前様、どうかそんな顔をしないで欲しい。私はお前様の答えをかすつもりはない。いつかその答えを聞かせてもらえるその日まで、どうかお前様を好きでいさせて欲しい」

「……はい」

 ただそう答えるのが、今の僕の精一杯だった。

「それと、お願いついでにもう一ついいだろうか?」

「もう一つ? なんでしょう?」

「羽織のことについてだ」

 羽織さんのこと──。

 一転して変わる話題とその言葉に、心臓がドキリと弾む。

「昨日の教会での件、お前様も思うところがあるだろう」

 それがなにを意味しているか? それは容易に想像できた。

「だが、少しだけそっとしておいて欲しい」

 そう語る振袖さんの言葉が、僕にはどこか冷たく感じてしまった。

「仕方のないことだ。人には向き不向きというものがある。私が裁縫さいほうを全くできないように、誰しもできることとできないことがある。今回の件が、羽織にとってのそれにあたるのかもしれない。そもそも羽織は人前に立つという行為を好んでいない。創作被服部の部長の件を引き受けたと聞いた時は驚きもしたが、それも理由があってのこと」

「理由──?」

 首をかしげる僕を見て、振袖さんは小さく笑った。

「それはともかく、羽織の件、よろしく頼みたい」

 どうやらその理由を話すつもりはないらしい。

 僕はそれ以上踏み込まずに話を戻す。

「……気づいているのなら、手を差し伸べてあげようとは思わないんですか?」

「思うに決まっているだろう。大切な妹が悩んでいるのだ」

 その返答に、僕は矛盾を感じてしまった。

 手を差し伸べてあげようと思っているのに、どうしてそっとしておけと?

「だが、できないことに安易に手を差し伸べることが本人のためになるとも限らないだろう。人が成長するには、時には不可能と思えることにも挑戦する姿勢が必要だ。そして今、羽織はどうしたらいいか悩み、まさに挑戦をしようとしている」

 確かに振袖さんの言う通りだと思う。なにかにチャレンジすることは大切だ。

 僕がここに至る道のりにだって、その手のことは少なからずあった。

「できないからといってすぐに諦めてしまってはなにも得られない。足搔あがき、もがいて、例え思うような結果が得られなかったとしても、挑んだことは決して無駄にはならない。そうして自分自身を受け入れた時、人は初めて成長するというものだ」

 この達観した感じの言葉は……とても女子高生の言葉には聞こえない。そう思いつつも、若くして代々続く呉服屋を継いだ振袖さんが語るなら説得力もあるだろう。

 どこかはかなげに語るその言葉には、他人事ひとごととは思えない深みがあった。

「もしかして……振袖さんもそうだったんですか」

「まあな……」

 振袖さんは僕の問いに「あまり自分語りは好まないのだが」と前置きして語る。

「呉服屋の当主たる者が裁縫を不得意とするのは、本来ならありえないだろう。母上や父上、従業員たちもほとほと困り果てていたよ。素質は羽織の方が比べるべくもなく上だったからな。だが、私はなにもできない自分を諦められなかったのだ」

 その片鱗へんりんを、僕は一学期に目にしていた。

 不器用な振袖さんが指に絆創膏ばんそうこうを巻いてまで毎日お弁当を作ってきてくれたこと。それを見れば、その言葉が決して大げさではないことの証明にはなるだろう。

「いくら練習をしようとも、生まれ持った不器用さは改善のしようがなかった。その日々は私に大きな挫折ざせつを味わわせたが、同時に気づいたのだ。できないことがあるのならば、できることもあるはずだと。そのできることをおさめればいいのだと」

「できることを修めると言いますと……?」

「主に和服に関する知識だ。歴史、仕立て、着付けなどなど。少なくとも、両親や共に働く従業員たちから家業を任せてもいいと思ってもらえる程度には修められたのだと思う」

 裁縫技術以外を修めればいいという結論も過激だけど……。

「両親から呉服屋を経営するいろはを習い、知識を得るために染物そめもの屋や反物たんもの屋に長期休みを使って住み込みで勉強をさせてもらったこともあった。技術はともなわなくとも、知識だけなら羽織には決して負けることはない。そうして、私は前向きな想いで裁縫技術を諦めることができた。諦めるとしても、諦め方が大切だと知ったのだ」

 本当に修めてしまったのは更に過激。

 でもそれがやっぱり振袖さんらしいというか、それも姉としての誇り故だったんだろう。

 先日までの振袖さんは、妹たちを導くために完璧であろうとしていた。きっと当時、その想いがあったが故に、振袖さんが相当な努力をしたのは想像に難しくない

「人はなにができるかを知ることも大事だが、なにができないかを知り受け入れることもまた大切だ。それには多大な勇気を必要とする。羽織は今、ようやくそういう機会に直面したのだ。今は一人で考えさせてやりたい」

「……そうですね」

 振袖さんなりに羽織さんを大切に思ってのことならば、僕はノーなんて言えない。

「その結果がどのようなものであろうとも、私は羽織を受け入れてやりたいと思っている。羽織が手を差し伸べて欲しいというのならば、いつでも助けてやりたいと思っている。だが──」

 振袖さんが珍しくうつむいた。

「だが──そう思っていたはずなのに、七緒のモデルの件については私の偏見もあったせいで努力を認めてやれなかったことが悔やまれる。七緒は努力を諦めたわけではなく、努力の方向性が違っただけなのに……どうして気づいてやれなかったのか……」

 振袖さんは心底悔しそうにつぶやいた。

「そんなふうに言わないでください。それこそ、それだけ七緒さんのことを大切に思っていた証拠じゃないですか。僕も七緒さんも、羽織さんだってよくわかってます」

「うむ……それもこれも、すべてお前様のおかげだな。私たち三姉妹は、お前様に出会わなければきっといまだに仲たがいをしていたに違いない。二人の姉として、改めて礼を言いたい」

 振袖さんはテーブルに指を着き、深々と頭を下げた。

「はい……」

 謝らないでください──そう口にすることは簡単だった。

 だけど、ここまで本気で口にしてくれる感謝を、受け流すことはしちゃいけないと思った。

「自分の話をしすぎてしまったな。付き合わせてしまい申し訳ない」

「いえ。聞けてよかったです」

 本心でそう思う。

「だからお前様。どうか少しだけそっとしておいてやって欲しい。仮に羽織が役目を果たせなかったとしても、努力の結果であれば受け入れてやって欲しい。もしも羽織がお前様に助けを求めるのであれば、どうか力になって欲しい」

「はい……」

 改めて深々と頭を下げる振袖さん。

 もちろん頼まれなくても僕はそのつもりだ。

 だけど、一つだけ疑問が残る──。

「今回の件、羽織さんの性格なら断るだろうと思っていました。だけど本人から聞いたんです。羽織さんは──自分からやりたいと言ったんですよね?」

「ああ。そうだ」

 振袖さんは神妙にうなずく。

「依頼を受けたのは七緒だけだった。そこに羽織もやってみたいとお義姉ねえ様に申し出たのだ。それなら三姉妹みんなで参加したらどうだ? とお義姉様に提案され、私も引き受けた」

 羽織さんが自分から……それは、にわかに信じられないことだった。

 ああ……だから七緒さんは僕らの間になにかあったと察したのかもしれない。姉のまさかのチャレンジに、七緒さんはなにか感じるところがあったんだろう。

 その覚悟の強さを感じずにはいられず、思わず神社での羽織さんの顔が頭に浮かぶ──。

「あー! やっと見つけた!」

 店内で騒々そうぞうしい声が響くと同時、周りのお客さんたちと一緒に僕の視線が引っ張られる。

 そこには、不満全開で険しい顔をするリサの姿があった。

ひどいよあきちゃん! 私を置いて一人で遊びに行っちゃうなんて!」

 え? 一人?

「一言声かけてくれればお茶くらい付き合うのにさ。一人で寂しかったでしょ?」

「おい、桃尻娘。お前はなにを言って──」

「あ、ごめん。もしかして誘おうとしてくれた? でも私が寝てたから気を使ってくれたとか? やーもー彰ちゃんてば優しいんだから♪ ごめんね、一人ぼっちにして」

「リサ──? んぐぁ!?

 畳みかけるようにリサは話し、勢いついでに僕に抱きついた。

 瞬間、場が静まり返る。公衆の面前で訪れる緊急修羅場しゅらばイベント。

 なるほど、どうやらリサの中では振袖さんはいない設定になっているらしい。

 結果、周りのお客さんたちがひそひそとしゃべりだす→僕に突き刺さる視線の数々→「二股ふたまたとか最低ね」「ほんと。見かけによらず最低な男」「女の敵よ。もげろ」→振袖さんの怒り爆発。手にしていたグラスが割れて辺りに紅茶がこぼれる→片づけにきたお姉さんにまで舌打ちされる。

 なんだろうこの空気。いっそ死にたい。

「じゃあ彰ちゃん。行こっか~♪」

 僕の腕に強引に自分の腕をからませ、リサは僕を立ち上がらせる。

 ちょっと待って──言いかけて、僕は心臓が止まるかと思った。

「なっ……」

 視線の先には絶望的な表情を浮かべる羽織さんと、もはや怒りを超えて形容しがたい表情で僕をにらむ七緒さん。そんな顔してるとおでこにしわができちゃうよ?

「どうして二人が……」

「みんなで一緒に探してたの。七緒さんに羽織さん、無事に彰ちゃんは見つかったらもう心配いらないよ。じゃあ私たち、これから二人でデートしてくるから♪」

 やめて! お願いだからこれ以上ややこしくしないで!

 もう僕のキャパシティの限界。

「と、とりあえずさ、みんなでお昼ご飯でもどう!?

 後になってみれば、我ながら愚かな提案をしたと思う。こんな空気でみんなでお昼ご飯とか、どう考えてもお通夜みたいな空気で美味おいしくないだろ。

 案の定、場はリサと振袖さんの猫の喧嘩けんかみたいな空気で進み、その間ずっと羽織さんの目はうつろで宙を彷徨さまよい、隣に座っていた七緒さんに足を踏まれ続けた。

 どうせ痛いのならほっぺをつねって痛くして欲しい。

 なんて言えなかった……最近うにうにされてないなぁ。



 午後。とりあえず場の空気が多少治まり、僕らはみんなでショッピングを楽しむ。

 僕と服部三姉妹とリサの五人。可愛い女の子を四人もはべらせていたせいか、とにかくもう周りの視線が痛くてたまらない。特に男性からの視線が『あ? 自慢かコラ?』的な感じ。

 いやいやいや、荷物を持たされているアッシーみたいな僕に嫉妬しっとしないでくださいよ……なんて思いながら、僕は前も見えないほどに荷物を抱えて歩く。

創真そうま君、少しお持ちいたします」

 僕の三歩後ろをひかえめに歩いていた羽織さんは、見るに見かねてかそう申し出てくれた。

「いや、大丈夫だよ。それほど重くはないからさ」

「でも、前が見えないほどの荷物ですし……」

 僅かに不安そうに僕を見つめる。

「じゃあさ、代わりに前を見ていてくれるかな? 危なかったら教えて欲しい」

「そんな……殿方の前に立つなど……」

 なんてもごもご困りつつも、少しして。

「わかりました」

 羽織さんはそう答えると僕の隣に立ち『共に歩む……二人三脚……支えるのも妻の務め……』とか、いつもの一人連想ゲームに夢中になってなにやらつぶやき始める。

 どうでもいいけどできれば前を歩いて欲しい。横だとぶつかりそうでちょっと怖い。

「さて、そろそろ帰ろうか」

 前を行く振袖さんの声だけが聞こえた。

「えー。まだ明るいよー」

 リサはまだまだ遊び足りないとでも言わんばかりの口調で言う。

「なにか買いたいものがあれば明日またくればいいんじゃないですか? すぐこられますし、明日は特に予定もないですから」

「明日はダメ!」

 提案した七緒さんに、リサは拒絶反応を起こすように声を荒らげた。

「明日は彰ちゃんと二人きりで花火大会に行く約束なの!」

「「「えっ!?」」」

 リサのショッキングな告白に、驚きをあらわにする三姉妹と僕。

「ねー彰ちゃん♪」

 リサは荷物で埋もれる僕の顔を小悪魔笑顔で覗き込む。

「いや、そんな約束をした覚えはないんだけど……」

「えー! 教会でみんなが着替えてる時に一緒に散歩しながら約束したでしょ!」

 リサはまるでその事実を誰かに伝えるかのように強調しながら叫んだ。

 ……記憶を振り返る。

 確かに僕は、着替える三姉妹を覗く訳にもいかず(覗きたいけど)一人散歩中にリサに出くわした。

 案内看板に書かれていた観光情報。でも僕が気にしていたのは別のイベントで、リサに誘われた覚えはあるけれど、一緒に行くとは言った覚えがない。

「ごめん、やっぱりイエスって言った覚えはないんだけど」

「ノーって言わなかったってことはイエスでしょ?」

 ものすごいお姫様理論が炸裂さくれつした。

「はっ! 要は桃尻娘の勘違いということか!」

 振袖さんは勝ち誇ったように声を上げた。

「断られているにも関わらず、それを受け入れてもらったと勘違いするとは前向きすぎて恐れ入る! いや、断られたことを受け入れられずの現実逃避といったところか」

「ぐぬぬ……」

「残念だがお前がどれだけあるじ様を誘おうと、主様が応えることはない。なぜなら──」

 なぜなら?

「──主様と花火大会に行くのは私だからだ!」

 振袖さんとも約束した覚えもありません!

「ちょっ! 噓つかないでよ! あんたなんて花火大会があることも知らなかったでしょーが! 人の誘いに便乗しないでよ!」

「噓などつくものか! 私と主様は一心同体。いついかなる時も共に過ごすのはもはや運命で決められた前世からの決まり事であり、来世でもそれは変わりない!」

 いや、せめて来世くらいは自由にさせてください……。

「主様の行くところには常に私も共に行く。故に、主様と一緒に花火大会に行くのは私である!」

 リサを上回るとんでも理論を展開する振袖さん。

 これならまだリサの言い分の方が説得力ある──なんて言ったところで二人の意見がまとまるはずもない。

 羽織さんは羽織さんで『花火大会……一夏の思い出……人ごみの陰で……』とか、なにを妄想しているのか、恥ずかしそうにもじもじしているんだけど大丈夫かな?

 にもかくにもこの状況。

「せっかくだから、みんなで行こうよ」

「えー……」

「むむ……」

 僕の提案に、二人は難しい顔を浮かべた。

 それもそうだろう。僕がどちらかを選んだとしたら、選ばれなかった方は一人きり。そのリスクを二人は理解しているから速攻で拒否をするという選択肢を取れないんだろう。

「……仕方ないか」

「うむ……」

 二人は渋々しぶしぶながら納得した。一安心。

「話終わったー?」

 それまで蚊帳かやの外にいた七緒さんが『まだ?』とでも言わん態度で口にする。

 でもどうしてだろう? 実はさっきからずっと僕の後ろで背中のお肉をつまんでいるんだよね。地味に痛かったりするんだけど、関心があるのかないのかはっきりして欲しい。

「うん。そろそろ帰ろうか」

「そうね。じゃあポメ子さんを迎えに行こっか」

 七緒さんがそう口にして気づく──そういえばポメ子の姿がない。

 姿がないというか、ポメ子なんて一度も見てないんだけど。

「ポメ子も一緒にきてたのかい? またどこかではぐれたのか?」

「創真先輩と袖姉そでねえが二人でいる時に、行きたいところがあるからって行っちゃったのよ」

「一人で? どこに?」

 なんて言いながら連れてこられたのは、施設の一角にあるドッグラン。

「…………」

 ドッグランで走り回る犬たちにまぎれてポメ子が遊んでいた。

 子犬たちはポメ子に同種のシンパシーでも感じたのか? 尻尾を千切れんばかりに振り回し、ポメ子にまとわりついている。それを見つめる飼い主たちは、みんなそろって微笑ほほえましそう。

 しばらく一緒に駆け回ると不意にポメ子がこける。そんなポメ子の顔の上や周りを子犬が好き放題取り囲み、ポメ子はポメ子でとても嬉しそうにキャッキャしていた。

「あ! 彰人あきと君!」

 気づいたポメ子が僕に手を振ってくる。

「ポメ子、そろそろ帰るぞ。お友達にお別れしなさい」

「うん! じゃあみんな、またね」

 尻尾を高速振動させる子犬一匹一匹の頭を撫でり回し、ポメ子はこちらにかけてくる。その背中を見送る子犬たちは、なんだかもの凄く悲しそうな顔をしていた。


 ……なんだか最後に全部ポメ子に持っていかれたような気がした。


ω