絞られたウエストから大きく広がるスカートが印象的。三姉妹で最もメリハリのある身体をしている七緒さんは、やっぱりこの手のドレスがよく似合う。

 完璧ともいえる美しさを、僕の作ったビスチェが支えているかと思うと胸が熱くなる。

「どうだお前様。少しはれ直してもらえただろうか?」

「うん。あ、いや……よく似合ってます」

 惚れ直すとは、すでに惚れている人に対して使う言葉だから違うよな──なんて、どこか冷静に自分自身にツッコミを入れられるくらいの余裕はあったらしい。

 正直、もっと余裕はないと思っていた。

 なぜなら、先ほどから僕の胸の高鳴りは強くなる一方だし、それはもちろん振袖さんや七緒さんの美しい姿を見たからなのは間違いない。

 でも、僕が最も目を奪われたのは他でもない、羽織さんの姿だった。

 羽織さんが身に着けているドレスは、未だかつて目にしたことがない。

「これは和装ドレスっていうのよ」

 そう教えてくれたのは姉さんだった。

「和装ドレス……」

 そのフレーズを聞いて、僕は「なるほど」と心の中で手を打つ。

 ウエストから何層にも広がるフレアスカートは一見してドレスに近い。だけど、ウエストを締めている帯は可愛らしくアレンジはされているものの着物同様の結び方。そしてなにより、白をベースとしたドレスにほどこされている刺繡や柄が、和装で使われるそれそのものだった。

 例えるならば、和洋折衷ドレス事情──なんとも羽織さんらしい。

 こうして僕が目にしたドレスは、まさに三姉妹の個性にマッチしたもの。

 だからこそだ。僕は羽織さんの身に着けているドレスの違和感に気づいてしまった。

「撮影は最終日だけど、リハーサルってことで少し撮ってみましょうか」

 姉さんは用意していた一眼デジカメを掲げる。

「振袖さんからいってみましょ。硬くならなくていいから、好きにポーズとってみて」

「お義姉様からのご指名とあらば、全力で応えねばなるまい!」

 気合十分。振袖さんは祭壇に上がり、掲げられた十字架の下に立つ。

「じゃあ振袖ちゃん、始めるわよ」

「うむ!」

 姉さんの合図と同時、振袖さんは様々なポーズを取り始める。

 最初、わけもわからずポーズを取っていた振袖さんも慣れてきたのか? 次第に妙なノリを見せ始める。端的にいうと、悪ノリし始めた。

 まるで芸者や花魁おいらんにでも連想されるような悩ましげなポーズを連発。

 それだけならまだしも、合間に僕に視線を送ってくるのは気のせいだろうか? しかもバチコーンと音がしそうなほど片目を閉じて見せる。目にゴミでも入ったんだろうか?

 しまいには床に寝転がって着物をはだけさせ、破壊力抜群の太腿ふとももを露わにする。

 ストップストップ──なんだかストリップみたいな空気になってきたぞ?

 いくらなんでも神前で不謹慎にもほどがあるだろ。

「いいねいいね振袖さん♪ もっと思い切っていってみようか!」

 姉さんが面白がってさらに振袖さんを煽る。

 結局、撮影が終わるころには振袖さんは半裸になっていた……。

「どうだお前様! 私の晴れ姿を目に焼き付けてくれたか!」

 着物をはだけさせたままの振袖さんが瞳を輝かせて僕に駆け寄る。

「そうですね」

 主に太腿だけですけど。とは言わないでおいた。

「じゃあ次は七緒さんいってみよっか♪」

「はい──」

 ブーケを手にした七緒さんは先程まで振袖さんがいた位置に立つ。

 わずかに硬いというか、真剣な表情を浮かべる七緒さん。僕と目が合った瞬間、小さく息を吐き──ふっと上げた顔は、まるでスイッチでも入ったように見違える。

 それは、とても穏やかな笑顔だった。

 ドキッとした──今まで見たことがないその表情に。

「へぇ……」

 声を漏らしたのは僕じゃなくてリサ。

「リサ、どうかした?」

「まあ、悪くないんじゃない?」

 さっきまで自分だけドレスを着られずに拗ねていたリサの目じゃなかった。

 真剣な表情で見つめるその瞳は、まるで品定めでもするように七緒さんを捉える。そして口からでた「悪くない」という言葉は、きっと七緒さんにとって賛辞と捉えていいんだろう

 確かに以前のような視線やカメラに対するおびえは見て取れない。それは僕にもわかる。

 それは、ここにいるのがほぼ身内みたいな人たちだから緊張しなくていいというのもあるだろうけれど、でも、それを差し引いても随分と変わったものだ。

 はからずも、七緒さんがここに至るまでの様々な出来事を思い出してしまう。

 そのおっぱいに触れてぱたかれた最悪の出会いから、利害の一致で結ばれた取引──。

 目にした三姉妹の不仲とその解消。見せてくれた覚悟と悔しい結果。致命的な問題点はリサの助力もあって克服し、そして今──こうして僕らが目にしている姿は成長の証明だろう。

 なんだろう。この気持ちは。

 言葉にし難い想いに、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 まだ七緒さんの夢がかなった訳でもないのに、その全てを傍で見てきた僕にとって、それがどれだけ険しかったかを知っている僕にとって、この光景に胸を打たれる。

 羽織さんに対する想いとはまた別の、言葉にし難い感情に胸がうずく。

「──悪くないけれど、まだちょっと集中しきれてないね」

 そんな僕の感想をよそに、リサは僅かに不穏なことを口にした。

「僕にはそんな風には見えないけれど……どうしてそう思うんだい?」

「んー……言葉にするのは微妙なんだけど、全体的に良くなったからこそ、私から見たらあらが目立っちゃうというかなんというか。集中できない理由でもあるのかもね」

 そう口にするリサの指摘は、やっぱり僕の目には見て取れない。

 ふと、姉さんの言葉を思い出す。『七緒さん、最近少し元気ないのよ──』もしかしたら、リサの指摘と姉さんの心配は、同じことを指しているのかもしれない。

「七緒さんお疲れさま。もういいわよ」

「ありがとうございます」

 七緒さんは大きく息を吐き、祭壇からゆっくりと降りた。

「じゃあ次、羽織さん」

 その場にいた全員の視線が羽織さんに集まる。

「……」

 だけど、ドレス姿の羽織さんは祭壇に上がろうとしない。

「羽織さん、大丈夫?」

「は、はい……」

 うなずいた羽織さんは、ゆっくりと祭壇に上がった。

 その美しさに、いつか見た羽織さんのウエディングドレス姿が目に浮かぶ──だけど、その表情だけが違った。今まで目にしたことがないくらい硬く、不安に満ちあふれていた。

 溢れる動揺と不安。見ているこっちが不安になってしまいそうなほどに悲壮感がただよう。

 残念だけど、そのドレスの美しさとは対照的だと言わざるを得ない──。

「羽織さん。もっと楽にして大丈夫よ」

「は、はい……申し訳ありません」

 何度かシャッター音が響いても、羽織さんの表情は変わらない。

 その顔は、以前七緒さんが視線やカメラを気にしていたそれよりも重症といっていい。

 ぎこちない笑顔ではなく、まったく笑顔がない。それどころか不安が如実にょじつに表れすぎていて、とてもじゃないけど幸せ絶頂ブライダル気分とは程遠い。

 振袖さんのお色気写真。あれはあれで問題だけど、羽織さんはちょっと意味が違う。

「瑞穂さん。私も一緒にいいですか?」

 七緒さんがそう申し出る。

 状況を察したんだろう。七緒さんは姉さんの返事も聞かずに羽織さんの隣にならんだ。

「そうね。そうしましょう」

織姉おりねえ。一緒にやろ」

「七緒……」

 それからすぐに二人の撮影は始まったんだけど、それは全くの逆効果だった。

 七緒さんとしては羽織さんの緊張を少しでもほぐそうとしたんだろう。その案はよかったと思うけれど、モデル志望者として一皮むけた七緒さんが並ぶことで、その差は如実だった。

 はっきり言ってしまえば、より悪い意味で羽織さんが際立つ。

 姉さんは何度かシャッターを切っていたけれど──。

「オーケー。終わりましょう」

 姉さんはすぐにカメラを下ろし、そう告げた。

「リハーサルはこれで終わりよ。じゃあ着替えて帰りましょっか♪」

 姉さんは笑顔でそう言ったけど、その場の空気の重さは誰もが感じていたのだった。



 その後、三人の着替えが終わって教会を出ると外は日が沈みかけていた。

 夏だから日が長いといっても夜七時前はいい時間。僕らは車に乗り込み帰路にく。

 車内では相変わらず熟睡中(撮影中も寝てた)のポメ子が僕の膝を枕代わりにしているけれど頭の重さなんて大したことはない。僕らを包むこの空気の重さに比べれば。

 そんな感じで、外食で済ませた僕らがログハウスに到着したのは八時過ぎ。

 車を降りて中に入ろうとした時だった。

「……ちょっといい?」

 不意に七緒さんに袖を引っ張られた。

「なんだい?」

 みんなが中に入って行くのを確認した七緒さんは、僕を引っ張って茂みに連れ込む。

 なんだなんだ? こんな時間に女の子から連れ出されるなんて期待しちゃうじゃないか。

 例えば『今日のドレスどうだった?』『よく似合っていたよ』『でもね、実は作ってもらったビスチェが微妙に合わなくて……』『なんだって! フィッティング調整なら任せてよ!』夏のせいで身も心も開放的! 森で繰り広げられる一夏のフィッティング講座!

「織姉のことなんだけど……」

 その一言に、煩悩ぼんのうにまみれていた自分をぶっ飛ばしたくなった。

「やっぱり彰人あきと、織姉となにかあったんでしょ?」

 そっちか──。

「この前ははぐらかされたけど、隠しても無駄よ。バレバレ」

 まあそうだろうね……僕はいい加減、七緒さんにすべてを話そうと腹をくくる。

 いや、もともと隠すつもりはなかったんだ。ただ、僕自身が羽織さんの言葉の奥にある真意を疑っていただけの話。

 何度も何度も自問自答して疑って──答えが出てなかっただけ。

 七緒さんのメールを無視したのだって、答えを返すのが面倒だったからじゃない。ただ、あの出来事と僕の感じている想いをどう説明したらいいかわからなかったからだ。

「一人で悩んでないでさ、相談してよ。いつもあたしばっかり助けてもらってるんだもん。言ってくれれば力になりたいと思ってる。そういう取引でしょ?」

 取引か──僅か四ヵ月前に交わしたその言葉が、ずいぶん懐かしく感じた。

「……そうだね」

 僕は顔を上げて七緒さんの瞳を見つめ返す。

「もしかしたら情けない話になるかもしれないけれど、聞いてくれるかい?」

「……うん」

 穏やかな表情で頷く七緒さんに、僕はあの日の全てを語り始める。

 終業式の日、七緒さんとスタジオで別れた後、羽織さんに神社に呼び出されていたこと。そこで待っていた羽織さんに──胸を触って欲しいと言われたこと。

 口にしてしまえばたったこれだけのこと。

 もともと僕が羽織さんにおっぱいを触らせて欲しいと言ったんだ。色々あったけれど、順序を踏めたかはわからないけれど、状況だけ見れば羽織さんが僕のお願いに答えてくれただけの話。

 だけど、それだけで済ますには余りにも羽織さんの表情は真剣すぎた。

 あれ程の決意を秘めた瞳で言われれば、さすがに僕にだってわかる。

 あの言葉の裏側には──特別な想いが秘められているのだと。

「なるほどね……」

 僕の話を聞いた七緒さんは、やや嘆息しつつも納得したかのように呟いた。

「それで? 彰人は触ったの?」

「触れなかったよ……それどころか、身動き一つ取れなかった」

「どうして?」

「これが春休みだったら、きっと僕はなにも考えずに触っていたはずだよ。だけど、僕はまだ二人の言った順序というものを踏んでいない。羽織さんは『順序なんていらない』みたいなことを言っていたけれど、そうだとしても、羽織さんがそう言ってくれた言葉の意味を、僕は理解しなくちゃダメなんだと思う」

「……そうね」

 七緒さんは同意する。

「でもそれは、織姉相手に限ったことじゃないけど……そういうことなんだろうね」

 羽織さんに限った話じゃない?

「ねえ」

「なんだい?」

「本当にわからない? どうして織姉が触って欲しいって言ったか」

 その瞳は、『本当はもうわかってるんでしょ?』と問い詰めているように聞こえた。

「……わからないんだ」

「本当に?」

「違う──七緒さんが言いたいことはわかってる」

 さすがにもう、気づかないで済ますわけにもいかない。

「もし仮に、僕の自惚うぬぼれじゃなく、本当に羽織さんがそう思ってくれているとして、僕はその想いにどう応えればいいのかが……わからないんだ」

 僕は顔を上げることもできずに地面を見つめる。

 七緒さんがどんな顔をしているかもわからない。

 だけど、これが今の僕の噓偽りない答え。答えがでないということが答え。

「だったらちゃんと確認するしかないでしょ」

「確認する?」

 七緒さんはどこか吹っ切れたような表情をしていた。

「織姉がどんな気持ちで言ったのか? それと、彰人がどう応えたいのか」

「どうやって──」

「──私に任せて」

 七緒さんは僕の言葉にかぶせるように口にした。

「もともと私たちの取引は、私が織姉たちと仲直りできるように協力してもらう代わりに、彰人が織姉の胸を触れるようにしてあげるってものだった。私のお願いはもう彰人に解決してもらっているけれど、あの取引は今もまだ継続してる」

「七緒さん……」

「今度こそ私が彰人に協力する番。彰人がこれまで私に協力してくれたように、私が彰人に協力する。大丈夫──きっとそれで、全部上手くいく」

 笑顔で言ってくれる七緒さん。

 どうしてか? その笑顔が妙に明るすぎるように感じる。

「ありがとう……」

 こうして、僕と七緒さんの『羽織さんのおっぱいを触ろう計画第二弾』が始まった。