「……なんでじろじろ見るんですか」

 胸元の谷間をこれでもかと寄せてアピールするクロスネックの赤いビキニ。白地でプリントされたハイビスカス。下はローライズの紐ビキニとか、ちょっと引っ張っていい?

 随分見慣れたその素肌も、こうして水着姿でみるとまた違った興奮を覚える。

「ずいぶん大胆な水着だね」

「……あんまり直視しないでもらえませんか?」

 敬語だから不機嫌なのはわかる。だけどその怒り方は、おっぱいと違って控えめだった。

 思わず天をあおぐ──ああ……生きててよかった。

 今この瞬間のためだけに、自分が生まれてきたのだと確信。異論は受け付けないよ?

 だけど次の瞬間、僕の涙は一瞬してれ果ててしまったんだ。

「みんなまだまだ甘いわね。そんな水着じゃ意中の男は落とせないわよ」

 頭痛が──いや、なんでもない。そこにいたのは僕の姉。

 もはや言葉にすることすら嫌になるほどの布面積の少なさ。そうだね、某RPGのあぶない水着を想像して欲しい。九割合ってる。

 僕が女性のおっぱいと、それを支えるブラジャーを愛しているのは周知の事実。だけど何度も声を大にして言うけれど、身内のおっぱいには興味がない。

 しかも偉そうに、なにが『意中の男は落とせないわよ!』だよ。彼氏いないくせに──。

「ふぐぅっ!」

 近づいてきた姉さんに横っ腹をグーで殴られた。

「なにするの!」

「失礼な顔してたから~♪」

「なにも言ってないでしょ!」

 この姉はエスパーか。勝手に人の心を読まないで欲しい。

 そんなことを考えながら、脇腹を押さえながら辺りを見回す。

「あれ……? 羽織さんは?」

 どこを見渡してもその姿は見えない。

 すると七緒さんが無言で僕のななめ後ろを指さした。

 その方向に視線を向けるんだけど、やっぱりどこにも姿は見えない──そう思った時だった。木の陰から羽織さんがひょっこり顔を出した。

 顔の半分しか見えないけれど、僕の目が悪いのだろうか? 遠目に見てもすっごく顔が赤い気がする。寝不足で色覚異常でも起こしているんだろうか? 思わず目をこする。

 うん……赤い。

 なんて思っていると、羽織さんはその一歩を踏み出し、僕の前に姿を現した。

 瞬間──目にする世界から全てが消えるように羽織さんに視線を奪われた。

 けがれのないシンプルな純白のビキニにパレオ。初めて目にする羽織さんの胸元は大きく開けられていて、その白い肌があられもなくあらわになっている。まぶしすぎて直視できない。

 もちろん期待していたけれど、まさか羽織さんがこんな大胆なビキニを選ぶなんて……てっきりワンピースやタンキニあたりで露出を抑えてくると思っていたのに……。

 しかも羽織さんは、恥ずかしがりつつも身体を隠すことなく僕らにさらす。その表情はなんとも背徳的で、まるでなにかプレイなの? そうなの? 僕は羞恥プレイも嫌いじゃない。

「創真君。い、いかがでしょうか……?」

 顔を真っ赤にしながらチラチラとうかがうその視線に、理性の壁がぶっ壊れそう。

「そ、そうだね……」

 だけど、そう答える僕の心境は、どこか微妙だった。

 微妙とも違うのか。なんて言ったらいいんだろう。正直自分の気持ちがよくわからない。もちろん羽織さんの水着姿が見られたのはうれしいし、その胸元を見たいと願っていた。

 だけど……見ている僕まで恥ずかしい……昨日裸を直視してしまったせいもあるのかもしれない。僕は言葉も返さず視線をらしてしまった。

「……創真君?」

 どこか不安そうに僕を呼ぶ羽織さん。

 顔を上げると、羽織さんはしょんぼりしていた。

「あ、いや──」

 落ち込む羽織さんとテンパる僕。

「はぁ……」

 そんな僕の隣で、七緒さんが露骨に深い溜め息をついた気がした。

「じゃあ全員そろったところで遊びましょ! 彰ちゃんも早く着替えてきて」

「いや、僕は水着なんて持ってきてないんだけど……」

「この前みんなで水着を買いに行ったついでに彰ちゃんのもみんなで選んで買っておいたの。車の中においてあるから早く着替えてきて」

「誘われてない! みんなで買いに行くなら僕も誘ってよ!」

「彰ちゃんはビスチェの作成で忙しかったでしょ?」

 それは姉さんが無茶な納期を要求するからでしょ!

 なんて心の中で文句を言いながら、僕は一人車に着替えに戻った。



 僕が川辺に戻るとすでにみんなは水遊びを始めていた。

 注ぐ陽ざしと水しぶき。濡れる水着と健康的な素肌に僕は遊ぶのも忘れて凝視する。

 あ、そうそう。せっかくみんなの水着の解説をしたわけだし、僕の水着についても少し触れておくと……そこにおいてあったのは星条旗柄のブーメランパンツだった。

 手に取ってしばらく無言になったよ……男の羞恥プレイとか誰も喜ばないだろ。

 それを証明するように、しぶしぶ着替えた僕が戻ると全員が大爆笑。リサは腹抱えて笑っていたし……なんだこの罰ゲーム。いいさ。身体を張って笑いが取れただけでもよしとするよ。

 だけど、開き直った僕に羽織さんだけは『とても良くお似合いです』と言ってくれた。

 羽織さんは噓や冗談が言えない人だから、本気でそう言ってくれているのはわかるし嬉しいけれど……この水着を似合っていると言えてしまう羽織さんの感性がちょっと心配になる。

 やっぱりお互いに照れあう僕と羽織さんを見ていたリサが「なによ……三女より次女じゃない……」なんて微妙な表情で僕らを見ていたけれど、いったいどういう意味だろう?

「お前様! 一緒に遊ぼうではないかー!」

 川でポメ子とたわむれていた振袖さんが僕を呼ぶ。

「はーい」

 水着観測を切り上げ、僕は二人の下へ歩み寄ろうとした時だった。

「彰ちゃーん 私といいことしよー♪」

 そんな僕の腕にリサが腕をからめてカットイン。

 瞬間──振袖さんの背後に百鬼夜行ひゃっきやこうが見えた気がした。

「桃尻娘……私が冷静なうちに邪魔をするのをめた方がいいぞ」

 振袖さんが怒りのオーラを身にまとう。すでに冷静じゃないらしい。河原でスイカ割りをしようと手にしていた木刀が真剣に見える。

 さすがにリサも恐怖を感じたのか、僕の背後に回って背中におっぱいを押し付けてくる。

「ほう……お前様、私でなくその桃尻娘を選ぶというのか? 残念だ……私という者がありながら、他の女と乳り合うのはいかがなものかと思うのだが。端的に言うと──私がこの世で最も嫌いなものは、浮気をする男ということだ」

 矛先がとうとう僕に向いてきた! ていうかそもそも浮気じゃないですよね!?

 そんな言葉が通じるはずもない。

「せ、せっかくなのでみんなで遊びましょう!」

 このままじゃ割れるのがスイカじゃなくて僕の頭になりそうだ。

「みんなで? 桃尻娘以外の者となら──いや」

 振袖さんは言いかけて、あごに手を当ててなにやらひらめいたような表情を浮かべる。

 次の瞬間、その顔が全力でにやけた。

「うむ。いいだろう。全員で遊ぼうではないか」

「わかってもらえて嬉しいです」

「そうだな。夏らしくビーチバレーなどはどうだろうか? 大人数で楽しむにはもってこいだろうし、ほどよい運動にもなるだろう。スポーツはいいものだ」

 うん。いいんじゃないかな。

 ここがビーチじゃないってこと以外は。

「そうしましょうか」

「ただし──」

 ただし?

「スポーツというものは本来、勝負の場でこそ輝くもの。どうだろう? ここはひとつ、二人で一チームに分かれてリーグ戦をしようではないか」

 リーグ戦?

 参加メンバーは相変わらずお酒をあおっている姉さんを除けば、僕と服部三姉妹とリサにポメ子の計六人。なるほど、三チームに分かれてってことね。

「いいんじゃないですか? どうリサ?」

「私は彰ちゃんと同じチームになれるならなんでもいいよー♪」

 さらにおっぱいで僕のひじを突っつくリサ。

 振袖さんのこめかみからなにかがちぎれた音が聞こえた気がした。

「そう慌てるな桃尻娘。チーム決めは砂場にあみだくじでも描いて決めようではないか」

 さっそく全員揃って砂場で輪になってしゃがみ込む。

 振袖さんは六本の線を引き、その下にA、B、Cと書き込んで適当な線を引き、タオルで隠した。そこにじゃんけんで勝った順に名前を書き、各々おのおのが好きなところに一本線を引く。

「では、チーム分けの結果だが──」


 A:リサ&羽織さん

 B:振袖さん&七緒さん

 C:僕&ポメ子


 僕がポメ子のおもりをするのは今に始まったことじゃないからいいとして、リサと羽織さんのチームとか大丈夫だろうか? この二人って接点がなさすぎてちょっと心配。

 そんなこんなで早速第一回戦──チーム巨乳VSチーム貧乳にならなくて本当によかった!

「みんな頑張ってー!」

 姉さんが持ってきていたビーチバレーセットを手分けして設置した後、ぴょんぴょん跳びはねながら応援するポメ子の声を合図代わりに試合開始!

「なあ、桃尻娘よ」

「……なによ」

 ビーチボールをかかげながら振袖さんがリサに声をかける。

「こうして勝負をするのだ。せっかくだから賭けようか」

「賭ける?」

 リサはレシーブのポーズをしながら眉をひそめて聞き返す。

「ああ。やはり勝者にはご褒美ほうびがあり、敗者には罰ゲームがあってこそ勝負は燃えるというものだろう。お前に受けて立つ気概があればの話だが、いやなに──無理にとは言わんよ」

 ややあおるような振袖さんの物言いに、リサがわかりやすく食いついた。

「別にいいけど。それで? なにを賭ける?」

「そうだな──我があるじ様を賭けようではないか」

 ぼ、僕──!?

「買った方が主様に一つだけお願いを聞いてもらえるというのはどうだろ──」

「──乗った!」

 食い気味に答えると同時、リサのひとみの奥に炎が燃え上がる。

 ちょっと待って、そういうのは当人の了解を得てからにして欲しい。

「うむ。では罰ゲームだが──負けた方は、金輪際こんりんざい主様に色仕かけをしないというのはどうだろう? 自分がと思うとやや厳しいが、賭けとはそういうものだ」

「いいわ……負けて泣いて謝っても許してあげないからね」

「はっ! 尻だけの小娘がなにを言う。聞いて驚け──」

 振袖さんはリサを指さし。

「私は生まれてこのかた、じゃんけん以外の勝負に負けたことはない──!」

 自慢かどうか、判断に迷うことをドヤ顔で言い放った。

 そうでしたね。じゃんけんだけは弱かったですよね。

「ぐぬぬ……」

 でもそんなドヤ顔もリサには効いたらしい。当人たちは至って本気。

「羽織さん、あなたと手を組むのも思うところがあるけれど──今だけは協力しましょう。あの女の好きにさせたら、私たちの思惑は全部台無しよ」

 リサは羽織さんにそう言った。

 よくよく考えると、こうしてリサと羽織さんが話をする姿を初めて見た。

「……リサさん。安心してください」

 どうしてか? 二人の空気に当てられたのか、羽織さんの瞳も小さく燃えている。

「私はこう見えて、バレーボールについては一家言あるのです」

「え? 本当に!? 頼もしい!」

「毎年世界バレーだけは見ております」

 見てるだけだった!

「お姉様──」

「なんだ羽織」

「生まれて初めて、お姉様に立ち向かうことをお許しください。私とて、引くことのできないことはあるのです」

「ほう……羽織もいい目をするようになったな。姉として妹の成長を見ることこそ喜びであることに他ならない。遠慮はいらない──行くぞ!」

 七緒さんだけが、深い深い溜め息をつきながら明後日の方向を向いていた。

 そして始まる戦い──初戦がいきなりクライマックス。なぜか賞品は僕。

 振袖さんはベースラインのはるか後方からいきなりジャンプサーブをぶちかます。

「そおいっ!」

 高い位置から放たれたボールは角度をつけて羽織さんを強襲。

 羽織さんはとっさに構えたものの、顔面めがけて飛んでくるボールを見て判断を見誤ったらしい。トスではなく、上体を起こして無理やりレシーブで返そうと試みた。

 結果、両手ではなくおっぱいがボールを捉え、リバウンドして羽織さんの顔面を強襲。意図せず上がったボールをリサは速攻でアタックし、先取点をもぎ取った。

「羽織さんナイス!」

 リサの激励に応えることなく、羽織さんは顔を押さえる。

 いやしかし……もしもおっぱいレシーブを返したのが羽織さんではなく、リサや振袖さんだったらこうはならなかっただろう。

 なぜなら、リサと振袖さんはおっぱいが小さく横から見たらほぼ平ら。つまり、斜め上から迫るボールの入射角と反射角をかんがみると、ぶつかった瞬間ボールは下に向かう。

 しかし羽織さんの場合、横から見ればその起伏は見事な山脈。同じ角度でボールが進入すればさっきのようにおっぱいに跳ね返って顔にぶつかる。

 つまりそこには、明確な乳射角(入射角)の違いがあるという訳だ。

 ……奥が深いぜおっぱいバレー!

「ふん……一点取ったくらいで調子に乗るなよ!」

 こうして、僕が新しいおっぱい理論にくぎ付けになる中、勝負は進んだのだった


 結果、試合は思った以上に接戦。長引いたせいでポメ子が待ちきれずに乱入してノーゲーム。

 ボールを奪って逃げ回るポメ子を追いかけ回すリサ。おもいっきりすっころび、はずみでビキニからおっぱいはポロリしなかったけど、詰めていたパッドがポロリしていた。

 そんなこんなでビーチバレー終了。おかげで僕が景品として献上されることもなくなった。

 よくやったポメ子。今度お菓子をたくさん買ってあげるからね。



 ビーチバレーが終了した後、僕が日陰で少し休んでいる時だった。

「ご一緒してよろしいですか?」

 羽織さんに声をかけられた。

「うん。もちろん」

 僕がうながすと、羽織さんはそっと隣に腰を下ろす。

 僕は思わず横目でそのおっぱいをチラ見。さっきのおっぱいバレーを思い出す。

「みんなまだ水遊びしてるけど、羽織さんはもういいの?」

「はい。疲れたわけではないのですが、私は肌が弱いものですから」

 そう口にする羽織さんは薄手の上着を着て肌を隠している。

 その言葉を聞いてハッとした。

「七緒さんとリサは平気なのかな?」

 視線を送ると、二人は姉さんと三人でポメ子の相手をしていた。

 二人は現役モデルとモデル志望者。日焼けは大敵じゃないのかな? っていうかダメだろ。

「七緒もリサさんもしっかり日焼け止めを塗っているそうです。海と違って日差しも穏やかですから問題ないと言っておりましたが、この後の撮影会のことを考えて私は控えようかと」

 なるほど──夏といえば海なのに、どうして姉さんが軽井沢を選んだのかわかった気がした。

 海沿いの教会というのもロマンチックだけど、二人のことを考えれば山の中にある教会というのは都合がいい。普段からお気楽なくせして、その辺はしっかりしてるんだもんな。

「ですから私のことはお気になさらず」

「そっか。でも退屈じゃない?」

「いえ。こうして森の中で深呼吸をしているだけでも癒やされるようです」

「うん。それは僕もだよ」

 なにをするわけでもなく、この場所にいるだけで心が穏やかになっていく。その隣に羽織さんがいてくれるなら、いつもの穏やかな空気も三割増しに違いない。

 ただし──それはいつもならの話。

「その水着……よく似合ってると思う」

「え──」

 僕は先ほど驚きのあまり言えなかった言葉を口にする。

「あ、ありがとうございます……」

 今でも恥ずかしいよ。こんなことを口にするのは。

 羽織さんの横顔を覗くと、羽織さんは顔を真っ赤にしていた。さすがにこれが日焼けのせいじゃないことくらいわかるよ。その反応を見て、僕も余計に恥ずかしくなる。

 ああああああ! 間が持たない! どうしよう!? そう思った時だった。

「彰ちゃ~ん♪」

 不意に呼ばれて顔を上げると、目の前には控えめなおっぱいを両腕で寄せて上げるリサ。

「──?」

 とはいえ、谷間アピールにしてはやや寄せが甘い。

 するとリサはくるりと僕に背中を向けて──。

「紐がほどけちゃったの。彰ちゃん結んでくれる?」

 髪をかき分けて見せたうなじ。ホルターネックの紐がほどけていた。

「そのくらい自分でできるでしょ?」

「できなーい♪」

 全力で噓くさい。

 まったく……相変わらずリサはお嬢様気分なんだから。どうせ断り続けたところで結んであげるまでしつこくお願いされるのは目に見えている。さっさとやってあげるに限る。

 紐を結んであげる時、もしかしたら僕の手がムダ毛の一切ない艶々つやつやのうなじに触れたとしても仕方がない。勢い余って僕のほっぺがうなじに触れて頰ずりみたいになっても不可抗力。

 ……なんだこの悩ましさ! うなじフェチの人の気持ちがよくわかる!

「彰ちゃんどうしたの~」

 リサは首だけ振り返って僕に小悪魔笑顔を向ける。

 その時だった──不意に僕の手から紐がするりと抜けた。

 紐を奪ったのは羽織さん。目にも留まらぬスピードで手際よく結ぶ。その結び目は、どんな結び方かはわからないけれど凄く強固に結ばれているように見えた。

「紐や帯の結び方なら心得ております。着物の帯紐で用いる本結びという結び方で、まず解けることはありません。安心してお遊びください」

「……ぐぬぬ」

 リサはなんだか悔しそうな顔を浮かべ、羽織さんはりんとした涼しげな顔。

「どうもあ・り・が・と!!

 ……なんだこの空気。

 凄く居たたまれなくて、どうしようかと悩んだ末。

「よ、よーし! 充分休んだし、そろそろポメ子の相手でもしてやるかな。ポメ子ー!」

 全力で逃げ出す僕。

 男らしくないって? いやいや、無理でしょこの空気は……以前の七緒さんとリサのガチなやり取りほどではないにせよ、女の子同士の不穏ふおんな空気って胃に悪い。

 そんなこんなで午前中、僕らは川遊びを楽しんだ。


 午前中のハイライト:ポメ子が遊び疲れて川に流されたこと。


ω


 午後──河原遊びを終えた僕らは、お昼を取ってから車で撮影場所へと向かった。

 ポメ子は疲れすぎたのか、車中僕のひざを枕代わりにずっと眠っていた。結局、目的地に着いても寝たままで、僕がおんぶして運ぶことになったんだけどおおむねいつものこと。

 そんなこんなで、やってきたのは軽井沢の星野ほしのエリア内にある軽井沢かるいざわ高原教会こうげんきょうかい

 広い敷地内は木々に囲まれていて川も流れており、目的の教会までたどり着く道のりはさながら森の中を散歩している気分。んだ空気に必要以上に呼吸をしていたくなるくらい。

 少し傾斜のある道を上ると、目の前に現れたのは高さ十メートルほどの木造建築だった。

「管理してる牧師さんにご挨拶あいさつしてくるわね」

 姉さんはそう言ってそばにある建物に入って行った。

「変わった教会だね……」

 教会に到着するなり七緒さんはそう漏らした。

 というのも、教会は二等辺三角形の木造建築で、僕らが一般的にイメージする石材でできた白い建物とは明らかに違った雰囲気をかもし出していたから。これはこれで神秘的だ。

 入り口の木製ドアは重厚で、その上には木彫りで教会名が刻まれており、更にその上のガラス張りの窓には大きな十字架じゅうじかが掲げられているのが印象的。

 そんな教会をながめていると、すぐに姉さんが戻ってきた。

「お待たせ。先にうちのメンバーが着いてるはずだから、さっそく入りましょ」

 僕がドアを引くと同時、中からわずかに光がこぼれ出る。

 中に足を踏み入れると、その理由がすぐにわかった。

 並べられた木造の長椅子いすと中央に伸びるヴァージンロードの先──壇上から半分がガラス張りになっており、強い夏の日差しが降り注いでここまで伸びていた。

「お疲れ様ですー!」

 僕らを迎え入れてくれたのは一人の女性。

 祭壇の近くでは、もう一人の女性が荷物と一緒にたたずんでいる。どちらも姉さんの会社の人だろう。七緒さんと一緒に姉さんの職場に足を運んだ時に見た覚えがある。

「お疲れ様。準備はできてる?」

「はい。すぐにでも」

 簡単なやり取りをした後、姉さんはその人と一緒に荷物が置かれた場所に向かう。

 残された僕らは各々に教会内を眺める。特に七緒さんたち三姉妹は興味深そうに眺めていた。それもそうだろう。呉服屋の娘なら神社やお寺と縁はあっても教会にはないだろうし。

 かくいう僕も、こうして教会に足を運ぶのは初めてだったりする。

「じゃあさっそく衣装合わせを始めましょうか。振袖さんと羽織さんと七緒さん、ちょっときて」

「あれ? リサはいいの?」

 てっきりリサもモデルをするんだと思っていた僕。

 するとリサは、椅子に座って口をがらせていた。

「私は事務所NGで協力できないのー」

「そうなの?」

「昨日も言ったけど、今回のウエディングドレス特集はまだ企画段階なのよ。今回撮影する写真もテナントさんに協力を仰ぐための企画用の写真。とはいっても、リサちゃんはプロだから起用するにはお金がかかるし、リサちゃんがやりたいと言ってくれても無償の仕事は頼めないのよ」

「そういうことー。私も着たかったのに。あーつまんなーい!」

 リサはそう言って足を子供みたいにバタバタさせて駄々だだをこねる。

 さすがに一人だけ着られないってのも可哀想だなと思った僕。

「撮影には参加しなくてもさ、ドレスくらいは着させてあげたら?」

「え──?」

 一瞬にして目を輝かせるリサ。

 だけど、これが余計なお世話になるとは思ってもみなかった。

「……リサちゃんが着られるサイズのドレスは用意がないのよね。おもに胸囲的に」

「な──!?

 つまり、七緒さんや羽織さん用のドレスしかないと。

「じょ、女性の魅力は胸だけじゃないもん! うわああああああああああああん!」

 有難迷惑ありがためいわく、余計なお世話。

 リサは心が折れたのか? 半泣きで教会から全力ダッシュで出て行った。

 そうだね。去り際に揺れるプリティヒップを見れば、きっとみんなリサの意見に同意してくれると思うよ。僕以外。

 いやでも、おっぱいのサイズを言ったら振袖さん用に数着もってきていたり──。

「振袖さんといえばやっぱり着物を着て欲しいじゃない?」

「あー……」

 もはやフォローの言葉もない。

 ナチュラルブロンドのリサに着物はさすがにミスマッチか……。

「じゃあ三人とも、早速着替えてみて」

「え? この場で……でしょうか?」

 困ったように尋ねたのは羽織さんだった。

「そう。更衣室なんてないからね。ささっと着替えてちょうだい」

「ですが……」

 羽織さんはチラチラと僕の様子を窺ってきた。

 ああ、そうか。モデル志望の七緒さんやプロのリサとは違い、僕の前で堂々と脱ぎだす振袖さんとも違い、羽織さんは男の前で着替えるなんて抵抗あるよね。

 春休み、僕と羽織さんが二人きりの時、部室で僕が作ったドレスに着替えた時とは訳が違う──いや待てよ。二人きりならむしろ抵抗がない?

「じゃあ創真先輩は外で待っててください」

 羽織さんの心境を察した七緒さんが僕の肩を後ろから押す。

 なんだろう。その押し方がちょっと雑というか、微妙につねっていませんか? どうせつねるならいつものようにほっぺでお願いします──じゃなくて、ちょっと本当に待って。

「七緒さん。これを──」

 僕は七緒さんと向き直り、かばんから取り出したある物を差し出した。

「え……これ……」

 僕が差し出したのは、姉さんから課せられていた夏休みの宿題。

「……ビスチェ?」

「七緒さんが受けるウエディングドレスのオーディションのために僕が作ったんだ。七緒さんの身体をより美しく見せられるよう、ミリ単位で身体に合わせてある。紆余曲折うよきょくせつあって、七緒さんのプロポーションの全てを把握してるからね。市販のインナーとは訳も違えば作りも違う。僕の持ち得る全ての技術をもって作り上げた傑作だ」

 七緒さんは僕からビスチェを受け取り。

「ありがとうございます……」

 小さくつぶやいた。

「お礼なんていいさ。言っただろ? 今まで以上に協力するって。七緒さんの夢に対して、僕は責任を持つって。だからどうか、僕らの夢のために頑張って欲しい」

「ん……任せて。頑張る」

 素直に口にする七緒さんが妙に可愛らしく、僕は人目をはばからずうつむく頭をポンポンとたたく。別にやましい気持ちなんて一切なかったし、頑張る妹を応援する兄的な気分だったんだけど。

「ずるい! ずるいぞ七緒! お前様、私も頭をポンポンしてくれ!」

 嫉妬しっと全開。まるで興奮剤でも打たれた牛のように頭を下げて僕に突進してくる振袖さん。

 ギリギリでひらりとかわしたのはいいけれど、たまたま僕が赤いTシャツを着ているせいか、さながら気分は闘牛士。絶対勝ち目がない牛と戦う闘牛士はこんな気分なんだろうか?

 そんな僕らをよそに、羽織さんは横目で七緒さんのビスチェをじっと見つめていた。

「それじゃあ、僕は外で時間を潰してくるよ」

 羽織さんの様子が気になりつつも、僕はそう言い残して一人教会を後にした。



 一人時間を潰そうと、僕は森の中を散歩しながら見て回る。

 ここが軽井沢の観光地の一つで、今が夏休みということもあってか人が多い。

 場所が場所だから? 特に大学生や社会人と思われるカップルの姿が多く、なんだか一人だと肩身が狭い。どこもかしこもリア充ばかり。

 ドレスを着るのはそれなりに時間もかかるだろうし、三十分後くらいに戻ればいいかな──そう思いながら、僕は人を避けるように舗装された散歩道を歩き、森の奥へ進んだ。

 しばらく新緑の地を散策していると、ふと目に留まった観光案内看板。

 そこには夏のイベント情報が掲載されていた。

「花火大会にゴスペルのコンサート……サマーキャンドルナイト?」

 目を引いたのは、軽井沢高原教会で行われるサマーキャンドルナイトというイベント。

 大きく貼り出されたポスターには、教会が二千個のランタンでライトアップされている幻想的な光景。なんでも七月の終わりから八月いっぱい毎日行われるイベントらしい。

 写真でも伝わってくる幻想的な美しさ。実際に目にしたらどれほどだろう。

「楽しそうだね♪ 彰ちゃん一緒に行く?」

「リサ──!?

 僕の隣からひょっこり覗き込むように現れたのはリサ。

「なによー。そんなにびっくりしなくてもいいでしょ?」

「いや、びっくりもするよ。急にだもの」

 リサはいつもの小悪魔笑顔で僕の腕に自分の腕をからめてくる。

 あのコスプレイベントの帰り、リサに告白をされて以来二人きりになるのは初めて。だけど、その距離感は変わることはなく、むしろアプローチは強まっているようにすら感じる。

 ただ、リサは僕になにを求めるわけでもなくて──返事をしかねていた。

「それでどうする? 花火大会一緒に行く?」

 ああ、そっちか。てっきりキャンドルナイトの方だと思った。

「みんなで行こうよ。二人きりとか、また振袖さんがうるさそうだし」

「別に気にしなくていいんじゃない? あの人はいつもああでしょ?」

 まあ……そうなんだけどね。

「振袖さんはともかく、せっかくみんなで軽井沢にきてるんだしさ」

「むー」

 返事をにごした僕に対し、リサはねたようにほっぺを膨らませる。

「じゃあせめて今だけでも一緒に遊ぼ! 向こうにお土産屋さんあったから見に行こ!」

 リサは僕の手を取る。

「うん。みんなの着替えが終わるまででよかったら」

 まあ、このくらいは付き合ってあげなくちゃね。

 嬉しそうに僕の手を引くリサと一緒に、僕はお土産屋へと向かった。



 お土産屋では結局何も買わなかったけれど、それなりに楽しんだ僕とリサ。

 教会に戻りドアを開けて、僕は思わず息をんだ──。

 目に飛び込んだのは、見違えた服部三姉妹の姿だった。

 和婚の代表ともいえる艶やかな色打掛いろうちかけに身を包んだ振袖さん。

 結婚式に着る着物がしろ無垢むくなのに対し、色打掛は披露宴の際に身に着ける着物のこと。

 白無垢には『血が通っていない』という意味があり、花嫁は『一度、自分を全て捨てて無になってとつぐ』という覚悟を表している。色打掛は『生まれ変わり』を意味し、無に『色』が入ることで夫となる人の家に染まって生きてくという──それが白無垢と色打掛の由来。

 生まれ変わりを意味するだけあって、その色打掛はとても華やかだった。

 上から下にかけて黒からピンクに変わるグラデーションは、凛とした振袖さんの雰囲気によく似合う。散りばめられた花々の色艶やかな刺繡がアクセントとなっていて美しい。

 それとは対照的に、純白の洋装ドレスに身を包んだ七緒さん。

 首回りを大きく開けたノースリーブかつフレアスカートのウエディングドレス。