「
翌日──月が代わって八月一日。締め切り前日の早朝。
「今日もか……」
夏休みに入ってから毎日欠かさず僕を起こしにやってくるのは別にいいんだ。気を抜けば
だけどさ……僕を起こす理由については一言苦言を
「……ポメ子。頼むからおやつをせがむのは午後にしてくれよ」
そういうこと。寝ぼけ
「起きて彰人君! 出発するよ!」
ポメ子は僕の胸のあたりを
ん? ……出発?
「いやいやポメ子……悪いけどお前をどこかに連れて行ってやる約束なんてして──ぐあ!」
不意にお
「おい! 危ないだろ!?」
おやつをせがむだけならまだしも、主人の安眠を邪魔するとはいい度胸じゃないか!
ポメ子を叱ろうと上半身を起こした時だった。視界に飛び込んだ人物に思わず顔を
「なんで姉さんが……?」
待って。なんだこの状況?
僕のお腹の上には僕の姉こと
「
「ぬあああああああああああああああああ!」
寝ぼけ眼に迫りくる姉の
「今のは僕が避けなかったらいけない世界の扉を開けるところだったぞ!」
「うふふ♪」
「うふふ♪ じゃないよ! 姉さん正気!?」
どうせ正気じゃないだろうし、冗談はいいから早くどいて欲しい。
いくら姉が相手といっても、男子高校生の早朝の生理現象をなめるなよ。
「起きたわね。さ、行くわよ」
「……行く?」
どこに? ていうか姉さん仕事は? またサボり?
なんて聞く間もなく布団を
朝っぱらから姉と
二人は僕に服を着させると、背中を押して部屋から連れ出した。
ようやく頭が起き始めた僕は、ただならぬ予感がして
「ちょっと。行くってどこに行くのさ」
そんな僕の質問なんて聞く耳持たず。そのまま一階まで連れて行かれると玄関へ直行。
なぜか置いてあった僕のお泊まり用ボストンバッグをポメ子が抱え、玄関を出ると正面には姉さんの会社の社名の入ったワンボックスの車が止めてあった。
「ちょっと待って。せめて行き先を──!?」
なんて言う間もなく、車に押し込まれて──。
「ふぐっ──!?」
僕の頭は更なる混乱に包まれ、僕の顔は柔らかな感触に包まれた。
倒れこむようにダイブした先で僕の顔を待ち受けていたのは、なんとも柔らかな
ほどよい肉付きの生足は、はからずも
「痛い!」
頭が割れるような衝撃に思わず声を上げた。
「どさくさに
聞きなれた敬語で怒っている声に、太腿に埋もれながら視線を上げると。
「……
中部座席に座っていたのは、僕の可愛いおっぱいの大きな後輩女子こと
夏らしいピタッとしたシャツにショートパンツのラフなスタイル。
本日のおっぱい観測報告はこの辺にしておいて、つい先日のデートの続き気分で呼び捨てにしてしまった僕。二人きりの時は呼び捨てってアレね。
七緒さんは僕の呼びかけに
「…………」
やめてよ。そんな目で見られるとドキドキしちゃうじゃん。
「呼び捨てで呼ばないでくれませんか?」
やっぱり敬語である。そう。七緒さんが敬語の時=怒っている時。
なんで怒っているかって? 二人きりでもないのに名前で呼んだからか、もしくはメールの返信をほったらかしているからだと思う……ちなみにあの後、三通ほどメールが来てました。
それはともかく、いつまでも太腿を
「おはよう! お前様!」
視界の圏外から呼びかけられたような気がした。たぶん気のせいだ。
「お前様! こっちだ! お前様─!」
さすがに無視できない近距離で大声を上げられると耳が痛い。
顔を向けると、そこには後部座席に着物姿で座っている服部姉妹の長女こと服部
さすがに夏に着物は暑いじゃないですか? って思ったけれど、その色合いはなんとも涼しげな薄水色に
その上──全国二千万人のうなじフェチのみなさま大歓喜! アップにした黒髪と
「終業式以来、二週間も音信不通とは……私は心配のあまり
「いや……夏休みなんだから当たり前じゃないですか」
捜索願とか、相変わらずぶっとんでるなぁ……この人は。
「そうは言ってもお前様、愛する殿方とは毎日でも会いたいではないか。夏休みに入ったらデートをしてくれる約束もあるわけだし。つまり一言で言えば──自分の婚約者を放っておくのはあまりにも酷ではないか!」
そう、振袖さんは僕が三姉妹の不仲の解消に尽力した際、僕におっぱいを触られたことでプロポーズをされたと勘違いしてしまっている残念女子。
だけど、そんなどこの文化圏の人かと突っ込みたくなるような不思議概念の持ち主は振袖さんだけじゃない。ポメ子もそうだし、夏休み前に再会した幼馴染のリサもそう。
現役モデルのリサがコスプレの際にBカップをDカップに盛っていたことで起きた不幸な事件。その解消に僕が手を貸すべくリサのおっぱいに触った時も、同じ主張をされた。
その元凶が全て我が姉だと知った時は「やっぱりなぁ……」と思ったけれど、そうじゃなかったら僕の認識がおかしいのかと思ってしまうところだった。
だってそうでしょ? おっぱいを触ったら結婚とか、それじゃ僕らは一生に一人の女性のおっぱいしか触れないじゃないか。そんな人生悲しすぎるでしょ?
「創真君、おはようございます」
僕が人生について悲観している時だった。
不意に耳に入ってきたのは、もう随分と聞きなれた声。
耳をくすぐるような少し高めのトーン。それでいてとても穏やかで、初めて言葉を交わしたあの日以来、その声を聞く度にどれだけ心を癒やされてきたかわからない。
だけど──今だけは癒やされるどころか僕の心がざわついた。
「おはよう……
僕が視線を向けると、小さく頭を下げて僕に
振袖さんと一緒に後部座席に座っている羽織さんは、僕が姉さんの運営するビルのショップでプレゼントした純白のワンピースを着ていた。羽織さんのトレードマークたる
頭を上げた羽織さんと視線が合った瞬間だった。
不意に神社での出来事が脳内にフラッシュバックして思わず緊張する。
だけど、そんな僕の心境とは裏腹に羽織さんはいつもの笑顔で
──僕が考えすぎだったのだろうか? 言葉の意味を深読みしただけ?
いや、でも──。
「みんな、乗ったわね?」
「はーい!」
運転席に乗り込んだ姉さんの隣で元気よく返事を返すポメ子。
その声で我に返った僕は慌てて姉さんに尋ねる。
「ちょっと待って! みんな勢ぞろいで結局どこに行く──!?」
僕が言い切る前に車は勢いよく発進し、姉さんは急ハンドルを切る。
「おわ──!?」
横から僕を襲う遠心力に
「ちょっ──!?」
つんのめる僕の顔面をエアバッグみたいなクッションが守ってくれた。いや、エアバックなんて空気の入った布なんかじゃなく、弾力MAXの水風船に僕の顔がバインと押し返される。
ああ、そういうことか。
「ありがとう。七緒さんの胸はエアバッグもびっくりの安全性能だね──痛い痛い痛い!」
七緒さんは顔を真っ赤にしながら無言で僕のほっぺをつねり上げる。
心なしどころか、いや確実につねる力がいつも以上でマジで痛いんですけど。ていうか
痛みに
こうして、行き先もわからず僕は連れ去られたのだった。
ω
しばらくすると車は高速道路に乗り込みさらにスピードを上げる。
