夏──それは健全な僕たち中高生にとって、まさに青春を謳歌おうかすべき季節。

 例えば、運動部に所属する人は大きな大会をひかえ練習にいそしみつつも、水面下では献身的に支えてくれる美人マネージャーの争奪戦。試合放棄した部員は応援にきてくれるチアガールのスカートたけが気になる時期だろう。

 あるいは受験生なら、恋にうつつを抜かすことなく勉強に集中していると見せかけて、深夜にこっそり大人な雑誌で睡眠不足。夜食を届けるお母さんにおびえる毎日かもしれない。

 彼女のいるリア充は、素敵すてきなあの子と『親に黙って初めてのお泊まり旅行計画』という名のリアル獣イベントを画策中のはず。爆発すればいいのに。

 わずかに漏れてしまった誰かの本音はともかくとして、その全てが青春といっていい。

 かくいう僕も、夏は毎年とても充実した季節を過ごしてきた。

 夏といえば、来るべくしてきた薄着の季節。薄着の女性の背中に透けるカラフルなブラジャーのラインをながめる素晴らしさは訴え続けてきた通りだけど、実はもう一つある。

 それは、街ゆく女性たちの胸元を撮影した『胸元画像コレクション』の作成。

 こんなこと言うと今すぐ通報されそうな気がしなくもないけれど、少しだけ待って欲しい。なにも僕は相手に無断で隠し撮りをしているわけじゃない。

『お姉さん綺麗きれいですね!』『あらぼうや。うれしいことを言ってくれるじゃない』『一枚写真撮らせてもらっていいですか?』『いいわよ。うふふ』パシャリ。

『あらまあ、よく撮れてるわね』お姉さんは写真を見てご満悦。

 だけどどうしてか? 帰って確認してみると、なぜかお姉さんの写真は二枚ある。もう一枚はたまたま胸元がアップで写っていて、たまたまよく撮れた写真を消すのも忍びなく、たまたま保存してしまっただけの話。

 そんな、たまたまという名の偶然が重なり、気が付けばコレクションは九冊。

 いやはや、偶然て怖いよね。今年はいよいよ大台の十冊目に突入する──はずだった。

「はぁ……」

 エアコンの効いた自分の部屋。

 僕はこれまでの夏の恒例行事を思い出して、思わずめ息をついて作業の手を止めた。

 そりゃ溜め息もつきたくなる。せっかくの夏休みなのに部屋にこもっているんだから。

 というのも、僕は夏休みの宿題として姉さんから与えられた『ウエディングドレス用のビスチェの作成』に追われているからだ。

 ビスチェとは、ドレスを美しく着こなすためのブライダルインナーのことで、主にストラップがなくウエストまでを補整してシルエットを強調する下着の総称。

 どうして僕がそんなものを宿題として作らされているかというと、そう──七緒ななおさんのため。

 先日、七緒さんの努力とリサの協力もあってモデルオーディションの参加を認められた七緒さんは、この夏休み中にとあるオーディションを受けることになった。

 そのオーディションというのが、なんとブライダル雑誌のモデルオーディション。

 女子高生がウエディングドレスを着るなんてちょっとよくない想像しか浮かばないけれど、デートの時に大人っぽいお化粧けしょうをした七緒さんを見ている僕としては全然ありだと思う。もともと七緒さんはガーリー系の大人っぽい洋服が多かったしね。

 僕としても、七緒さんに『僕のためにモデルになって欲しい』なんて言ったわけだし、こうして七緒さんのためにビスチェを作るのは大歓迎。むしろ楽しいくらいだよ。

 じゃあどうして溜め息なんてついているかって?

 姉さんの締め切りが早すぎるからだよ!

 僕の作ったビスチェで七緒さんをオーディションに参加させたいのはいいとして、でもオーディションの日程はお盆明け。今が七月最終日で八月二日までには仕上げろって。

 課題を言い渡されたのが七月二十五日だから、作業期間は約一週間……納期がきつくない?

 そもそもビスチェは、普通のブラジャーよりも構造的には複雑で、それこそ個人で作るようなものじゃないんだよ。

 幸いにして、僕はこれまで七緒さんのおっぱいを触り、先日のエステサロンデートの体験入店でウエストやおなか周りに触っている。言ってしまえば、七緒さんの身体のほぼ全てのデータを『煩悩ぼんのうノ手』で採取済みだからいいものの……まぁ、作れなくはないけどさ。

 そんなわけで、毎年夏の恒例行事たる『胸元画像コレクション』の作成はできず、姉さんからは無茶な納期を言い渡され、ポメ子はプールに連れて行けとか遊園地に連れて行けとか毎日毎日やってくるし……。

 七緒さんのために協力できるのは嬉しいけれど、相変わらずの姉さんの無茶振りに対して溜め息の一つくらい吐いても許して欲しい。

「なんて、本当はそれ以外にも理由はあったりするんだけどね……」

 いい加減、自分の気持ちをごまかし疲れた時だった。

「ん?」

 手元に置いてあった携帯電話がメールの着信を告げる。

 確認してみると、差出人らんには『未来のモデル』という文字が浮かんでいた。最初は『豊乳の後輩』って入れたんだけど、バレてぽっぺをつねられたから変えました。

 メールを開いて、僕の胸中は更に悩ましさであふれた。

織姉おりねえとなにかあった?』

 絵文字もない、そのたった一文が、絶賛悩み中の僕にクリティカルヒット。

 そう。送信者は七緒さん。

「なんてタイミングでメールしてくるんだよ……」

 僕が溜め息をついた本当の理由──終業式の日、僕を貫いた彼女の言葉を思い出す。



「どうか、私の胸を触ってください」

 羽織はおりさんのその一言ひとことに、僕は言葉を無くしてしまった。

「……」

 この言葉は、僕がずっと望んでいたはずの言葉だった。

 初めて出会ったあの日から、僕が羽織さんのおっぱいに恋心を抱いたあの日から、ずっと……そう言ってもらいたいと願っていたはずだ。

 僕の理想のおっぱいを持つ女の子にして、初めて夢の全てを語った女の子。

 あれ以来──僕はいつか羽織さんと七緒さんの言う順序を踏まえ、そのおっぱいにふさわしいブラジャーを作りたいと思っていた。今以上の技術と知識を身に付けて、いつかその想いに応えられる自分になれた時に──そう思っていた。

 それが、僕の新たな目標の一つでもあったはずだ。

 まさかその日が、こんなにも早く訪れるなんて……。

 僕をじっと見つめ続ける羽織さんに、返す言葉が見つからない。

 どこか決意を秘めたそのひとみを見れば、こんな僕にだってわかる。この言葉が、並々ならぬ覚悟と想いから語られているということくらい。その想いが、特別なのだということくらい。

 どれくらい僕は黙ってしまっていたのだろうか?

 空っぽになった頭で羽織さんを見つめ返していた僕には、もはや時間の感覚はなかった。

 ふと我に返ったのは、羽織さんの視線が僕から外れ、僅かに目を伏せた時。

 直後、羽織さんは僕の横を通りすぎる。

「あの──」

 振り返って呼び止めようとして、でも僕の足は一歩も動かなかった。

 声をかけられもせず、その背中を見送ることもなく、ただ苛立つほどに耳をつんざせみの鳴き声を聞きながら──僕はしばらくその場に立ち尽くす。

 ただわかるのは、僕は羽織さんの想いを踏みにじったのだろうという確信だった。



 そして数日が過ぎ、七月の最終日──今日に至る。

 初めて作るビスチェに悪戦苦闘あくせんくとうしながらも、それでいて凄く楽しく思う反面、心にはずっと雲がかかったようにもどかしい。

 このビスチェもベースとなる部分はおおむい終わった。後は紫陽花あじさいの装飾をすれば終わりだな。

 なんて思いながら、結局僕は七緒さんのメールにどう返していいかわからず、放置したまま作業を再開した。