エピローグ


 そして八月も末日になり今年の夏休み最後の日になった。

 俺の人生で初めて好きな人が出来て、さらに彼女が出来たという一生忘れることの出来ない夏もゆっくりと終わりに差し掛かっていく。

 とは言っても何も特別なこともない、いつも通りの日常。

 まだまだ夏の暑さが緩むこともないけども、暦は着実に秋への移り変わりを示している。


 一人で晩御飯の仕込みをしていると、玄関からガチャリと鍵の開く音が聞こえた。

「ごめんね、明日の洗濯とかしてたら遅くなっちゃった」

 ユイが謝りながら手慣れた手つきで我が家に新設された鍵掛けフックに合鍵を掛ける。

 新設されたとは言ってもただのマグネット式のフックで、俺も帰宅した際には自分の鍵をそこにるすようにしている。

 なのでユイが合鍵を掛けるとそこには同じ鍵がふたつ並ぶ。

 ユイがうれしそうに目を細めながら、重なった鍵を指先でちょんと揺らした。

 小さく金属が当たる音を立てて揺れるふたつの鍵を見て、ユイがにへらっと幸せそうにほほむ。

 今までは特に鍵置き場は作ってなかったけども、ユイがうちの合鍵を使うようになってから作ったこの鍵掛けフックは思いのほか便利で俺も気に入っている。

 何より毎日ユイが楽しそうに揺らして幸せそうに喜んでる顔を見れるのがい。

「はいこれ、明日の制服。アイロンがけしといたよ」

「悪いな、助かるよ」

「全然。自分の制服にアイロンかけるついでだし、大好きな彼氏の制服をアイロンがけしてるのもね? なんかこう、いいものだからね」

 えへへとうれしそうに自分の髪をいじりながら、シワひとつなく丁寧にアイロンを掛けてくれたシャツとスラックスをハンガーに掛けてくれる。

「夏休みも今日で最後だもんね。早かったなぁ」

「色々あったもんな、今年の夏休みは」

 しみじみとつぶやくユイに俺があいづちを打つと、ユイがはにかみながら青い瞳を優しく細める。

 お互いに一生忘れることのない夏休み。

 でもこの先もっとたくさんの思い出が増えて行くんだろうと思う。

 俺のスマホの画像フォルダの中にはユイの制服と私服はもちろん、浴衣ゆかた姿、水着姿、ウェディングドレス姿まで保存されていて、共有のアルバムに上がってる写真ひとつひとつにもたくさんの思い出がある。

 この先はどんなわいいユイが見れるかなと思うだけで口元もにやけてしまう。

「なーおみ?」

 キッチンに立ってる俺の背中から、ユイが細い腕を回してぎゅっと抱きついて来る。

 猫がのどを鳴らすように気持ち良さそうな声をくすぶらせながら、俺の背中に遠慮なくわいらしい頰をむぎゅーっとすり寄せてくる。

 とりにくを仕込んでいた手を洗うと、サランラップで落とし蓋をして味をみ込ませている内に、後ろを振り返ってユイを抱き締めながら頭をでてあげる。

「ふふ、気持ちいいなぁ。おみになでなでしてもらうの大好き」

 くすぐったそうに甘えながら、無防備な笑顔を上げて俺に向けた。

 ほんの目と鼻の先恋人の距離でユイが愛おしく青い瞳を細める。

「……ね、ちゅーして?」

 お願いされるまでもなく俺からそっと唇を重ねる。

 きやしやな背中に腕を回すと、今度はユイの方からも俺に唇を重ねてくれる。

「ユイ……」

「なおみ……好き……ん、ちゅ……」

 それぞれの唇をついばみ合うようにキスを繰り返した後、お互いのおでこを触れさせたまま優しく目を細めてほほみ合う。

 俺たちはもうすっかり恋人で、こんな愛情表現も自然に出来るようになっていた。

 ユイはもうなんて面影も見えないくらい、本当に表情が柔らかくなってわいらしくなった。

 さすがに外では人目を気にして手をつなぐ程度だけど、二人でいる時は隙あらばくっついて遠慮なく甘えてくる彼女がめちゃくちゃ愛おしい。

「合鍵、もう返せないからね?」

「返すって言われても受け取らないけどな」

 お互いの笑う吐息さえもくすぐったい距離で笑い合いながら、左手でユイの頰をでると銀色のブレスレットがきらりと光った。

 俺とユイが初めて贈り合ったプレゼントは、今でもしっかりお互いの左手に約束を輝かせてくれている。

 こうやって大事なものが増えて、大切な思い出も、約束も、きずなも、愛情も、全部を二人で抱えてこれからも過ごしていく。

 二人でもっと色々なことを知って、成長して、変わっていく。

 それでも絶対に変わらないものをこの手に抱き締めながら、ユイと歩調を合わせてずっと一緒に歩いていく。

 この出会いはきっと、偶然なんかじゃないから。

 ここで出会えた必然の奇跡を愛おしく思いながら、もう一度ユイの頰をでてキスをする。

「じゃあ今日もユイの大好きなからあげを揚げるとするか」

「ん、夏臣のからあげ大好きだからうれしい」

「本当にユイはからあげ好きだな」

「私の大事な大事な思い出の味だからね」

 一分の曇りもない笑顔でそう答えると、ユイがれた動きでストックしてある揚げ油を手渡してくれて、俺ももう用意してあった揚げ鍋へと中身を注いでコンロの火をける。

 おそろいのブレスレットが左手で揺れて、それを見たユイが幸せそうにほほんで俺を見上げた。

「こんな彼女だけど、これからもよろしくね」

「こっちこそ、こんな彼氏だけどよろしくな」

 二人きりの部屋の中に小さな笑い声が重なって、ふたつ並んだうちの鍵が揺れてきらめいていた──