9章 いともかしこし


「夏休みももうすぐ終わりなんだな」

 洗い終わった食器を食器棚に戻しながら、目に入った置き時計の日付を見て不意にそんな言葉がこぼれる。

 八月ももう四週目。

 東聖学院の夏休みは八月いっぱいなので、もう半分以上が過ぎたことになる。

「そっか、今年の夏は楽しいことでいっぱいだったからあっと言う間だった気がするなぁ」

 ユイがこの夏の色々な思い出を思い返しながら、楽しそうに食事後のテーブルを拭く。

 俺も今年の夏休みは一生忘れられない思い出ばっかりだ。

(でもそれを言うなら今年の春から……いや、要はユイと出会ってからになるか)

 去年までもそれなりに楽しくやってはいたつもりだったけど、今年と比べたら何もかもが違い過ぎる。

 ユイと出会って俺の世界が広がった。

 大げさじゃなくそう言い切れるくらいの時間を過ごせたから。

 一人じゃ見ることが出来なかったものも、一人では感じられなかったことも。

 自分でも知らなかった自分を知ったり、ユイが一緒にいてくれたからこそ見えたことがたくさんだった。

 火にかけていたヤカンを取って、茶葉をセットしたポットにお湯を注ぐ。

 このティーポットもユイが自室から持って来た私物で、うちにあった安物のマグカップとユイのブランドもののマグカップが並んでる絵面も当たり前に見慣れた。

 晩御飯の片付けが終わると、日課の猫動画チェックをするためにいそいそと俺のノートパソコンを開いてるユイにれたての紅茶を手渡す。

 俺もベッドに座って壁に寄り掛かりながらスマホを手に取って食後の一息をつく。

 同じ部屋でそれぞれが自然に過ごせてるこの空気が本当に居心地がい。

 お互いがしやべらなくても気にならないどころか、そこにユイがいてくれるっていうことだけで心が休まると言うか。

 でも最近はまたそれにプラスして変わったこともある。

「……ねぇおみ。隣、行ってもいい?」

 ユイがうつむきながら、遠慮がちに俺を見上げてそう尋ねて来る。

「ああ、もちろん」

 少し横に移動してスペースを空けると、ユイがうれしそうにノートパソコンを持ったままベッドの上を膝立ちでちょこちょこと歩いて俺の隣にちょこんと座って壁に背中を預ける。

 小動物的なこの仕草だけでわいいのに、隣で満足気なほほみを表情を浮かべてるのも最高にわいい。

 でも、これだけではまだ終わらない。

 分かりやすく細い肩を上下させながらゆっくりと深呼吸をして、意を決するように小さくうなずいてから上目遣いで隣の俺をのぞき込む。

「手も、つないでいい……?」

「当たり前だろ」

 俺の方が我慢出来なくてユイの手に自分の手を重ねる。

 指と指をからめる手のつなぎ方、通称『恋人つなぎ』。

 もちろん普通に手をつなぐのもいけど、こっちの方がぴったりと密着してユイのぬくもりも柔らかさもより強く感じられる。

「いちいち断ることないって言ってるのに」

「でも夏臣が『いいよ』とか『当たり前だろ』って言ってくれるの、好きだから」

 すぐ隣でにへらっと幸せそうな笑顔を向けてくれる。

 前までだったらわいすぎて顔を背けたりもしていたけど、今はこのわいさを笑顔で受け止められるようになった。

 それは慣れたということではなく、俺の中の『ユイがわいい』を受け入れるキャパシティが広がったイメージで、いちいち顔を赤らめて深呼吸をしなければならなかった頃とは違う、我ながらすごい進歩だと思っている。

 と、まぁこんな感じで、ユイが積極的に自分から甘えて来てくれることが多くなった。

 今でもこうやってひとつひとつ一生懸命に喜んでくれるのは本当に愛おしいし、恥ずかしいのを精一杯に堪えながら、それでも頑張って甘えてくれるのがたまらなくわいい。

 隣からユイと一緒になってノートパソコンに映っている猫動画を眺めていると、

「……夏臣」

 ユイが遠慮がちに小さな頭を俺の肩に乗せてくる。

 長くてれいな髪がふわりと甘い匂いを漂わせて、毛先がさらりと俺の右腕をくすぐった。

 視線を隣に向けると、長い髪の隙間からのぞく耳が真っ赤になっていて、ユイが勇気を振り絞って甘えてくれていることを証明している。

(これは、ユイの新しい甘え方……!!

 あまりのに俺のキャパシティの限界を一気に突破されてしまう。

 赤く染まった口元を空いてる左手で押さえながら、顔をらしてバレないようにゆっくりと深呼吸で冷静になろうと努める。

 二人きりの部屋の中、ベッドの上で右の肩から腕全体にかけてぴったり重なるユイの体温。

 鼻先から香って来る丁寧に手入れされた甘い髪の匂い。

 恥ずかしさを必死に堪えるようにからめた指先にきゅっと力がこもる。

(これはさすがに……やばすぎるだろ……!!

 心の中で白旗を力一杯に振り回す。

 降参をしたところで何になるのか分からないが、わいさといとしさがあふれ過ぎてもう自分でもわけが分からなくなってしまう。

「……夏臣があったかくて、すごく幸せ……」

 ゆっくりと幸せをめるようにユイがつぶやく。

 もう俺はユイがわい過ぎて死んでしまいそうだった。

 胸が高鳴り過ぎて爆発してしまいそうになりながら、空いてる左手で眉間を強く押さえて何とか心を保とうと努めた。

 こく、とユイが息をむ音が密着した右腕から伝わってくる。

 つないだ手に力がこもって、ユイの身体からだが緊張でかすかに力むのが分かった。

 一瞬だけためらうように吐息を漏らして、それでも自分を鼓舞するかのように小さくうなずくと、ユイが顔を上げてささやくように俺の名前をつぶやいた。

「……夏、臣……」

 ──ユイとの距離が近過ぎる。

 目の前の透き通った青い瞳は緊張のせいかかすかに潤んでいて、ユイがわずかに小さく唇をむのが見えた。

 か細く吐息を震わせながら、切なそうにユイが瞳を細める。

 ユイのかすかな吐息が感じられるほどに近い距離。

 身体からだこわってく息が出来ない。

 無意識にごくりと唾を飲み込む。

 目の前のユイから目が離せない。

「その……私、ね…………?

 言いかけた言葉をそこで止めて、ユイが意を決するようにゆっくりと目を閉じた。

 薄い唇をかすかに震わせながら、俺に向けてそっと細いあごを持ち上げる。

 ──これはもう、疑いようがない。

 からませた指先がかすかに震えていて、ユイが勇気を振り絞ってるのが伝わってくる。

 俺の心の準備なんか何も出来てない。

 でもユイがこんなに勇気を出してくれてる。

 だから俺も彼氏としてしっかり応えないといけない。

 その一心で俺も無意識に目を閉じて。

 引き寄せられるように、俺とユイの距離がゆっくりと近づいて────


 ドガァァアアァアァアァアアァァァアァンッッッッッッ!!!!


「「うわぁああぁあぁぁぁっ!?」」

 パソコンから響いた大爆発音に二人ともが飛び上がった。

 さっきまでいやしの猫動画が流れていたはずの画面には、派手な爆発シーンが連発するアクション映画の広告が流れている。

 二人とも目を真ん丸くして心臓を押さえながら、お互いに顔を背けて浅い呼吸を必死に繰り返す。

(お、俺……今、何しようとしてた……!?

 信じられないほど早鐘を打っている心臓に手を当てながら、ひとまずめちゃくちゃうるさいパソコンを閉じて、混乱している頭を何とか落ち着かせようと懸命に深呼吸を繰り返す。

 もう本当に触れそうなほど近くにユイの顔があって、偶然の邪魔が入らなかったら──

 遅れて全身に血が巡って来て、変な汗が服の下をだらだらと伝っていく。

 ちらっと隣に視線を向けると、ユイも胸を両手で押さえながらベッドの上にうつ伏せに倒れて動かなくなっていた。

 自分の髪の海に沈み込んだままぴくりとも動かないユイが若干心配になるが、俺もそうなってしまう気持ちが良く分かるので、ひとまず後ろの壁に背を預けながら両手で顔を覆って心を無にしようと頑張った。

 そのままお互いに動かざること十分ほどった頃。

 ユイがのそのそと起き上がって、隣で俺と同じように壁に背中を預ける。

 膝を抱きながら丸まったユイの横顔は髪で隠れていて、俺からはどんな表情をしてるのか分からない。

 俺もなんて声をかければ良いか分からず無駄に頰をいたりしていると、ユイが消え入りそうな声でつぶやく。

…………ごめん、その……変な感じに……しちゃって……」

「いや、俺の方こそごめんって言うか……その、ユイが謝ることじゃないだろ……?」

「ううん……私の方が……その……ごめん……」

 膝を抱えてる小さな手がぎゅっと握られる。

 今もユイがどんな顔をしてるかは分からない。

 恥ずかしいのか、照れてるのか、困ってるのか、泣きそうなのか。

 いや多分その全部が混ざって、ユイ自身も何が何だか分からなくなってしまってるような気がする。

 俺も燃え尽きたように頭が回らないし、でも嵐の後の静けさのように気持ちがいでいた。

 そんな混乱してる中でも、ユイがまたぽつりと「……ごめんなさい」とつぶやく。

 だから何も考えられなくても、俺が今するべきことは決まっている。

「……もう謝るなって」

 ユイの肩にそっと手を回して優しく抱き寄せた。

 一瞬だけ微かな抵抗をしながらも、すぐにユイから力が抜けて俺に身体からだを預けてくれる。

 そのまま肩に回した手で、出来るだけ優しくユイの頭をでながら耳元で囁く。

「……俺だってああいうこと……興味はあるから」

 青い瞳を丸くしてユイが顔を上げた。

 まだ少し頰を赤くしたまま、青い瞳を潤ませて隣から俺を見上げる。

「だから少しも嫌じゃなかったし……その、謝らないでくれよ……」

 まだ俺もく気持ちの整理はついてないけども、でもユイに安心して欲しくて出来る限りの優しい笑みを浮かべて見せる。

 驚いているユイの顔がまたゆっくりと赤く染まって、さっきと同じように背中を丸めて、抱き寄せた膝に顔を隠してしまう。

 俺も天井を見上げて深く息を吐き出しながら、わいいユイの頭をそっとで続ける。

 確かに俺も突然のことで驚いたし、頭も真っ白になった。

 でも嫌なんてじんも思わなかったし……むしろ、したいと思った。

 だからユイにさっきのことを後悔なんてして欲しくなくて、俺の気持ちをみ込ませるように何度もユイのことをで続ける。

「その……夏臣も、ああいうこと……興味、あるの……?」

 ユイが戸惑いながら少しだけ顔を上げて、膝との隙間から俺をうかがいながらつぶやく。

 改めて聞かれると恥ずかしくもなるけど、ユイだけに恥ずかしい思いをさせたくないので正直に答える。

「……そりゃああるよ。ユイのことは好きだし、俺だって男だし。でも……」

 上目遣いで俺をのぞいてるユイに顔を向けて、ちゃんと目を見てハッキリと伝える。

「ユイに無理をさせてまでしたいとは思わないけどな」

「夏臣……」

「だから謝らないで欲しいし、無理にあせらないでいい」

 少しだけ目を丸くした後、ユイが困ったようなほほみでくすっと笑い声をこぼした。

「夏臣はどこまでも私のことばっかりだね」

「ああ。俺がわがままなのはユイが一番よく知ってるだろ」

「ん。久しぶりに聞いたね、その台詞せりふ

 俺のおどけた答えにユイも同じく茶化すように返してくれる。

 それでようやく張り詰めていた空気が緩んで、いつも通りに笑い合うことが出来たことに胸をろす。

「……私、夏臣の彼女だから頑張らなきゃって……ちょっとあせっちゃってたかも……」

 眉を下げて少しだけ申し訳なさそうにしながらユイがもう一度謝る。

 彼氏としてはこんなにわいい彼女があんな風に頑張ってくれるのはうれしい以外の何物でもないけども、今はユイに何も言わずにそっと頭をでて応える。

「……でも夏臣が嫌じゃないなら……私も彼女として、ちゃんと頑張りたいから……」

 ユイがそう言って頰を赤く染めたままほほむ。

「だから、もう少しだけ待っててね。それじゃまた明日。ばいばい」

 照れた顔を隠すように手を振って、ユイが足早に俺の部屋から出て行く。

 玄関が閉まる音がして、俺はベッドの上に取り残されたまま固まってしまっていた。

「……ちゃんと、頑張りたいって」

 ユイが去り際に残したその言葉に何か色々と想像力をてられてしまいそうになるのを、両頰を強く張り付けて頭をぶんぶんと振りかぶる。

「よし、とっととでも入ろう! 冷たいシャワーでも浴びて!」

 誰もいない部屋で自分に言い聞かせるようにそう宣言する。

 それからやっぱりあの時に止めてくれて良かったなと内心で感謝をしながら、ベッドの上に取り残されていたノートパソコンをひとでして電源に差し直してあげた。


◇   ◇   ◇


 そしてその翌日の夕方。

「あ、かたぎりじゃん」

 日用品の買い出しついでに寄ったスーパーで、カマーベスト姿のみなととばったり鉢合わせた。

「珍しく一人みたいだけど、カノジョは?」

「お姉ちゃんから荷物が届くらしくて留守番。藍沢は店の買い出しか?」

「そ。カクテルとかで使う果物をね」

 そう言いながら湊が果物コーナーの品物を手に取って品定めをしていく。

 指先で皮の張りを見たり弾力を確かめたりする姿が手慣れていて様になっている。

「アンタさ。昨日、ユイと何かあった?」

「え? 何かって……」

 思わぬド直球な奇襲に間抜けな声が出てしまう。

「ユイと電話した時に何か様子が変だったから」

 湊の鋭い追い打ちに心当たりがあり過ぎて思わず目が泳ぐ。

 昨日の内容が内容なだけに笑ってごまかそうとするが、湊がいぶかしげな視線でじっと俺を見つめて逃がしてくれない。

(藍沢も友達おもいだもんな……)

 恐らく退かないであろう空気を感じ取って観念する。

「……あのさ、彼女だから頑張りたいって……どういう意味だと思う?」

 昨夜、文字通り冷水のシャワーで頭を冷やした後にふと思った疑問。

 もちろん昨日のことも含めて、ユイが彼女として俺のために頑張ろうとしてくれることは間違いなくうれしい。

 それはうれしいんだけど……でもどうして急にユイがそんなことを思ったのかが引っ掛かっていた。

「はぁ。そんなことうちにのろられてもねぇ」

 湊がためいきを吐き出しながら、割と冷ややかな反応を返して来た。

「いやのろじゃないんだけど……」

「本人が彼女として頑張りたいって言ってるんだから。けなな彼女を持ったことを素直に喜べばいいんじゃないの?」

「それはまぁ……そうなんだけどさ」

 自分から首を突っ込んで来た割には冷たい返事。

 いやまぁのろと捉えられてしまったらそういうものかも知れないけど。

 でもそもそもみなとは友達おもいではあるけど、クールな性格だったなと思い直す。

 実際は湊の言う通りだし、わいい彼女を喜べばいいと言われたらその通りだとは思う。

 でも思い返してみると、ユイは確かに一瞬だけためらったような表情をしていたから。

 まるでああいう距離感になったら、恋人ならそうするべきかのような感じで、つないでた手も、触れていた身体からだも、緊張とは違う感じでこわっていたように思った。

 あの時は俺もいっぱいいっぱいで気付いてあげられなかったけど、後になって冷静に考えてみるとユイの様子が引っ掛かっていて素直には喜べなくなっていた。

「……俺のためだとしても、ユイには無理をさせたくないんだよな」

 そう口に出してみて、自分が感じていた違和感をようやく自分でも理解出来た。

 俺は素直に笑ってるユイが好きだから。

 だから例え俺のためだったとしても、ユイに無理をして笑って欲しくない。

 俺が好きになったのも、俺が守りたいと思ったものも、ユイの心からの笑顔だから。

「だからユイが何か不安に思ってるなら、出来る限りくしてあげたいんだよ」

「片桐……」

 俺が苦笑いを浮かべながら後ろ頭をくと、湊も釣られるようにやれやれと肩をすくめる。

「彼女だからって甘やかし過ぎじゃない?」

「惚れた弱みってやつかな」

 俺の返事を聞いて、あきれたように笑いながら湊が鼻を鳴らす。

(俺は彼女が出来たら甘やかす、なんて調理実習の時にけいにも言われてたしな……)

 相変わらず俺の友人は俺のことをよく見てるんだなと感心してしまう。

 甘やかしてるつもりはないけど、そのままのユイが好きになってしまった以上は仕方ない。

 湊がひょいひょいと果物をカゴに入れながら、ためいき交じりに笑って答えてくれる。

「じゃあそれを教えてあげなよ、あんたがどれだけれてるかってさ。そしたらユイがもっと好かれてる自信が持てるんじゃない?」

 そのアドバイスを聞いて、昨日のユイが言っていたことにも納得がいった。

(……ああ、そうか。ユイは俺のために好意をちゃんと伝えようとしてくれたのか)

 ちゃんと俺のことが好きだと伝えるために、まだ良く分からない愛情表現でも一生懸命に気持ちを伝えようとしてくれてたんだ。

 自分の気持ちよりも俺に気持ちを伝えることを優先してくれて。

 だから無理をしてるような違和感が、ユイらしくない感じで引っ掛かっていたのかと気付く。

 今さらながらユイのけなないじらしさに愛おしさが込み上げて来る。

「気持ちって、伝えてるつもりでもく伝わらないもんだな」

「何度も言葉にしないと分からないんだよね、不便なことに」

 湊がまるで慶のようにひようひようとした笑みを浮かべて肩をすくめる。

「ありがとな藍沢。俺も慶のことだったらいつでも相談に乗るから」

「余計なお世話。でもその時はよろしく」

 ほんの少しだけ驚いた後で、湊が照れ臭そうにはにかんでうなずく。

 慶にも湊にも世話になりっぱなしで本当に頭が上がらない。

 いつか二人のことも応援出来たらと思いながら湊に笑ってお礼を伝える。

「じゃあまたな。仕事頑張れよ」

「ん、そっちも頑張ってね、彼氏さん」

 去っていく湊に左手を挙げて応えると、ユイとおそろいのブレスレットが左手首で揺れた。

 もう自分の一部に感じるほどにんだブレスレットを見つめてに指先でなぞる。

 気持ちを伝えるっていうことは本当に難しい。

 これだけ近くでこれだけ一緒にいたって伝え切れないことだってある。

 それなら俺はどうしたらユイのことをもっと安心させてあげられるんだろうか。

 もっとユイがユイらしく笑っていてくれるように。

 ユイの居場所はちゃんと俺の中にあるんだと分かるように。

 ユイと約束をしたブレスレットをそっと手で包み込む。

 自分の体温と混ざって溶け合うような感触。

 お互いの約束を確かめられるような、ユイがいつでも俺の手を握ってくれているような感覚がとても心強く感じられる。

(……それでも、伝えるしかないよな)

 足りないなら足りるまで、伝わらないなら伝わるまで。

 ユイの心を満たしてあふれてしまうまで、この胸の中にある気持ちを繰り返し伝えるしかない。

 それが俺がユイにするべきことで、俺にしか出来ないことだから。

 このブレスレットを交換した時は友達としての約束だった。

 それなら、今の俺が今やるべきことは──

 もやがかっていた心が晴れて、自分の中の答えがはっきりと像を結ぶ。

 その答えを心に抱いて深く呼吸をすると、口元にすっきりとした笑みを浮かべながら家までの道を急いだ。


◇   ◇   ◇


「どうしたの、急にデートしようなんて」

 夜と夕方の間の夕暮れ時。

 ユイと長くなった影を引き連れながら二人分の足音をアスファルトに響かせる。

 ちょうど俺が帰った時にソフィアからの荷物が届いたようで、昨日の今日でまだ少し気恥ずかしそうにしながらも俺にいつも通りの笑顔を向けてくれている。

「ユイに改めてちゃんと伝えたいことがあってさ」

「私に?」

「ああ、ユイに」

 愛らしい瞳をぱちぱちとまたたかせながら首をかしげるユイと手をつないだまま、前に約束をしたあの場所へと向かって手を引いて行く。

 通い慣れた学校の裏手にある教会の裏手口を合鍵で開けると、ユイをエスコートするように礼拝堂の中へと足を踏み入れる。

「わぁ、すごいれい……」

 誰もいない礼拝堂の中、柔らかいゆうが天窓とステンドグラスからし込んで静かな堂内を優しいだいだいいろに染め上げていた。

 聖堂内に敷かれた赤い身廊も、左右対称に並んだ椅子も、壇上にたたずむ祭壇も、夕暮れ時の太陽に暖かく照らし出されて、まるで淡く輝いているように見える。

「何かすごく久しぶりの気がするね」

「夏休みに入ってからは来てなかったしな」

 ユイ自身も柔らかなゆうに縁取られながら、楽しそうに礼拝堂を見回してほほむ。

 夏休みは職員も学生も休みが多いので、教会の人手は基本的に十分に足りていることが多い。

 なので必然的に俺とユイに掛かる声の数も減るので、ユイの言う通りここに来るのは久しぶりだった。

 ユイとつないでいた手をそっと離すと、だんじようへと上がって祭壇の横にある座り慣れたパイプオルガンの椅子に座って鍵盤のカバーをゆっくりと開く。

 音量と音色の調節レバーを操作してセッティングを終えると、俺を見上げているユイに振り返って尋ねる。

「前に紅茶屋でした約束。覚えてるか?」

 ユイもぐに俺を見つめ返しながら、穏やかな笑顔を浮かべて小さくうなずく。

「忘れるわけないよ。二人での演奏会の約束」

 まだ友達だった頃にユイにお願いされて交わした、俺のオルガンとユイの歌で二人きりの演奏会をする約束。

 その約束を果たしたくてここまでユイの手を引いて来た。

 俺もぐにユイを見つめ返しながら、愛おしさを込めてほほんで続ける。

「歌ってくれるか、俺のために」

 あれはまだ俺たちが出会って間もない頃。

 ユイの歌を取り戻すためにお願いした時と同じ言葉でお願いをする。

「夏臣……」

 でも今はあの時のようにユイの背中を押す意味ではなくて。

 ユイが日本に来てユイ自身を取り戻すきっかけになった歌を。

 俺が一番最初に触れたユイをまた聞かせて欲しくて、そうお願いする。

「私の歌で良ければ、喜んで」

 ユイが胸に手を当てながら、柔らかい笑顔でうなずいて応えてくれる。

 そしてあの時と同じように祭壇に上がって俺の隣に立つと、目を閉じてゆっくりと息を吐き出していく。

 それから小さな右手を胸に当てると、誰もいない礼拝堂の中へと顔を上げて穏やかなほほみをその顔に浮かべた。


 ──ああ、やっぱりれいだな。


 一点の曇りもないユイの横顔を見て素直な感想がこぼれる。

 あの時からずっと変わらないぐな瞳。

 その優しいほほみを愛おしく思いながら、俺自身もユイと同じように笑みを浮かべてパイプオルガンの鍵盤に両手と両足をそれぞれ乗せる。

 俺もユイと同じように深く息を吐き出して、小さな声でタイトルをつぶやく。

「五百二番」

 そう言葉にしてから指先をそっと鍵盤の中へと沈めると、そうごんきらびやかなパイプオルガンの音色が夕暮れの礼拝堂の中で静かに響き渡っていく。

 さん五百二番『いともかしこし』。

 数あるさんの中でも傑作との呼び声も高い、神の慈愛をうたった歴史あるさん

 その旋律にユイへの気持ちを込めて、出来る限り優しい音色で前奏をユイの歌へとつなげる。

 ユイもわずかに振り返って俺にほほみをこぼしながら、ゆっくりと大きく息を吸い込む。

 そして夕暮れの礼拝堂の中いっぱいに穏やかで優しいユイの歌声が溶け込んだ。

 透き通るように美しくて、耳に心地よい歌声。

 優しくて胸にみ渡るような力強いユイの歌声が教会の中を包み込んで、隣にいる俺の心の中へもゆっくりとみ込んで来る。

 ユイの歌を後ろで支えるオルガンの音色が、逆にユイの歌に手を引かれるように自然と力強さを増していってしまう。

 以前にここで聞いた歌は、ユイがもう一度歌える喜びにあふれた歌声だった。

 でも今は演奏者である俺の気持ちを代わりに歌ってくれるような優しい歌声。

 俺が好きになって恋に落ちた、ユイ自身の声。

 ユイの心そのものとも言える歌を、今ここで俺のためだけに歌ってくれている。

 ありったけの気持ちを込めた俺の伴奏に応えるように、ユイも力強く透き通った歌声で優しく俺を包み込んでくれる。

 そのあまりに暖かい歌声に包まれて、胸の奥から愛おしい感情があふれてしまうままにオルガンの鍵盤を丁寧に押し込んでいく。

 そしてユイが両手をいっぱいに広げながら、ユイ自身の感情を絞り出すように最後のロングトーンを力いっぱいに強く歌い切ってくれる。

 歌が終わると同時に俺の指先も鍵盤から離れて、静かで暖かな静寂が再び礼拝堂の中を包み込んだ。

 目を閉じてその余韻に浸りながら、心の中に浮かび上がった言葉をそっとつぶやく。

「やっぱり、俺はユイのことが好きだ」

 めいっぱいの幸せをめるように、後ろを振り返ってユイに愛おしいほほみを向けた。

 ユイの透き通った青い瞳がかすかに丸くなって、それからゆっくりと優しく細まっていく。

 少し照れ臭くなって頰をきながら、それでもしっかりとユイから目をらさずにもう一度はっきりと伝える。

「多分ユイが思ってるよりずっと、俺はユイのことが好きだよ」

「夏臣……」

 ユイも愛おしそうに青い瞳を細めながら、ぐに俺を見つめ返してくれる。

 俺らしくない柔らかなほほみが顔に浮かんでるのが自分で分かった。

 それでもありったけの愛おしい気持ちを込めて、それが伝わるようにユイを見つめる。

 今まで一緒の時間を過ごして、少しずつ心の距離が近づいて。

 少しずつ一緒にいることが当たり前になって、今ではもう自分の一部になって。

「俺もユイが笑ってくれるのがうれしいから、俺に出来ることは何でもしてあげたくなる気持ちは良く分かるよ。でも……」

 オルガンチェアに座ったまま、目の前のユイを見上げながらほほんで続ける。

「俺はそのままのユイが好きだから。だから彼女らしくとか、そんな風にあせらなくていいんだ」

 ユイが胸の前で小さな両手をぎゅっと握ると、視線を落として小さく唇をんでうつむいた。

 うつむいて落ちた長い黒髪がユイの困ったような表情を隠す。

「だって私、夏臣に甘えてばっかりで……夏臣のこと、ちゃんと大事に出来てるか分からなくて……だからせめて、夏臣が喜んでくれるような彼女らしくいたいって、思って……」

 絞り出すようなユイの声が少しずつ濁って、弱くなって消えていってしまう。

 そして言葉が途切れると、ユイが小さく首を振って苦しそうな声をくすぶらせた。

「ごめん、違うね……そうじゃないや……」

 そう言って上げた顔には、まるで泣いているような苦いほほみが浮かんでいた。

 前みたいに自分の気持ちをごまかすようなほほみじゃなく、自分の気持ちを吞み込めずに持て余してるようなほほみ。

 初めて見るユイのそんな笑顔に胸の奥がぎゅっと苦く締め付けられる。

「私が、怖かったの……夏臣の隣にいられなくなることが……」

「ユイ……」

 甘えっぱなしで、何も出来ないくせに、

 夏臣が好きだって言ってくれる気持ちに甘えて。

 夏臣のことが好きだっていう気持ちに甘えて。

 一人で生きようと決めて日本に来たはずなのに、いつの間にかもう一人になったらどうしたらいかも分からなくなってしまって。

「だから私、必死に背伸びしようとしてた……少しでもい彼女になれたら、夏臣が私のことをずっと好きでいてくれるんじゃないかって……」

 ごめんなさい、と泣きそうなほほみでユイがつぶやく。

 その切ないほどの素直さがわいらしくて、自分をごまかし切れない純粋さが本当に愛おしくて。

 オルガンチェアから立ち上がると、折れてしまいそうなきやしや身体からだをそっと抱き寄せた。

 そして俺の中にある全部の気持ちを込めてユイの耳元で小さくささやく。

「だから言っただろ。謝るなって」

 突然放り込まれてしまった他人を信じられない環境で、としも行かない女の子が敵意の視線と後ろ指ばかりを刺され続けて。

 勇気をもって踏み出した一歩でさえも足元をすくわれて、それでも一人で生きようと誰も知らない場所へとやって来た。

「ユイはもう、一人で頑張らなくていいんだから」

 力いっぱいに抱き締めたら折れてしまいそうなほど小さな身体からだが、俺の腕の中でかすかに震えている。

 こんなに小さな身体からだで一人我慢をし続けて来て、それでも俺の手を取って信じてくれた。

 心を開いて、笑顔を見せてくれた。

 俺の隣にいたいと願ってくれた。

 今さら他人に期待をするなんて、どれだけ怖かったんだろうか。

 それでも俺が踏み込むことを許してくれて、ユイ自身の笑顔を見せてくれて。

 もう一度信じてくれることが、どれだけ勇気のいることだっただろうか。

 だからありったけの愛情を詰め込んで、はっきりと言葉にして伝える。

「俺のことを好きになってくれて、ありがとうな」

「な、おみ…………

 ユイの身体からだから小さく息をむのが伝わって来る。

 消えてしまいそうな声で、でもはっきりと俺の名前をつぶやいてくれる。

 俺が初めて好きになった女の子。

 俺が初めて守りたいと思った女の子。

 いつも俺の隣で咲かせていて欲しいと思った笑顔。

 ユイがもう怖がらないで済むように、心穏やかに安心して歌っていられるように。

 ポケットからそれを取り出して、ユイの手のひらの上にそっと載せる。

「ユイの居場所は、ちゃんとここにあるから」

「これって……」

 小さな手のひらに載せられた鍵を見てユイがかすかに瞳を丸くする。

 それは俺の部屋の合鍵。

 お互いの左手首のブレスレットを交換した時は友達としての約束だった。

 だから今度は恋人としての約束をユイに手渡す。

 ユイがいつでも俺のところに入って来れるように。

 ユイがいつでも俺のところに帰って来れるように。

 友達ではなく、恋人としての気持ちを込めた約束をユイの手に握らせると、その手を包むように俺の両手をそっと添える。

「俺は何があっても絶対にユイのことが好きだ。だからもう怖がらないでいい。ここがユイの居場所だから」

 ユイの青い瞳が揺れた。

 俺の部屋の鍵を握る小さな手にぎゅっと力がこもる。

 だいだいいろゆうにじんだ瞳を潤ませながら、小さな唇を震わせてユイが無理矢理な笑顔を浮かべてくれる。


「好き……私もやっぱり、夏臣が大好き……」


 そう繰り返しながら、夏臣がくれた大切な居場所をぎゅっと握り締めた。

 それから泣き崩れるように夏臣の胸の中に飛び込むと、夏臣の腕が私の背中をしっかりと抱き締め返してくれる。

 ──ああ、私はこの人が好きで良かった。

 ──この人のことを好きになれて良かった。

 ──この人の前で笑えるようになって、本当に良かった。

 夏臣に会ってからの私は、今までの自分じゃ考えられないようなことばっかりだった。

 自分が顔を上げて前を向いていられることも、遠慮なく自分を出せてしまうことも、恋に落ちてしまったことも。

 そんな自分がいなと、自分が自分を認めてあげられることも。

 どんな私でも夏臣が笑って受け入れてくれるから、私が私でいても良いんだって思えた。

 どんな私でも夏臣が笑って肯定してくれるから、私が私のことを好きになってあげられた。

 夏臣はいつも私のことを優しく守ってくれていた。

 自分で凍り付けていた私の心をゆっくり溶かしてくれた。

 どんな私でも否定することなく受け入れてくれた。

 ──ああ、本当に好きでたまらない。

 愛おし過ぎて胸が焦げてしまいそうなほどに苦しい。

 もっと好きって伝えたい。

 もっと夏臣のことを強く感じたい。

 私に出来ること全部を使って、この愛おしさを伝えたい。

(そうなんだ、この気持ちがきっと……)

 夏臣の背中に回していた腕をゆっくりと解いて夏臣を見上げる。

 あふれてしまう愛おしさをめいっぱいに込めて、指先で夏臣の頰に触れる。

 優しく目を細めて私を見てくれる夏臣の頰を手のひらででる。

 初めて自分から手を伸ばして触れた、あの夜と同じぬくもり。

 ずっと埋められなかった心の一番奥に、夏臣のぬくもりが優しくみ込んで来る。

 顔を上げる。

 顔に掛かっていた髪が揺れ落ちて、ステンドグラスからの光に淡く照らし出される。

 昨日も感じた夏臣の息遣いさえも感じられる距離。

 でも昨日とは違う、今度はどうしようもないほどの愛おしさを込めて。

 ありったけの好きを詰め込んで精一杯にほほむと、夏臣も溶けてしまいそうな愛らしい笑顔で応えてくれる。

 お互いが同じ気持ちで、同じようにそっと目を閉じる。

 もうお互いに見えなくても分かるほどに近い距離。

 ただ愛おしいという気持ちだけを込めて、わずかに空いていた最後の距離がなくなった。

 それから数秒だったのか、それとも数分だったのか。

 止まってしまったのかと思うくらいの時間をかけてから、夏臣に触れていた唇をゆっくりと離す。

「夏臣……」

 頭がぼーっとして、幸せでくらくらする。

 穏やかで優しい幸せがこれ以上ないくらいに胸の奥からあふれてくる。

 手をつないだ時とも、頭をでられた時とも、抱き締められた時とも違う、言葉では言い表せないような深い愛情で身体からだ中が満たされてる。

 友達では出来ない、恋人にしか出来ない好きの伝えかた。

 これ以上ないと思っていた幸せがもっと大きな幸せに包まれて、じわりと視界がにじんでしまうのがもう止められそうにない。

 夕焼けに染まったステンドグラスの光に優しく包み込まれながら、これ以上ないくらいの幸せな笑顔を最愛の恋人に向ける。

「私のこと……好きになってくれて、ありがとう……大好き……」

 白い頰に音もなく伝う涙が、だいだいいろゆうを弾いてきらめいた。


◇   ◇   ◇


 そしてすっかりと陽も落ちて暗くなった帰り道。

 ユイと手をつないだまま、ゆったりとした歩調で川沿いの道を歩いていく。

 俺たちが出会った頃はまだこの川沿いには満開の桜並木が咲いていたけれども、今は八月らしい青々とした新緑をまとった桜たちが並んでいる。

 やがて葉の色を落とした桜たちが冬支度を始める時も、きっとユイと一緒にこの道を歩いてるんだろうなと思うと、愛おしさが募ってつないだ手につい力がこもってしまう。

 隣のユイが幸せそうなほほみを浮かべて俺をのぞき込んで来る。

「ね、今日は夏臣の部屋に泊まってもいい?」

「え、泊まるって……」

「ち、違うよ……!? そういうオトナな意味じゃなくて、その……! 純粋に、彼女としてっていうか……!!

 ユイらしく顔を真っ赤にしながら、空いている手を顔の前でぶんぶんと振って見せる。

 キスを経験してもユイは相変わらずで、そのわいさに釣られて笑い声がこぼれてしまう。

「その……だって、今日は何かすごくそばにいたくて……だめかな?」

「ダメなわけないだろ。純粋に彼氏としてさ」

 ユイをした冗談混じりの物言いに、ユイがスネたように唇をとがらせる。

 でもすぐに顔を赤らめながら、視線を落としてもじもじとうれしそうな顔をうつむかせた。

 それから控え目な上目遣いで、精一杯の勇気を振り絞ってユイが小さくつぶやく。

「……そういうのは、もう少しだけ待っててね? 私も夏臣のこと……ほんとに、好きだから」

 その言葉で一気に熱くなってしまった顔をユイかららして夜空を見上げると、ユイがくすくすとしそうに笑いながら俺をのぞき込んで来る。

「照れてるの?」

「そりゃあ……照れるだろ」

「夏臣も変わらないね。わいい」

 俺なんかとは比べ物にならないくらいわいいユイが、にへらっと目を細めて俺の腕に抱き付いて顔をすり寄せる。

 俺もその頭に頰を乗せて逆の手で頭をでると、ユイがでられたところを押さえながら「えへへ」とわいらしい笑い声をこぼす。

「ね、私のこといつから好きだった?」

「自覚したのは花火大会の時だけど、もっと前から好きだった気もするな」

「じゃあじゃあ私のどこが好き?」

「全部だけど、特にそういう素直でわいいとこかな」

 ユイがうれしそうに照れながらまた俺の腕に抱きついて来る。

 お互いにまだ少し頰を赤らめたまま、ゆっくりと色々な言葉を重ねていく。

 つないだ手を離すことなく、視線をらすことなく。

 お互いの心に触れ合うように素直な言葉を交わして、飾らない笑顔で笑い合う。

 好きなことを伝え合って、お互いにちゃんと自分を見せ合って。

 それを二人で受け入れ合って、一緒に二人だけのきずなの形を作っていく。

 言葉でく言い表せないことも、こうやって触れ合うことでぬくもりを分け合って心で触れ合える。

(……ああ、きっとこれが恋人ってことなのか)

 恋愛初心者同士がこうやってまたひとつ理解して、ユイとのきずながまたひとつ増えていく。

 その度にまた愛おしさが募って、好きな気持ちがまたひとつ強くなる。

 おそろいのブレスレットが左手首で揺れて、つないだ手を確かめるようにぎゅっと握り合う。

「私、夏臣のことを好きになれて良かった」

「俺もユイのことを好きになれて良かったよ」

 月明かりと星たちの光にほほむ横顔を淡く照らし出されながら。

 愛おしいおもい人のぬくもりを確かめるように、もう一度そっとキスをした。