8章 恋愛初心者の精一杯


 ユイとの旅行が終わって一週間ほどがった。

 つまりユイと彼氏彼女の関係になってから一週間ほどがったわけだけが、ユイと恋人になってから新しく知ったことがある。

 俺の彼女は結構な甘えんぼうだということ。

 例えば一緒にスーパーに買い出しに行く時なんかは、隣から手をつなぎたそうにちらちらと俺の手に視線を向けている。

 でもいまだに自分からそれを言い出すのは恥ずかしいらしくて、困った様子で顔を赤らめながら指先をもじもじとさせている。

 そんなユイがめちゃくちゃわいくて、ずっと見ていたくなる気持ちを堪えて俺から声を掛ける。

「手、つないでいいか?」

「うんっ」

 ぱぁっと笑顔を咲かせながら大きくうなずいて、でも遠慮がちに俺の手を握り返してくれる。

 ユイのうつむいている横顔を見ると、にへらっと幸せそうに口元を緩ませてるのが最高にわいらしくてたまらない。

 俺が晩飯の仕込みや調理でキッチンに立っている時も、普段ならユイの出来ることが終わったら日課の猫動画のチェックに精を出していたのに、今は俺の隣に立ってることが多くなった。

 さすがに料理中だと手をつないであげることは出来ないので、手の空いた時に頭をでてあげたりすると、気持ち良さそうに目を細めてはにかんでくれる。

 これもまた最高にわいい。

 そして晩御飯の後、俺の部屋でお互い自由に過ごしてるまったりした自由時間。

 ユイは俺のノートパソコンで動画を見たり映画を見たり、最近では運動不足を気にしてストレッチをしていたりしていて、俺はベッドで壁を背にスマホをいじってたりすることが多い。

 おのおのが思い思いに自由に過ごしながらも、ユイが顔を赤らめながら俺の方をちらちらとうかがっているのが見える。

「隣、来るか?」

「うんっ」

 いそいそとノートパソコンを持って俺の隣に座ると、ちょこんと肩に寄り掛かってにへらと幸せそうにほほみながら動画の続きを見る。

 さらに自分の部屋に帰る時間が近付いて来ると、時計を見ながら寂しそうな顔でそわそわし始める。

 それでもユイ自身は甘え過ぎないようにしようと、頑張って我慢しようとしている姿もまた本当にいじらしくてめちゃくちゃわいい。

 ……と、数を上げればキリがないほどに、うちの彼女は甘えんぼうだった。

 ユイの控えめな性格的に駄々甘えてくるという感じではないものの、とにかく素直で隠し切れてない好意がわいくてたまらない。

 恋人になってからはこういう物理的な距離はもちろんだけど、心の距離感もより近くなったと思う。

 ユイ本人は無意識というか自然に好意が漏れてしまってる感じのようで、それを尋ねてもきょとんとしてから恥ずかしそうに「……ごめん」と謝るだけだったけども。

 とにかく俺としても、甘えんぼうなうちの彼女がわいくて仕方ないというわけだった。

 とは言うものの、俺はユイ以外の人と付き合った経験もなければ他の人の恋バナを聞くこともないので、あくまで俺はユイが甘えんぼうだと思ってるだけではあるけども。


 そんなことを思い返しながら歩く夕暮れ時の雑多な飲み屋街。

 けいみなとにまだ修善寺旅行のお土産を渡せていなかったので、色々と世話になった二人にはそれぞれから付き合うことになった報告はしておこうと、ユイと一緒に開店前のブルーオーシャンに足を運んでいた。

「じゃあしたら、ついにおめでとさんってことでいいのか?」

「まぁ……お陰様で」

 カウンター席で照れながら曖昧な返事をする俺を見て、野次馬心で身を乗り出していた慶が満足そうに大きくうなずく。

 ちなみに二人同時に話すのは照れ臭いのと気まずいのとで、ユイと湊は外のテラス席で話をしている。

 ひとまずは俺も世話になった友人への報告を無事に終えて肩の荷が降りて一息つく。

「ま、その早いんだか遅いんだか分かんないペースがおみって感じだけどな」

 いつものひようひようとした調子で慶がけらけらと笑い声を上げた。

 褒められてるのか、ダメ出しされてるのか分からないけども、慶が楽しそうなのでとりあえず適当にお礼を返しておくことにする。

 最初から思い起こせばユイと出会ってからは約四ヵ月半くらい。

 基本的にあせらずゆっくりと仲を深めて来たとは思う。

 ほぼ毎日顔を合わせてるし、その間にもお互いに深く踏み込むようなことも色々とあった。

 仲良くなるペースが早かったのか遅かったのかは分からないけど、でも花火大会デートから海でのバーベキュー、二人で旅行に行ったと思ったら付き合い始めました……と、確かに慶から見れば急に付き合い始めたようにも見えるのかもしれない。

「じゃあ恋人としても少しくらい進展したのか?」

「……いや、そういうのは特に」

 歯切れの悪い俺の返答を聞いて、慶が首をかしげてから笑い声こぼす。

「そういうとこあせらないのも夏臣らしいな」

 その言外に『二人で旅行に行って告白し合ったのに何もないのか』と言われてるような気もしないではないけども。

 確かに今時のドラマや漫画、小説でももう少し進んでると言われたらその通りだとは思う。

 でも今でも俺とユイは十分に満足した幸せな時間を過ごせているので、俺たちはこれでいんだと思う。

 もちろん俺自身はユイに女の子としての魅力は感じるし、好きな相手との愛情表現に興味がないわけではない。

 以前よりも無防備に甘えてくるユイのわいさは、もう言葉では言い表せない破壊力がとんでもないし、男心をくすぐられることも多々ある。

 でもユイが甘えて来るのは恋人としてもう一歩進んだ関係を望んでのことじゃなくて、ユイの自然な愛情表現だと分かっているので、俺からその領域を強引に侵す事はしない。

 ユイは何度も俺のことを好きだと言葉にして伝えてくれるからこそ、信頼してもらってる彼氏としてその距離感と自分の欲をイコールでつなげたくはないと思っている。

 こんな俺だからこそユイが心を開いてくれたんだと思うし、好きになってくれた。

 だから恋人になっても、ユイが安心して笑っていられるようにしてあげたい。

 それは最初からずっと変わってない俺の考え方だから。

「これが俺たちらしい形だから、これでいいんだよ」

 俺が笑いながらそう口にすると、慶が少し驚いた後ですぐにけらけらと笑った。

「そいつは幸せそうで何よりだ。改めておめでとさん」

「本当に慶には世話になったよ。俺も改めてありがとな」

 二人で笑いながらいつものようにこぶしを軽く当てる。

「でもたまにはオレとも遊んでくれよ。ヴィリアーズ嬢に夏臣を取られるのも寂しいからさ」

「当たり前だろ。変な遠慮すんなって」

 そんな冗談を言い合いながら、慶が作ってくれたノンアルコールカクテルで乾杯をした。


 一方その頃、テラス席では。


「……え、そんなにエモい雰囲気でコクられたの? ヤバくない……?」

 湊さんが顔を赤らめて息を吞みながら、テーブル越しに私に向かって身体からだを乗り出していた。

「こ、告白されたと言いますか、私からもしたと言いますか……」

 初めての二人きりでの旅行、ライトアップされた竹林のみちと温泉上がりの浴衣ゆかた、それにペルセウス座流星群の極大というダメ押しまで付いた最高のシチュエーション。

 私的にはこれ以上ないロマンチックな告白だったけども、湊さん的には『エモい』という表現になるらしい。

 たぶん『emotionalエモーシヨナル』のことだと思うので、い意味できようしんしんに前のめりになっているのは十二分に伝わってくる。

 ソフィーも『甘ったるい最高のシチュエーション』と言ってたし、ひとまず私と夏臣の告白シチュエーションはだいぶ整っていたらしいと把握して、湊さんが出してくれたアイスティーを傾けて気持ちを落ち着ける。

「それでコクり合って……その後は、その……どうしたの?」

 前のめりになっていた身体からだを椅子に深く戻すと、湊さんがグラスの中の氷をストローでカラカラと弄びながら何かを期待してるような視線で私をうかがってくる。

「えっと、それからしばらくはベンチで流星群を眺めて……それから手をつないだまま、一緒に部屋に戻って……」

「うん……」

「離してたおとんを、隣に敷き直して……」

「うん………」

「その……手をつないたまま……」

「うん…………

「……一緒に、寝ました……」

 何とか絞り出すように湊さんへとあらましを説明する。

 あまりに顔が熱くて、燃えてしまいそうなほど恥ずかしい。

 でも色々と相談に乗ってくれた友達にはちゃんと話さないといけないと思うので、死んでしまいそうなほど恥ずかしいのをぐっと堪えて顔を上げる。

「え? それだけ?」

 湊さんがハテナを浮かべながら、きょとんと目をまたたかせる。

 デジャビュだった。

 電話だったので顔は見れなかったけども、きっとソフィーもイギリスでこんな顔をしていたんだろうな、と直感的に理解して私の顔の熱も引いていく。

「で、でもですね? 好きな人と手をつないで眠るのって、すごくいんですよ……? もうほんとに溶けちゃいそうになると言いますか……」

「いやまぁ、そりゃあいんだとは思うけどさ……」

 何とかこの感動を伝えたくて必死に湊さんに食い下がってみる。

 夏臣と恋人になってからもう一週間がつけども、私の気持ちは慣れるどころか日に日にかれてしまう一方だった。

 自分の部屋にいると夏臣にメッセージを送る理由を探してしまうし、夕方には夏臣と買い物に行くのが待ち遠しいし、一日一緒の部屋で過ごしてても晩御飯の後に一人で部屋に帰るのはものすごく寂しくなってしまう。

 でも夏臣を困らせないように頑張って寂しい気持ちを顔に出さないようにしてると、夏臣が私の気持ちを察して手をつないでくれたり、頭をでてくれたりしてくれるのが、胸がきゅんとしてたまらないほどいとしくなる。

「いいですか、湊さん。想像してみて下さい。すずもりさんと手をつないで、穏やかな気持ちで一緒に眠るって」

「いや、なんでうちがそんなことを……」

いから、ほら目を閉じて想像して下さい。ちゃんと」

「う、うん……分かった……」

 私が強くお願いすると、湊さんが素直に両目を閉じて小さくうなずいてくれる。

 そのまましばらく待つこと数秒。

 私がアイスティーを一口いただくと、湊さんがゆっくりと目を開いた。

「……いや、ごめん……確かにヤバいかも……」

 困ったように顔を赤くしながら、湊さんが弱々しくそうつぶやいた。

 自分の感動を共感してくれた湊さんがものすごくわいくて、胸がきゅーんとしびれてしまう。

 もっと色々と聞いてみたくなるのをひとまず堪えながら、共感してもらえたことに自信を持って力強く答える。

「だから私はそれだけで十分なんです」

「いや確かに幸せなのは分かるけどさ……」

「けど?」

「確かにユイはうちから見てもすごいわいいし、で素直なところがいところだと思うよ。でもかたぎりはそれで大丈夫なのかなって」

「え? 大丈夫って……」

「いや、うちも誰かと付き合ったことあるわけじゃないから、店のキャストさんたちから聞いただけの話なんだけど……」

 湊さんが神妙な表情を私に向ける。

 何だかその真剣な様子に浮かれていた気分がゆっくりと引いて、私も湊さんに姿勢を正して言葉の続きを待った。

「『男の好意に甘えてると、その内に他の女にられる』って……」

「えっ……? と、られる……?」

 考えもしなかった言葉に思わずごくりと息をむ。

 自分の目が丸くなって、こわった表情が引きつっていくのを感じる。

 確かに私は今すごく幸せで満たされてるけど……夏臣も同じかどうかは、聞いてみたことはない。

 手をつないでもらって、頭をでてもらって、ごはんも作ってもらって。

(確かにそれって、私が一方的に甘やかしてもらってるだけでは……!?

 そのことに気が付いてがくぜんとする。

 そう言えばしんじようさんも前に夏臣のことを『有り』だってって言ってたし、夏臣は自分から積極的に周りとコミュニケーションを取らないだけであって、むしろ少し話せば夏臣の魅力なんて簡単に分かっちゃうわけで、そうしたらきっと夏臣のことを好きになっちゃう子だって……。

「あっ……あぁぁ……っ……

 そう思った途端に、顔から一気に血の気が引いた。

 もし夏臣に『他に好きな人が出来た』なんて言われてしまったら────

「そ、そんなの嫌っ……! 絶対に嫌ですっ……!! わ、私……! 私、どうすればいいんですか……!? 私にどうにか出来るんですかぁ……!? ふえぇぇっ……!!

「ちょっと待って落ち着いて!! ね!? この話まだ途中だから!!

「と、途中って……?」

「『だからちゃんと好きでいてもらうために、自分も努力しないとだめなんだよ』って話! ユイは大丈夫だから泣かないの!? ね!?

 湊さんが席を立って私に駆け寄ると、泣きそうになってる私を必死にあやしてくれる。

「片桐はユイのこと溺愛してるからられないから!! ね!?

「ふぇぇ……! でも、でも湊さぁん……っ……!!

 湊さんが私の両手を握りながら、必死に大丈夫だと繰り返し言い聞かせてくれる。

 店内から夏臣と鈴森さんが身を乗り出してこっちをうかがってるのが見えた気がするけども、申し訳ないことに私はもうそれどころじゃない。

 湊さんが『シッ! シッ!』と店内の二人に手を振ってから、私の顔を両手で包んで必死になだめてくれたお陰で、何とか現実の世界へと帰って来ることが出来た。

「ご、ごめんなさい……その、ものすごく取り乱しちゃって……」

 まさか自分でもこんなに取り乱してしまうとは思ってもおらず、恥ずかしさで熱くなった顔をうつむけてアイスティーを口に含む。

「でも、湊さんが教えてくれたこと……分かる気がします」

 ようやく落ち着いて湊さんが教えてくれたことを冷静に見つめる。

られるとかじゃなくても、私は夏臣の優しさに甘え過ぎてたかなって。だからあんなに深く刺さっちゃったのかも知れません」

「ユイ……」

 悲観的にならないように、ちゃんとその事実を受け止めて湊さんにほほみ返す。

 私だってちゃんと夏臣が好きだから。

 だから私も夏臣が喜ぶ顔が見たい。

 私のことを好きって言ってくれるなら、私だって彼女にしか出来ないことで夏臣を喜ばせてあげたい。

「私、ちゃんと夏臣に好きでいてもらうために頑張りたいです」

 だからちゃんと心からその言葉を口にする。

「うん、それがいと思う。ユイのいところを大事にね」

「はい、自分のいところですね」

 湊さんにうなずいて考えてみる。

 私のいところ。夏臣が好きになってくれた私。

 この先も夏臣と一緒にいるために、私が大事に守らなくちゃいけないところ。

…………んん?」

 考えてみたら、夏臣は私のどこが好きなんだろう……?

 好きとは何度も言ってくれたけど、でも具体的にどこがとは聞いてない……気がする。

 私が夏臣の好きなところなんかいくらでも挙げられるのに、私が好きでいてもらってるところがひとつも思いつかない。

 むしろ考えれば考えるほど私は夏臣に色々としてもらってばっかりで、おなかいっぱい食べさせてもらって甘えてるだけのような気がしてならない。

 今さらながらその事実に気が付いてまたしてもがくぜんとする。

「湊さん、どうしよう……私、やっぱり捨てられちゃうかも……」

「え、何? 今のどういう流れ? とりあえず泣かないの! 大丈夫だから! ね!?

 また半べそをかいている私を湊さんがさっきと同じように必死にあやしてくれる。

 今、夏臣に捨てられてしまったらまた留学するしかない……!

 そしたら次はもう恋なんてしないようにインドで出家して世俗を離れよう。

 あ、それかオーストラリアで野生の動物たちに囲まれながら生きていくのもいなぁ。

 ソフィーは何だかんだ言って私に甘いから、泣いて頼めば許してくれる気がするし──

I've the perfect idea(良いこと思い付いた)……. I shall turn into a cat(そうだ、私は猫になろう)……. Then I can work in a cat café(猫になつて猫カフエで働きたいなあ)……. What a wonderful plan(うん、きつとそれがいい、楽しそう)……Ahaha(あはは)……」

「ちょっとユイ? 早く帰っておいで、おーい?」

 さっきよりもだいぶ遠くに行ってしまっている私を湊さんが暖かくほほみながら優しくでて呼び戻してくれる。

 湊さんが紅茶のおかわりをグラスに注いでくれて、言われるがままにそれを傾けると私もようやく現実の世界へと戻って来れた。

「ま、ユイはそういう素直なとこがわいいんだからさ。もっと何も考えずに片桐に甘えればいいと思うよ。全力で」

「でも私はすでに十二分に甘えっぱなしでして……これ以上に甘えるとなると、それは多分もう介護レベルになってしまうと言いますか……」

 それでも納得が出来ない私の話をいぶかしげに聞いてる湊さんが、はぁとためいき交じりに肩をすくめてつぶやく。

「だったらキスでもしてあげたら?」

…………ふぇ? キ……Kiss?」

 湊さんの口から出て来た予想外の言葉で、口を半開きにしたまま身体からだが固まった。

「そしたら片桐も分かりやすく喜ぶよ。デレデレになるんじゃない?」

「で、デレデレって…………──

 あまりに唐突な提案にぐんぐん顔が熱くなって、耳から蒸気が噴き出してしまいそうになる。

 思わず必死に両手と顔を左右にぶんぶんと振りながら答えた。

「い、いやいやいや……! な、夏臣はそんな人じゃないし……!」

「あれでも一応は男でしょ? ユイがしてあげたら絶対喜ぶって。ユイみたいなわいい子だったら男じゃなくても喜ぶと思うし」

 やれやれと首をすくめながら湊さんが当然のようにそう口にする。

「そ、そんなの……じゃあ、湊さんでもうれしいですか……?」

「まぁユイならうれしいかな」

 ちょんちょんと自分の頰を指差して湊さんがいたずらっぽくほほむ。

 からかわれてるのは分かっていても、思わずその笑顔に私の方がドキドキさせられてしまう。

 ……当然、私だってそういうことを考えたことがないわけじゃない。

 でも恋愛初心者の私は手をつなぐだけでもうれしくて、優しくでられたら幸せで、キスで伝えられるものが本当に良く分からなかった。

 すぐ近くで好きな人の体温を感じられるだけで、心が溶けてしまいそうなくらい十二分に満たされてしまうから。

(……でも時々、優しく抱き締めてもらいたいなって……思っちゃったりするけど……)

 でもそれがどういう気持ちなのか自分でも良く分からない。

 夏臣のことは本当に好きだし、キスをすること自体は……嫌じゃない。

 それは自信を持って言えるけど……。

 でもそれをどういう気持ちですればいいのか分からないし、少なくとも私のことを好きでいてもらうためにするようなことじゃない気がする。

「……やっぱり私って、本当に子供ですね」

 自分の気持ちをごまかすように苦笑いを浮かべると、そんな言葉がこぼれてしまう。

 前にソフィーに言われたことがずっと胸の奥で小さなトゲのように引っかかっている。

 私には分からないことが多すぎて考えれば考えるほど分からなくなってしまう。

 そんな私を見て湊さんがしそうに小さな笑い声をこぼした。

「ほんとに素直で真面目だね、ユイは」

「え……?」

 首をかしげる私に湊さんが優しく目を細めてくすりとほほむ。

「飽きるとかられるとかは正直うちも経験ないから分かんないけどさ。でもユイがめいっぱいに好きって伝えるだけで片桐が喜ぶってことは良く分かるよ」

「湊さん……」

「だから好かれてる自信持ちなって。それはうちが保証するから」

 まっすぐに私を見ながら、湊さんらしい笑顔でそう言ってくれる。

 私が好きになった人は私を私らしくいさせてくれて、どんな私でも向き合ってくれる。

 だからその代わりに、私はちゃんと素直な私でいなくちゃいけない。

 恋人になったことで浮かれてしまって、そんなことも忘れてしまっていた自分を反省する。

「私がもっと素直に甘えられたら、それで夏臣が喜んでくれるなら……うん、それはうれしいな……」

 左手のブレスレットにそっと右手を添えてつぶやく。

 自分を信じるのは難しいけど……でも、湊さんが言ってくれることなら信じられる。

 それに私が好きになった人は、すごく誠実な人だから。

 だからもう一歩だけ、勇気を出して素直になってみたいと思う。

 そう思っただけで、さっきまでのくよくよしていた気持ちが消えて心が晴れていく。

 柔らかくしこむゆうも、お店の裏手に流れる川のせせらぎも、急に視界が開けたように周りの景色がちゃんと見えてくる。

「片桐は幸せ者だね。ユイみたいな素直な子に好きになってもらえて」

「それを言うなら、鈴森さんだって十分に幸せ者だと思いますよ」

「うちにユイくらいのわいげがあったらね」

「湊さんは十分過ぎるほど魅力的です。私が保証しますから、信じて大丈夫です」

「あはは、そう言われたら信じるしかないね」

 お返しにさっきの湊さんと同じことを伝えると、湊さんが少しだけ驚いてからすぐにほほんで肩をすくめた。

 それから二人で声を出して笑っていると、テラス席へと続くドアが開いて夏臣が顔を出す。

「そろそろ開店時間だから、俺たちもおいとまするか」

「ん。そうだね」

 夏臣にうなずいて湊さんとテラス席から立ち上がる。

 エスコートしてくれるように前を歩く湊さんが、私に振り返って店内のステージを指差す。

「ユイも今度歌いにおいでよ。片桐のピアノ付きでさ」

「はい。夏臣にお願いしてジャズの曲を練習しておきますね」

 湊さんとそんな約束を交わしながら、バーカウンターにいる鈴森さんにも一礼をして、夏臣と一緒に晩御飯の買い物に向かった。