7章 恋人初日はカレーの気分


「ん……んん…………

 チチチといつもと違う鳥の声でっすらと目を開ける。

 見慣れない天井をほんやりと眺めていると、ゆっくりと動き始めた頭で今は旅行先のホテルであることを思い出す。

 それから隣のとんに顔を向けると、ユイが身体からだを俺の方に向けて穏やかな寝顔で眠っていた。

「すー……すー……」

 隣同士にくっついたとんからはみ出した俺の左手にはユイの小さな左手がしっかりと添えられていて、細い指先が俺の手に優しくからまっている。

 眠っている間もずっとつないでいた手は同じ体温になっていて、ただ純粋にその柔らかさだけが手のひら全体から伝わってくる。

 少しだけ力を入れてユイの手を握ると、ユイも眠ったまま無意識に握り返してくれるのが愛おしい。

(……俺の彼女、か)

 愛おしい寝顔を眺めながら改めて心の中でつぶやいてみる。

 昨日はあれから公園内のベンチでしばらく流星群を眺めてから部屋に戻って、お互いに照れながらも端に寄せてあったとんをまた隣同士にくっつけて、それぞれがとんから出した手をつないだまま一緒に眠りに付いた。

 一日旅行で歩き疲れたせいか、告白なんて一世一代のイベントをこなしたからか、二人とも緊張が解けてあっという間に眠りに落ちてしまっていたらしい。

 この間の海の時も手をつないだけども、こんな穏やかにユイのぬくもりを感じられるのは前にユイが熱を出した時以来だろうか。

 あの時はまだ自分の恋心も自覚する前で、こんな距離感で触れることに戸惑いもあった。

 熱で浮かされながら眠っていたユイがそっと手を握って来て、ユイがずっと不安を我慢していたことを知って、ただただ愛おしい気持ちでユイの頰をでていた。

 でももうあの時みたいに一方的じゃなくて、お互いに気持ちを通じ合わせた後のぬくもり。

 友達じゃなくて、恋人のぬくもり。

 何だかその違いを意識するとくすぐったく思いながら、飽きることなくわいらしい寝顔を眺めているとユイの長いまつかすかに揺れる。

「……ん……ぅん……」

 青い瞳がゆっくりと開いて、まだ眠そうな視線が俺の方へと向けられる。

 ほんの少しだけきょとんとしてから、すぐに状況を理解したユイの瞳が優しく細まった。

「……おはよ、おみ

 外から聞こえる鳥たちのさえずりよりも小さな声で、俺の名前を愛おしそうにつぶやいてくれる。

 つないでいる手をユイがそっと両手で包み込むと、背中を丸めて柔らかい頰を俺の手にすり寄せながら小さな笑い声をくすぶらせた。

「……夢じゃ、ないんだよね……?」

「ああ。ちゃんとつないでる手の感触、分かるだろ」

「私、ちゃんと夏臣の彼女になった……?」

「そうだな、ユイは俺の彼女だよ」

「じゃあ夏臣は私の彼氏で……私たち、恋人だね……えへへ……」

 ユイがひとつひとつ確認するように言葉にすると、にへらっと緩み切った幸せそうなほほみを浮かべてくすくすと肩を震わせる。

 俺もユイのそのわいらしさに浸りながら、同じように笑い声をこぼし返す。

「前に私が熱出した時、夏臣がずっとそばで手を握ってくれてたでしょ……? それからずっと、またこんな風に手をつないでもらいたかったから……すごくうれしい」

 まだ眠たそうなかすれた声で、青い瞳を優しく細めながらユイがつぶやく。

 あの時よりもずっと気持ち良さそうにしながら、俺の手に頰をすり寄せて甘えてくる。

 ユイの柔らかな感触が伝わって来て、手以上に心の方がくすぐったくて気持ちがい。

 ユイがそのまま俺の手を開かせると、遠慮することなくそのわいらしい顔を俺の手のひらの上に乗せて目を閉じる。

「……好き……私、夏臣のことが大好き……」

 両目を伏せたまま幸せをめるようにユイが繰り返しつぶやく。

 このまま溶かされてしまいそうなくらいの甘いささやき。

 なのに照れも恥ずかしさもなく、ユイの声も、体温も、感触も、その全てが俺の一番奥にみ込んで愛おしさに変わっていく。

「好きな人に好きって言えるのがこんなにうれしいなんて、知らなかったな……」

 少しだけ開いた瞳で俺の手を確かめるように見つめながらユイがつぶやいた。

 それから俺の目を見てほほみながら尋ねる。

「ねぇ……私のこと、好き……?」

「ああ、好きだよ」

「くす……もう一回、言ってくれる……?」

「好きだよ、ユイ」

「えへへ、うれしいなぁ……ほんとにうれしくて溶けちゃいそう……」

「こんなことで喜んでくれるなら何度でも」

「ん、ありがと……私も、夏臣が好き……大好きだよ……」

 甘くて優しい声色でユイが繰り返しそう言葉にしてくれる。

 窓の外で聞こえる微かな川のせせらぎと、朝を告げる鳥たちの鳴き声に包まれながら。

 何度も何度も飽きることなく同じ言葉をささやき合う。

 それが初めてユイと迎えた、恋人としての新しい一日の始まりだった。


◇   ◇   ◇


「ありがとうございました、またのご利用を心よりお待ちしております」

 何人もの従業員に丁寧に見送られながら、けんらんごうなエントランスを抜けてホテルを出る。

 チェックアウトも無事に終わって、夢のようだった旅行も後の予定は土産物屋に寄って帰るだけとなった。

 とは言っても、今回の旅行はけいみなと、後はソフィアとすみくらいしか知らないので、土産を買っていく相手もせいぜいその四人しかいないけども。

 それよりも目下、俺には解決しないといけない問題があって隣に顔を向けた。

…………っ

 伏し目がちな横目で俺をうかがっていたユイが慌てて顔をらす。

 そのままじっとユイを見ていると、またちらっと俺を見て同じように大慌てで顔をらした。

 今朝、とんを出てからというもののずっとこの調子である。

 どうも朝は寝ぼけテンションで存分に甘えていただけらしく、目が覚めてからはずっと俺に謝り続けながらとんに丸まって立てこもりを続けていた。

 もちろん謝られることなどじんもないむねを何度も伝えたが、それでもうちの彼女の天岩戸あまのいわとは開くことはなかった。

 せっかくの朝食が食べれなくなるぞと声を掛けたら、時間ギリギリになって何とかとんから連れ出すことには成功したけども、朝食から今に至るまでずーっとこの調子だ。

(まぁユイの性格を考えれば恥ずかしいのは分からないでもないけど……)

 俺自身が恋愛初心者のため、こういう時に気のいた言葉が何も思い浮かばない。

 ユイが照れて気まずいだけだと分かってる以上は、無理矢理にこっちを向かせるのも何か違う気がして、その内に慣れるだろうと思って今に至ってしまっていた。

…………

…………

 ……いや、やっぱりこのままじゃダメだ。

 せっかくお互いに告白し合って恋人としての一日目。

 あんなに満たされたスタートからのこの落差は流石さすがにダメだろう。

 かと言ってやっぱり無理な作り笑顔をさせるのは違うと思う。

(うーん、どうしたものか……)

 恋愛初心者なりに必死に頭を巡らせてみるが、やはりここを打開出来るような気のいた台詞せりふまわしは思いつかない。

 そもそも俺は元々がそんな気のく男でもないわけだから、それならもう無駄なことで悩むのを止めて、俺に出来ることで少しでもユイを安心させて上げられたらいい。

 そう納得すると意を決して、隣を歩くユイの小さな手をそっと握った。

「……な、夏臣……?」

 ユイが驚いて目を丸くしながら俺を見上げる。

 出来るだけいつも通りの調子で、いつもと同じようにユイに笑いかけた。

「大丈夫だ。恋人になったって俺は何も変わってないから。だからユイが不安になるようなことなんて何もないよ」

「夏臣……」

 精一杯の優しい笑みを浮かべて、その短い言葉の中に出来る限りの気持ちを詰め込む。

 そして今朝と同じように優しくユイの手を包み込むと、こわっていたユイの表情から少しずつ緊張が抜けて柔らかく解けていく。

「……ありがと、夏臣……やっぱり大好き……」

 まだ少し恥ずかしそうにしながら、でもちゃんと俺を見つめ返して幸せそうにほほんでくれる。

 そしてユイの方からも俺の手に指をそっとからめて、恋人らしく手をつなぎ直してくれた。

「ありがと夏臣。ごめんね、もう大丈夫。行こっか」

「ああ、じゃあ行くか」

 しっかりと手をつないだままいつも通りに笑い合って、修善寺の土産屋が並ぶ通りへと向かって、二人で改めて足を踏み出した。


◆   ◆   ◆


 そしてそれから約三時間後の午後二時頃。

 横浜の自宅に帰って来た私と夏臣は、それぞれの部屋の玄関の前で顔を見合わせた。

「じゃあまた後でね」

「ああ、一息ついたらまた連絡するよ」

 お土産屋さんでも、電車の中でも、帰り道でも、あれからずっとつなぎっぱなしだった手を名残惜しく思いながらゆっくりと離す。

 何だか急に指先が寂しく感じて、思わずうつむいて小さく唇をんでしまう。

「すぐに晩飯の時間になるから大丈夫だ」

「……え?」

「それにすぐ隣なんだから、そんな寂しそうな顔しなくても大丈夫だって」

 夏臣が駄々をこねる子供をあやすように笑いかけてくれる。

 まさか自分がそこまで顔に出てるとは思わなくて、かぁっと熱くなった顔を急いでうつむけた。

「そこまでおもってくれるユイはわいいけどな」

 そう言って今度は大きな手で優しく頭をでてくれる。

(このタイミングで、そんなことするのはずるいよ……)

 こんな風に優しく頭をでられたら、うれし過ぎて逆に顔が上げられなくなってしまう。

 こういうことを無意識にしてくれる優しさが夏臣らしいところだけど。

「晩飯の買い出しに行く時に連絡するけど、その前から来ててもいいからな」

「うん、分かった。ありがとね」

 何とか心配させないよう笑顔でそれだけ返すと、鍵を取り出して自分の部屋の玄関を開ける。

 隣を見るとか夏臣が鍵も出さず、にこにこと私の方を見ていた。

「どうしたの?」

「ユイが寂しそうだったから、見送ろうと思って」

 とすっと私の胸にハートの付いた矢が刺さる音がした。

 思わず両手で真っ赤にがった顔を覆って顔を上げる。

(ほんとに私の彼氏はいちいちずる過ぎる……!)

 もう私が夏臣のことが大好きだとばれてしまったからなのか、もう自分の気持ちに全然歯止めがいてくれなくて夏臣の優しさに全然耐えられない。

「……ユイ、大丈夫か?」

「な、何とか……大丈夫だから、お気になさらず……」

 真っ赤な顔で引きつり切った不細工な笑顔を浮かべて、夏臣に小さく手を振りながら逃げるように自分の部屋の中へと入った。

 そのまま玄関にへたりこんでしまいそうになるのをギリギリで堪えながら、肩に掛けていたトートバッグをソファの上に置いてそのままベッドに倒れ込む。

 とんに顔を埋めて足をばたばたさせると、何とか心と身体からだが落ち着き始めてくれる。

 たった一泊二日の旅行だったのに、緊張の糸が切れた途端に身体からだがぐったりと言うことを聞いてくれなくなってしまった。

 でもものすごく心地好い幸せに包まれて自然に笑みがこぼれてしまう。

 まだ心と身体からだがふわふわしてるみたいで、帰り道もずっとつないでいてくれた手がもう寂しい。

 今そこで別れたばっかりなのに、もう会いたい。

「……私って、思ってたより甘えんぼうなんだなぁ……」

 今までは知ることがなかった自分の一面。

 知りたくなかったような、でも仕方ないと許せてしまうような、自分でも知らなかった私。

 ずっと我慢することに慣れていたから、自分がこんなに甘ったれでわがままだったなんて思ってもいなかった。

(でも夏臣はそれを全部受け入れてくれちゃうんだもん……)

 だからこそ自分でも自分を好きになることが出来た。

 夏臣が私の嫌いなところを笑って受け入れてくれたから、いつの間にか自分でも自分を許せるようになっていた。

(ああ……私、もうダメだ……全然ダメだ……)

 旅行の片付けも洗濯もしなくちゃいけないのに、しばらくはもう夏臣のこと以外何も考えられそうにない。

 でもそれですらもうれしくなってしまって、顔の上に枕を乗せて足をバタバタと暴れさせる。

 ひとしきりもだえ終わって足を投げ出すと、

「……私が彼女、かぁ……」

 と、天井に向かってしみじみつぶやいてみる。

 少し前は同じようにベッドの上で夏臣への好意をつぶやいてもだえていたのに、今ではそれを飛び越えて恋人同士にまでなってしまった。

 そもそも恋愛なんて自分とは違う世界のものだと思ってたけど、まさか自分に好きな人が出来て、なおかつ恋人として付き合うことになるなんて。

(人生、何があるか分からないなぁ……)

 でも私たちが出会えたのは、きっと偶然じゃない奇跡だから。

 夏臣が言ってくれた殺し文句を思い出して、枕を胸に抱き締めたまま丸くなってまたひとしきりもんぜつする。

「はぁ、はぁ……そうだ、ソフィーに帰って来たって連絡しなくちゃ……」

 あまりに興奮し過ぎて息を切らしながら、ギリギリでそれを思い出してスマホを手に取った。

 お姉ちゃんに恋愛ごとを逐一報告するのもどうかなとは思うけど、行く前も心配してくれてたし一報くらいはと思って『無事に帰って来たよ』と短いメッセージを送る。

 すると即座に電話が掛かって来て反射的に通話ボタンを押した。

「も、もしもし……っ!?

「で、どうだったの?」

 開口一番、挨拶もすっ飛ばしてソフィーがものすごいド直球を投げ込んで来る。

 無駄なやり取りは嫌いと自称するだけあって、実の妹相手でも遠慮も容赦もない。

 突然の流れに驚きつつも、深呼吸をしながら身体からだを起こして自分を落ち着かせる。

「その、すごく楽しかったよ。観光もすごく良かったし、ホテルの貸し切りてんからの景色とかものすごくれいで──」

「それは後で聞くから。ナオミとはどうだったの?」

 ものすごい切れ味でばっさりと切り落とされた。

 ちょっとくらい旅行の感動を聞いてくれてもいいのに……。

 でもソフィーが今一番心配してるのはそれだろうし、仕方ないかと思って気持ちを切り替える。

「その……付き合うことに、なったよ……」

「じゃあちゃんと告白したの? どっちから?」

「え、えーっと、どっちからって言うか、同時にっていうか……」

「ハァ? 同時なわけないでしょ。いっせーので告白するわけでもあるまいし」

「ああいや、もちろんそこまで同時なわけじゃなくて……」

 誰もいないライトアップされた竹林公園の中で、降りしきる流星群の下、お互いに好きだと告白し合って付き合うことになったという状況を伝える。

(冷静に口に出してみると、あまりに出来過ぎたシチュエーションだなぁ……)

 そんなことをおもいながら努めて冷静に、でも実際には頰に変な汗を伝わせながら説明をした。

 もちろん恥ずかしいので細部は適当に伏せつつ。

 私が話し終わると、電話向こうのソフィーが考え込むように沈黙が流れる。

 数秒ほどの沈黙を経てソフィーがぼそっと口を開いた。

「それで?」

「えっ? それでって……それだけ、だけど」

「ハァ? そんな最高に甘ったるいシチュエーションで、念願かなって好きなオトコと恋人になったのにそれだけのはずないでしょ?」

「あ、いや……その……告白の時に、ハグも……しちゃったけど……」

「ハグって……」

 ソフィーの声があきれたようにガクッと崩れ落ちる。

「もしかして、あんた本気でそれだけだったの? 確かに節度を守れとは言ったけど……」

「それだけって……え、すごくない? だって好きだって言ってもらえた上に、ぎゅーって抱き締めてもらえて、隣のおとんで朝までずっと手をつないでくれてたんだよ?」

「あ、そう……手をつないで、ねぇ……」

 本気で戸惑っているようなソフィーの声色に、逆に私の方が戸惑いながら必死にこの感動を説明する。

 それでもソフィーが電話の向こうで、肩をすくめて首を振っているあきれたジェスチャーをしているのが間違いなく伝わって来た。

 全然『それだけ』なんかじゃないのに、この気持ちがソフィーに伝わらないのがもどかしい。

 むしろ私の方はそれを説明するために思い出しただけで、甘えたような変な笑い声が出てしまいそうなのを必死で堪えてるのに。

 またしばらくの沈黙が続いて、電話口の向こうからあきれたような笑い声が聞こえた。

「ま、ユイらしいわね。恋愛初心者同士、ナオミとちょっとずつ色々と学べばいいわ。ひとまず、Congrats on getting a boyfriend(彼氏が出来ておめでと).」

「……うん。Thanks a lot, Sophie(ありがと、ソフイー).」

「今は仕事中だから旅行の話はまた後で詳しく聞かせてね。Love ya, Yui(愛してるわ、ユイ).」

Good luck at work, darling(お仕事頑張つて). Cheers, bye(またね).」

 そう答えるとスマホに通話終了の文字が表示される。

 仕事中に急いで電話をくれたお姉ちゃんの気持ちに感謝をしつつ、もう一度ベッドに仰向けに倒れ込む。

 スマホを枕元に置いて、見上げた天井に短いためいきが漏れる。

「……『普通』は、それだけじゃないのかな」

 ソフィーが言おうとしていたことを考えながらつぶやく。

 私だってそこまで子供じゃないし、ソフィーが言いたかったことは伝わっている。

 でも私は本当に心も身体からだも幸せで満たされてたし、それ以上の愛情表現を知識としては知ってはいるけど……でも、正直良く分からない。

 手をつなぎながら隣で笑ってもらえるだけで、こんなにも満たされてしまっているのに。

 あの大きな手で頰をでてもらったり、優しく髪に触れてもらったり、愛おしそうに頭をでてもらえるだけで苦しいほどに好きがあふれてしまう。

 思い出しただけでもってしまう顔に枕をぎゅうっと押し当てながら、ばたばたと足を暴れさせて何とか正気を保つ。

「それ以上のことって……もっとすごいのかなぁ……」

 今の私では想像も出来ない話。

 でもおもい人を頭に浮かべながら、自分の唇にそっと指先で触れてみる。

 唇に指先の感触が触れると、何だかいけないことをしてる気がしてこれ以上ないほどに顔が熱くなってしまう。

 夏臣が常に私のことを考えてくれてることは、誰よりも私が良く知ってる。

 だから私を不安にさせるようなこととか、心の準備が出来ていないようなことを強引に求めるようなことなんて絶対にしない。

 だから今はそんなことは考えなくていいこと……なのに。

「……でも夏臣は、こういうこと……したい、のかな……」

 もし夏臣に求められたら……断れる自信は、ない。

 まだ自分に心の準備が出来ていなくても、こんなに好きであふれてしまっていたら拒否なんて出来るわけがない。

 私が夏臣の望むことをしてあげられるなら、自分が不安だとしても何でも差し出してしまいたくなってしまう。

~~~~っ……!

 頭から湯気がでそうなほど顔ががる。

 身体からだの中が沸騰してるみたいに熱くなって、信じられないほど汗だくになってしまう。

 そんな自分も何もかもが恥ずかしくて、両手で顔を覆いながら亀のように丸くなっていると枕元のスマホがヴヴヴと震えた。

「ひゃぅっ!?

 びっくりしてスマホをお手玉しながら、何とか落とさずにキャッチして画面を開く。

『今日の晩飯は何が食いたい?』

 そこにはいつも通りの夏臣からのメッセージ。

 それを見て、一人で舞い上がり切っていた自分がさらに恥ずかしくなって丸くなる。

「……私って、こんな女の子だったんだなぁ……」

 前にソフィーに言われた通り、勢いで流されてしまうタイプなのかもしれない。

 しかも夏臣に流されてしまうどころか、自分で思い込んだら止まれないというか……。

 告白の時だって自分からハグをせがむように夏臣にくっついたことを思い出して「ううぅぅぅ~~っ……!!」と枕に顔を突っ込んで恥ずかしさにうめく。

 そりゃあソフィーにも心配されるし、こんな時でも私の晩御飯を考えてくれてる夏臣に合わせる顔がない。

 本当に私の中にこんな自分がいるなんて思いもしなかった。

(でもそんな私でも夏臣は抱き締めてくれたし、好きだって言ってくれたから……)

 そんな自分も今はちゃんと否定せずに受け入れられる。

 だから丸めていた身体からだを起こして、両頰を強めにぱんぱんとたたいた。

「よしっ。それはそれ、これはこれ」

 開き直るように自分にそう言い聞かせて大きくうなずく。

 今はまだ分からないことばかりだけど、だからこそあせらずに夏臣との時間をひとつずつ大事にしていこう。

 私は夏臣が好き。

 それだけは間違なく胸を張れる強い気持ちだから。

 だからあせらずに自分らしく夏臣と進んでいこう。

 そう思って深呼吸をすると、さっきまでのもやもやした気持ちが晴れて、のぼせていた頭がすっきりとクリアになっていく。

『今日は夏臣のカレーが食べたい気分だから、一緒に作らない?』

『了解。じゃあ三十分後に買い出しで大丈夫か?』

 夏臣のメッセージにいつも使ってるブサネコの『了解!』スタンプを送る。

 すぐに既読がついて、何だかすぐそばに夏臣のぬくもりを感じてうれしくなってしまう。

「じゃあ、お買い物に行く準備しなくちゃね」

 着替えの服をクローゼットから出して洗面所に向かうと、頭を冷やすために冷たいシャワーを浴びようと浴室の扉を閉めたのだった。