4章 海と水着とクーデレラ


おみくん、いらっしゃい。ご無沙汰ね」

 夕方前、『Blue Oceanブルーオーシヤン』のドアをノックすると、着物姿の店長、すずもりはるかが上品な笑顔で迎えてくれた。

 ここは馬車道から少し外れた雑多な国籍の飲み屋街通りにあるラウンジで、けいのお母さんでもある遥が切り盛りしてる店だ。

 以前に慶に頼まれてここのイベントライブで俺がピアノを演奏したことがあり、その時にサックス奏者だったみなととデュオを組んでからの縁になる。

 モノトーンで統一されたれいな店内は、まだ開店前の時間なのでこうこうとした照明で照らし出されている。

「遥さん、ご無沙汰してます。あいざわいますか?」

「湊ちゃんなら」

 遥が振り返ってバーカウンターに顔を向けると、その奥から湊がひょこっと顔を出す。

 ブルーオーシャンの制服であるカマーベストに身を包んだ湊が、俺に軽く手を挙げながらカウンターの外に出て来る。

 湊のカマーベスト姿はライブの時にも見たけど、改めて見ても彼女のボーイッシュな雰囲気とよく似合っていて格好良い。

「悪いね、急に呼び出して」

「いいや、晩飯の買い物ついでだから大丈夫だ」

 今日はユイが昼間に湊と買い物ってことだったので、時間的に俺が一人で晩飯の買い出しに出て来ている。

 そしてその途中で湊からブルーオーシャンに呼び出されたので顔を出したという流れだ。

「これ、お客さんからもらい過ぎちゃったから少し持っていって欲しくて」

 湊がそう言いながらカウンターテーブルの上に置いてある箱を開いて見せる。

 中をのぞくと桃、梨、どう、パイナップルなど今が旬の果物たち。

 俺の所まで香って来る甘い匂いから相当に上質な果物だと分かる。

「店だけじゃ腐らせちゃうし、あんたのとこなら食べるでしょ」

「いやありがたいけど、でもこれかなりいものなんじゃないか?」

「あんただけじゃなくてユイにも世話になったからね」

 湊が軽く笑いながら肩をすくめて見せると、追試のことを言ってるのだと察して頷く。

「そういう事ならうちの甘い物好きが喜ぶよ。ありがたく」

 幸せそうに頰を押さえながら「おいしーっ」と言ってるユイが容易に想像出来たので、食べ切れないということであればありがたく頂くことにする。

「お陰様で追試も合格出来たから。そのお礼も兼ねてね」

「別に俺は何もしてないけどな」

しい晩御飯と夜食のお陰様で」

 別にその程度は大したことじゃないし、そもそもユイのスパルタに耐えて勉強を頑張ったのは湊本人だ。

 俺自身は特にお礼なんてしてもらうほどのことをした覚えがない。

 しかももらものとは言え、この果物たちだって買ったら結構な値段になるだろうし。

「ま、あんたはそう言うだろうと思ったけど、こっちの気が済まないからさ。あとユイにはちゃんとお礼がしたいから、あんたに付き合ってもらいたい事があるんだけど」

「ユイにお礼がしたいから? 俺に?」

「細かいことはいいから。明日の予定は?」

 湊が言ってることに首をかしげつつ、取りあえず聞かれたままにスマホの予定表を確認してみる。

「特に何も予定はないけど」

「オッケー、じゃあ明日の予定空けといて。時間と場所は慶から連絡させるから」

「は? 慶から?」

「ま、そういうことだからよろしく。あとこのことはユイには言わないでね」

「え?」

 いくつもハテナを浮かべる俺にいたずらめいたほほみで人差し指を向けると、それ以上の説明はないまま湊がバーカウンターの中に戻って開店準備を再開する。

(ユイへのお礼だから、ユイには伏せとけって……?)

 妙にちぐはぐなことを言われて眉をひそめるが、湊はこれ以上は話すつもりはないということなので追及をあきらめる。

 何かサプライズ的な意味があるんだろうけども、まぁ本人が言うつもりがないなら仕方ない。

 一連のやり取りを見ていた遥がにっこりと上品な笑みをたたえたまま、しそうにくすくすと笑い声を漏らす。

「ふふ、夏臣くんは本当に湊ちゃんに気に入られてるのね。すごく素敵なお礼だから明日は楽しんでいらっしゃい」

「はぁ、分かりました」

 明日の予定を知っている口ぶりの遥に背中をぽんとたたかれて曖昧に頷く。

 お礼って言ってるくらいだから、いことなんだろうとは思うけど……何なんだろうか。

 湊に言われたことがいまいちに落ちないまま、何とも歯切れの悪い返事で、もらった果物の袋を提げてブルーオーシャンを後にした。


◇   ◇   ◇


 そして翌日の午前十時。

「おー夏臣。さすが待ち合わせ時間ぴったりだな」

 最寄り駅の改札口で慶がひとなつっこい笑顔で手を挙げる。

 湊が言っていた通り、昨日の夜に慶から連絡が来て午前中から駅前で待ち合わせ。

 言われた通り今日のことはユイには伏せて来たけども、これからどうなることやらと思いつつ改札上の路線図を見上げる。

「で、どこ行くんだ?」

「まぁまぁ、ここまで来たんだからもう少し付き合えって」

 楽しげに笑う慶と肩を並べながら、交通系ICカードをタッチして改札をくぐる。

 まずは最寄り駅から特急のまる大きな駅まで十分ほど。

 そこからさらに三十分ほど特急に揺られて南下していくと、車窓の外は背の高いビルと建物が減って夏らしい青い空との濃い緑が見え始める。

『間もなくうらかいがん、三浦海岸です』

 ひび割れた音の車内アナウンスが響いて、俺たちを乗せた電車が駅のホームへと停車する。

 改札をくぐると駅名の通り、遠くから潮の匂いが漂って来ていた。

「もうだいぶ来たけど、まだ目的地は秘密なのか?」

「ここまで来たらもうちょっとだからさ。絶対驚くからこのまま到着までな?」

 さっきよりもテンションが上がっている慶に促されるまま、駅前にあるターミナルでバスに乗り換えてからさらに二十分ほど揺られる。

 バスの乗車客がまばらになり始めた頃、車窓から見える景色に海岸線が見えて来た。

 よこはま周辺では見られないのどかな海岸線沿いの景色を眺めていると、慶が停車ボタンを押してゆっくりとバスがまる。

 慶に続いてバスを降りると、さっきよりもさらに濃い潮の香りがしてだいぶ海が近いことが分かった。

「えーっと確かこっちの方だったと思うんだけど……お、あったあった!」

 スマホの地図を確認しながら進む慶の背中についていくと、一軒の古民家の前で慶のスマホが目的地に到着したことを告げる。

 目の前の家を見上げると、パッと見はぜいのある年季の入った古民家。

 でもしっかりと掃除が行き届いていて、むしろれいな家であることに気付く。

「ここが今日の目的地なのか?」

「ああ。正確に言うとちょっと違うんだけどな」

 慶がふふんと自慢げに笑いながら、許可なく建物のしき内に入って行く。

「お、おい、慶……!」

「こっちこっち。ほら、夏臣も来いよ」

 仕方ないので招かれるまま慶に付いていくと、古民家の中にある庭を通り抜けて裏手に回る。

 そして裏口にある門をくぐると、うっそうと茂ったのトンネルの中を人が歩けるように舗装された道が続いていく。

 そのみちを進んで行くと静かな波の音が聞こえ始めて、新緑のトンネルを抜けた目の前には美しい砂浜が広がった。

「……海、なのか?」

 その景色を見てそんな言葉がこぼれる。

 そこは横幅が三十メートルほどの『コ』の字の形をした入江。

 左右はこけむした岩山に抱き抱えられるように囲まれていて、その上には青々としたが天然のタープを作ってしを緩やかにしてくれている。

 柔らかなさざ波が打ち寄せる砂浜には、まるで南国のようなれいな白い砂が敷き詰められていて、夏真っ盛りにもかかわらず人影はなく静かな波の音だけが反響していた。

「こんな場所があるのか……」

 さっきまでの日常とは隔絶された、幻想的にすら見える神秘的な景色。

 それにれて不意にそんな言葉が漏れてしまう。

「めちゃくちゃい場所だろ。プライベートビーチってやつだ」

 隣に立った慶が気持ち良さそうに目を細めながら両腕ぐっとを空に伸ばす。

 そう言われて砂浜を見回すと、端の方には景観と合った上品なデザインのビーチチェアや、バーベキュー用のコンロや機材なども置いてある。

 基本家で自炊の俺にはあまり縁のない代物たちでみはないが、テレビやネットで見かけるような立派な機材たちだということだけは間違いない。

「プライベートビーチってことは、表にある家のしきってことか……」

 改めてためいきが出るほど美しい入り江にれていると、後ろから俺たち以外の足音が聞こえて振り返る。

「……夏臣?」

「……ユイ?」

 そこには口元に手を当てて、青い瞳を丸くしたユイが立っていた。

 お互いに予想もしてなかった顔合わせに言葉を失っていると、ユイの後ろから湊がひょこっと顔を出す。

「ここ、うちのばーちゃんの貸別荘なんだよね」

「貸別荘って……」

 情報量が多すぎて困惑している俺に、湊がいたずらを成功させた子供のような笑顔を向けて続ける。

「前までばーちゃんがここに住んでたんだけどね。引っ越してからは改修して貸別荘にしてるってわけ。普段は予約でいっぱいなんだけど、今日だけちょうど空いてるって話だったから」

 表にあった古民家、ならぬ藍沢家の貸別荘の鍵を指先に掛けて湊が自慢気にくるりと回す。

「……つまり、これが『お礼』ってことか?」

「そういうこと。不満?」

 改めて紹介するように、プライベートビーチ付きの貸別荘に湊が腕を伸ばして見せる。

 ニュースなどに映る神奈川県の有名な海水浴場は、基本的に砂浜よりもビーチパラソルとレジャーシートの方が見える割合が多いし、それに比例して押し寄せる人の数もはんじゃない。

 でもここはハイシーズンにもかかわらず、ひとがなく静かな上に幻想的なほどれいな入り江。

 思いもしなかった十二分過ぎるお返しに改めて圧倒されてしまう。

「不満どころか、恐れ多いくらいだな……」

「そ。なら良かった」

 俺の正直な感想を聞いて湊が満足そうにうなずく。

 これなら驚かせるために黙っていたと言われても仕方ないかと素直に思ってしまう。

「すげーよな。俺も何回か世話になってるけど、夏臣にも見せてやりたいなーって思ってたんだ」

 慶も肩をすくめながら湊と同じく楽しそうに笑い声を上げる。

 これは大き過ぎるお礼をもらってしまったなと思いながらユイに顔を向けると、ユイが赤くした顔を困ったようにうつむかせていた。

「ユイ、どうした?」

「あ、いえ……その……」

 こんなにれいな場所をたりにしたら一も二もなく喜ぶはずなのに、肩に下げている見慣れない大きめのバッグの取っ手をぎゅっと握り締めて視線を落とす。

「……夏臣がいると、思わなかったから」

 小さくそうつぶやくと、俺から顔を隠すようにさらにうつむいてしまう。

 この状況を見れば恐らくユイも俺と同じようにサプライズだったんだろうなとは分かる。

(でもこの反応は……)

 何かそういうことじゃなさそうだし、明らかに照れてるというか恥ずかしがっているような感じがする。

 ユイの反応がに落ちずに首をかしげていると、湊がくすくすと笑いながらユイの代わりに答えた。

「今日は人目を気にせずに、思いっきり海で遊ぼうって約束してたもんね? 昨日一緒に買いに行ったわいい水着で」

「み、湊さん……!?

 湊がからかうように隣からユイをのぞき込むと、ユイがあわあわとしながら赤くなった顔を上げる。

 それからはっとして俺を見ると、また慌ててさっき以上に肩を丸めて縮こまった。

 さらっと流れ落ちた長い黒髪の隙間からは、真っ赤に染まった耳がのぞいている。

「……水着?」

 思わずその単語に反応してしまう。

「せっかくの貸し切りの海なんだから。なみぎわで遊ぶだけじゃもったいないでしょ?」

 慶みたいに肩をすくめながら、湊がひようひようとした調子をして笑みを浮かべる。

(じゃあユイがいつもより大きめのバッグを持ってる理由は……)

 その中に入っている着替えを察してユイを見ると、ぎりぎりの上目遣いで俺を見ていたユイが両手で顔を隠しながらしゃがみ込んで丸くなった。

「ちょ、おまえら……!? 急にそんなこと言われてもだな……!?

 ようやく俺も今の状況を理解して、今更ながらに身体からだ中からぶわっと変な汗が出始める。

 ユイが今までになく恥ずかしがっている理由がようやく分かって、何やら申し訳ない気分が猛スピードで限界を突破していく。

「だっておまえら、『海に泳ぎに行こう』なんて誘ったら来なかっただろ?」

「「それは……」」

 慶への返事が完全にユイとハモる。

 お互いに真っ赤になってる顔でちらりと視線を交わす。

(……ユイはマジで水着用意して来てるのか)

 確かにこんなお膳立てをしてもらわなかったら、ユイと海水浴に行くなんて発想自体なかったし、夏休みの間中もきっと思い付きもしなかっただろう。

 思い付いたとしても、砂浜よりも人の密度の方が高いところに行こうなんて思わないし、年相応の恥ずかしさも相まって誘えなかったと思う。

「でも俺は行き先聞いてなかったから、水着なんて持って来てないけど……」

「もちろん当別荘にはお客様への水着のレンタルサービスもございますのでご心配なく」

「ってことだ。夏臣もいい加減腹くくれよ、男だろ?」

 ひようひようと笑う湊と慶による完璧な下準備に、反論の余地なく言い負かされてしまう。

「んじゃ、うちらは中で着替えて来るから。そっちはよろしくね、慶」

「あ、ちょっ……! み、湊さん……! 私まだ、こっ、心の準備がっ……! W-Wait, hold on a moment!(ちよつと、ちよつと待つて) Slow down!(ほんとにダメでつ) Ah, ahahhhahhhhhh!!!(あつ、ああああああああ───つつつ)

 悲鳴にも似た叫び声を上げながら、ユイが駄々をこねる子供のように湊に引きずられて行く。

 もはや何を言ってるのか分からない叫び声が美しい入り江の中にひとしきり響き渡ると、バタンと遠くで扉が閉まる音が聞こえてその声が途切れた。

 辺りには静かな波音が戻って来て、無意識に浅くなっていた呼吸を深く戻すと額にしたたっている汗を手で拭う。

「おまえら泊まりで旅行に行こうって予定まであるのに、このくらいで照れてるようじゃ前途多難だなぁ」

 あまりに珍しい俺の様子を楽しそうにしながら、慶がけらけらとしそうに笑い声を上げた。

「旅行と海で遊ぶのはまた違うだろ……色々と不意打ち過ぎるんだって」

「夏臣はヴィリアーズ嬢の水着姿、見たくないのか?」

「……その質問はちょっときようだろ」

 そんなのは、見たいに決まっている。

 胸の内で即答しながら照れ隠しに鼻を鳴らして顔をらす。

 普段からユイはわいいとしょっちゅう思うけど、異性としての部分を見せるタイプでもないのでそういう目で見たことはない。

 それでもスタイルが整っているのは見れば分かるし、きっと水着もめちゃくちゃ似合っててわいいんだろうなとは簡単に予想が付く。

 今まで意識をしたことはなくともそんな確信をしながら、ようやく身体からだが落ち着きを取り戻してくれる。

「ま、黙ってて悪かったよ。でも湊がどうしても二人にお礼がしたいって言うからさ」

「藍沢が?」

「湊がここに友達連れて来るなんてオレの知る限り初めてだからな。素直じゃないけど、あいつなりの最上級のお礼のつもりなんだよ。だから今日は精一杯もてなされてやってくれ」

 ひようひようとした笑みの下にうれしさをにじませながら、慶がナイロンの袋を俺にそっと放り投げる。

 中にはクリーニング済と書かれた袋の中に入ったサーフパンツの水着。

(確かに驚いたけど……でも、わざわざこんな用意までしてくれたんだよな)

 慶の言う通り、せっかくのこれ以上ないサプライズプレゼントに、男の俺がいつまでもうじうじしてるわけにもいかない。

「藍沢のお礼、ありがたく目いっぱい楽しませてもらうよ」

「ああ、そうしてくれると湊も喜ぶわ」

 こぶしを上げて見せると、慶からも握ったこぶしをこつんと当ててくれる。

 花火大会のチケットといい、プライベートビーチへの招待といい、本当に世話焼きな二人だなと思って笑みがこぼれる。

「じゃ、オレたちもとっとと着替えるか」

「そうだな」

 静かな波の音が響く入り江の中で軽く頰を張って気分を変えると、砂浜の奥にある簡易更衣室へと向かった。


◇   ◇   ◇


 渡されたレンタル水着のサーフパンツに着替えて砂浜に出る。

 海沿いの少し湿った風と夏の日差しの下、歩く度に足がさらさらとした白い砂に埋まって心地良い。

 天然のてんがいからの木漏れ日が穏やかなさざ波を照らして、静かに寄せる波がまつをきらきらとまたたかせている。

 改めてこの場所の美しさにれていると、後ろから慶に呼ばれて振り返る。

「じゃあオレは倉庫からビーチグッズ取りに行ってくるわ」

「あ、俺も手伝うぞ」

「手伝ってもらうほどじゃないから大丈夫だ。それにお迎えがいた方がヴィリアーズ嬢も喜ぶだろ」

 軽く手を振ってそう言い残すと、慶が古民家の方へと消えて行く。

 砂浜に一人取り残されて、手持無沙汰になみぎわにしゃがみ込むと左手で波をもてあそんでみる。

 気持ち良く冷たい海水の中で、左手首に着けたままのブレスレットが木漏れ日を弾いてきらりと光った。

 スマホで調べたところシルバーは海水でびることはないとのことなので、今もこうして着けたままにしている。

 真水とは違って少しベタつく海水の感触と冷たさを味わっていると、ビーチサンダルが砂浜を踏み締める音が聞こえて、ゆっくりと振り返る。

「……夏臣」

 赤く染まった頰を隠すようにうつむきながらユイが立っていた。

 きっちりと上まで閉められた白いパーカータイプのラッシュガードの裾を一生懸命に下に引っ張りながら、うかがうような上目遣いを俺の方に向ける。

 れいな長い黒髪は三つ編にして横に流されていて、ラッシュガードの裾からのぞいているすらりとした白いふとももが、夏の日差しを弾くようにまぶしく照らし出されていた。

「その……あんまり、じっと見ないでもらえると……」

「あ、あぁ……! 悪い……!」

 恥ずかしさで消え入りそうな声をくすぶらせるユイに謝りながら、れていた視線を急いで引き剝がして青い空に向ける。

(……やばい。もうすでにめちゃくちゃわいい過ぎる……)

 男として動揺しないと決めていたはずの覚悟は一瞬で青空の彼方かなたに飛んで行ってしまった。

 ユイがまだ上着を着ているにも関わらず、恥ずかしそうによじらせる健康的な脚線美に、その下の水着姿の想像をてられて目のやり場に困ってしまう。

 現状で見えている肌の範囲は学校の制服姿とさほど変わらないのに、ユイが必死になって隠そうとしている仕草がわい過ぎて、その下に水着を着ているということを意識をさせられてしまう。

「あ、ユイってばまだラッシュガート着てんじゃん。ここまで来たらもう開き直るって約束したのに」

「が、頑張るとは言いましたけど、約束まではしてないですっ……!

 後からやって来た湊が腰に手を当ててため息交じりにユイに目を細めると、ユイが自分の身体を抱くように背中を丸めて抗議の視線を向けた。

 湊の方はいわゆるタンキニと呼ばれるタンクトップとショートパンツを合わせたスポーティなセパレートタイプの水着で、スレンダーでボーイッシュな湊のイメージに良く似合っている。

 湊もまだナイロン素材のシャツを羽織ってはいるけども、ユイとは違って照れもせず堂々としているのでむしろカッコ良くさえ見えてしまう。

「ほら、かたぎりも何とか言ってやんなよ。ユイの水着姿見たいでしょ?」

「いやでもそれは本人が嫌がってるなら無理矢理迫るものでも……」

「うちはあんたが見たいかどうかを聞いてるんだけど?」

「それは……」

 男らしく答えなさいと意志のこもったジト目を送ってくる湊に根負けして、後ろ頭をきながら砂浜に視線を落としてつぶやく。

「……そりゃあ見たい、けど」

 俺の返答を聞いたユイが息をんで顔を赤く染めると、困った視線を迷わせてから泣きそうな声でささやいた。

「それは……意地悪ですよ、湊さん……」

 力の入ってない抗議をつぶやきながら、諦めたようなためいきを吐き出してぎゅっと眉根を寄せる。

 それから意を決したように丸めていた背中をゆっくりと伸ばすと、視線を砂浜に向けたままラッシュガードのジッパーに白い指先を掛けた。

 ごくり、と自分の喉が鳴る音が聞こえる。

 ユイが細い肩をゆっくりと上下させると、砂浜に顔をらしたまま、ジジジとれったくチャックを下ろしていく。

 金属が擦れる音を微かに響かせながら、ゆっくりとユイの身体からだを隠していた白いパーカーが開いてほどけていく。

 今まで見たことのない女の子としてのユイの色っぽい仕草と表情に、何も考えられないままただただれてしまう。

 そしてユイの指がジッパーを下ろし切ると、するりと微かな音を立ててラッシュガードの下から白い肌が太陽の下に淡く照らし出された。

…………ユイ」

 それは、言葉に言い表せないほどにれいだった。

 胸元にわいらしいフリルがあしらわれたトップスと、スカート付きのフェミニンなショートパンツタイプの水着。

 細い首筋からきやしやな鎖骨のラインと、きゅっと引き締まりながらも女の子らしい柔らかさを感じさせる腰回り、すらりと伸びた長い腕と脚。

 紺色をベースにしたシンプルな花柄の水着がまだあどけないユイのわいらしさと大人っぽさを上手に包み込んでいて、健康的でしなやかな身体からだつきを一層にまぶしくえさせる。

 そして肌を見せることを恥じらって細められた、潤んだ青い瞳。

 初めてたりにするあふたユイの女らしさに、あらがうことも出来ずただただ純粋にれてしまっていた。


「……I'm embarrassed(恥ずかしいよ)...」


 ユイが自分の身体からだを両手でそっと抱きながら、波の音にさらわれてしまいそうなほど小さな声でつぶやいた。

 その鈴の音色のような美しい声ときらめく木漏れ日にいろどられた水着姿は、まるで一枚の絵画のように美しい情景で、息をするのも忘れて魅入るしか出来ない。

 完全に思考も停止して固まっている俺を湊が肘でちょんと突つく。

「ほら。せっかくユイが勇気出したんだよ。あんたも言うことあるでしょ」

「あ、ああ……」

 ぎりぎりのところで湊の言葉が耳に入って来て何とか返事をする。

 ユイが俺の言葉に応えて見せてくれた水着姿。

 素直な一言を、見たままに思ったままのことを言えばいい。

 たったそれだけのことなのに、その言葉が見つからずに真っ白になったままの頭を無理矢理に動かして必死に言葉を探して考える。

「……めちゃくちゃ、れいだ……」

 必死に考えた末、どんな美辞麗句を並べても違う気がして。

 ただただ俺の心に浮かんだことを素直に言葉にしてユイに伝える。

「夏臣……」

 ユイが自分の身体からだをぎゅっと抱き締めると、身体からだから力が抜けるように膝を抱いて砂浜の上にしゃがみ込んだ。

うれしい……すごく、うれしいのに……どんな顔すれば良いか、わかんないよ……」

 真っ赤に染まった顔を両手で隠しながら長い長いためいきを吐き出して、絞りだすようなかすれた声でユイがそうつぶやく。

「よしよし、良く頑張った良く頑張った。ユイの努力は片桐に伝わったからもう大丈夫だよ」

 湊が満足げにうんうんとうなずきながらユイの肩にラッシュガードを掛けてあげると、子供をあやすようにユイの肩を抱きかかえて頭をぽんぽんと優しくでる。

「ふぇぇ、湊さぁん……! がんばった、私がんばったよぉ……!

「よしよし、ユイは頑張ったよー、えらいえらいー」

 さっきまでの緊張感がぷっつりと切れて、湊がくすくすと笑いながらユイをあやす。

 その様子を見てやっぱりユイはユイなんだよなぁと俺の方も肩の力が抜ける。

 そこへ浮き輪やらボールやらイルカボートやらを両手いっぱいに抱えた慶が戻って来て、眉をひそめながら俺に向かって首をかしげた。

「何だこれ? どういう状況だ?」

「ユイがめっちゃ頑張ったっていう状況」

「ヴィリアーズ嬢が? 頑張った? ん?」

 一人取り残されてしまっていた慶がさらに大きく首をかしげた。


◇   ◇   ◇


「よーし湊。今日は波もないし、久しぶりに沖の岩場まで競争でもするか?」

「仕方ないね、たまには慶に付き合ってあげるよ」

 慶と湊が水中用のゴーグルを付けると海に向かって勢い良く走り出す。

 数歩ほどじゃぶじゃぶっとなみぎわに足を突っ込むと、そのまま海に前のめりに飛び込んでみず飛沫しぶきを上げながら入り江の外に向かって豪快に泳いでいく。

 全力で海を楽しんでる二人の背中を眺めながら、俺はビーチパラソルの下にあるクーラーボックスから良く冷えたペットボトルを取り出した。

「ユイは緑茶でいいか?」

「あ、うん……ありがと……」

 隣のビーチチェアの上で未だにパーカーを羽織ったまま、膝を抱えて丸くなっているユイにお茶を手渡す。

 パーカーの前こそ閉めてはいないけども、やっぱり水着姿はまだ恥ずかしそうで赤く染まったままの顔をうつむけている。

 時折ちらっと俺の方を見るが、すぐにまた慌てて砂浜に視線を落とす。

 前にユイの部屋のを借りた時、俺が上を脱いでる現場にユイが入って来て顔を真っ赤にして慌てていたこともあったけど、どうやら俺の水着姿にもまだ慣れないようだった。

 入り江に吹き込んで来る柔らかな風と穏やかで心地好い波音に包まれながら、誰もいないプライベートビーチをのんびりと眺めて口を開く。

「まさかこんなお礼をされるなんて思わなかったな」

「うん、ほんとにびっくりした……」

「ユイは泳げるのか?」

「得意ってほどじゃないけど、普通には……」

 羽織ったパーカーを揺らしながら、もじもじと指先をからめてユイが答えてくれる。

 入江から泳いで出て行った慶と湊が上げる飛沫しぶきもだいぶ小さくなって、二人の姿もかなり遠くの方まで離れていた。

 なのでお互いに水着で貸し切りの砂浜に二人きり。

 二人きりのことなんかいつものことなのに、場所と服装が違うだけでやたらと無防備な感覚で照れ臭い。

(……でも、嫌な感じじゃないよな)

 お互いにまだ照れ臭さとか恥ずかしさが強いだけで、どうしたらいのか分からないような居たたまれない空気じゃない。

 まだ俺もユイも普段通りとは言えないけど、でも少し前だったらこんなに無防備で近くにいられなかった気がするし、こんな風にユイを感じられてるだけでも十分にうれしい。

「無理はしないでいいからな」

「……え?」

 ぽつりとこぼした俺の言葉にユイが顔を上げてこっちを向く。

「ユイの水着姿、見たいって言ったけどさ。でもユイがまだ心の準備が出来てないなら、無理させたくないから」

 正直なところはやっぱり見たいと思う。

 でもやっぱり俺が無理にユイの手を引っ張りたくはないから。

 俺が好きになったのは自然体のユイだからこそ、ユイが望まないことに手を引きたくないし、背中を押したくもない。

 いつかまたこうやって遊びに来れることもあるだろうし、その時にはきっともっと強い信頼関係が築けていると思う。

 だから無理はしないでいいという気持ちを込めてユイに笑いかける。

「夏臣……」

 ユイが羽織ったパーカーをぎゅっと抱き寄せながら、また視線を砂浜に落とす。

「それにパーカー着たまま海に入ってもいいんじゃないか? 深いところで泳ぐのは危ないけど、浅いところで遊ぶ分には全然大丈夫だろうし」

 水着もラッシュガードもどうせ後で洗うものだ。

 きっとこのままだったら、ユイは自分のせいでみんなで楽しく遊べなかったと後で気にしてしまうと思う。

 だったら上着を着たままで遊べる範囲で十分に海を楽しませてもらえばいい。

「念のため俺もそばにいるしさ」

「でもそれじゃ夏臣が……」

「俺は海で遊びたいんじゃなくて、ユイと遊びたいだけだから何も問題ないしな」

「夏臣……」

 素直な気持ちを笑いながら口にすると、申し訳なさそうに曇らせていたユイの目がゆっくりと丸くなる。

 それから困っているような、喜んでいるような、そんな笑顔でユイが優しく瞳を細めた。

(ああ、やっぱりユイは最高にわいいな……)

 ようやく見せてくれたユイらしいほほみを見て素直にそう思う。

「……私ね。水着を買いに行った時、すごく迷ったんだ」

 背中を丸めて、立てた膝の上にあごを乗せながら、ユイが優しい笑みでそう口にする。

「迷った?」

「うん。夏臣はどんなが水着が好きなのかな……って」

 少しだけ恥ずかしそうにほほみながら隣の俺に視線を向ける。

「その時はこんな風に夏臣の前で着ることになるなんて、思ってもいなかったけどね」

 眉尻を下げながらくすくすと笑い声をくすぶらせた。

「それって……」

 それはつまり今ユイが着ている水着は、俺のことを考えながら選んでくれたってことで。

 俺に見せる予定ではなくても、俺の前で着ることを考えながら買い物をしてくれてたってことで……。

 完全に予想外だった特大の不意打ちに、今度は俺の方が顔を赤くしてうつむいてしまう。

 隣からまたくすくすと楽しそうな笑い声が聞こえて来る。

 まだ熱の引かない顔を上げると、隣からはユイがいつも通りの笑顔を向けてくれていた。

 そして抱えていた膝を伸ばして、ゆっくりとビーチチェアから立ち上がる。

「だから私も、夏臣と一緒に海で遊びたいから……」

 そう言って羽織っていたラッシュガードに手を掛ける。

 意を決したように小さくうなずくと、するっと音を立てて脱いだラッシュガードをビーチチェアの上に置いた。

「だから、無理なんかじゃないよ」

 まだ頰の赤みを残したまま、でもしっかりと俺を見ながら優しくほほんでくれる。

 ユイがそっと白い左手を俺に向かって伸ばすと、おそろいで付けているチェーンブレスレットが木漏れ陽を反射してきらめく。

「エスコート、してくれる?」

 それは今日一番にわいらしい笑顔。

 ユイ自身の恥ずかしさを越えてほほみかけてくれる、最高に愛おしい笑顔だった。

(ああ、俺……やっぱりユイが好きだな……)

 こんな笑顔を見せてくれるユイが心の底から愛おしくて、胸の奥が甘苦しくぎゅうっと締め付けられてしまう。

 俺もゆっくりとビーチチェアから立ち上がると、ユイの差し出してくれた左手を取ってそっと握り返す。

 左手首にあるおそろいのブレスレットも返事をするように木漏れ陽を弾いて煌めいた。

「ああ。しっかりとエスコートさせてもらうよ」

「ありがと。よろしくね」

 何だかしくなって照れ笑いを浮かべながら、それでも今度は視線を外さずにお互いの顔をしっかりと見つめ合ってうなずく。

 その手をつないだままビーチサンダルを脱いで、二人でなみぎわから少しずつ海の中へと足を踏み入れて行く。

「わ、わ……! すごい砂がさらさらで気持ちいい……!」

「急に深くなったりはしてないみたいだけど、慣れるまでは十分気を付けてな」

 二人で冷たい海にはしゃぎながら、手をつないだまま海面にゆっくりと浮かんで空を見上げる。


「ほんと世話が焼けるね、あの二人は」

「まったくだ。そこがわいいんだけどな」

 入り江から少し離れた沖にある岩の上に座りながら、二人の様子を見守っていた湊と慶がためいき交じりに笑い合う。

「じゃあオレも湊を岸までエスコートしてやろうか」

「へぇ、このタイミングでそんなこと言ったら冗談じゃ済まないよ?」

「オレが冗談でこんなこと言うわけねーだろ」

「くす、それならエスコートさせてあげよっかな」

 そんな軽口を言い合いながら、湊と慶も浜辺の方にいる二人と同じように手をつなぐと、声を出して笑い合っていた。


◇   ◇   ◇


「夏臣、湊さんがコンロの炭は足りてるかなって言ってるけど大丈夫?」

「ああ、もう火力もだいぶ安定したし大丈夫そうだ」

 トングでバーベキューグリルの中の炭の位置を調整しながら、隣から俺の手元をきようしんしんのぞき込むユイにそう答える。

 顔を上げると海と空はもうだいだいいろに染まっていて、入り江の中も穏やかなゆうに優しく照らし出されて昼間とはまた違う神秘的な情景を映し出していた。

 あれからはみんなで貸し切りの海水浴をめいっぱいに楽しんだ。

 浮き輪で浮いてるだけでもめちゃくちゃ気持ち良かったし、シュノーケルで眺める海の中もれるほどにれいだった。

 何よりこんなに近くでユイのはしゃいだ笑顔が見れることが最高で、人生の中で一番の夏の思い出だと言えるくらいに楽しませてもらった。

 陽が傾き始めた頃に海から上がると、湊が晩御飯にバーベキューを用意してくれているとのことだったので、晩飯の準備くらいはやらせてもらおうと率先して働かせてもらっている。

 バーベキューとなると家での自炊には縁がない料理だけども、この時期になると料理動画などで見かけることが多いので、調理も問題なく進められた。

 普段から色々と見ておくに限るなと実感しつつ赤くなった炭の位置をならしていく。

「バーベキューなんて初めてだからすっごく楽しみ~」

 俺の隣でユイがわくわくしながらこうこうと赤く燃える炭にはしゃいだ声を上げる。

 海から上がって軽くシャワーを浴びると、Tシャツにステテコ、ビーチサンダルのレンタルサービスまで完璧で、ユイもすっかりリラックスしたいつもの笑顔を見せてくれていた。

「ん? どうしたの?」

「いや、い顔してるなと思って」

い顔?」

 ユイがきょとんとした顔で首を小さくかしげる。

 その無防備な仕草がまた愛らしくて、俺も自然に笑い声がこぼれてしまう。

「じゃあ次はユイお待ちかねの串打ちだな。手伝ってくれるか?」

「もちろん。夏臣のアシスタントは私だからね」

 満面の笑顔でうなずいてくれるユイと炊事場に並んで、湊が用意してくれた食材たちの大きさをそろえるように一口サイズにカットしていく。

 そしてそろえた食材たちを、パプリカ、牛肉、ピーマン、ナス、牛肉、しいたけ、玉ねぎ、牛肉、と肉を多めに挟みつつ食材が外れないように鉄串に通していく。

 鉄串自体が持ち手付きの三~四十センチくらいある立派な串なので、これだけでめちゃくちゃえがしてしそうに見える。

 トウモロコシなど火の通りにくいものは輪切りにして串の脇で焼くことにして、味付けは小細工無しの塩しようを振ってから仕上げに焦げ防止のオリーブオイルをまぶす。

「うわぁ……! すごい、これだけでしそう……!」

 我が家のクーデレラならぬ食うデレラが感嘆のためいきを漏らす。

 まさに豪快なバーベキューと言った感じで、ユイでなくても食欲をそそられてしまう。

 テンポよく串打ちを終えてグリルの前に戻ると、両手に飲み物を持った湊と慶もそこへやって来て目を丸くした。

「うわ、めちゃくちゃしそうじゃん。片桐、あんたやっぱすごいわ」

「だから夏臣を嫁にもらえる人は幸せだって、日頃から言ってるだろ」

 慶がけらけらと笑いながら薄オレンジ色の中身が入った大きめのプラスチックのコップを手渡してくれる。

 ありがたく中身を傾けると、爽やかなかんきつの香りが鼻孔をくすぐって、色んな果物が混ざり合った絶妙な甘味と酸味が身体からだわたる。

「何だこれ、めちゃくちゃいな……!」

「シンデレラっていうフルーツカクテルだよ。ね、湊さん」

 かユイが得意げな笑顔で満足そうにコップをくぴくぴと傾ける。

「ノンアルカクテルだけど、せっかくだから気分だけでもね」

「食い物は夏臣にはかなわないけど、飲み物はオレたちも負けてられないからな」

 ブルーオーシャンのバーテンダー二人がコップを持ち上げてコツンとぶつけ合う。

「そうだったな。したら飲み物は頼むよ」

「わ、私はその……片付けとか頑張りますので……!」

 何やら仲間外れ感を感じたらしいユイが、両手をぐっと握って必死に自分の仕事場をアピールする。

「ユイは今日のVIPなんだからにこにこしてればいいよ」

「いえでも、そういうわけにはいかないですし……」

 湊が楽しそうにユイのほっぺたをふにふにと摘まみながら笑い声を漏らす。

「湊はヴィリアーズ嬢と友達になれてほんとに良かったよなぁ」

「ユイもきっと藍沢と友達になれて同じこと思ってるよ」

 同じことを考えていた慶と、仲むつまじい二人を眺めながらコップを軽く当てる。

「じゃあそろそろ焼いてくからなー」

 他の三人にそう言って、串打ちした食材たちをバーベキューコンロいっぱいに並べていった。


◇   ◇   ◇


「ん~、し~っ! すっごくしいですね、これ!」

「おお、マジで美味いなこれ! めっちゃバーベキューっぽい!」

 香ばしく焼けた牛肉を口いっぱいに頰張りながら、ユイと慶が感激の声を上げる。

「次もすぐ焼けるから遠慮なく食べてくれ」

 グリルの網におかわり用の油を塗りながら、夢中になってかぶりつく二人にそう伝える。

「ほんとにしいねこれ。焼くだけだからこそ片桐シエフの腕の見せ所?」

「いいや、藍沢の用意してくれた食材とグリルの火力のお陰だな」

 実際に俺がやったことは食材の火の通りを考えて大きさをそろえた程度で、味付けはシンプルな塩しようのみ。

 だからこれがしい一番の理由は、湊が用意してくれていた新鮮な野菜とい肉であることは間違いない。

 それにこんなに最高のロケーションならなおさらしくも感じる。

 基本的に予約で埋まってるって言ってたし、俺たちみたいな学生じゃ逆立ちしても出せる金額じゃないんだろうなとは簡単に予想出来た。

 改めて湊に感謝をしつつ俺も鉄串にかぶりつくと、野菜の甘さと肉のジューシーさが最高で俺も思わずうなってしまう。

「どう、少しはお礼になった?」

「もらい過ぎて恐縮するくらいにな」

「水着姿のユイわいかったでしょ。うちに感謝してよ」

「ああ、めちゃくちゃ感謝してる」

「すけべ」

「そういう意味じゃないって分かってて言ってんだろ」

「あははっ」

 そんな冗談を口にしながら湊が遠慮なく大きな笑い声を上げた。

 今日一日で湊ともずいぶんと仲良くなれた気がする。

 あまりに豪華すぎるお礼で恐縮だけども、でもお陰様でまたユイと一歩近づけたし、新しくわいい一面も見れたし、こんなれいな景色まで見せてもらえて感謝しかない。

 今後も折りを見て俺に出来る範囲でまたお返しをしていければと思う。

「うちもすごい楽しかったから、またみんなで来ようよ」

「もちろんありがたく。ただ今度はちゃんと言ってくれると助かる」

「もうサプライズにしなくてもユイも片桐も来てくれるだろうしね」

 にっこりと目を細めながら湊が鉄串にかぶりつく。

 確かに荒療治ではあったけど、でもこんなことでも企画してくれなかったらユイの水着姿なんて見られる機会はなかったと思う。

 最初はどうなることかと思ったけど、こんなにも楽しい時間を過ごさせてもらえることになるとは思いもしなかった。

 あの時に慶がピアノ奏者として頼ってくれたことが湊との出会いになって、こんな道にまでつながったと思うと感慨深くて友達の大切さを改めて実感する。

「夏臣、おかわり焼いてもいい?」

 空になった鉄串を持ったユイが、笑顔を咲かせて俺たちの前にやって来る。

 そんなてんしんらんまんなユイを見て湊と顔を見合わせると、思わず同時に笑ってしまう。

「え、なになに? どうしたの?」

「ううん何でも。ユイは今日のお礼、楽しんでくれた?」

「はい、とっても。すごくすごく素敵なプレゼントでした」

 ユイが満面の笑顔を咲かせながら、ためらうことなく湊に大きくうなずいて見せると、湊もうれしそうな笑顔でユイに大きくうなずき返す。

『またみんなで』

 湊が言ってくれた何気ない約束がやけにうれしくて、俺も二人の笑みに釣られて口元が緩んでしまう。

「湊ー、飲み物って中の冷蔵庫にまだあったっけ?」

「あ、ちょっと待って。うちも付き合うよ」

 湊が軽く手を振りながら、慶に続いて一緒に別荘の方へと歩いて行く。

 今まで知らなかったけど、慶と湊の仲の良さを見ていると何だかこっちまでうれしくなる。

(……二人が俺たちの世話を焼いてくれるのもこんな感じなのかもな)

 そんなことをおもいながら食べ足りなさそうにしてるユイに振り返る。

「じゃあ今の内におかわりを焼いとくか」

「うん、お願いします」

 仕込んであった鉄串をまたコンロの上いっぱいに並べていくと、炭火であぶられた食材たちからじゅわっという音と共に香ばしい香りが立ち上がる。

 さっきよりも少し暗くなった夕空の下で、赤くこうこうと燃える炭にユイの優しいほほみが淡く照らし出されていた。

「私、日本に来て本当に良かったなぁ……」

 めるようにユイがぽつりとつぶやく。

 柔らかく揺らぐ火で照らされる横顔には穏やかで優しいほほみが浮かんでいた。

 その幸せそうな笑顔を見ていると、愛おしいという気持ちが胸の奥から込み上げて来る。

 ユイが今までつらい思いをして来た分、これからは色んな幸せをあげたい。

 もうユイが作り笑いなんてしないで済むように、俺がユイを守ってあげたい。

 決意にも似たそんな気持ちが心の底から強く込み上げて来る。

「旅行、楽しみだね」

「ああ、楽しみだな」

 穏やかな波の音に包まれながら幸せそうに瞳を細めるユイに、俺も出来る限りに笑いながらうなずいて応える。

 っすらと暗くなり始めた夕空には、気が早い星たちが少しずつまたたき始めていた。