これは十数年以上も昔の出来事。まだエルフの里で姉妹三人、仲良く暮らしていた頃の話。

「リルがおーきくなったら、ルーちゃんとケッコンしてあげる!」

夜。アタシたち三人姉妹が、ベッドで仲良く川の字に並んで寝ようとしていた時のことだった。こないだ四歳になったばかりのリルルがアタシに抱きつきながら、そんな爆弾を落としてきた。

リルルは『なにか問題でもある?』とでも言わんばかりの得意げな顔をしているけれど、むしろ問題しかない。ルーちゃんというのは、この子たちの姉であるアタシのこと。ルローラだから、ルーちゃん。……つまりアタシたちは女の子同士だし、それ以前に血の繋がった姉妹なわけで。

何より、目下の最大の問題は……リルルの反対側でアタシの腕に抱きついていたルルーの瞳から、速やかにハイライトが失われたことだった。ひえっ……。

「……ちがうわ。リルルは私とケッコンするの。おねーちゃんも、私とケッコンするの」

ルルーが掴んでいるアタシの腕が、ギリギリと悲鳴を上げる。四歳児とは思えないこの握力……。

アタシの指先から体温が失われつつあることなど知らないリルルが、悪戯いたずらっぽく瞳を細めてルルーに顔を寄せる。

「ルルってばバカね、しらないの? ケッコンはいっぱいできないのよ? 『ウワキ』になっちゃうんだから!」

「おばかはリルルのほう。『イップタサイ』っていうのがあるの。だから大丈夫なのよ」

いったい誰からそんなことを吹き込まれたのか知らないけど、リルルもルルーもすでに独自の結婚観を形成しつつあるみたいだった。……ちなみにエルフの文化に同性婚も重婚も存在はしない。

そして二人の意見が割れたことで、アタシはいつものように窮地に立たされることになる。

「ルーちゃん、リルとケッコンするよねっ!?

「おねーちゃん? 私を捨てたりしないよね?」

二人のあどけない、しかし責めるような瞳が至近距離からアタシに向けられる。

アタシは少し迷った末に、前提をくつがえすことで二人の詰問を回避する道を選んだ。

「……えっとね、そもそも女の子同士では結婚できないんだよ? だから、ね? いつか里の、ほかの男の子たちと仲良くなったら、その中の誰かと結婚したくなるかもしれないよ?」

アタシの至極真っ当な意見に、しかし二人は不服そうな反応を……ちょ、ちょっとルルー? そろそろ右手の感覚がなくなってきたんだけど?

リルルとルルーは、そのそっくりな顔をチラリと見合わせると、リルルは眉をひそめて面白くなさそうな顔をし、ルルーは今にも泣きだしそうな顔になった。

「里のエルフたちなんて、バカばっかだもん。みんなヤなこと言ってくるし大キライ」

「おねーちゃん、どうしてそんなこと言うの……? 私のことキライになっちゃったの? それともほかにケッコンしたい人でもいるの?……そんなのダメよ。ゆるさない」

リルルの瞳の奥に凍てつくような怒気が、ルルーの瞳の奥に燃えたぎるような嫉妬が見えたことで、アタシの背筋を冷たい汗が伝った。愛する妹たちの心を無断でのぞくようなことはしないけど、そんなことするまでもなく、直情的なこの二人が何を思っているのかはすぐにわかってしまう。

ママの忘れ形見であるこの二人に厳しいことは言いたくない。でもあまり甘やかしてしまうと将来どんな子に育ってしまうのか恐ろしい。

「ルーちゃんだって、あんなやつらキライでしょ? あいつらリルたちをワルものにするんだよ! みんなルーちゃんより弱いくせに! ルーちゃん、あいつらみんなぶっころしてよ! それでリルたち三人だけでずっと暮らしていこう?」

「だめよリルル、ぶっそうなこと言っちゃ。……でもおねーちゃん、いつか私たち三人でどこか遠いところに行きましょう? そしてお庭の広いおうちを買って、かわいい犬を飼うの。そこでおねーちゃんは、私だけを見ていればいいのよ。ごはんも、おそうじも、みんな私がやってあげるんだから。子供は女の子が二人、男の子が一人ほしいわ」

ずいっと顔を近づけてくる二人から、アタシは仰け反って距離を取る。リルルもルルーも、両極端な方向性の危険思想が芽吹いてるんだけど……どうすればいいの、教えてママ。

アタシは今は亡きママの優しい笑顔と言葉を思い出して遠い目をしていた。

『ルローラちゃん。あなたはいつかきっと、あなたを怖がらないで、心から大切に思って守ってくれる素敵な子と出会えるわ。そしてその子は、いつも誰かのために頑張っているルローラちゃんの優しい心を読み取ってくれるわ。だからどうかその時まで、優しい心を忘れないでね』

……アタシを守るのも、アタシの心を読み取るのも無理だとは思うけど……だけどもしも本当にそんな人が現れたなら、その時はアタシも───。

「おねーちゃん……私の前で……ほかの女のこと考えたでしょ」

……だけど今はそんな将来のことよりも、青くなり始めたアタシの右手をどうやって救出するかが最も重要なことだった。