雲の隙間から漏れる光って、たしか『天使の梯子』とか言うんですよね? じゃあ、そこから舞い降りてきた私は、さしずめ天使? ついに処刑人とか悪魔とかは卒業ですね!
空が明るくなったから視界が良好です。これでみんな濡れなくて済むし、一石二鳥ですよね?
景色が明るくなったことで、上空からでも地上の戦況がよく見えるようになりました。
まず、プラザトスの外周防壁には弓兵隊がずらりと並んで弓を構えていました。戦線を越えてくる魔族がいたら、狙い撃ちにする算段なのでしょう。……でもなんで貴方たち、悲鳴をあげながら私に矢を向けてるの? 私は味方だよ? 怖くないよ?
そして外周防壁から数百メートルほどのところでは、剣を構えた歩兵や騎兵の騎士たちが左右に広く展開して魔族に応戦していました。でも上空の私を振り返った一部の騎士が、腰を抜かしてへたり込んじゃってます。
そしてそんな騎士団の前方、最前線では、ネルヴィアさんとレジィが魔族の軍勢を千切っては投げ、千切っては投げといった感じに大暴れしていました。
う、うん……無茶は絶対にしないでと言ったはずだけど、二人にとってその程度のことは無茶じゃないと言うのなら、もう私は何も言わないよ……。
いきなり空が切り裂かれたことで振り返ったネルヴィアさんとレジィが、ゆっくりと舞い降りてくる私の姿を認めた瞬間、一目散に後退を始めました。
うっすらと「全員、巻き込まれる前に後退してください!!」とか「死にたくなければ下がれお前らー!!」という声が聞こえてきます。そんな、人を災害みたいに……。
ちょっと意外な登場の仕方をした私の存在に、魔族たちは後退する騎士団を追いかけることもできずに固まってしまっています。
さて、どうやって彼らを傷つけずにお引き取り願ったものでしょうか。
魔族たちがボサっとしているあいだにネルヴィアさんやレジィ、そして騎士団が十分に後退したため、騎士団と魔族軍勢のあいだに百メートルくらい間隔が空きました。
えーっと、とりあえず私たちの目的は、魔族たちがプラザトスへ侵攻するのを阻止することだから……。
とりあえず、まずは線を引こっか。
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「『背徳の粛清』」
魔族たちがプラザトスへたどり着くための道筋を阻むように、地面が大爆発を起こしました。
千度まで熱せられた地面が噴火すると、オレンジ色に輝く溶岩の壁が出現します。
すぐに壁は重力に従って落下していきますが、幅が約三十メートルほどにまで及ぶマグマの境界線は思ったより粘り気があるみたいで、ボコボコと煮え立ちながら輝く山みたいになっちゃいました。
あー、爽快っ!! エルフの里でも、ドラゴン退治でも、自分の力が満足に発揮できないことが非常にストレスでした。本来だったら三分あれば片付けられる問題を、何時間もかけて回りくどい方法で解決しなければならないんですからね。
それが、ついに解放されたのです! 大きな魔法を使った後の、この脳が疲労してクラクラする感覚さえ愛おしい!
腹の底から愉快な気分がこみ上げてきて、思わず笑っちゃうくらいです!
「うふっ、ふふ、あはははははははっ!!」
私は自身から一定範囲を適温に保つ魔法『適性の壁』を発動しながら、煮え立つ溶岩の山にゆっくりと降り立ちます。
そして景色が歪むほどの超高温となった、オレンジ色に光る山の上から魔族たちを見下ろしました。ふーん、もっといろんな種族がいるのかと思ったけど、案外同じような種族ばっかりに見えるなぁ。獣系が多い印象です。
まだ足の遅い魔族たちは辿り着いていないって話ですし、これからいろんな種族が来る予定なのでしょう。
今の爆発でほとんどの魔族がひっくり返っていますが、彼らは私の視線に気が付くと慌てて立ち上がって身構えました。その態度や表情からは怯えの色がありありと見て取れて、なんだかこっちが悪者みたいな気分です。そんな怯えながら後ずさりしないでも……。
んーと、言葉は通じるのかな? まぁ言葉を理解できない魔族がいても、誰か一人でも逃げ始めれば連鎖的に逃げる流れができ始めることでしょう。
私はちょっぴり悪役っぽい笑みを浮かべながら、冷え切った声色を彼らに投げかけます。
「いますぐおうちへかえるなら、みのがしてあげる。それいがいは、みんなころす」
私の放った最後通告に、見るからに動揺と恐怖の反応を見せる魔族たち。
戦場の前線を食い破ってきたってことは、つまり彼らは「人族との戦いにおいて矢面に立たされるくらい立場の弱い魔族」ということです。レジィ曰く、立場の強い魔族たちは魔族領の奥に住んでいるそうですからね。
そんな彼らのモチベーションはおそらく、「ここで一旗揚げて、俺らの地位を向上させようぜ!」というものであるはずです。決して「魔族の未来のために、命を賭して共和国の首都を攻め落とすんだッ!!」というような熱い想いではないでしょう。
私は小声でこっそり「『生命の洗濯』」と呟いてから、大きな声でカウントダウンを始めました。
「じゅう……きゅう……はち……」
いきなり始まったカウントダウンに魔族たちは狼狽えますが、中には果敢に立ち向かおうとするような意思を見せる魔族も見受けられます。
しかし私が先ほど発動した魔法によって、彼らの足元の地面に亀裂が走りました。
「なな……ろく……ごぉ……よん……」
亀裂は徐々に広がってゆき、ところどころで地面が隆起したり陥没したり、地面の奥底から不穏な地響きが聞こえてきます。
私はさらに大きな声で、彼らを追いつめるように冷たい声色で叫びました。
「さん! にぃ! いち!!」
そして最後に、私が「ぜろ」と言い切る前に……魔族の軍勢は悲鳴をあげながら踵を返して、一人残らず来た道を引き返していきました。うん、わざわざこんなところで命を懸ける理由はないもんね。報われるかわからない功績なんかよりも、自分の命が大事に決まっています。
あの様子からして、多分ちゃんと魔族領まで逃げ帰ってくれるとは思いますけど……。
念には念を入れる意味を込めて、私はもう一度『天海の奇跡』を発動し、まるで彼らを追いかけるかのように雲を切り裂いてみました。すると彼らの逃げる速度が明らかに上がったので、これできっと大丈夫でしょう。
彼らがちゃんと帰ったか、そして後続の魔族たちも引き返してくれたかは、あとで移動魔法を使って偵察してくるとして……。
今はひとまず、この勝利を仲間たちと分かち合うとしましょう。
***
「さっきぶりだね、ミールラクス」
ひんやりとした黴臭い空気が満ちる独房には、たった数時間ですっかりやつれたように見えるミールラクスがうな垂れていました。
そんな彼は、暗がりにひっそりと佇む私を見て、「ひぃっ!」と喉を引きつらせて後ずさりします。
私はミールラクスの独房には近づかず、数メートルほど離れた暗がりから、囁くように静かな声色で語り掛けます。
「こんばんは。あなたがはんせいしているかどうか、みにきたよ」
その言葉に、ミールラクスはハッとしたように飛び上がり、独房の鉄格子に縋りつくようにしながら叫びました。
「は、反省している! なんと馬鹿なことをしてしまったものかと……!」
「そっかそっか。それはよかったよ」
私は暗がりの中からにっこりと微笑みながら、
「どうやったら減刑できるかとか、どうやったらにげられるかとか、そんなこと……かんがえてないよね?」
「もちろんだ! 自らの犯した罪はきちんと償う! たとえ何十年かかっても!!」
「そう。もしかしたらしけいになっちゃうかもしれないよ?」
「それが私への罰だと言うのなら、受け入れよう……それでプラザトスの民が納得するのなら」
ミールラクスは悲壮な決意を表情に宿らせて、私をまっすぐに見つめてきました。
そんな彼の目を、私もまっすぐに見つめ返します。
「よかった。すっかりこころをいれかえたんだね」
私は柔らかく微笑みながら、ふと後ろを振り返りました。
「それで、ルローラちゃん……ほんとうは?」
「ぜーんぶ嘘。ちっとも反省なんてしてないね」
私のすぐ後ろの闇に、ぼんやりと翠玉色の瞳が浮かび上がっていました。
ルローラちゃんの言葉に、ミールラクスはひどく取り乱しながら取り繕います。
「う、嘘だと? そんなことはない! 私は心の底から反省している!」
「へ~、そうなんだ。あたしエルフだから、人間の常識には疎くってさ。……心の中で相手に罵詈雑言を浴びせかけながら上っ面だけの言葉を垂れ流すことが、人間の言う反省なんだ。知らなかったよ」
目を丸くして言葉を失うミールラクスに、私はにっこりと笑顔を向けました。
「このこは、エルフぞくのルローラちゃん。ひとのこころをよめるんだよ。すごいでしょ?」
「こっ……心を読む、だと!? そんな、バカなことが……」
「『国の上層部の弱みはあらかた握っておるのだ。どんな手を使ってでも裁判で優位に立ちまわってやる』、『見ていろ糞餓鬼め、あの忌まわしい弟の息子共々、必ず葬ってやるぞ』」
ルローラちゃんが棒読みで唱えた文言に、ミールラクスは青ざめながら絶句してしまいます。
「ありがと、ルローラちゃん。もういいよ。さっきのドアのそとでまっててくれる?」
「ん、りょーかい」
金色の髪をなびかせて、一歳児ほどの背丈となったルローラちゃんがよちよちと暗闇の向こうに消えていきました。
やがて、夜の薄暗い独房には、ミールラクスと私だけが残されます。
私は先ほどからずっと表情を変えずに、笑顔を貼りつけたまま静かに呟きました。
「ケイリスくんともども、かならずほうむられちゃうんだぁ。こわいなー」
「い、いや、そんなことは考えていない! あんなものはデタラメだ!!」
ミールラクスは必死に弁解しますが、私はそれに取り合いません。
ニコニコと笑顔を浮かべた私は、端的に結論を述べました。
「死刑」
突き刺すように冷え込んだ声色が、石造りの古めかしい独房に響き渡ります。
決して暗がりから出ない私に、ミールラクスが大量の汗を流しながら叫びました。
「な、なにを言っている!? あんな裁判はデタラメだ! なんの法的な効力も持ち合わせてはいない!!」
「うん」
「正式な裁判は一週間後だ! そ、それまで、この私に手出しをすることは、イースベルクの法が許さん!!」
「へぇ」
「今ここで私に手を出せば、貴様も犯罪者だ! そんなことは、決して許されんぞ!!」
「だれに?」
ゼェゼェと肩で息をしながら叫んでいたミールラクスが、私の問いに黙りこみました。
私は畳みかけるようにして、ゆっくりと、聞き分けのない子供に言い聞かせるようにして囁きました。
「だれが、ゆるさないの? ……このわたしを」
そう言って私が微笑みかけると、ミールラクスは口を間抜けに大きく開いたまま固まってしまいます。
そもそも私はここへ、誰にも目撃されずに辿り着いています。
そして何の証拠も残さずに人間を一人消すくらい、魔術師ならできて当然なのです。
「ルっ……ルグラスと……約束したと、言っていただろう……この私を、法で裁くのだと……」
「そうだね。やくそくしたよ」
「ケイリスの慈悲のおかげで、私を生かしておくと……言っていたではないか……」
「うん。たしかにいったよ」
私は満面の笑みのまましっかりと頷くと、それから声のトーンを変えずに続けました。
「 それがなに? 」
いよいよ状況を理解したらしいミールラクスの顔色が真っ青になり、目に見えて身体が震えだしているのが見えます。追い詰められた彼は表情をくしゃくしゃに歪めながら、黄色い歯を剥き出しにしながら叫びました。
「お、俺を騙したのか……!? ふざけるなァ!!」
「……」
「こんなことは許されない! この俺を殺すなんて絶対、絶対に!!」
「……」
「このっ、俺を誰だと……!! 俺はっ、大統領なんだぞッ!?」
「ごねんまえ、そのだいとうりょうをだましてころしたのは……どこのだれだっけ?」
今度こそ、ミールラクスは言葉を失って、完全に黙り込みました。
ひたり、と私が一歩踏み出すと、ミールラクスは聞き苦しい悲鳴をあげながら独房の奥に這いずって逃げます。
私は構わずに歩みを進めて、暗がりから姿を現し、鉄格子の前に立ちました。
惨めに独房の隅で身体を丸めて、看守に助けを求めて叫び続けるミールラクスを、私は笑顔のまま見つめながら物思いに耽っていました。
実の兄に殺されたグラトスさん。幼い息子の成長を見届けることもできずに死ぬのは、どれほど無念だったことでしょうか。汚名を着せられ、毒で徐々に衰弱しながら、息子の背中で息絶えた彼は、どんな気持ちだったのでしょうか。
グラトスさんとケイリスくんを逃がしてくれた家政婦長さんは、どんな風に殺されたのでしょうか。その前からすでに全身がボロボロだったという彼女は、一体どんな目に遭わされていたのでしょうか。
お母さんを病気で亡くして、お父さんも目の前で殺されて、故郷を追い出されたケイリスくんの心の傷はどれほどだったでしょうか。ことごとく肉親を失い、数少ない血縁である伯父と兄にも裏切られたケイリスくんはどれだけ悲しんだでしょうか。
そのすべての元凶が、目の前の男だ。
……それでも、ケイリスくんの決意に水を差さないために。ルグラスさんへの義理を果たすために。お兄ちゃんとの約束を守るために。こいつを殺しはしない。
───ただし、殺す以外のことは、なんでもやってやる。
「 『誅戮の槍』 」
***
魔族の軍勢を追い払ってから数時間後の、すっかり陽も落ちた夜のプラザトス。
もうほとんど平時の雰囲気を取り戻しつつある逞しい街並みの中で、ネルヴィアさんとレジィ、そしてケイリスくんがショッピングをしているところに、私とルローラちゃんは合流しました。
「あ、セフィ様、ルローラちゃん。お帰りなさい」
「うん。ただいま、おねーちゃん」
私の首輪を外すという目的は達しましたし、この国の腐敗も叩き潰しました。それに魔族の軍勢がちゃんと魔族領まで帰って行ったことも、『リバリー魔導隊』が確認して報告をくれたそうです。
つまり、もう私たちがイースベルクでやるべきことは何もありません。明日、陽が昇ったらすぐにでもここを発つつもりの私は、帝国のみんなへのお土産購入に余念がありませんでした。
私が魔法を使えるようになった現在、もうお金の心配は要りません。それに重量を支配できる私にとって、買いすぎという概念もありません。
……ところで魔族の軍勢との戦において、私は『天使の降臨』を演出したつもりだったのですが、プラザトスへ戻ってくると街の人たちは「ルグラスさんが契約して呼び出した悪魔がお戻りになられた……」とか「魔王の凱旋だ……」とか囁いているのが聞こえてきました。なんでだよっ!
私だって「疾風」とか「竜騎士」とか、そういうポジティブな異名が欲しいのに!!
おかげさまで、私が買い物をしようとすると商品がほとんど十割引きになります……わぁいうれしいなぁ……魔王への供物だぁ……。
……もう、気にしたら負けです。完全にボランティアで首都防衛に貢献したんですから、これらは厚意だと割り切って、ありがたく享受しましょう。
畏怖の視線も無視。ひそひそ声も無視無視。……あっ、誰だ今「魔界へのお土産かな?」って言ったの! 怒らないから出てきなさい!
……お土産購入に集中しましょう。くすん。
えーっと、お兄ちゃんとお母さんにはもちろん、村のみんなと、獣人たちと、それから帝都の親しい人たちにも買って行こうかな。
陛下にお土産は……えっと、失礼とかじゃないかな? まぁ、あのヴェルハザード陛下ならそんなこと気にしないですよね。あとはケイリスくんと一緒に、セルラード宰相とかベオラント城の使用人たちへのお土産も買っていきましょう。それから魔導師様たちにも何か買って行こうかな。リュミーフォートさんはもちろん食べ物で、マグカルオさんにはおしゃれな小物かな?
ルルーさんへのお土産は……ルローラちゃんと選ぼうかな。いやもうルローラちゃん本人がお土産みたいなものですけど。……と思ったら、エルフの里へのお土産を適当に選んだルローラちゃんは、さっさとネルヴィアさんの背中で寝ちゃってました。昨日からほとんど寝てないもんね。
クルセア司教たちへのお土産は、宗教都市とかで買った方がいいかな?
あ、そろそろボズラーさんも退院する頃だったはずだし、快気祝いに何か買っていってあげよう。
獣人族のみんなにはレジィが選んでくれたけど、食べ物ばっかりでした。私からもなにかあげようかなぁ。みんな戦いから離れて暇だろうし、オモチャ的なものとかどうかな?
ネルヴィアさんの実家へのお土産はネルヴィアさん本人が選んだみたいですけど、何より『竜騎士』の称号が一番のお土産だと言っていました。そうなんだ?
お土産選びも終わって、それぞれ袋に詰めて馬車へ運んでいると……私は見覚えのない袋が馬車に置いてあることに気が付きます。
多分、私がミールラクスに面会しに行っている間に、ネルヴィアさんたちが買ったものでしょう。
「これ、なにをかったの?」
私がネルヴィアさんに訊ねると、彼女は思いっきり目を逸らしながら「ご、ご近所さんへのお土産です」と答えました。え、ご近所さんって、逆鱗邸の? あの辺りって廃屋とか幽霊屋敷しか無くない? 魔除けのお札でも買ったの?
私がさらに突っ込んで訊こうとすると、そこへケイリスくんが口を挟んできました。
「お嬢様、ちょっといいですか?」
「うん? なぁに、ケイリスくん?」
ケイリスくんはちょっと言いにくそうに視線を泳がせながら、声のトーンを落として呟きました。
「……ボクが昔住んでいた家に、行ってきても良いですか?」
ケイリスくんが住んでた家って……五年前、惨劇の舞台になったお屋敷?
何をしに行くのか知りませんが、まぁ、もちろんダメだなんてことは言いません。
しかし、もしかしたらまだミールラクスの手の者が街に潜んでいないとも言い切れませんし、戦闘能力のないケイリスくんを、陽の暮れたこんな時間に一人で出歩かせるわけにはいきません。
……でも、さっきのケイリスくんの言い方からして、私たちみんなで行きたいというわけではなさそうです。うーん……。
「じゃあ、わたしもついていっていい?」
「え……あ、はい。大丈夫です」
私はネルヴィアさんとレジィに宿で待っているように言いつけておきます。
ルローラちゃんは相変わらず、ネルヴィアさんの背中で熟睡中。お疲れ様、ぐっすり休んでね。
「じゃ、いこっか」
「はい」
私はケイリスくんに抱っこされながら移動を開始しました。
途中、野次馬たちの様々な種類の視線に晒されてなんとなく落ち着かない気分になりつつも、しばらくすると私たちは目的の場所に辿り着きます。
かなりの敷地面積を誇るトリルパット邸は、この世界にしてはなかなか前衛的なデザインというか……割とオシャレな造りをしていました。ケイリスくん曰く、グラトスさんは意外と凝り性で、家を建てる時も積極的に建築家たちに口出しをしていたそうです。
そういえばケイリスくんって、絵画の習い事とかもしてたんだっけ? お父さんの美的センスを引き継いだのかもしれませんね。
しかしトリルパット邸は現在、ミールラクスとゴルザスが住んでいたようです。ミールラクスの陰謀が露見した影響で、プラザトスの兵たちが次々と出入りしては、余罪の洗い出しのためか証拠品らしきものを次々と運び出していくのが見えます。
きっとミールラクスやゴルザスが家の中も勝手に改造しちゃったりしてるでしょうし、こんな状況じゃケイリスくんが昔を懐かしむことはできないんじゃ……と心配したのですが、しかしケイリスくんは顔色一つ変えずにトリルパット邸の門をくぐると、迷いのない足取りで歩きだしました。
一体どこへ行くのだろう、と私が不思議に思っていると、やがて辿り着いたのは邸宅の庭園の中心にひっそりと佇む石碑でした。
「これって、もしかして……」
「はい。ボクのお母様のお墓です」
私をそっと地面に降ろしたケイリスくんは、手入れもされずに放置されていたらしい石碑を一撫でして、寂しそうに微笑みました。
「最後に、挨拶をしていきたかったんです。五年も顔を出さないで、心配させちゃったかもしれませんから」
「……そっか」
これからは〝前〟を向いて生きていくって、決めたんだもんね……。
広い庭園は庭師が手入れをしているのか、それなりに五年前の面影を残しているそうです。