あまりの大音響に身を竦ませる私を、レジィは強く抱きしめて駆け出します。そして馬を駆ってケイリスくんたちを追いかけ始めたネルヴィアさんに追いつくと、彼女の後ろにひとっ飛びで乗り込みました。

「セフィ様、お願いですから無茶はしないでください……!」

涙混じりの震えた声でそう言うネルヴィアさんに、私はちょっと申し訳なくなりながら「ごめんね」と謝ります。

しかし、とにかくこれでドラゴンは先ほどまでのように走り回ることはできないはずです。このまま逃げ切って───。

『ヨクモ……ヨクモヤッタナ虫ケラ共ガァァアアアアアアアッ!! 皆殺シダァァアアアア!!

空気がビリビリと震えるほどの怨嗟の絶叫が響き渡り、私たちが振り返ると……金色の瞳を血走らせて真っ赤に染め上げたドラゴンが、大きく抉れた右腕もお構いなしに振り回し、凄まじい勢いで追いかけてくるのが見えました。

「オイオイ、元気いっぱいじゃねぇか……」

さすがのレジィも若干引きつった表情で、暴走状態となったドラゴンを眺めています。

するとネルヴィアさんは魔剣フランページュを再び抜き放って、立ち並ぶ木々をすれ違いざまにへし折りました。ゆっくりと倒れていく木は巨大な鉄槌のように振り下ろされて、荒れ狂うドラゴンに叩き付けられますが……ドラゴンは全く意に介する様子もなく、頭を大きく振るだけで弾き飛ばしてしまいます。

ですが、ちょっとだけスピードは落ちました。ネルヴィアさんは次々と木々を倒しながら、ケイリスくんを追いかけていきます。

『グルルォォァァアアアアアアアアアアアアッ!!

森中に響き渡るような咆哮ほうこうを上げながら、ドラゴンが少しずつ距離を詰めてきます。さらに、森の奥へ進むにつれて木々は太くなり、いくらネルヴィアさんでも逃げながらでは倒せなくなってしまいました。

「こうなったら、めをねらうか……」

私は『霹靂』に銃弾を込めながら、レジィの肩越しにドラゴンを見据えます。揺れる馬上から狙い撃ちするのはかなり困難でしょうが、やるしかありません。

私が『霹靂』を構えた瞬間、ドラゴンは血走った目を憎悪に燃え上がらせながら、抉れた右腕を近くの巨木に叩き付けました。すると削れた表皮が散弾のようにこちらへ殺到してきます。

「チィ……!!

レジィが私を抱きしめて庇いながら、腰に巻き付けていた上着を振るいました。木片を弾くことには成功したようですが、振り抜いた上着を見ると、鋭い木片がいくつも突き刺さっています。

「そう何度も防げねぇか……」

レジィの言う通り、馬に当てられたらおしまいな以上、何度も食らっていい攻撃ではありません。

そうこうしているうちに、ジリジリと少しずつドラゴンが距離を詰めてきます。すでに後方三十メートルほどまで近づかれていて、ドラゴンの激しい息遣いが聞こえてきます。

そしてこの最悪なタイミングで、私たちが駆る馬の速度が、目に見えて減速しました。

馬が潰れた……!!

「ネルヴィア、ご主人を連れて逃げろ!」

するとレジィがおもむろに、抱えていた私をネルヴィアさんに受け渡しました。

「レジィ! だいちょうぶなの!?

「ま、何とかなるだろ」

レジィは気軽にそう言いましたが、あの怒り狂ったドラゴン相手に一人で立ち向かうのは無謀です。しかしドラゴン相手にまともにやり合えるのがレジィだけというのもまた事実。

レジィは迫り来るドラゴンに立ち向かうため、馬の背中を蹴ろうとして……。

「……ん?」

すんでの所でレジィが踏み留まった瞬間、ドラゴンが突然足をもつれさせて、盛大に転倒しました。……もしや、とうとう右腕が限界を迎えたのでしょうか。

そんな私の想像は、ドラゴンの足下で小さく金属音を響かせた土色のによって否定されました。

「こっちだ! 早く来い!!

突然聞こえてきた声に振り返れば、私たちの進行方向で数人の騎士が手を振っていました。あれはたしか、ルーンペディで会ったまともな方の騎士たち……?

荒い呼吸を繰り返す馬でどうにか騎士さんたちと合流すると、そこには先に保護されていたらしいケイリスくんたちもいました。あちらの馬も潰れてしまっていたようです。

「キミたち、よく生き残った! 安全な場所まで送らせるから、あとは我々に任せて逃げなさい!」

軍馬に乗った騎士たちが駆け寄ってきて、うちの馬から下りた私たちに手を差し伸べてきます。

「足止めもそう長くは保たない! 急ぎなさい!」

ドラゴンの方を振り返ると、どうやら先ほどは木々に結びつけた鎖で転倒したらしいドラゴンが、四方八方から鎖や縄を投げつけられて暴れていました。しかし巨大なドラゴンの膂力りょりょくを押さえつけるのはやはり困難なようで、大した足止めにもなりそうにありません。

「かちめは、あるんですか!?

私が騎士の一人に訊ねると、騎士のおじさんは一瞬答えようとして、しゃべったのが赤ん坊の私だと気がついて二度見し、しかしすぐに気を取り直して答えてくれました。

「隊長と勇者様とはまだ合流できていない! よって我々では僅かに足止めするのが関の山だろう! だからキミたちだけでも逃げなさい!」

「そんな……」

「ここへ駆けつけるまで、戦闘の音は我々にもずっと聞こえていた! ヤツの苦悶の咆哮もな! 子供たちだけでよくぞ、あの恐ろしい怪物とここまで渡り合った! キミたちが逃げる時間は、我々が命を賭してでも稼いでみせよう! だから早く逃げなさい!!

……逃げる? この騎士のおじさんたちに時間稼ぎをさせて、私たちだけで?

たった今、数人の騎士たちが投げた鎖やロープを、ドラゴンが逆に振り回して騎士たちを宙に吹き飛ばしました。木に直撃してしまった騎士は、打ち所が悪ければ命に関わるでしょう。

裂帛れっぱくの気合いと共にドラゴンの爪を大盾で受け止めた騎士は、盾ごと腕を切り裂かれて薙ぎ倒されています。彼はそれでも剣を構え、ドラゴンへ立ち向かっていきました。

百人を超えそうな騎士たちが入れ替わり立ち替わり、決死の覚悟で挑んでは倒れていきます。あれでは死者が出るのも時間の問題でしょう。

私は仲間たちの顔を順番に窺いました。

先ほどまで疲労の色が濃かったレジィは、今にも飛び出していきそうな程に戦意がみなぎっています。ずっとドラゴンと戦うことに消極的だったネルヴィアさんも、覚悟を決めた表情をしていました。

四人とも、すでに答えは出ているようです。

『ゴミ虫共ガァアアアア!! 一匹タリトモ逃ガサンゾォォオオオオ!!

ドラゴンは、深手を負わせた私たちを見逃すつもりはないようです。あの様子では、どうせここで逃げ延びたとしても、絶対に私たちを捜して追いかけてくるでしょう。

……それなら。

私は、今にも飛び出していきそうなレジィとネルヴィアさんに、頷いてみせました。すると途端に二人は駆けだして、騎士のおじさんの制止も聞かずに戦場へと飛び込んでいきます。

ドラゴンの目の前で盾を構えて足止めしていた騎士へと、ドラゴンが巨大な腕を振り下ろしました。あわや切り裂かれるといったところで、ドラゴンの顔面に火花が走り、巨大な腕が轟音と共に弾かれました。

『……ッ!!……逃ゲズニ戻ッテキタカ……虫ケラ』

ドラゴンは、すぐ目の前に立ち塞がったネルヴィアさんとレジィを見て、瞳を赤く血走らせたまま、引き裂くように嗤いました。

二人とドラゴンが睨み合っている隙に、騎士隊の負傷者が仲間に引きずられていき、つかの間の膠着こうちゃく状態が生まれます。

すると、ドラゴンは細めた瞳でレジィを見据えました。

『獣人族ノ小僧……貴様ハ何故、俺ニ歯向カウノダ……? 魔族ハ、強サコソガ全テ……魔族ノ頂点デアル竜ニ楯突キ、矮小ナ人間共ト群レル……ソノ理由ハナンダ?』

たしかにドラゴンの言うとおり、魔族は……とりわけ獣人族は強者絶対主義です。ならば存在そのものが絶対的強者であるドラゴンなんて、彼らにとっては憧れの的みたいな存在のはずです。

だというのに、レジィはそんなドラゴンに対して、まるで道端の石ころでも見るように興味なさげな目を向けていました。それがドラゴンには不思議で仕方ないのでしょう。

問いかけられたレジィは「あー、オレ様にもよくわかんないんだけどな」と前置きした上で、

「なんかさ、アンタは違うんだよな。いや、きっと昔のオレ様なら、アンタを見たら憧れてたんだろうな。……でも、今は違う。アンタを見てても、全然なんも感じなかった。アンタが人族の村を滅ぼしたって聞いたとき、なんでだろうな……なんかさ、すげぇムカついたんだ。ほんと、自分でもよくわかんねーんだけど」

そう言ってレジィは赤銅色の髪をワシャワシャとかき混ぜながら、なんだか困ったような表情を浮かべていました。

そんなレジィの言葉を聞いたドラゴンは、赤く血走った瞳をスゥッと細めて、

『……人間ト、長ク居過ギタヨウダナ……モハヤ貴様は、魔族デサエナイ……!!

「あー、ほんと、そうなのかもなぁ。でもさ……」

レジィは横目でチラリと私を見ると、はにかみながら言い放ちました。


「あの人と一緒にいられるんなら、オレは魔族じゃなくていい」


レジィ……。

私はどういう感情によるものか、感極まって涙ぐんでしまいました。

レジィを不愉快そうに見下ろしていたドラゴンに、続いてネルヴィアさんが訊ねました。

「私からも一つ、訊いても良いですか」

ネルヴィアさんの呼びかけに、ドラゴンは怪訝そうに目を細めながら視線を向けました。

「貴方はどうして、人間を襲うのですか?」

その端的な質問に対し、ドラゴンは裂けた口をさらに愉悦に引き裂きながら嗤います。

『ハッ、何ヲ訊クカト思エバ……。チカラヲ示ス……ソレ以上ノ理由ナド必要アルマイ。弱者ガ泣キ叫ブ様ハ、ナントモ愉快ナモノダカラナ……至高ノ娯楽ダ』

その身勝手な言い分に、私は腹の底がざわめくのを感じました。ネルヴィアさんの隣で事態を見守っていたレジィも、不愉快そうに目を細めます。

しかし質問を放ったネルヴィアさんはと言うと、とても嬉しそうに弾んだ歓声を上げました。

「ああ、よかったです! やっぱり貴方は、そういう存在、なのですね。安心しました」

『……何ダト?』

「私、昔からずっと……戦うことに恐怖を感じていたんです。剣を握って敵と対峙すると、どうしても手足が震えて、動きが鈍ってしまいます……本気で剣を振ることができないんです」

とても愉快そうに、陽気な声色を発していた彼女は、そこで……。

「ですが、ほんの少しも同情の余地がない、完全な悪。貴方がそういう存在であってくれたおかげで……」

ネルヴィアさんの纏う空気が、激しく、劇的に、苛烈なものへと一瞬で変わります。


「相手を殺してしまうかもしれないという恐怖に、初めて打ち且つことができました」


ざわり、と私の腕に鳥肌が立ちました。私の隣に立っていた騎士のおじさんも、思わずといった感じで一歩、後ずさります。

そして何の気後れもなく、遠慮もなく、ネルヴィアさんがドラゴンに一歩近づいた時……ドラゴンは凶悪な咆哮を響かせながら、その巨大な腕を振り下ろし……直後、遙か彼方にまで響き渡るような轟音と共に、その腕が大きく弾かれました。

バランスを崩したドラゴンは唸り声をあげて、その巨体をふらつかせます。

パラパラという音と共に、四方八方に何かが降り注いだかと思えば……それは黒い破片でした。考えるまでもなく、それが砕け散ったドラゴンの鱗であることは明らかです。弾かれたドラゴンの手首には、遠目からでも見えるほど大きな亀裂が走っていました。

そしてほんの一瞬、私が目を離していた間に、ネルヴィアさんはすでにドラゴンの懐へと潜り込んでいました。

再びの轟音。今度はドラゴンの巨体を支えていたもう一方の腕が真横に弾き飛ばされます。

当然ながら、両腕を弾かれたドラゴンは前方に倒れ込みますが……その先には、すでに次なる一撃を構えたネルヴィアさんが待ち構えていました。

二十メートル近くも離れているにもかかわらず、私の内臓を揺さぶるほどの衝撃が空気を震わせます。全身をフルに使って放たれた痛烈な一撃が、ドラゴンの顎を打ち上げるようにして直撃しました。前方へと倒れ込もうとしていたドラゴンの身体が、今度はのけぞるようにして真上に浮き上がり、背中から倒れ込みます。

地響きと共に倒れたドラゴンの巨体を、私を含めた全員が呆然としながら眺めていました。

私は大きな勘違いをしていたようです。

今日まで何度となくネルヴィアさんがドラゴンとの戦いに怯えの色を見せていた時、てっきり強大な敵と対峙することで、彼女は自分たちの命が危険に晒されることを危惧していたのだと、私は考えていました。しかしそれは、理由の半分でしかなかったのです。

もう一つ彼女を悩ませていたのは、敵が強大であるがゆえに、〝いつものように手加減できないかもしれない〟。ひいては、〝相手を殺してしまうかもしれない〟という恐怖だったのです。

かつて不死身の能力を持ったリルルたちと戦ったときでさえ、ここまで圧倒的ではありませんでした。「不死身なら手加減しなくて済む」と言いつつ、あれでも相当に加減していたのでしょう。

私は、彼女の優しさを……そして彼女の秘めていた、傑出した才覚を見誤っていたようです。

『グゥゥ……!! コノ、人間風情ガ……!!

顎から竜鱗をパラパラと落としながら、ドラゴンは素早く起き上がります。そして歩いて近づいてくるネルヴィアさんに向かって、ドラゴンは突進を仕掛けてきました。象を遙かに超えるほどの巨体から繰り出される突進は、その破壊力もさることながら回避も困難を極めます。

そしてドラゴンがネルヴィアさんに激突する、その直前。ドラゴンの動きがピタリと止まりました。……見ればドラゴンの足にはいつの間にか、先ほど騎士たちが大量に投げていた鎖が数本巻き付けられていました。鎖の反対側はそれぞれ別の大木に繋がれていて、いかにドラゴンといえど力尽くで脱出することは不可能でしょう。鎖の先端はフック状になっていて、巻き付けば外すことはできません。

「人間の力ってのもバカにできないもんだろ」

倒れ込んだドラゴンの近くに立っていたレジィが、手にした鎖をくるくると回しています。驚異的なスピードを誇るレジィが、誰にも気づかれずにドラゴンの足へ鎖を巻き付けたのでしょう。

『グゥッ……!? オノレ、獣人如キ……グガッ!?

そこでレジィの方へ意識を向けてしまったドラゴンは、目と鼻の先にいたネルヴィアさんに横っ面をぶん殴られてよろめきました。

「鎖を投げろ! オレ様が巻き付ける!!

レジィの声に従って、騎士たちが次々にドラゴンへと鎖を投げつけます。今までは運が良ければ引っかかるくらいだった鎖や縄も、今はレジィが確実に巻き付けてくれるのです。

ドラゴンがレジィを狙って尻尾を振り下ろしますが、それをあっさりと回避するレジィ。ドラゴンがさらなる追撃を仕掛けようとすると、ネルヴィアさんがドラゴンの腕を殴り飛ばし、体勢が崩れて下がってきた顔面にフランページュを叩き込みました。

『ゴッ……!? グルァァアアアア!!

ドラゴンが怒りの咆哮をあげながらネルヴィアさんに振るった左腕は彼女に弾き飛ばされ、その隙を突く形で振るった右腕は、彼女に届く直前でピタリと停止します。見れば、ドラゴンの腕には先ほどまでなかった鎖が巻き付いていました。

ドラゴンが腕に巻き付いた鎖に噛みついて引き千切ろうとすると、ドラゴンの首に巻き付いた鎖をネルヴィアさんが魔剣フランページュで思いっきり殴りつけることで強引に引っ張り、ドラゴンの巨体がネルヴィアさんの方へ倒れていきます。

「っるぁぁあああああああああッ!!

裂帛の雄叫びをあげたネルヴィアさんによる渾身の一撃が、ドラゴンの脳天を直撃しました。およそ生物から発せられたとは思えないような轟音と共に、ドラゴンは竜鱗の破片を撒き散らしながら倒れ伏します。

恐怖を克服したネルヴィアさんと、人間の力を借りたレジィのコンビネーションは圧倒的でした。あれほど強力だったドラゴンを、一方的に追い詰めています。

「す、すごい……彼らは一体、何者なんだ……」

あの戦いを遠巻きに見ていた騎士たちが、呆然とそんな呟きを漏らすのが聞こえました。うん、私にもわかりません。あの二人は私と違ってわりと普通の人だったはずなのですが……。

『……オ、ノレ…………オノレェェェ……!!

と、その時。どす黒く塗りつぶされたような、邪悪な声が暗闇から響きました。

ボロボロになって倒れているドラゴンは、全身の竜鱗を砕かれ、鎖や縄で雁字搦がんじがらめにされています。あれではもう、どうすることもできないでしょう。

……と、私が安堵しかけたところで、ドラゴンの口元から黒い炎が立ち上りました。

すかさずネルヴィアさんがドラゴンの顔面を殴り飛ばしますが、今度はドラゴンの皮膚が真っ赤に輝き、景色が歪むほどの高熱を発し始めました。

「くっ……!?

ドラゴンブレスを中断させようと殴りつけていたネルヴィアさんが、そのあまりの熱量に耐えかねて距離を取りました。

おかしいです。今まではネルヴィアさんが近づいただけでもドラゴンブレスを中断していたというのに……。それに身体から発している熱量も、今までの比ではありません。

ドラゴンの身体は焼けた鉄のようにオレンジ色の輝きを増していき、放出されている熱は三十メートル以上距離を取っている私にさえ感じられるほどに膨れ上がっています。

よく見ると、砕けた竜鱗の隙間から覗くドラゴンの皮膚が、熱によってかグツグツと煮えたぎっているように見えます。ドラゴン自身でさえも、もはやあの熱をコントロールできていないのではないでしょうか? あれでは私たちの前に、自分が死んでしまいます。

……自分が、死んでしまう?

コントロールできていない……いや……する必要がない?

「まさか……じばく?」

私が思わず漏らした呟きに、近くにいた騎士たちがハッとして「総員、退避!!」と叫びました。

「おねーちゃん、レジィ!!

私が二人を呼ぶと、レジィがネルヴィアさんを担いで全力でこちらへ駆け寄ってきます。遠くまで逃げる時間はありません。あのドラゴンが誰を一番道連れにしたいかと言えば、間違いなくこの二人です。

ネルヴィアさんとレジィが私たちのところへたどり着く前に、ドラゴンの放つ熱が一気に膨れ上がりました。

爆発する───!!


「『氷結』」


突然真横から放たれた冷気が、赤熱するドラゴンに直撃しました。

物理的ではなく魔術的な温度操作を行うこの術式は、ドラゴンの放っていた高熱を強制的に上書きして凍結させました。

先ほどまで表面が煮立っていたドラゴンは一瞬にして冷却され、その体表を白く凍り付かせています。

空気中の水分が凍りつき、キラキラとダイヤモンドダストが降り注ぐ中……巨大な黒馬にまたがる男性と、その腕に抱えられた赤ん坊を見て、私は全身の緊張を一緒に吐き出すような溜息をつきました。

「はぁ~~~……おそいよ、クリヲトちゃん……」

「ごめん、さっきようやくめがさめてね」

申し訳なさそうにそう言ったクリヲトちゃんは、白く凍り付いた世界で深紅の髪をなびかせながら苦笑しました。

黒馬に乗ったダンディな隊長さん……たしか、リルマンジー隊長でしたか。彼はクリヲトちゃんを腕に抱いたまま、凍結したドラゴンへと近づいていきました。

私たちもドラゴンの様子を見に行くと、ドラゴンはまだ辛うじて生きているようでした。あそこまで体温を上げてまだ生きてるとは、ドラゴンというのは凄まじい生命力のようです。

「まだ、いきてるけど……」

私がそう言うと、クリヲトちゃんは困ったように微笑んで、それから首を横に振りました。

「ううん、もういいよ。こうして、むらのみんなのカタキはとれたんだし」

そう言ったクリヲトちゃんの表情は、なんだか憑き物が取れたように穏やかでした。

彼女の中で、何かしらの『決着』は得られたのでしょうか。

その答えは、これから本人がゆっくりと見つけていくことでしょう。

***

翌日。あれから放置したままだった私たちの馬車を回収したり、ルーンペディの孤児院に戻るというクリヲトちゃんを見送ったりしていた私たちは、ようやく旅を続行することとなりました。

じつは昨日、ダンディ隊長の申し出によって、彼ら騎士団と一緒に共和国首都・プラザトスへ向かうことになったのです。

共和国への道のりはケイリスくんが知っているそうなので、べつにそのお誘いをどうしても受けないといけない理由はなかったのですが……しかし私の首輪を外す上では、ドラゴン討伐という多大な恩を売っておいた彼らと共にプラザトスへ向かうというのは悪くない選択肢です。

それにまだプラザトスまでの道のりは一週間ほどありますし、夜の見張りを立てなくていいというのは魅力的でした。

騎士隊の行進は圧巻なもので、ひづめが地面を踏み鳴らす無数の足音が響き渡るのを、私たちは最後尾から眺めていました。

……ちなみにどうして私たちの馬車が最後尾かと言うと、言わずもがな私のせいです。私の近くにいるだけで馬が暴れ出しますからね。

ちなみに普段は私たちの馬車を御してくれているケイリスくんですが、こんなにたくさん人が居るので、運転を変わってもらっています。最初はケイリスくんもいつも通り御者席へ移動したのですが、私がお願いしたら後部座席の方へ移動してくれました。

そしてなぜかダンディ隊長も、「せっかくの機会に、キミたちと話がしたい」と言って馬車への同乗をお願いしてきたので、肩幅の広い彼のせいで馬車の中が若干狭く感じられます。

そしてこのダンディ隊長が信用できる人物であるとルローラちゃんからお墨付きをもらったため、私が帝国の勇者であることも説明してしまいました。彼には今後もいろいろと協力してもらおうと思っているので、事をスムーズに運ぶために隠し事はしないことにしたのです。

……ちなみに、私が勇者であると明かしてからダンディ隊長が使いだした敬語をやめさせるのに、およそ二時間もかかりました。なかなか頭の固い人のようです。

私は自分の首に嵌められた首輪についてダンディ隊長に訊ねました。

「このくびわ、はずすことはできるんですよね?」

「もちろんだとも。魔導桎梏が持ち出されて使用されたという事例は過去にないため、書類上の手続きに多少は時間がかかるかもしれんが……貴女の正体と活躍を話せば、どんなに遅くとも三日のうちには完了するだろう」

うーん、やはり共和国というだけあって、いろいろ面倒くさい業務上の手続きとか、議会の承認とかが必要なのでしょうか。もしこれが帝都ベオラントだったら、ヴェルハザート陛下にオッケーもらえば五分以内に終わりそうなんですけど。

「プラザトスについたら、そのあたりのことはおまかせしてもいいですか?」

「もちろんだとも、是非任せてくれ」

あ、そうだ。これも聞いておかなくちゃ。

「このくびわって、こわしたらどうなるんですか?」

「……普通は首輪を嵌めた上で、厳重な拘束を施してから牢屋に放り込まれる。つまり……」

あー、つまり、誰もそんなことやらないから、何が起きるかは知らないと。

それならやっぱり、手続きを待って平和的に外してもらうのが良いですね。せっかくここまで来たんですし、共和国の首都とやらを見学していきましょう。

……ん? ちょっと待ってください。

共和国イースベルクには、これをつくったひとがいるんじゃないですか?」

私の問いに、ダンディ隊長はハッとしたような顔になりました。しかし彼は悩ましげに唸ると、

「たしかにこれを造った魔術師ならば、詳しいことを知っているだろう。何せ、共和国で三本の指に入るほどの魔術師だからな。しかし彼は非常に気難しい性格で、まともに会話をするのも苦労する人物なのだ。彼以外に首輪の詳しい性能を知らない理由も、そこにある」

え、そんなイカレた人が造ってるんですか、この首輪……? それじゃあ尚更どんなぶっ飛んだ機構が備わってるかわかったものじゃありませんね。

私は首輪を破壊するのはやっぱり最後の手段にしておくことにして、まだ見ぬ共和国首都・プラザトスに到着する日を楽しみに待つこととしました。