第二章 一歳三ヶ月 竜と勇者と総力戦
ケイリスくんが言っていたように、トーレットを出てからちょうど一週間が経ったお昼頃。私たちは次なる中継地点となる街に到着しました。
そこは歴史を感じさせる古めかしい石造りの街並み。街の随所に背の高い建造物が並んでおり、そしてそのどれもが宗教的な意味合いの強い建物なのだそうです。
街の名前はルーンペディ。これまでケイリスくんが街の関所をパスする際に言っていた「ルーンペディからの巡礼です」という言葉は、この宗教色の強い街に因んだものだったのですね。
一週間ぶりに馬車から解放された私たちは、一応最低限の変装はしつつも、街を満喫すべくみんなで大通りを歩いていきます。……とはいえ少しでも睡眠をとって年齢を回復させたいルローラちゃんは、今もネルヴィアさんの大きな胸に顔を埋めて眠っていますが。
ちなみに私は現在、とってもご機嫌なレジィに抱っこされていました。今日は彼のリクエストにより、私の白金の髪はポニーテールに結ばれているのです。
私はちっちゃな尻尾を揺らしながら、ルーンペディの街並みを見渡しました。通りを歩く人たちの多くは、現在レジィが変装しているような巡礼服か、あるいは修道士がほとんどみたいです。
とはいえ男は戦場に駆り出されているようで、だいたいがシスターさんのようですね。
そんな街の人たちですが、なんとなく忙しないというか、慌ただしいというか、浮かれているというか……やけに活気に溢れているように見えます。何かお祭りでもあるのでしょうか?
ちょっと気にはなりましたが、それよりも久しぶりに保存食ではない食事にありつけるということで、私は大興奮で食事処へとみんなを急かしました。
この世界の人たちはいまいち栄養バランスという概念に疎いみたいですが、私は違います。適度にさまざまな種類の食べ物を摂取してこそ健康な肉体が作られるというものです。間違っても、栄養ドリンクや栄養調整食品なんかで空腹をしのぎ続けてはならないのです。
ああ、『家族のように親しい人たちと、のんびり食事をする』……なんと幸せなことか!
適当な食事処に入った私たちは、ルローラちゃんを起こしてから手早く注文を済ませます。そして私はネルヴィアさんの膝の上で、運ばれてきた料理に思わず瞳を輝かせてしまいました。
さぁさぁ、楽しいお食事タイムといこうではありませんか!
「いただきます!」
「いただきます」
私が手を合わせて食前の儀礼を行うと、ネルヴィアさんとレジィ、それとケイリスくんが私に続きました。それを見たルローラちゃんが、私たちのやり取りを見て怪訝そうに目を細めています。
そんな彼女に、ネルヴィアさんが事の経緯を説明してくれました。
「これは、セフィ様がいつも食事の前に行う儀式なのです」
「儀式……?」
「すべての食材は、元は〝命あるもの〟でした、それを頂いているのだという意識で食事に臨もうという宣誓です」
なんかそんな風に言うと、すごく高尚な人みたいですね……そこまで宗教色の強い認識で口にしているわけではないのですが……。
しかしネルヴィアさんの尊敬の眼差しを前にして、そんな水を差すようなことを言えるはずもなく今日に至ります。む、胸が痛い……!
ネルヴィアさんの説明を聞いたルローラちゃんは「ふーん」と言いながら瞳をぱちくりさせて、
「……いただきます」
ちっちゃな手を合わせて、私たちに倣うのでした。心だけでなく空気も読める幼女、ルローラちゃん。
そして、さぁ念願のまともな食事だと私は心を弾ませながら、嬉々としてスプーンを手に取ったところで……私の右隣に座っていたケイリスくんが突然、私の手を掴んで引き止めたのです。
「……えっと、ケイリスくん?」
「お嬢様の料理を、まずは毒味させてください」
えっ、毒味……!?
いやいや、大丈夫だって! 政府要人じゃあるまいし!
ちょっとネルヴィアさんも何か言ってやってよ! と期待して彼女に視線を向けると、
「なるほど、それはもっともですね!」
当たり前のような表情で、ネルヴィアさんも強く頷いていました。
えぇー!? これ、私がおかしいのかなぁ!?
さすがにこんな赤ん坊を狙って毒殺しようとする輩はいないんじゃないでしょうか……と思ってしまうのですが、二人にとっては違うみたいです。
というか、仮に私の料理に毒が入っていたとして、それで毒味したケイリスくんが死んじゃったりしたら大変じゃないですか! そっちのほうが嫌ですよ!
でも、ケイリスくんは言いだしたら意外と頑固なところがあるしなぁ……普段わがままを一切言わない分、彼の申し出を断ると大変なことになるって事はエルフの里の一件で思い知りました。きっと普通に説得したんじゃ引き下がらないだろうなぁ。
なにかこう良識とか価値観とかそういうのに訴えて、やめさせることはできないかな……?
あっ、そうだ!
私は、私の料理をすくおうと伸ばされたケイリスくんのスプーンを、私のスプーンで弾きました。
不思議そうに目を丸くするケイリスくんに、私は自分のスプーンで料理をすくうと、そのままケイリスくんに差し出しました。
「はい、あーん」
途端に、ガタッ! という音と共にネルヴィアさんとレジィが腰を浮かせました。座れ。
私は二人をスルーして、にっこりとケイリスくんの出方を窺います。
いつも冷静沈着なケイリスくんのことですから、醒めた目つきで「……何やってるんですか」とか言って強い拒絶を示してくれると踏んでいたのですが……けれども結果は実に意外なもので、
「う、えっ、あ……!?」
見ていて気の毒なくらいに狼狽えたケイリスくんは、ぎこちなく周囲に視線を走らせながら顔を真っ赤に染めていました。
あ、あれ……? なに、このケイリスくんらしからぬ反応は……?
しばらく動揺しながら自分の三つ編みを握っていたケイリスくんは、けれどもしばらくすると小さく深呼吸を始めました。
そして意を決したのか、まだ若干の恥じらいを見せつつも、私に顔を近づけてきました。
えっ、ほんとにやるの!?……いや、まぁ、いいんですけどね? 吝かではないですけどね?
でもネルヴィアさんやレジィならともかく、あのケイリスくんが、こんな……。
私は内心の動揺を悟られまいと平常心を装いながら、ケイリスくんの口にスプーンを運びました。
ぱくっ。
「……どう?」
「え?……あっ、はい! その、ど、毒は入っていないようです!」
あたふたとそう言うケイリスくんの言葉にいろんな意味で安心しました。でもお店の中でそんな物騒なことを大声で言わないでね? 店員さんの目が痛いからね?
「セフィ様! 私にも毒味させてください!」
そう言ってネルヴィアさんが私に詰め寄ってきますが……あなた毒味って意味わかってますか? もし毒味が必要な料理だったら、今頃ケイリスくんが大変なことになってますよ?
……まぁ、彼女がどういう意図なのかはさすがにわかりますから、私はスプーンで料理をすくうと、ネルヴィアさんの口にも運んであげました。わぁ満面の笑み。
ついでにレジィにもやってあげます。マントの下で尻尾がぴこぴこ揺れているようなので、こちらもご満足いただけたようでした。
ああ、こうしてるとほんとに仲良し家族みたい! すっごい幸せ!
こんな風に甘えてくれるこの子たちは、さながら我が子のように可愛くてついつい甘やかしてあげたくなっちゃいます。……客観的に見たら、完全に立場は真逆なハズなんですけどね。
そして私たちのやりとりを微笑ましそうに眺めていたルローラちゃんは、何やらイタズラっぽい笑みを浮かべて私に近づいてきて、「あーん」と口を開きました。私の食べる分がなくなる!
とまぁ、そんな和やかなやりとりをしつつ、私たちは食事を終えました。レジへ向かい、お金を払ってくれていたケイリスくんは会計のついでに、この街がとても賑やかな理由をそれとなく尋ねてくれました。すると店員さんは誇らしげに胸を張って教えてくれます。
「本日は『勇者様』の誕生を祝う、神聖な日なんです。見たところ巡礼中のお客様のようですので、ぜひとも中央聖堂へ足を運んでみてくださいね」
……ええ? 勇者様?
いろいろ気になることはありましたが、ネルヴィアさんが何か余計なことを言う前に、私たちは逃げるようにお店を後にしました。
「今日はやけに街が活気づいているとは思ってたんですが、まさかそんなことになっていたなんて」
そう呟くケイリスくんに、私は頷きます。たしかに街の人たちが浮わついているなとは思っていたのです。
「真の勇者様であらせられるセフィ様を差し置いて、勇者を名乗るだなんて……許せません!」
そう言って、案の定ネルヴィアさんが可愛らしいほっぺを膨らませてぷりぷり怒っています。
「オレ様もなんかムカつくな。ぶっ潰すか?」
レジィまで物騒なことを言い始めました。お願いだからやめて?
お店を出てから街並みを再び歩いていた私たちは、道行く人々の多くが足を向けている方角へと向かっていました。おそらくはその先に、中央聖堂とやらがあるのでしょう。
今日が勇者誕生の祝日だと言うのなら、その誕生した勇者様とやらがこの街にいるはずです。まさかお忍びで来てる私の誕生を祝っているわけでもないでしょうしね。
……誕生と言ったって、いくらなんでも今日生まれたわけというわけではないはずです。大方、イースベルク共和国の教会が正式に勇者を認定した記念日ってところでしょうか。
しかし共和国においても『勇者アイン様』のエピソードは大差ないと聞きます。ならば、ただ強いだけで勇者と認定されることはないでしょう。それだったらリュミーフォートさん辺りがとっくに勇者扱いされているはず。ならば、もしかするとその勇者とやらは……。
私が物思いに耽っていると、不意に前方から歓声が聞こえてきました。見ればそこは中央聖堂前の大広場のようで、その周囲にはたくさんの民衆が集まっています。
そしてその中心で、人々の視線を一身に受けている人物が一人。
夕陽のような赤い髪に、健康的な色合いの肌。
遠目にもわかるほどお金がかかっていそうな豪奢な礼服に身を包んだ『彼女』は、落ち着いた表情で薄く微笑みながら、自らに注目する群衆たちに手を振っていました。
その外見は、どう見ても二、三歳の『幼児』。
けれども彼女の纏う雰囲気や、落ち着き払った態度を見れば、それがただの幼児でないことは誰の目にも明らかです。
「───はじめまして、わたしは『クリヲト』。魔族をほろぼすためにうまれてきました」
迷いも衒いも無くそう断言した彼女───『クリヲト』の酷薄な笑みに、私はブルリと背筋が震えました。あれは子供が浮かべられる表情ではありません。
やっぱり彼女の正体は……『転生者』なの?
勇者クリヲトの演説を聴き終えた私たちは、諸々を話し合うため、ケイリスくんの取ってくれた宿へと引き上げるのでした。
***
「セフィ様……本当に、あの偽勇者を放置しておいてもよろしいのですか?」
ルーンペディは必然的に、巡礼者が数多く訪れます。そんな彼らのために構えられた質の良い宿屋の一つで、私たち五人は久々にまともな寝床にありついていました。
とはいえ今日は宿泊客が多いせいで複数の部屋を取ることができなかったため、大部屋に五人を詰め込むような形となってしまいましたが。
時刻はおそらく十九時頃でしょうか。夜の帳が下りた白煉瓦造りの街並みはどこか神秘的で、窓から見下ろせる景色はどこに目を向けても絵画のようです。
「イースベルクきょうわこくがきめたんなら、べつにニセモノじゃないよ、おねーちゃん」
「勇者は世界に一人だけ、セフィ様しか認められません!」
いつもはおっとり穏やかなはずの垂れ目をメラメラと燃やし、ムキになってそう訴えるネルヴィアさん。でも私自身はそこまで勇者であることにこだわりがないんですよね。
いえ、そんな風に思ってもらえるのはもちろん嬉しいんですけどね?
私はベッドに腰掛けたネルヴィアさんに後ろから抱きしめられている体勢のまま、ベッドの対面にある椅子にお行儀よく腰かけているケイリスくんへと口を開きました。
「あのクリヲトちゃんも、広告塔かな? それとも、ほんとにつよいのかな?」
「さぁ、それは何とも……。ただしゃべるだけなら誰でも……ああ、いえ。しゃべるだけでも普通ではないですけど」
はっ! た、たしかに……。そう言われるまで私も、あの赤ん坊とも言えるような幼児がしゃべっていたこと自体には、ほとんど疑問を抱きませんでした。普通に考えれば、赤ん坊なんですから魔法なんて使えなくてもただしゃべるだけで異常なことなんですよね。
そうなると気になるのは、本当にただ頭が良すぎるだけの子なのか、はたまた私と同じ『転生者』なのか……そこが焦点ですね。
「いや、普通にリルルが若返らせたんじゃないの?」
ベッドに腰掛ける私たちの後ろで寝転がっていたルローラちゃんが、ころんと寝返りを打ちながらそう言いました。
「…………」
あっ、たしかにそうだね!?
リルルはこの魔導桎梏とかいう首輪を手に入れるため、少なくとも一度はこのイースベルク共和国を訪れているはずです。その際、何らかの思惑でクリヲトちゃんを若返らせたとすれば辻褄が合います。少なくとも転生者説よりはずっと現実的な線でしょう。
「そうなると、ますます強さは確かめておきたいよなぁ」
そう言うレジィの顔には好戦的な色がありありと浮かんでいます。最近は少し落ち着いてきたかと思いましたが、やはり戦闘大好き種族ですね。
とはいえレジィとは意図が異なるものの、私も概ね彼の言葉には同感でした。例の勇者がどれほどの力を秘めているのか、どんな人柄なのかを知らないで放置することは危険です。
「でも、まぞくとたたかってるところをみたくても、わざわざこっちのほうまでたたかいにくるまぞくなんて、レジィくらいしかいないんじゃない?」
「お、おい、急に褒めるなよご主人……」
ほっぺを染めて照れるレジィは素直に可愛らしいと思いますが、しかし褒めてません。決して褒めていません。
「では、私が排除してきましょうか?」
真顔でそんなことを言い出すネルヴィアさん。排除って、いったい何をするつもり!?
このところ鳴りを潜めていたので油断していましたが、またネルヴィアさんの狂信者スイッチが入ってしまったようです。普段が優しすぎるくらい優しい分、このギャップはなかなかに恐ろしいものがあります。
まったく、いくら大切な人に関することでも、そう簡単に激昂するのは感心しませんよ? 常に温厚で穏やかな私を見習ってほしいものです。
「戦うまでもなく、ルローラさんが心を読めばすべてわかるんじゃないですか?」
私がネルヴィアさんの過激論に苦笑しているところへ、なんてことはないといった風にケイリスくんが正論を主張しました。おお、なるほど。その手がありましたか。
私がルローラちゃんへと視線を向けると、しかし彼女は不服そうに声を荒げました。
「えーっ!? 『勇者』の心を覗くなんて、もうこりごりだよ! 今度こそ死んじゃうってば!」
あー……そっか、そういうリスクもありましたね。
もしも万が一、例の勇者ちゃんが私と同等以上の力を持っていたとして、さらに膨大な呪文を脳内に保持していたら、ルローラちゃんは私との戦いの二の舞になってしまいます。今は年齢のストックが五歳分しかありませんから、次は死んでしまうかもしれません。
その後もしばらく考えてみたものの、特に良いアイデアも思い浮かばず……。
「もうめんどくさいし、ちょくせつきいちゃおっか」
こうなったら直球勝負で行きましょう。私たちがリルルを知っていることをダシに使えば、情報を引き出すこともできるかもしれません。
***
次の日、陽が昇ってからすぐに宿を出た私たちは、昨日勇者ちゃんを見た中央聖堂へと足を運びます。
さすがに朝から勇者の顔見せは行っていないようでしたが、もしかしたら聖堂の中にいるかもしれないと思い、私たちは聖堂内へと足を踏み入れてみました。
聖堂は外装もさることながら、内装も荘厳の一言に尽きます。さすがは共和国の宗教の中心地と言うべきか、帝都中央大教会にも見劣りしないほどの規模と装飾は見事と言う他ありません。
薄暗い聖堂内をステンドグラス越しの朝日が照らし出し、美しい光景を演出しています。が、残念ながら私たちの目当てとなる人物は見当たりませんでした。
……まぁ、仮にも勇者である私だって、帝都にいた頃は教会に入り浸ったりなんてしてませんでしたしね。もっぱら逆鱗邸に引き籠っていました。
となると、彼女も同じかもしれません。次は彼女の住居を探さなくてはなりませんか。しかし勇者ちゃんがどこに住んでいるのかを訊ねたところで、教えてはもらえないでしょう。
というわけで私は、教会関係者ではなく礼拝に訪れた街の人たちをターゲットに定めました。
私たちはちょっと離れたところで、聞き込みを行ってくれているケイリスくんを観察します。
ネルヴィアさんは人見知りですし、レジィはこういうのに全く向いていません。ルローラちゃんの読心能力も年齢を消費してしまうので、いざという時のために節約しなければなりません。いつものことですが、戦闘以外においてはケイリスくんが唯一の頼りとなります。
ケイリスくんは、穏やかそうなおばちゃんに狙いを定めたようです。なんというか、自分の武器ってものを良くわかってる感じの人選ですね。
「すみません、ちょっといいですか?」
「はい?」
「昨日、この教会の前で勇者様がお見えになられたと聞いたんですけど、それは今日も行われますか?」
「ええっと、どうだろうねぇ。そういう話は聞かなかったけど」
「勇者様は今、この街に住んでるんですか?」
「そうらしいねぇ。今は、このルクサディン大聖堂の孤児院にいるみたいだし」
孤児院……クリヲトちゃんに親はいないのでしょうか? いえ、リルルの呪いによって無理やり赤ん坊にされたのだとしたら、親元に戻れなくなってしまったという可能性もありますか。
孤児院のおおまかな場所も聞きだしてくれたケイリスくんの案内に従い、私たちはすぐにルクサディン大聖堂付属の孤児院へと足を向けました。
しばらく近辺をうろついていると、やがて美しい装飾が施された門扉の向こうから、幼い子供たちの喚声が聞こえてきます。どうやらここみたいですね。
門扉の鉄格子越しに見える範囲には、小さな遊具と、それに群がる子供たちの様子が窺えます。
しかし私はそんなものが見たいわけじゃありません。どこかに勇者ちゃんはいないものかとキョロキョロしていると、そんな私たちに気が付いた敷地内のシスターさんがこちらへと歩いてきました。うげっ……。
「あのぅ、何か御用ですか?」
至極ごもっともな疑問をシスターさんに投げかけられて、私たちはわたわたと慌ててしまいます。
唯一ケイリスくんだけが落ち着き払った様子で一歩前へ出て、純朴な顔立ちのシスターさんに応じてくれました。
「すみません。こちらに勇者様がいらっしゃると伺ったもので、足を運んでみたんです」
「あ……そ、そうでしたか」
シスターさんはなぜか一瞬だけ目を泳がせてから、曖昧な笑みを浮かべました。
「えっと、申し訳ありませんが、勇者様はお取込み中でして……」
「そうですか。昨日は教会の前で何かやっていたようですが、ああいったことは今後も行われるんですか?」
「さぁ、どうでしょうか……私には何とも」
そりゃあ、ただのシスターさんが何から何まで知ってるわけもないですか。
しかしお取込み中というのは何をしているのでしょうか? ちょっと気になります。
ともあれ、どうやら勇者様と直接会うというのは難しそうですね。ここは一旦、退却することにしましょう。
***
私たちはルクサディン大聖堂の孤児院を後にすると、適当なお店に入って朝食をとりながら作戦会議を始めます。
「もう強行突破でイイんじゃねーかな。孤児院の門でも吹っ飛ばせば、勝手に出てくるだろ」
「そんなことをしたら、お嬢様の首輪を平和的に外してもらうことができなくなります」
レジィの過激論をやんわりと諫めながら、ケイリスくんは自分の三つ編みを軽く撫でます。
「あのシスターさん、受け答えに違和感がありませんでしたか?」
ケイリスくんの指摘に、テーブルに突っ伏していたルローラちゃんがちょっとだけ顔を上げました。寝ているのかと思っていましたが、いつの間にやら目を覚ましていたようです。
「あー、あれは間違いなく後ろめたい気持ちがあったね。特に、孤児院に勇者がいると聞いたってケイリスが言った時、明らかに動揺してたし」
「心を読んだんですか?」
「表情を読んだんだよ。んで、考えられる可能性は、私たちみたいな勇者目当てのミーハーがたくさんいて孤児院側が辟易していたか……あるいは勇者は孤児院にいないとか、シスターはあれを勇者と認めていないとか……そんなところかなー」
今の話を聞く限りでは、私は勇者様目当ての野次馬に困ってたって説が濃厚のように思えました。
勇者様が例の孤児院に身を寄せているという話は知れ渡っているみたいですから、孤児院へ突撃するような人も多かったはずです。そんなのが院の周りをうろついてたら、かなり迷惑でしょうしね。むしろあのシスターさんはどうして私たちに話しかけてきたのでしょうか?
……あれっ!? もしかして私、孤児院に預けられる子かと思われてた!?
私が密かに衝撃を受けていると、私を抱いていたネルヴィアさんが顎に手を当てて真剣な顔で呟きました。
「ではまず、本命より先に騎馬を射止めてしまいましょう。戦いの基本です」
「ってことは、孤児院を潰すってことか?」
「ち、違います! 孤児院の院長……おそらくは教会の司教様に接触するんです」
ネルヴィアさんの言葉に、ケイリスくんが「なるほど」と頷きます。
「後ろめたいことがなければ、こちらの質問にも答えてくれるでしょう。それに司教と言っても、魔法なんて使えないでしょうから、ルローラ様が心を読むことだってできます」
ケイリスくんの言葉を聞いたルローラちゃんが露骨にめんどくさそうな顔をしていましたが、彼女は諦めたように溜息をつくと、
「……まぁ、リルルが撒いた種かもしれないしね。まかせてよ」
どうやらルローラちゃんの協力も得られそうです。こと交渉に際しては、彼女ほど頼りになる存在はいません。
ひとまず次なる目標を定めた私たちは席を立ち、司教様を探すべく再び街へと繰り出しました。
***
私は帝国の司教様に知り合いがいますので、司教様がどんな時に一般の人と会うのかは知っていました。それはズバリ、『礼拝集会』が行われる時です。つまり、ミサというやつですね。
これはほぼ年中無休で行われるもので、決まった時間に教義の説明や教典の朗読などを聞くことができたりします。私も一度クルセア司教に連れられて参加したことがありますが、まぁぶっちゃけ退屈でしたね。さすがは典型的な現代日本人。……いえ、私の心が荒んでいるだけでしょうか?
というわけで、礼拝集会の時間さえわかれば、司教様───が無理だったとしても、せめて代理の司祭様とか助祭様とかに会えるでしょうから、その人に話を聞ければオッケーです。
ルローラちゃん曰く、どうせ心を読むのなら、まず訊きたいことを訊ねてからが良い、とのことなので、遠くからこっそり心を覗くのではなく正々堂々と対話をしなければなりません。
そんなこんなで私たち五人は、お昼頃まで時間を潰してから、ルクサディン教会の中央聖堂を訪れていました。昨日のお昼に私たちが勇者ちゃんを見かけたのは特別なお披露目だったらしく、今日は同じ時間から通常のミサが行われていました。
昨日の勇者様効果のおかげか、今日のミサは盛況のようです。結構早く着いたつもりだったのですが、座る席がありません。すぐにシスターさんたちが簡素な椅子を持ってきてくれたので、どうにか立ち見は免れましたけどね。
しばらくすると、見るからに高位聖職者っぽい服装に身を包んだお爺ちゃんが教壇に現れました。
「皆様、こんにちは。司教のロンドブルム・シャイキンスです」
おお、司教様ですか。探す手間が省けて助かりました。彼こそが、勇者関連のことを訊くにあたって、最も有用な情報を握っている人物のはずです。教会関係で何かしらの重要な決定が下されるにあたって、彼の耳に入らないということはありえないでしょう。
ロンドブルム司教は穏やかな笑みと声色で、慣れた感じにミサを執り行っていきます。
……この教会も例に漏れず『アイン聖教』ですから、教義とかストーリーは私も知っています。だって勇者になるにあたって、クルセア司教に『篭絡四十八手』と一緒に叩きこまれましたからね。
だから司教様が語ってくださる有難いお話のほとんどは既知のことであって、新鮮味のないことであって、まぁ何が言いたいのかと言えば、正直眠いってことです。
ミサが始まってから一分でレジィはダウンし、ルローラちゃんに至ってはミサが始まる前からスヤスヤと寝息を立てていました。最悪な聴者だよ……。
せめて私は寝ないように気をつけないと……なんて思っていましたが、よくよく考えてみたら私って客観的に見るとただの赤ん坊なんですよね。いやこれは寝てても誰にも怒られないわ。むしろ泣き喚かないだけ褒められますわ。
私はちらりと残る二人へ目を向けます。ネルヴィアさんはさすが騎士修道会所属といった真剣さで司教様の言葉に耳を傾けていて、ケイリスくんはいつものように退屈そうな目つきながらも、背筋を正して微動だにせず傾聴しています。
この二人が真面目に聞いてくれてるんだから、私は寝ててもいいんじゃない? とか思わないでもありませんでしたが、そこは彼らの保護者として、きちんとしたところを見せたいという見栄のために頑張って起きてました。
……まぁ、脳内では新たな魔導家電グッズの術式を構築していたので、話はほとんど聞いてませんでしたけどね。
けれども要所要所で司教様が口にする勇者ちゃんのお話は、きちんと拾ってはいました。
鼻息荒く勇者様の誕生を言祝ぐ司教様は、果たして本気でそう考えているのか、それともプロパガンダ的に勇者の名前を利用して共和国の士気を高めようとしているのか。
私の体感で二時間ほどが経過すると、ようやく司教様の有難いお説教が終わったみたいです。その間、ちらほらと礼拝堂を出入りする人たちがいくらかいましたが、もしかして私たち五人は外でもっと時間を潰してから、終わる寸前で入ってきても良かったのでは……?
そんな悲しい結果論を引きずりながらも、司教様が立ち去ってしまわないうちに私たちは動き出しました。ネルヴィアさんがレジィを、ケイリスくんがルローラちゃんを起こすと、私たちはすぐさま司教様の元へと向かいました。
その途中、いきなり司教様に詰め寄った私たちの前に二人の騎士……おそらくは騎士修道会の騎士であろう人たちが立ちはだかりました。……教会の中ですから大した武装もしていないようですし、していたとしても私たちがその気になったら蹴散らせちゃうんですけどね。
しかし私たちが手を下すまでもなく、ロンドブルム司教は「構いませんよ」と穏やかな声で二人を制すると、それから深い皺を刻んだ柔和な笑みで私たちの方へと歩いてきます。
「どうされましたかな? 何か不明点でもありましたか?」
「ええ、司教様。いろいろととお訊きしたいことがありまして」
そう言って司教様に答えたのは、立て襟と帽子で変装しているケイリスくんです。彼のトレードマークである三つ編みも今は帽子の中に押し込まれているため、かなり印象が変わっています。……でも帽子を目深に被りっぱなしなのは不審に思われないかな?
「なるほど、伺いましょう」
「ありがとうございます。でもじつは、もう少し人気のないところでお話ししたいんです。……少し、込み入った話になりそうですから」
声のトーンを落としてそう囁くケイリスくんに、司教様は少しだけ怪訝そうな表情を浮かべたものの、彼はすぐに優しく微笑むと、
「そうですか、それではどうぞこちらへお越しください」
あまりにもあっさりと私たちを案内してくれる司教様に少し驚きながらも、私たちは彼に続いて、礼拝堂前方の扉から奥へと続く廊下へと進みました。
応接室か、あるいは談話室のような部屋へたどり着くと、ロンドブルム司教はソファに腰かけて私たちへ着席を促しました。私たちがそれに従うと、騎士の一人が私たちの後ろへ、もう一人が司教様の後ろへ静かに移動します。私たちが暴れることを警戒しての配置でしょう。
それを見たレジィが鼻で笑っていますが、お願いだから変なことはしないでね……?
「さて、それではお話を伺いましょうか」
改めて司教様がそう言うと、事前の打ち合わせ通りにケイリスくんが口を開きました。
「勇者様は、現時点で魔法を使えるんですか?」
「ええ。俄には信じられないことでしょうが、私もこの目でしかと見ました。リバリー魔導隊にも比肩するほどの詠唱速度と威力……すさまじい腕前でしたよ」
リバリー魔導隊とやらが何かは知りませんが、おそらくイースベルク共和国が要する魔術師団の構成員だと思います。ここで引き合いに出される程度には有名で実力のある部隊なのでしょう。
「勇者様は『魔族を滅ぼすために生まれてきた』と言っていたみたいですけど、好戦的な性格なんですか?」
「好戦的……というものとは、また違うように思いますが。しかし彼女の言葉に偽りがないことは確かでしょうな」
「それは、どうしてですか?」
司教様はケイリスくんの追及に、その優しげな目をそっと伏せて首を振ります。
「それは私の口から勝手に吹聴して良いことではないでしょう」
なるほど、それはごもっともですね。じつに常識的な回答です。……心が読めるルローラちゃんがいる以上、関係はありませんが。
ではどうして最初からルローラちゃんの能力に頼らず、わざわざ司教様に質問をしているのかというと……それはルローラちゃんの能力の性質が関係しています。
ルローラちゃん曰く、彼女の読心能力は考えていることをリアルタイムで読み取るだけではなく、過去に考えていたことを……つまり『思考のログ』を読み取ることができるそうです。
ただしピンポイントで特定の日やエピソードだけを読み取るといったことはできず、現在から過去に向かって遡るように、本を一ページずつめくるようにしか読み取れないのだとか。
そのため目的の情報を得るための速度を速め、ルローラちゃんの年齢の消耗を抑えるために、こうして質問をしているわけです。
さて、そんなわけで……。
私が視線で合図を送ると、ルローラちゃんは右目を覆う眼帯を外し、その輝く翠玉の瞳で司教様を射抜きました。その突然の行動に驚いて固まっている司教様と、何か不穏なものを感じたのか警戒する護衛の二人。けれどもそんなものには構わずにルローラちゃんは司教様を見つめ続け、数秒後……輝く右目を再び眼帯によって覆い隠しました。
そして俯いて頭を抱えると、ルローラちゃんは掠れた声で呟きます。
「間違いない……リルルの仕業だ」
***
目的を概ね果たした私たちは、あれから再び宿屋に戻って来ました。
宿の玄関を潜ってカウンターの前を通る際、宿屋の亭主さんが「もう一部屋空いたけど」と言ってくれました。空き部屋が無いからと五人を一部屋に押し込んだことを、気にしてくれていたのかもしれません。さすがに今の状況はみんなも窮屈だろうと思い、みんなに視線を向けたところ、
「結構です」
ネルヴィアさんがすごく良い笑顔で即答して、さっさと私たちの部屋へ続く廊下を歩いて行ってしまいます。そして当然みたいな顔でそれに続くレジィと、ちょっと何かを言おうとして、けれど何も口にはしなかったケイリスくん。さっきから元気のないルローラちゃんも、俯きがちに彼らの後に続きました。
……いえ、私としては、むしろみんな一緒に寝るっていうのは大好きなので望むところなのですよ? でも意外とみんなも五人部屋に乗り気なのでしょうか……? わりと狭いっちゃ狭いと思うんですけど。
というわけで、昨日と変わらず大部屋に集まった私たち五人は、何度目かになる作戦会議を始めました。まずはルローラちゃんの能力によって引き出した情報を教えてもらいます。
「まず、事の始まりは……半月くらい前に、人族の村にドラゴンが現れたことらしいね」
「ドっ……ドラゴンですか!?」
思わずケイリスくんが驚きの声を上げるのと同時に、ネルヴィアさんは小さく悲鳴をあげ、レジィも目を見開いていました。
……そして私は、「へぇ、やっぱりこの世界にはドラゴンもいるんだぁ」とか思ってました。
けれども私はそこで、一つ重要なことを思い出します。それは、勇者ちゃんが孤児院に身を寄せているということ。
「……まさか」
「うん、そのまさかだよ。あの偽勇者は、ドラゴンに襲われた村の唯一の生き残りってわけ」
ルローラちゃんの明かした真実に、ネルヴィアさんとケイリスくんは沈痛な面持ちを浮かべます。
それが事実なら、非常に痛ましいことです。いえ、ロンドブルム司教の心を読んだ以上、彼が私たちを騙すことが不可能なのですが……しかしそれがイコールで真実の裏付けとなるわけではありません。
「そのはなしを、ロンドブルムしきょうは、だれにきいたの?」
「本人たちの証言と、それから諸々の状況を見て判断しただけだね」
先ほどルローラちゃんは、クリヲトちゃんが『唯一』の生き残りだと断言していました。その上で、『本人たち』という言い回しをしたわけです。
「そこでリルルが、かかわってくるわけだね?」
「……はは、その通り。あのクリヲトっていう子供をこの街まで運んできたのが、リルルだったみたいだよ。だけど実際、ドラゴンが目撃されたっていうのはホントみたいだね。連絡を受けて派遣されてきた斥候部隊が、魔族領の浅域にあるボボロザ樹海に帰っていくのを確認してる。レジュネ村っていう小さな村が、炭と瓦礫の山に変わっていたのも確認されてるようだし」
ドラゴンが目撃された。小さな村が滅ぼされた。そして村の出身であるというしゃべる赤ん坊と、それを連れてきたリルルの証言。それらを統合した情報をロンドブルム司教が把握しているわけです。
……しかしだからと言って、それを鵜呑みにするのはどうなのでしょうか。リルルは魔族領をうろつくことだってできるのです。ならばドラゴンの一匹くらい、人族領まで連れて来ることも可能かもしれません。なんなら村を滅ぼして焼き払うのは、リルル本人にだってできたでしょうし。
あとは適当な魔術師を一人騙して、呪いで赤ん坊に変えれば完成です。クリヲトちゃんはただ騙されて勇者に祭り上げられただけなのか、それともリルルとグルなのか……それは本人と接触して確かめる必要がありそうですね。
「それからドラゴンの討伐隊が編成されて、共和国の首都からこのレグペリュムに派兵されてるらしいよ」
続いてルローラちゃんからもたらされた情報に、私は眉を顰めます。
その樹海は魔族領にあるんでしょう? じゃあ、思いっきり戦争中の敵領に踏み込んで攻撃を仕掛けるってことですか? 今は戦争中ですから、主戦力や大軍を戦域の前線から動かすわけにはいかないはずでしょう。いったいどんな勝算があって、戦いに踏み切るつもりなのでしょうか。
ケイリスくんも私と同じ事を考えたらしく、すぐさまその派兵について疑問を投げかけました。
「その派兵されてくるという兵士は、『リバリー魔導隊』という魔術師の精鋭部隊ですか?」
「いや、違うよ。共和国の第三師団とかいう騎士団みたい。魔術師は所属してないらしいね」
「それは……勝算はあるんですか?」
「共和国としては、今後再びドラゴンの奇襲を受けるリスクを看過するわけにはいかない。今回襲われたのは小さな村だったけど、次は大きな都市かもしれない。向こうからの奇襲に対応するよりは、集められる戦力でこちらから奇襲を仕掛けた方がまだマシだ……ってことらしいよ」
理屈ではそうでしょうが……だからって、敵のホームグラウンドで戦うというのはかなり厳しいのではないでしょうか。そもそも奇襲というのは、相手の戦闘態勢が整わないうちに決定的な打撃を与えることができてこそ成立するのです。ドラゴンのような巨大生物を相手にそれを実現できるのは、高位の魔術師くらいのものでしょう。
それにボボロザ樹海とかいう土地へ侵攻するにあたって、敵がそのドラゴン一体しか現れないという保証はないでしょう。複数の敵に囲まれての戦いを強いられるかもしれません。
もういっそのこと、共和国側が派遣するのはたくさんの優秀な兵士よりも、私の首輪の鍵一本の方がよっぽど有効だと思います。そしたら私がすべてなんとかして見せますよ。
私がそんな身も蓋もないことを考えていると、先ほどからしきりに三つ編みを撫でているケイリスくんが、険しい表情で問いを重ねました。
「ドラゴンほどの相手であれば、通常は『リバリー魔導隊』という共和国最強の部隊に討伐命令が下るはずです。それを一般の兵士に任せるだなんて、無謀にも程があります。そんな命令を、いったい誰が下したんですか?」
「第三師団長の、ゴルザスって男らしいよ」
その答えを聞いた瞬間、ケイリスくんの表情が明らかに強張り、それから彼は膝の上に置いていた手を硬く握りしめていました。
「ケイリスくん……?」
私が心配して彼の顔を覗き込むと、それに気が付いたケイリスくんはハッとしてから、すぐにまた普段のクールな表情に戻りました。でも、膝の上の拳は硬く握られています。
「……彼らはいつ、この街から出兵するんですか?」
「共和国の首都『プラザトス』からの兵が到着するのが、今夜ってことになってる。だから早くて明日だね」
明日!? いくらなんでも急すぎませんか!? だってクリヲトちゃんが勇者認定されたのは昨日で……あ、でもドラゴン襲撃が半月前だから、早すぎるってこともないんでしょうか?
「ちなみにドラゴンの討伐には、偽勇者も参加するつもりらしいよ。司教は反対したみたいだけど、本人の強い希望に根負けしたみたいだね」
ロンドブルム司教が言うには、クリヲトちゃんは『リバリー魔導隊』とかいう精鋭部隊に比肩する実力を備えているそうですが……そもそも私はリバリー魔導隊とやらを知らないので、クリヲトちゃんの実力がよくわかりません。
「ケイリスくん、そのリバリーまどーたいっていうのは、そんなにつよいの?」
「……リバリー魔導隊は、共和国が誇る最強の部隊です。女性の魔術師のみから構成されていて、隊長であるリバリーさんの『祝福』を受けた隊員は、全員が魔法の詠唱をほぼ完全に省略することができるそうです」
詠唱の省略! なるほど、そうなると少なくとも、私がかつて御前試合で争ったボズラーさんよりはずっと強そうです。全員がそのレベルとは、帝国の魔術師たちよりレベルが高そうですね。
……あるいは、そのリバリーという隊長さんがすごいのかもしれませんが。
「とはいえ彼女たちの本領は、洗練された連携による集団戦闘です。リバリー魔導隊の全員が揃っていればドラゴンさえも打ち倒してみせるでしょうが、一人や二人ではさすがに手に余るはずです。あの自称勇者様がリバリー魔導隊の隊員クラスの実力者だったとしても、それでドラゴンに勝てるかは微妙でしょうね」
「ではもしかすると、偽勇者が『リバリー魔導隊』の全員を合わせたのと、同等の力を持っているという可能性はないのでしょうか?」
難しい顔をしたネルヴィアさんが、ケイリスくんへと控えめに訊ねました。なるほど、共和国最強の部隊全員を合わせたほどの力を持っているなら、ドラゴンにも楽勝でしょう。
しかしそんなネルヴィアさんの解釈を、ルローラちゃんが否定しました。
「残念だけど、そういうニュアンスじゃなかったね。あれは『今すぐにでもリバリー魔導隊に入隊できるだろう』って感じかな。そもそもドラゴンを単騎で倒せるって、だいぶ人間やめてるよ? ネルヴィアってば、勇者さまと一緒に過ごしすぎて感覚が麻痺してない?」
「はっ!?……すみません、セフィ様を基準に考えてしまいました」
あれ、二人とも? それは遠回しに私を煽ってる? 気のせいかな? そうだよね?
二人のやりとりに一抹の不安を覚えつつも、私は今後の方針をみんなに伝えます。
「あのクリヲトちゃんとか、きしだんのひとたちが、どれくらいつよいのかはしらないけど……イースベルクきょうわこくだってバカじゃないんだから、じぶんたちでなんとかするでしょ。わたしたちは、さきをいそごう」
私の言葉を聞いて、ネルヴィアさんとレジィは間髪入れずに頷きます。この二人は最初から、最強の生物であるドラゴンと事を構えるつもりはなかったのでしょう。
一方、渋い顔をしているのはケイリスくんとルローラちゃんです。ケイリスくんは商業都市トーレットでの一件と同じ理由でしょうが、ルローラちゃんは妹であるリルルが引き起こした騒動を放置するのが心苦しいのかもしれません。
「……わたしのくびわがはずれれば、ドラゴンなんてすぐにやっつけてあげるよ。だからケイリスくん、おねがいだからまたムチャなことはしないでね」
念のためケイリスくんに釘を刺すと、彼は途端に顔を赤くして無言で頷きました。
***
私たちが方針を固め、翌日にはルーンペディを後にすることを決めたその日の夜。宿が食事付きではなかったため、夕食を外で食べることにした私たちは街へと繰り出しました。
また寝てしまっているルローラちゃんをケイリスくんが背負って、私はレジィに抱っこされながら夜の街を行きます。陽が落ちた宗教都市ルーンペディは、随所に設置されたランプが石造りの町並みをオレンジ色に照らしており、なかなか幻想的な光景が広がっています。賑やかな帝都も好きですが、こういう落ち着いた雰囲気も嫌いじゃありません。
「きれいだねぇ」
私が景色に見とれながらそう漏らすと、隣を歩いていたネルヴィアさんが「そうですね、とっても素敵です」と微笑みながら同意してくれました。レジィはあまりピンと来ていないようで、「ふーん」と相槌を打つだけでしたが。
なんとなくレジィのほっぺをぐにぐに引っ張っていると、ケイリスくんが近づいてきました。
「ここルーンペディは、イースベルク共和国の中でも二番目に古い街並みなんですよ。歴史的にも大変貴重な街で、観光名所として有名なんです」
私はケイリスくんの豆知識に感心しながらも、それとは別のことで驚いていました。というのも、普段遠くを見つめてボーッとしていたり、みんなと距離を取ってクールに黙っていることが多い彼が、自分から会話に混ざってきたことが衝撃だったのです。
思えばエルフの里での一件から、ケイリスくんは表情や雰囲気が柔らかくなった気がしますし、私が三つ編みにすると嬉しそうに笑ったりしてくれるのです。ちょっとずつ私に心を開いてくれているのでしょか。
そんな想いが私の顔に出ていたのでしょうか。ケイリスくんは自身の積極性に気がついたようにハッとなると、三つ編みをギュッと握りながら、バツが悪そうに顔を背けました。
私が微笑ましい気持ちでケイリスくんを眺めていると……そんな和やかな雰囲気を吹き飛ばすような物音と悲鳴が夜の街に響き渡りました。
何事かと思って音源に視線を向けると、すぐ近くの飲食店で喧嘩が起こっているようです。床に散らばった料理や皿と一緒に、初老の男性が苦しそうに横たわっています。そして見るからにガラが悪くて汚らしい小男が、怯えるシスターさんを抱き寄せながら嗤っていました。
「俺たちはなァ、わざわざテメェらのために、遠路はるばる駆けつけてやったんだぜ? だったらテメェらには誠心誠意、接待してもらわねェとなァ!」
酒でも入っているのか、赤ら顔でそんなことを言い出した小男は、下卑た笑みを浮かべながらシスターさんに顔を近づけていきます。真っ青な顔で泣きそうになっている彼女は「いやっ、やめてください!」と叫んでいますが、周りの人たちは助けに入ろうとしません。おそらく床に倒れている男性と同じ末路を辿るのを恐れているのでしょう。
「……レジィ、とめて」
私が命じた瞬間、レジィは抱えていた私をネルヴィアさんに渡して、素早く駆け出しました。
目にも留まらぬ速さで小男に肉薄したレジィは、今にもシスターさんの唇が無理やり奪われようとしていたところに割って入り、小男の顔面を鷲掴みにしました。小男はレジィの腕を外そうと必死にもがきますが、獣人の握力はそれを許さず、それどころか徐々に頭蓋骨をミシミシと締め上げていきます。
「ぐッ、ガァ……!? テ、テメェ、何者だ……!?」
「さぁな」
レジィは空いている方の手でシスターさんを下がらせると、小男が振りかぶった拳を難なく躱してから、小男の頭をテーブルに叩き付けて黙らせました。
失神して床に倒れ込んだ小男を見下ろしていたレジィの近くで、おそらく小男の仲間なのでしょう、同じように汚らしい男たちが立ち上がります。男たちはテーブルに立てかけてあった剣を引っ掴んで、躊躇なく鞘から抜き放ちました。
「このガキ! 俺たちが誰だか知らねぇようだな!!」
いや知らないよ、見るからにどっかの傭兵崩れでしょ……と私が呆れていると、男たちが懐からペンダントのようなものを取り出して掲げました。すると視界の端で、ケイリスくんが息を呑むのが見えます。
「俺たちはなァ、共和国騎士団、ゴルザス師団長の直属部隊なんだよォ! この意味がわかるか!?」
「知るかボケ」
シスターさんをさりげなく背後に庇っているレジィが、心底興味なさそうに即答します。その木で鼻を括ったような態度に青筋を浮かべた男たちが、唾を飛ばしながら吠えました。
「俺たち騎士団は、この近くに出たっていうドラゴンをぶっ殺しに来たんだよ! つまりッ! 俺たちが戦わなけりゃ、この街はおしまいって訳だ! だったらテメェらは俺たちに黙って従うしかねぇんだよ!!」
男はそう言って、レジィの鼻先に剣を突きつけます。それと同時に、ドラゴンが襲来するという言葉を聞いた街の人たちが、悲鳴を上げてパニックに陥りました。もしかしてドラゴンの襲来に関する情報は、一部の人しか知らない軍事機密だったのでしょうか。
うーん、なんかめんどくさいことに首を突っ込んじゃったなぁ……。レジィをけしかければ瞬殺できるとは思いますが、もし彼らが本当に共和国の騎士だった場合、帝国軍人である私たちが殴り倒すのは国際問題になりかねません。彼らは翌日に重要な作戦も控えていることですし……。
「ケイリスくん、あれ、ほんものだとおもう?」
「……恐らくですが、本物だと思います。ドラゴンのことや、第三師団の派兵を知っている以上、騎士団関係者であることは間違いありません。しかも今夜騎士団が到着するという話なのですから、こんな場所で騎士団を騙れば即捕縛されますよ。連中もそこまで馬鹿ではないでしょう」
本物かぁ……これはまずいかも。いや、まだ私たちは旅の巡礼者ということになっていますから、いきなり国際問題にはならないでしょう。今この場で奴ら全員を気絶させて、他の騎士が来る前に姿を眩ませれば……。
「オイオイ、随分好き勝手やってくれてんじゃねぇかよ」
私がレジィに殲滅を命じるよりも一瞬早く、店の入り口近くに立っていた私たちの背後から声がかかりました。振り返るとそこには、十数人ほどの野蛮そうな男達が下卑た笑みを浮かべて立っています。間に合わなかったか……。
店内でレジィと睨み合っていた男たちは、その援軍の到着に厭らしい笑みを深めました。
「隊長! このクソガキが、オイレンの奴を殴り倒しやがったんだ! 俺たちは楽しく酒を飲んでただけだってのに、卑怯にも不意打ちでよォ!」
「おーおー、可哀想になぁ。俺たちは正義のために共和国に尽くしてるってのになぁ」
小学生みたいなことを言い出した男の訴えに、隊長と呼ばれた無精ひげの男はちぢれた短髪を乱暴にかき混ぜながら首を振りました。
「大切な仲間がこんな目に遭ったとなっちゃあ、士気はだだ下がりだなぁ。それに貴重な戦力が不当にも奪われたとなりゃあ、ドラゴン討伐もどうしたもんか……」
ニヤリと口元を歪めた隊長の目は、そこでピタリとネルヴィアさんに向けられました。
「おいそこの女。お前、そこのガキの連れだろう? だったらその責任は取ってもらわないとなぁ」
突然矛先を向けられたネルヴィアさんは、ビクリと肩を震わせました。まとわりつくような無遠慮な視線に晒されたネルヴィアさんは青ざめながらも、胸に抱えている私を庇うように強く抱きしめます。人間の社会に疎いレジィと違って、ネルヴィアさんも現状がまずい状況だと察しているのでしょう。
続いて隊長の鋭い視線が、レジィに向けられます。
「そっちのガキには、この国を守る正義の騎士団に楯突いたことを謝罪してもらおうかねぇ。床に這いつくばって誠意を見せてくれりゃあ、見逃してやらんでもないぜ?」
隊長の背後に控えた部下たちが、ゲラゲラと下品な笑い声を上げました。お店の中にいた人たちや、集まってきた野次馬たちが心配そうに表情を歪めています。最初に暴力を振るわれて床に倒れていた初老の男性は悔しそうに歯を食いしばっていて、レジィに庇われているシスターさんは瞳に涙を浮かべながらレジィの服を握りしめていました。
レジィがさりげなく私に視線を向けて、指示を仰いできます。勝手に動く前に伺いを立てる辺り、彼もかなり成長してくれているようで嬉しい限りです。
……そして私は自分の家族に、あんな奴らに頭を下げるよう指示するつもりはありません。
私が肩をすくめながら失笑すると、レジィは嬉しそうにニヤリと嗤いました。
「そうか、謝罪か。お前ら雑魚どもがドラゴンの餌になりに行くのを邪魔して悪かったな」
よほど鬱憤が溜まっていたのか、レジィが男たちに挑発を重ねます。すると隊長と呼ばれている男の表情から温度が消え去り、剣呑な雰囲気が辺りを包みました。
「クソガキが……俺たちにドラゴン討伐が任されたってことの意味がわからねぇのか?」
「バカにすんなよ、わかってるっての。そのドラゴンが、子馬くらいの大きさってことだろ? お前ら如きで倒せるって思われてんだからな」
赤銅色の瞳を細めるレジィの嘲笑に、いよいよ男たちは我慢の限界を迎えたようです。
「やれ」
冷淡な隊長の呟きに、部下の男達は血走った目で剣を抜き放ちました。しかしレジィはそれでも動かず、ただ心配そうに見つめるシスターさんの背中を押して、危険な場所から遠ざけました。
ギラギラとした眼光でにじり寄ってくる自称騎士たちを、レジィはポケットに手を突っ込んだまま退屈そうに待ち構えます。決して自分から進んで手を出さないのは、素晴らしい成長です。
「オイ、そっちのガキ共も同罪だぜ。天下の騎士様をコケにした罪は、たっぷり身体で払ってもらおうかねぇ」
そう言って隊長の男は、私とネルヴィアさんの方へ歩いてきます。私はチラリと仲間たちの様子を窺うと、ケイリスくんは無表情ながらも静かに激昂していて、そんな彼に背負われて眠っていたはずのルローラちゃんも、いつの間にか目を覚まして凍えるような目つきをしています。
あの騎士モドキを見ていると、いつぞやの盗賊どもを思い出してイライラしちゃいます。この手の奴らは放置すれば際限なく調子に乗って被害を拡大させていくものです。
レジィの言う通り、こいつらがドラゴンと戦っても瞬殺されるだけでしょう。こいつらが食べられるだけなら全くもって構いませんが、下手に刺激してしまったことで、現在半月ほど沈黙を守っているドラゴンを呼び覚ますきっかけにでもなったら目も当てられません。
ここで暴れれば間違いなく面倒なことになるでしょうが、だからといって目の前で傷つく人たちを見捨てるのは論外です。すでにエルフの襲撃が終わっていたトーレットとは事情が違います。
後のことは後で考えるとしましょう。私たちならきっと、どうとでもなります。
……よし。潰すか、全員。
「みんな、やるよ」
囁くような私の言葉に、みんなが一斉に頷きます。いつも私のわがままに付き合ってくれて、ありがとね。みんな大好きだよ。
無遠慮に近づいてネルヴィアさんへと手を伸ばしてきた隊長に、ネルヴィアさんが腰の剣へと手を伸ばすよりも早く……私は景気づけに一発、魔力を思いっきり解き放ちました。
「うォォおおあああ!? な、なんだぁッ!?」
以前、私が馬車の中で魔力を炸裂させた時のように、近くのガラスがビリビリと震えて、路地裏からネズミや猫の悲鳴が響きます。そんな魔力の波動を至近距離でいきなり浴びせられた隊長は、情けない声を上げながらひっくり返ると、その薄汚い顔を脂汗で光らせました。
馬車で魔力を暴発させて以降、時間がある時に少しずつ練習していた甲斐あって、解き放った魔力はそこまで広範囲には広がらなかったみたいです。しかしそれでも頭に血が上っていた騎士モドキたちは青ざめて、剣を抜いた状態のままこちらを向いて呆然としていました。お店にいたお客や、集まっていた野次馬たちも地面にへたり込んでいます。
私がすぐに魔力の放出を止めると、大袈裟にひっくり返っていた隊長はハッと我に返り、羞恥か怒りで顔を真っ赤に染めながら立ち上がりました。
「テ、テメェら、何モンだ!?」
憎悪と畏怖の混ざり合ったような隊長の視線は、ネルヴィアさんに注がれていました。今の魔力放出も彼女が行ったと思っているのでしょう。まさか赤ん坊がやったとは思わないでしょうし。
しかし隊長の疑問の声には答えず、ネルヴィアさんは抱えていた私をケイリスくんに優しく受け渡すと、どこか困ったような目で男たちを見渡します。
「……お願いですから、ここは退いてくれませんか? 加減はもちろんしますが、それでも万が一ということもあります。酔っているようですし、隊員も二十人ほどしかいないのでは、そちらも万全ではありませんよね?」
おそらくは煽りでもなんでもなく親切心で言ったのでしょう、ネルヴィアさんの提案はしかし、残念ながら火に油を注ぐ結果に終わりました。
……いくら酔ってるとはいえ騎士が二十人もいるのに、相対する子供に『手加減してやるけど殺しちゃうかもしれないから失せろ』と言われたのです。その反応も妥当と言えましょう。
「このガキゃあ! 図に乗ってんじゃねェぞボゲェ!!」
目を血走らせ、歯茎まで剥き出しにした隊長が腰の短剣に手をかけました。
と、その瞬間。
「こんな往来で一体何をしているのだ、ビルバー」
いつの間にか隊長の隣まで近づいていたらしい壮年の男性が、ビルバーと呼ばれた隊長の腕を掴んで抜剣を阻止しました。すると未だに興奮冷めやらぬ隊長は、彼の腕を掴んでいるロマンスグレーの似合うナイスミドルに怒鳴りつけます。
「黙ァってろリルマンジー!! 邪魔すんならテメェから殺すぞ!!」
「ほう。ではやってみたまえ」
顔色一つ変えずに、リルマンジーと呼ばれたナイスミドルは平然と言い放ちます。彼に腕を摑まれているビルバーとかいう隊長は必死に腕を動かそうとしていますが、その筋肉質な腕はピクリとも動きません。
「ぐッ……!! テメっ……」
「大方、また貴様たちが問題を起こして騒ぎになったのだろう? それをあの若者たちに阻まれたわけだ。違うか?……しかし驚いたな、仮にも騎士である貴様たちを負かすとは」
「負けちゃいねェ! 今からぶっ殺すトコだったんだよ!!」
「長生きがしたいのなら、せめて実力の差くらいは感じ取れるようになるべきだぞ」
ナイスミドルはそう言うと、顔を真っ赤にしている隊長の腕を放して解放しました。腕にはくっきりと手形が残っています。どんな握力ですか。
それからナイスミドルは油断なく私たち一人一人へ視線を走らせると、肩をすくめました。
「彼ら全員を相手にすれば、私とて分が悪かろう。相手を見て喧嘩を売ることだな」
この場を容易く収めて見せたナイスミドルの言葉に、騎士モドキたちや街の人たちが驚愕を露わにします。そして彼の言葉には私も驚かされました。見た目で私たちの力量を把握することは、かなり難しいはずです。私たちは筋骨隆々な戦士でも、老練な魔術師でもなく、見た目は普通の子供なのですから。
「いい加減、貴様たちの素行不良には辟易していたところだ。これ以上暴れたいのなら……我々が相手になろう」
そう言い放ったナイスミドルが軽く右手を挙げた、次の瞬間。街道から一糸乱れぬ動きで瞬く間に結集した全身甲冑の騎士たちが数十名、綺麗に整列しました。
この一幕だけでも相当な練度であることが窺える騎士たちに、見た目も練度もゴロツキの自称騎士たちは浮き足立ちます。
明らかに分が悪いと悟ったゴロツキ隊長は、それでも未練がましく私たちを睨みつけていましたが……やがて盛大に舌打ちをすると、「行くぞ、テメェら!」と踵を返しました。
ぞろぞろと手下どもを引き連れて撤退していく背中を見送って、私はようやく人心地つきます。あの騎士モドキたちを全滅させるという判断を一度は下したものの、できれば避けたい選択であったことには違いありません。他国の軍隊への干渉とか、後始末がめんどくさすぎです。
あの二つの騎士隊は立場が対等で、ただし実力には大きな隔たりがあるのでしょう。ならばあのゴロツキ共が度の過ぎたことをすれば、さすがに対処してくれるはずです。
こっちのダンディな隊長さんはできる人みたいですし、ドラゴン相手に無謀な突貫をしたりはしないはずです。まぁゴロツキたちは人格に難ありなので共同作戦は相当苦労するでしょうが、それは私には関係のない話ですしね。
とはいえ今回の件で悪目立ちしてしまいましたし、当初の予定通り明日にはこの街を出発したほうが良さそうです。今夜は戸締まりに気をつけましょう。
ケイリスくんに抱かれながら明日の出立へと思いを馳せていると、ゴロツキ共を見送ったダンディさんが私たちへと向き直りました。
「キミたちにも迷惑をかけたな。済まなかった。そして、住民たちを守ってくれたこと、心より感謝する」
そう言って、ダンディさんは腰を折って頭を下げました。後ろの騎士たちも、一糸乱れぬ敬礼を披露してくれました。騎士が身元の知れない子供に頭を下げるなんて、そうそうあることではありません。先ほどのゴロツキ共が失墜させた騎士の名誉を挽回しようとしているのか、それとも本当に私たちの実力を危険視しているのか……。
ダンディさんに頭を下げられて、人見知りのネルヴィアさんはあたふたしちゃってます。可哀想なので、私はケイリスくんの三つ編みを軽く引っ張って、フォローをしてあげるようにお願いしました。
「危ないところを助けて頂き、ありがとうございます。共和国の誇る精鋭部隊の隊長、クロット・リルマンジー閣下とお見受けしますが」
「いかにも、私がリルマンジーだ。もっとも……どちらが助かったのかは、議論の余地がありそうだがね」
クロット・リルマンジーというらしいダンディ隊長の含みのある言葉を、ケイリスくんは内心を悟らせない涼しげな微笑で受け流しました。それを見たダンディ隊長は面白そうに目を細めます。
「キミたち、この辺りを歩いていたということは、これから食事かね?」
「いえ、先ほど済ませたところです。これから宿に戻り、明日の出立に向けて準備を整えます」
さりげなく外堀を埋めてから私たちを食事に誘おうとしたダンディ隊長に対し、シレッと嘘をついてそれを躱すケイリスくん。うっかり「これから食事だ」とでも言えば、先ほどの騒動を口実に奢るとでも言って、強引にでも私たちの食事についてきて素性を探ろうとしてきたかもしれません。
にべもなく誘いを受け流されたダンディ隊長は、困ったように眉尻を下げながら頭を掻きます。
「……警戒させてしまったようだ、申し訳ない。それでは、我々も退散するとしよう」
人の良さそうな顔に不器用な笑みを浮かべたダンディ隊長は軽く会釈をしてから、付き従う騎士たちを引き連れて去って行きました。……ちょっと悪いことしたかな?
同じようなことを思ったのか、ケイリスくんが戸惑うような表情で私の顔色を窺いましたが、私はそれに満面の笑みを返しました。ネルヴィアさんやレジィがいつボロを出すかわかりませんし、迂闊に共和国の権力者と接触するべきではないでしょう。ケイリスくんの判断は正しいです。
お店の中に視線を移すと、どうやら助けたシスターさんにレジィがお礼を言われているところでした。どうにも居心地悪そうにしているレジィに対して、可愛らしいシスターさんは俯きながら頬をポッポッと上気させています。あれはホの字だな……。
レジィがやや強引にその場を後にしようとすると、そこで先ほどゴロツキ共に暴力を振るわれていた初老の男性が、レジィに近づいてきて勢いよく頭を下げました。
「ありがとう、本当にありがとう……! それから、私が不甲斐ないばかりに面倒事に巻き込んでしまって、申し訳ない……!」
今にも拝み倒しそうな勢いの男性に、レジィは少し鼻白んだ様子を見せました。そして私は途端にイヤな予感に襲われて焦り始めます。
「アンタ、そこの女があの雑魚共にちょっかいかけられてたから、戦ったのか?」
「戦ったなんて大層なモノでは……。ここは私の店ですから、どうにかしなければと……」
どうやら彼はここの店長さんだったようです。店長さんは先ほど殴られでもしたのでしょう、顔に浮かんだ痛々しい青痣を撫でています。そんな彼を、レジィはジッと見つめていました。
まずい! またレジィの悪い癖が出ちゃう! 「弱い癖にでしゃばるな」とか言い出しかねない!
そんな風に私が慌てていると、レジィは消沈している店長さんの胸板を拳で軽く小突くと、
「やるじゃねーか、オッサン。アイツらなんかよりよっぽど強いぜ」
そう言って、ニッと笑ったのです。
その言葉を受けた店長さんはしばらくポカンとしていましたが、やがて言葉の意味を噛みしめると、泣き笑いのような顔になって俯いてしまいました。……嬉しかったのでしょうね。
そしてそのやり取りを間近で見ていたシスターさんは、ポポポッと頬を紅潮させていました。レジィ、あなたシスターさん攻略ルートに進むつもりなの?
ともあれ、予想だにしなかったレジィの成長に、私はとても嬉しくなりました。あとで思いっきり甘やかしてあげましょう。
その後、私たちはまた面倒事に巻き込まれない内にこの場を離れると、なるべく人目につかないようなお店で夕食を採ったのでした。
***
あの後、宿に戻ってきた私たちは、明日の予定を話し合っていました。
と言っても、予定通り明日の朝にこの街を発つ、という話をしただけですが。……浮かない表情をしているケイリスくんとルローラちゃんの様子を窺いながら。
ケイリスくんは商業都市トーレットと同じように、ドラゴンについてもどうにかしたい様子です。ルローラちゃんにしても、リルルが元凶と思わしきこの一件を放置はしたくないのでしょう。
「ケイリスくん、おねがいだからドラゴンにとつげきとか、やめてね?」
「わ、わかってます。さすがにそんなことはしません」
恥ずかしそうに俯きながら、ごにょごにょと弁明するケイリスくん。前科がありますからね。
「ルローラちゃんも、むちゃはしないでね?」
「わかってるって。だけどドラゴンによる被害が出たら寝覚めが悪いし、なるべく急いで首都プラザトスを目指そう」
ルローラちゃんは気落ちしている様子ですが、さすがに冷静です。私はルローラちゃんの言葉に頷きながら、みんなに明日の出立に向けた準備を指示しました。
特にやることもない私は、さっきのレジィの言動について褒めながら、彼を思いっきり甘やかしてあげました。ベッドで横になりながら私のお腹にぐりぐりと顔を押しつけてくるレジィを撫でてあげていると、そこで装備の手入れをしていたはずのネルヴィアさんがスススと近づいてきて、期待に瞳を輝かせながら見つめてきます。
さすがにそんな可愛いことをされては、無視をするわけにもいきません。私はネルヴィアさんの頭を撫でてあげようと手を伸ばし……しかしレジィが私に抱きついたままグイッと身体を丸めたため、私の腕が空を切りました。
「もう、レジィ? イジワルしないの」
「……今はオレの時間だ」
私のお腹に顔を埋めているため、レジィの表情は窺えませんが……どことなく拗ねたような声色です。せっかく褒められてたのに水を差されて、ご機嫌斜めみたいですね。
唇を尖らせて不満アピールをするネルヴィアさんに苦笑を返しながら、私はレジィに「はいはい、ごめんね~」と言って頭を撫でます。すると彼の尻尾がぶんぶん振られました。