途轍もない威力を誇る魔剣フランページュは、細い錫杖なんか簡単にへし折って、ルローラさんを吹き飛ばす……かに思われました。しかし現実には、ルローラさんの足がガリガリと地面を削りながら滑るも、一メートルほどで止まってしまいます。錫杖も折れるどころか曲がってすらいません。完全に受け止められてしまいました。

そして予想だにしていなかった状況に思わず硬直してしまったネルヴィアさんへと、ルローラさんは掴んだままだったレジィを投げつけます。

「きゃっ!?

「ぐあっ!?

そして続けざまに響き渡る錫杖の音色。揉みくちゃになって転がった二人に向かって、もう何が起こっているのかわからないほど多くの神霊術カタラが殺到し、地面がめくれ上がるほどの衝撃が撒き散らされました。

「おねーちゃん!! レジィ!!

ケイリスくんの腕の中で身を乗り出した私が叫ぶと、朦々もうもうと立ち込める土煙の中から、ネルヴィアさんを肩に担いだレジィが飛び出してきました。二人とも目立った怪我はないようで、あの凄まじい神霊術カタラの猛攻から辛うじて逃れることができたようです。

ネルヴィアさんを雑に投げ捨てたレジィが、流れる汗を手の甲で拭い、険しい表情を浮かべます。

「『他人の能力を使う能力』か? 他のエルフ共の能力だけじゃねぇだろ。オレ様の開眼シャンテラも使ってやがるな……!?

私はレジィの言葉に驚きを禁じ得ませんでした。ルローラさんが他のエルフたちの神霊術カタラを使用できるのではないかと、先ほどの戦いを見ていて私も考えていました。しかしレジィの開眼シャンテラまで使用しているとは思いませんでした。

となると、ルローラさんの能力は『他人の能力の再現』であり、心を読むという能力は別のエルフの神霊術カタラだったという可能性が一つ。そしてもう一つは、ルローラさん自身の能力は心を読むことで、他人の能力を使用できるのは彼女の持つ錫杖の機能という可能性もあり得ます。

あとは最後に、もう一つ可能性がありますが……その予想が正しいかどうかを試すのには大きなリスクを伴うため、これは最後の手段ですね。このままネルヴィアさんとレジィが彼女を倒せるのなら、それに越したことはありません。

そう考えて私がルローラさんの様子を観察していると、不意におかしなことに気が付きました。

……なんかルローラさん、ちょっと若返ってるような気が……? 最初に見た時は三十歳くらいに見えた覚えがあるのですが、今は二十台半ばくらいに見えます。気のせいでしょうか?

いえ、とにかく今は心を読む敵を相手に、二人が戦いやすくなるような指示を出しましょう。

「ふたりとも、よけいなことはかんがえなくていいから、とにかくつっこんで! そして、あの『つえ』をこわして! あるいは、こわさないで!」

私の呼びかけに、一瞬困惑した様子の二人でしたが、すぐに駆け出してルローラさんへと突撃してくれました。『杖を壊せ、あるいは壊すな』という明らかに矛盾した命令は、二人に大きな迷いを生んでくれるかもしれません。攻撃している本人たちでさえ、どのように行動するかを直前まで決めかねていれば、心が読めても行動を先読みすることは難しいでしょう。

困惑の表情を浮かべながら襲い掛かる二人を、ルローラさんも難しい顔をしながら迎え撃ちます。数々の神霊術カタラを同時に操るルローラさんは圧倒的な力で優位に立ってはいますが、なんとなく戦いづらそうに見えました。

しかしそれでもルローラさんは、次々とレジィから放たれる凄まじい速度の拳や蹴りを、常軌を逸した速度と身のこなしで受け流しては反撃してきます。同じくネルヴィアさんの研ぎ澄まされた剣技も、時に錫杖で、時に素手で打ち払い、お返しとばかりに複数の神霊術カタラを同時に叩き込んできました。

どうやらまだまだ二人の思考には無駄がないようです。私はさらに彼らの思考を乱すために、二人に向かって言葉をかけました。

「さ、さきにそのエルフをたおしたほうには……チューしてあげる!」

若干照れながら放った私の言葉に、ネルヴィアさんとレジィは明らかに目の色が変わって、攻撃の苛烈さが格段に増しました。

さらに二人がお互いを邪魔し始めたことで、レジィに蹴られたネルヴィアさんの太刀筋が不規則に変化し、ネルヴィアさんに体当たりされたレジィが攻撃のタイミングをズラされています。互いの動きを予測し合って、補い合って成立していたコンビネーションが壊滅したことで、予測できない動きとなってルローラさんを翻弄し始めました。

「くっ……! アンタたち、戦闘中にいかがわしい妄想をするな! 戦いに集中しろぉ!!

……どうやら私の意図しない形でも、二人の思考はルローラさんを惑わせているようです。

ルローラさんは複数のエルフたちが持つ身体強化の神霊術カタラや、こちらの動きを阻害してくる弱体化の神霊術カタラを重ねがけしているのでしょう。なので先ほどまで、ネルヴィアさんやレジィの心が読めなくなっても十分なほどに二人を圧倒していました。

しかし二人も徐々にルローラさんとの戦いに慣れてきたのか、あるいはさすがのルローラさんも大量の能力を行使し続けるのは消耗が激しいのか、少しずつ戦いの趨勢すうせいは拮抗していきます。

そしてついに、ネルヴィアさんの剣を躱したルローラさんの隙を突いて、レジィの蹴りが彼女に直撃しました。

「ぐっ……!!

蹴られたルローラさんは回転しながら吹っ飛びますが、軽い身のこなしで何度か地面を蹴りながら勢いを殺すと、そのまま大きく跳んで空中に浮かび上がりました。どうやら先ほど族長さんと手を繋いで浮遊していたエルフ少女、ララさんの神霊術カタラを使用したようです。こちらから攻撃はできなくなりましたが、ルローラさんが接近してこないのなら結界を破壊しやすくなります。

蹴られて汚れてしまった純白のドレスを軽く払いながら、ルローラさんは地上の私たちを油断なく見下ろします。先ほどの蹴りは能力で防御でもしたのか、ダメージはあまり無いようです。

というか、やっぱりルローラさん若返ってるよね? 今はもう二十台前半くらいの、少し幼さの余韻を残すような顔立ちになっています。これは、もしかすると……。

「……やるね。アタシがここまで手こずったのは久しぶりだよ。たしか……そう、夢魔むまの一族が攻めてきた時、『睡霞すいかのレピティ』を相手にして以来だったかな」

そう言ってルローラさんは錫杖を〝シャラン〟と鳴らすと、左手の親指と人差し指で作った輪っかを、自分の口元へと持っていきました。

「全員、ここから離れなさい!!

その瞬間、ララさんと手を繋いで空中にいた族長さんが叫びました。そしてそれを聞いた周囲のエルフたちも慌てた様子で、倒れた仲間を担ぎながら走り出します。

この尋常ならざる反応に、ネルヴィアさんとレジィもその場を離れようとしますが……その直前に二人の足が地面にズブリと沈み込みました。突然現れた沼に足を取られ、二人は避難が遅れてしまいます。

「『微睡まどろみの銀霞ぎんか』」

そうささやいたルローラさんは、左手で作った輪っかにフッと息を吹き込みます。するとネルヴィアさんとレジィの周囲を起点として、キラキラと輝く白銀色の霧のようなものが広がり始めました。その範囲はエルフの里の半分を覆うほどで、回避するとかそういう次元の規模ではありません。

沼から足を引き抜いた二人が私の方へと走り出しますが、まずレジィが途中で足をもつれさせて転倒し、続いてネルヴィアさんも少し遅れて膝をつきました。

まさかこの霧を目くらましにして、何かしらの攻撃を受けたのかと思いましたが……しかし直後に私を抱いて屈んでいたケイリスくんが倒れました。驚いて周囲を見渡すと、先ほど慌てて逃げようとしていたエルフたちも遠くの方でバタバタと倒れていきます。

平気で味方を巻き込んだところを見るに、殺傷系の能力ではないのでしょう。ケイリスくんの容態を観察してみますが、外傷は見られません。穏やかに寝息すら立てています。

もしや、この霧を吸ったら眠らされるのでしょうか? なるほどそう意識してみれば眠いような気もします。二日くらい徹夜したような眠気でしょうか。

とにかくこのまま私以外の全員が眠ってしまったら終わりです。私はケイリスくんの腕の中から這い出しながら、膝をついて今にも眠りに落ちそうなネルヴィアさんに呼びかけます。

「おねーちゃん、ねないで! がんばって!」

「……ッ!! はぁぁああああああッ!!

私の声にハッと顔を上げたネルヴィアさんは、叫びながら自分の顔を強かに殴りつけると、眠気に抗うためか荒々しい動作で立ち上がってくれました。さすがは私の騎士様です。彼女はついでに隣で倒れたっきり動かなくなったレジィを乱暴に蹴り飛ばしますが、そちらは目覚める気配がありません。日頃の生活習慣が如実に表れた結果となりましたね。

そんな私たちのやり取りを見ていたルローラさんは、霧の届かない上空で驚きの表情を浮かべていました。

「そっちの騎士はともかく、なんで赤ん坊がこれに耐えられるの!? アンタ何者!?

「……なにものかって? しりたいなら、おしえてあげるよ」

私はちっちゃな足で立ち上がると、おぼつかない足取りでルローラさんからよく見える場所までゆっくりと歩いていきます。

霧のせいではっきりとは見えませんが、垣間見えるルローラさんの姿は先ほどよりも明らかに若返っており、大体女子高生くらいの外見年齢でしょうか。声も少し高くなっています。

状況は芳しくありません。ネルヴィアさん一人で私たち全員を守りきることはできないでしょう。ルローラさんが上空にいる以上、こちらからの攻撃手段もありませんし、このまま遠距離攻撃を撃たれ続けるだけで、いずれ全滅してしまいます。かなりヤバいです。

だから、賭けに出ました。

「わたしはヴェリシオンていこくのゆうしゃ。ゆうしゃセフィリア」

私の名乗りを聞いたルローラさんが、霧の向こうでわずかに息を呑むのが見て取れました。

「おねーちゃん! あぶないから、そこをうごかないでね! ちょっとほんきだすから!!

私がそう言うと、ネルヴィアさんは少し驚いたような表情を浮かべつつ、その場に伏せました。

銀色にきらめく霧の中で、私は堂々と胸を張ってルローラさんを見上げます。するとこちらを見下ろすルローラさんが、翠玉エメラルドの瞳を細めました。

「……ハッタリはやめなよ。アンタがすごく強いのは知ってる。でも今は首輪のせいで力が使えない。そうなんでしょ?」

「そうおもうなら、じゃましないでみててね。わるいけど、てかげんはできないよ」

不敵な笑みを浮かべた私は、ちっちゃな両腕を広げて詠唱を開始します。

「きたれ、ばんしょうつかさどるげんしょのさいやくよ! あまねくはめつをもたらすくろきひかりもて、いまこそわがけいやくにこたえけんげんせよ!!

私の読み上げた仰々しい詠唱を聞いたルローラさんは、その美しい顔に緊張を滲ませながら翠玉エメラルドの瞳を煌めかせました。









───食らえ。