第一章 一歳三ヶ月 執事とエルフと共和国
帝都を発ってから、はや一週間。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は募る疲労感に頭を抱えていました。
……お世辞にも広いとは言えない車内で、私の対面に座っている二人がバチバチと火花を散らしているのが原因でしょうね。
片や、貴金属のように輝く長い金髪の、おっとり垂れ目が可愛らしい少女、ネルヴィアさん。
片や、赤茶色のショートカットヘアーの、快活そうな猫目が印象的な少年、レジィ。
「私はセフィ様とお会いして半年になります。一、二ヵ月程度のあなたとは、絆の重みが違うのです」
「あぁん!? 大して役にも立ってないくせに、よく言うよな」
「なんですって!? 私とセフィ様は一心同体! これまでだって陰に日向にお支えしてきました!」
「そうかぁ? オレ様と戦ってる時とか、何もできてなかったじゃないかよ」
「あの時は油断しただけです!」
「ハッ、だったら勝負するかよ?」
「望むところです!」
この子たち、帝都を出発してからず~っとこんな感じです。何というか、「愛されてるなぁ」とは思いますし、それが嬉しくないと言えば嘘になるんですけど……。
もうちょっとこう、仲良くはできないものですかね、お二人さん。放っておいたら本当に決闘とか始めちゃいそうな勢いですし……。
私は対面に座っていた二人の間に身体を滑り込ませると、そのまま二人の手を握って胸に抱きしめます。
「あっ、セフィ様……」
「ご主人……」
途端に二人は柔らかい表情になると、さっきまでの怒気をあっさりと引っ込めました。
基本的には良い子たちなんですけど、私のことになると険悪な雰囲気になるんですよね……。
あと、この心配になるレベルのちょろさ。
でもそこが二人の可愛いところだとも思いますし、難しいところです。
「お嬢様」
と、そこで馬車を御してくれていたケイリスくんが、抑揚のあまりない声で私に呼びかけました。
私は座席の上に立ち上がって背後の格子窓を覗き込みました。するとケイリスくんの揺れる三つ編みと、馬車を引いてくれている二頭の馬、そして馬車の進行方向に、大きな街が見えてきました。
ああ、やっと街に着きましたか……これで野宿から解放されます。
チラリと私の顔を窺ってきたケイリスくんに、私は訊ねました。
「よってくれるかな?」
「いいですけど、あの街、帝国民にはあんまり好意的じゃないそうですよ」
「そうなの? どうして?」
「あの街は共和国よりも帝国の方が近いので、過去にいろいろあったらしいです」
帝国の方が近い……確かに、私たちの目的地は帝都から一ヶ月なのに、この街へは一週間ほどで着いてしまいました。
国境沿いにある街はいろいろと大変な目に遭うというのは世の常のようです。
イースベルク共和国は現在、魔族との戦争に際して帝国と同盟を結んでいるらしいのですが、帝国民に好意的ではないというのなら身分を隠したほうが良いかもしれません。
「じゃあ、わたしたちのしゅっしんをごまかせないかな?」
「借りた馬車はお忍び用のものなので、帝国のものとはバレないでしょうね。でもネルヴィア様の服はマズイのではないでしょうか」
私はネルヴィアさんの服装へ視線を向けます。
思いっきり帝国騎士の服装。というか国章まで刺繍されてました。完全にアウトです。
「じゃあ、みんなきがえたらもんだいないかな?」
「皆さんが余計なことを言わなければ、ボクが誤魔化しますけど」
「う、うん……じゃあ、おねがいね」
「はい」
確かに、ネルヴィアさんが「セフィ様!」とか言いだしたり、レジィが「人間風情が!」とか言いだしたりしたら一発でアウトです。そのためネルヴィアさんは質問に答える時以外はしゃべらないこと。レジィは一切口を開かないことを徹底して言い聞かせました。
そして私とレジィはアイン聖教の巡礼者の兄妹で、ネルヴィアさんは護衛の傭兵。ケイリスくんは馬車の雇われ御者という設定で行きます。
レジィに巡礼服を着せて頭巾を被らせてから、私は魔導桎梏を隠すためのマフラーを首に巻いて、レジィに抱かれます。ちょっ、尻尾をパタパタ振らないの! 隠して隠して!
騎士団服を脱いだネルヴィアさんが不服そうな顔でレジィを睨んでいますが、それはスルーします。
「ケイリスくん、じゅんびできたよ」
「はい。……それから、お嬢様もきちんと幼児らしく振る舞ってくださいね」
私がネルヴィアさんとレジィの振る舞いを心配するのと同じくらい、ケイリスくんも私の振る舞いに不安を持っているようです。
……私、そんなに赤ん坊っぽくないかなぁ?
私が微妙な顔をしながら首を傾げていると、ケイリスくんは前方に見える街へ視線を向けます。
「ちなみにあの街……『ノローセ』は巡礼地ではないので、あくまで食材の補給や休息のために立ち寄ります。それはわかっていますよね?」
わかってませんでしたごめんなさい。
諸々のことはケイリスくんに任せて、私たち三人はひたすら役に徹していることにしましょう。
***
私たちは念のために大きく街を迂回して、帝国側ではなく共和国側から『ノローセ』に入りました。
街へ入る際に検問とかがあるのかと思いましたが、ケイリスくんが警備兵のおじさんに「ルーンペディからの巡礼です」と言うと、警備兵っぽいおじさんがチラッと馬車を覗いただけで普通に入れちゃいました。
ちょっと拍子抜けですが、まぁ、全員見るからに子供だったからかもしれませんね。
あと、「ルーンペディ」って何?
そのまま私たちは馬車で街に入ると、馬車が通行するために整備されているらしい大通りを進んでいきます。
そして私とおそろいの赤いマフラーで口元まで隠しているケイリスくんは、私たちを振り返ると声を潜めて言いました。
「ネルヴィア様、言葉の抑揚には気をつけてくださいね。帝国訛りと共和国訛りには結構違いがありますから」
「は、はい……!」
ケイリスくんの言葉に、私はちょっと首を傾げます。そんなに言うほど差があったかな?
ネルヴィアさんも、困ったように首を傾げています。違いがあんまり判らないのでしょう。
私たち二人が困惑していると、あっけらかんとした表情のレジィが口を開きました。
「なぁ、オレ様はいいのか?」
「レジィ様はどこの方言かわからない不思議な訛りですし、大丈夫でしょう」
たしかにレジィって、ちょっとイントネーションが独特な時があります。獣人訛り、あるいは魔族訛りという奴なのでしょうか?
……っていうか、レジィは人前でしゃべるなっていうのが大前提でしょ! もう忘れてるし!
そんなやり取りをしているうちに、馬車は街の中央へと向かって行きます。
中心街はそれなりに活気にあふれていて、赤煉瓦造りの立派な建物が馬車道沿いにずらっと並んでいました。
商人っぽいおじさんが呼び込みをしていたり、お店の中から美味しそうな匂いが漂ってきたり、小さな子供がお父さんに何かをねだって泣いていたり、なかなか賑やかで楽しい街です。
ケイリスくんは馬車道の路端へゆっくりと馬車を止めると、御者座席から無駄のない優美な動きで降りてきて、馬車の扉を開けてくれました。わぁ、かっこいい……。