チュートリアルおじさん相談室 友達とケンカ編
「おじさん聞いてよ、友達とちょっと気まずくなっちゃってさあ」
「ほう、それはまたなんで?」
俺は『カルマ・ストーリー・オンライン』というゲームのベータ版をプレイするためにログインしてからすぐさま、チュートリアルNPCに向かって不機嫌な事を隠さずに話しかける。
「友達が、何回も止めろって言ってるのにいい歳してアニメを見続けるんだよ!」
クラスの連中からも陰で悪口言われるし、オタクだってバカにされたり白い目で見られるし良いことないのに!
「……あにめ?」
「あー、えっと……物語的な?」
あー、そういえばこの人NPCなんだったな……全然普通の人間と見分けがつかないし、言動も遜色ないからうっかりしてたぜ……この世界にはアニメも漫画も無いし、わかるわけがなかった。
「あ、お芝居ですね?」
「まぁ、子ども向けのそんな感じですかね?」
このゲームのNPCたちは自分が本物の人間だと思っててAIが動かすデータだなんて知らないし考えたことも無いんだ、気を付けないと……NPCたちにそういう事をバラすのはタブーだし。
「ふむ、何かを楽しむのに歳は関係ないと思われますが……あなたは何が気に入らないので?」
「だって周りからもバカにされるし、もう子どもじゃないし……」
親や教師からも『いい加減に卒業しろ』って呆れられるしクラスの人気者から大きな声でバカにされて笑い者にされるし良いことないのに。
「つまりあなた自身にこれといった理由はない訳ですね?」
「まぁ……はい……でも、アニメっていうのにはちょっと一般の方が忌避するような表現もあるし」
……確かに俺にはアニメを否定する明確な理由はないし、周りからの反応や扱いが嫌なだけなのかも知れない……でもアニメには普通の奴が忌避するような、たとえばそう……パ、パンチラみたいなお色気シーンとか、残酷な描写があるし仕方ないとは思う……。
「確かあなたの国は『表現の自由』とか、『多文化共生』や『多様性社会』とかそういうものがある素晴らしい国ではありませんでしたか?」
「それはそうですけど……」
確かに俺の国日本では憲法で明確に表現物の自由が認められていて、それこそ政治家批判や日本を批難したり、たとえ華族に苦言を呈する出版物であってもそれらを制限するあらゆる規制がない……商業的な理由で出版社なんかの企業が自主規制や特定の表現を避ける事はあるけれど、それが明らかな差別や誹謗中傷だけを目的としない限り、表現物として認められるのだ。
「私が思うに多様性とは何かを受け入れる事ではなく、我慢する事だと思うのです」
「我慢、ですか?」
どういうことだろう? 多様性に我慢ってなんの関係があるんだ? バカにされるのもその人の表現だから我慢しろっていうことか? どうしても一部の人が受け入れられない表現物はあると思うし、それによって不快な気持ちになったりして規制を声高に主張する人もいるけど……。
「えぇそうです、人には絶対に理解できないものというものがあります……ですがそれもある人にとっては大事なものだったりするわけです」
「それは……」
思えば友達はアニメを見る時は笑顔ですごく楽しんでたな……それを俺が周りに色々と言われるからと奪おうとしていたのかな。
「理解できないものを無理に理解しようとしなくても構いません……ですが排除してもダメなのです」
「……はい」
「自分が不快に思う表現が目の前に現れても我慢する事こそが多様性を保持するのに大切だと私は思います……私の国には自由などあまりありませんけどね」
そうだよな、ちょっと一般の方には受けが悪いシーンがあるからってそれを言い訳にしてたんだな俺は……本当にアイツからアニメを奪おうとしていたのはバカにする周囲じゃなくてそれを言い訳にする俺だったのかも知れない。
「我慢が苦手なようであるならばこう考えれば良いのです……『他人の好きを否定しない』と」
「……好きを否定しない」
そうだよ……アイツはただ自分の好きなものを楽しんでただけじゃないか、それをバカにする周りが悪いのに俺は……。
「あなたの友達なんでしょう? 一緒に好きになってみればどうです?」
「……友達と遊んでくる」
「どうぞ、いってらっしゃい」
本当はアイツと堂々と一緒に楽しく遊びたかっただけなんだ……それなのにいつしか周りの目ばっかり気にしてダメだな俺は……今度こそ間違えない。そう決意しながらログアウトする。
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「聞いてくれよおじさん!」
「どうしました?」
二週間後……あれからゲームに再度ログインする度に経過報告をしていたチュートリアルおじさんに向けて笑顔で駆け出す。
「友達と仲直りできたし、今は一緒にアニメを楽しめるようになったんだ!」
「それは良かったですね」
もう周囲の的外れな意見や偏見に惑わされない! 俺は友達のアイツの味方だし、それになによりアニメは子ども向けや一般受けしない物ばかりじゃ無かった、何も知らずに批判していた自分が恥ずかしいくらいだ。
「周囲の方々はどうですか?」
「それも大丈夫だ! 俺が言って返すし、布教すらしてるんだぜ!」
散々バカにしてきた奴にはハッキリと『それは言論でも表現でもないただの侮辱だ』って宣言してやったし、今ではむしろ少しずつ、時間をかけてクラスの連中に友達と一緒に面白いアニメを布教して回っている。
「いいことです、誰かが好きかも知れないものを不快という主観的な理由で排除してはいけませんが、理不尽な嘲りには我慢しなくても良いのです」
だから親や教師にも『好きなものは卒業するものじゃない』って対抗した……いきなり反論されたからか最初は頑なだったけど、時間をかければこちらの思いも伝わったようで、最近では話を聞くようになってくれた。そしてそんな俺の姿勢を見たからかバカにする人も減ったし、されても気にしなくなった。
「また堂々とアイツと仲良く遊べるのはおじさんのお陰です、ありがとうございました!」
「いえいえ、微力ながらお役に立ててなによりです」
もうこの恩人がただのNPCでAIが動かしているなんて思えない……こんなにも人間らしいのは本物の人間でも少ないと思う。
「何かあったら言ってくれよな。今日のお返しに、いつでも駆けつけるぜ!」
「ははは、まだまだ私の方がレベルが上ですよ」
「それだって直ぐに抜かしてやるぜ!」
このゲームのNPCは一度死んだら元には戻らないみたいだからな、マナーの悪い混沌陣営のプレイヤーに遊び半分で殺されないように見張っておかなきゃな!
「じゃあまたな!」
「はい、また今度」
チュートリアルおじさんに向かって手を振りながらその場を離れた……本当にあの人には感謝しきれないと思いながら──この後正式サービス開始二日目にして彼が目の前で殺される事になるとは予想することもなく……。