Tips4 痛ましい親子


 今日はとても天気が良く、清々しいくらい気持ちのいい日です。お昼になる頃には、庭師が張り切った庭園では様々な虫や鳥が空から降り注ぐ陽光を浴び、季節の花々を生で彩っております。

「……おや?」

 そんな清々しい空気を満喫しつつ一休みしていたところで、奥様とお嬢様が帰宅なされた様子。まだ今朝方に出かけたばかりだというのに……。

「……れい様」

「山本さん……」

 帰宅なされた奥様とお嬢様を出迎えると酷く疲れた表情をしておいででした……おそらくはまたお嬢様が『遊んで』しまったのでしょう……お嬢様を産んでからというもの、奥様はみるみる内にやつれていき、見るに堪えません。

「私は先に先方に謝罪に向かいます。きっとなおさんは……」

「……わかっております、お嬢様の相手はお任せくださいませ」

「ありがとうございます。では……」

 そう言って奥様は出ていきます。直志……旦那様はお嬢様の事を徹底的に無視して、関わろうとしませんから仕方ありません……あれは興味がないというより、お嬢様に対して嫉妬と恐怖が八割、警戒が一割……そして認めたくない愛情が一割といったところでしょうか。お嬢様は『普通』の感情のすらよく理解していませんから、なぜ自分の父親が無視するのかわかっておいでではないのが見ていて辛いのですが……。

「さぁお嬢様、お庭に参りましょう? 今日はとても天気が良うございますから、散歩でも致しましょう」

「? そうなのね、別に構わないわ」

 ……おそらく、なぜ天気が良いと散歩に繋がるのか理解しておいでではないのでしょう。ここらへんも少しずつ、奥様と協力して教えていきましょう。

「ほらお嬢様、あれがバッタでごさいます。よく飛び跳ねておいででしょう?」

「わぁ、本当ね! すごいわ!」

 そう言って無邪気に駆け寄る姿はまさに『普通の子供』そのもの……ここだけ見ればお嬢様も他の子供達となんら変わりないのだと錯覚をしてしまいますが……。

「……お嬢様、なにをしておいでで?」

「これはね、解体して『遊んでる』の。今日、りょうすけって子に教えて貰ったのよ?」

 そう言いながらお嬢様はバッタの脚をもいでいく……。

「……お嬢様、どんな小さいものであれ生き物です。いたずらに苦しませてはなりません」

「……? そうなのね、お母様も言ってたわ」

 どうやら既に奥様からも注意をされていたご様子。お嬢様は奥様の事が大好きですからわかってくださるでしょう──

「──お嬢様、一体なにを……」

「? 苦しませず『遊んで』いるのよ?」

 ……お嬢様、苦しませずというのは一息に殺すということではございません。頭を潰してから脚をもいでも同じ事でございましょう……。

「お嬢様、解体以外で『遊び』ませんか?」

「? 山本さんも『遊び』たいのね? いいわよ!」

 なんとかこの残酷な『遊び』をやめさせる事が出来ました。お嬢様は女の子らしく草を編みはじめましたので、まずは一安心でございます。

「なにを作ってらっしゃるのですか? 花冠ですか?」

「いいえ? 違うわよ?」

 ……なぜかこちらを不思議そうに見上げられますが、そうですか、違いましたか……。最近の子は草や花でなにを作るのかリサーチ不足でしたね。

「出来たわ!」

「……お嬢様、これは?」

「これはね、こうやって使うのよ!」

 見たところただ編んだだけの紐のような形状をしているそれ……花冠でも花束でもなく、ましてやリボンでもない完成物にお嬢様は石を載せ──

「それ!」

「──」

 ……石を載せて振り回し、庭木に止まっていた鳥に向かって投擲、見事撃ち落としてしまいました……。

「…………お見事でございます」

 もはや私にはそう言うしかございませんでした……。


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「ここも入園拒否されたから……」

 深夜に書斎に用事があって寄りますと、奥様がお嬢様の件についてなにやら書き物をしておいででした。

「玲子様、そろそろ休まれては……」

 そのあまりにも切羽詰まった表情に思わず声を掛けてしまいました。

「山本さん……でも、そういう訳にはいかないわ」

 しかしながら私の心配の声を聞いても、一瞬驚いた表情に変わるだけですぐさま机に向き直られました。

「ゴホッゴホッ……」

「咳もされているではありませんか」

 しかしここのところ奥様は、日頃の心労が祟ってか体調を崩しがちです。今も酷い咳をしておられます。

「……でも私だけだから、あの子の事を見てあげられるのは」

「お嬢様の事は私達が……」

「ううん、違うのよ山本さん。あの子は『普通』じゃないけど、普通の女の子だから……」

 正直に申しまして、私にはさっぱり理解出来ない事柄のようでしたが奥様はなにか……確信めいたものを持っておられました。

「私が……お母さんの私がなんとかしてあげなくちゃ……なんとかしてあげたいの」

「……せめてお茶を淹れさせてください」

「ふふ、ありがとう山本さん……頂くわ」

 これほど愛情深い母親が昨今居るのでしょうか? 理不尽に怒鳴らず、まずは諭す事を第一に考え、思慮深く、根気強く問題の根本を探る姿勢……見習わなければなりますまい。……ここまで素晴らしい女性と結婚しておきながらなぜ旦那様は…………。

「どうぞ、寝付きが良くなるものを淹れました」

「……仕方ないようですね。これが終わったら素直に寝ますね?」

「はい、そうしてください」

 ……本当にやつれましたな。お嬢様が生まれてから休みなく、ずっと考えほんそうしてきた証でしょうが、倒れてしまわないか心配です。

「…………ねぇ、山本さん」

「なんでございましょう?」

「もし……もしも、私が居なくなったら、あの子の事気にかけてあげてくれる?」

「玲子様…………はい、それはもちろんでございます」

 こんな事を頼まれるなど、あの活発であった奥様からは考えられません。……しかしながら私だけでなく、使用人一同の中で奥様とお嬢様を心配していない者は一人として居ないでしょう……奥様の頼み事など、言われる前から既に承知していた事、なんの問題もございません。

「……お嬢様の事は我々使用人一同にお任せください。及ばずながらなるべくお守りしていきます」

「そう、なら良かったわ」

 そのままお茶を飲み干し書斎を出ていかれます。

「おやすみなさい、山本さん」

「はい、良い夢を」

 この日、今はただの使用人に過ぎない私ですがいずれは家令となって、少しでもこの家での立場を得てお嬢様を悪意から守り、及ばずながら『普通』とは思えずとも理解は出来るようサポートする事を心にそっと誓いました。