Tips1 中央神殿の怒り


 ここは、大陸中央部に存在する巨大湖のさらに中心に浮かぶ孤島に建てられた、秩序陣営の総本山とも呼べる『七色の貴神』を奉ずる中央神殿。その一室である。信奉する神々に対する敬意が感じられる意匠や細工が自然と調和し、実際の値段を想起させないどころか清貧とすら思わせる……そんな清らかな一室の円卓には聖界の重鎮達が集まっていた。

「今回、円卓会議を始めるために集まって貰ったのは他でもない。そのほうらも既に知っていようが、エルマーニュ王国はバーレンス辺境領に赴任していたクロノス司教が何者かに殺害された件に関してだ」

 そんな彼らの中で最初に口を開いたのは円卓の一番奥側に座っている年老いた男性……教皇である。小さな島一つしか領土を持たないながらも、その発言力は一国の王や皇帝すらも簡単に動かす……そんな彼から発せられた言葉は、今回の会議の主題でもある『始まりの街』で起こった大事件についてであった。

「……『蘇生の奇跡』を扱えるクロノス司教が狙われたという事は、そういう事ですかな?」

「おそらく混沌の刺客ではないか? 聞くところによると『始まりの街』自体にも甚大な被害を与えて消えたそうじゃないか」

 教皇の発言を皮切りに次々と枢機卿達が自分の考えを述べていく。一連の事件は酷く神殿関係者の関心を集めていた。

「国から派遣された兵士も殺害したのであろう? 神殿だけではなく、王国とも一度に敵対しようなどと……そんな常軌を逸した行動は混沌の使者としか考えられぬ」

 そのどれもが混沌陣営からの刺客ではないのかという意見である。それも仕方がない事で、クロノス司教は高齢のために活発な活動は出来なかったが『蘇生の奇跡』を行使出来る数少ない本物の聖人の一人であったからだ。混沌側からしたら狙う理由はいくらでもある。

「奴らにならクロノス司教殿を殺害する動機はいくらでもありましょう」

「しかしながら既に下手人は指名手配しておるのでしょう? 辺境伯から続報がないのが気掛かりですが、わざわざ私達を集めたのは進展でもあったのでは?」

 最後の枢機卿の発言内容に興味を惹かれたのか、残りの枢機卿達も教皇の答えを待つようにして向き直る。その面持ちは真剣そのものだった。

「……ふむ、実はな、バーレンス辺境領にてクーデターが起き、その結果として辺境勇士アレクセイの死亡、辺境伯の代替わりが起こったそうだ」

「馬鹿な?!

「一体なにが起きて……?」

 ある意味クロノス司教が殺害された事よりも枢機卿達の動揺は大きかった。それもそのはずで、アレクセイ・バーレンスは二十代という若さでたぐいまれな強さと善行により、数年後に行われる神殿主導の『聖戦』の『勇者』か『剣聖』の役割を担う筆頭候補であったからだ。それほどのけつぶつまでもが殺害されるなどにわかには信じ難いのも仕方のない事だった。

「これは混沌の仕業と見て間違いないでしょうや、アレクセイを狙うのだから」

「奴らめ、本格的に数年後を見据え始めたか?」

「……いや、他にも動機がある者がおるぞ」

「……なにかな?」

「貴様、まさか……」

 彼らの中で一連の事件は混沌からの刺客ではないかという意見に纏まりかけたところで、一人の枢機卿が新たな可能性を示す。

「ただ我ら秩序の混乱や戦力の低下などを目的としているのならば、辺境伯位を簒奪などしますまい」

「辺境伯が味方なれば奴らも動きやすいと考えたのでは?」

「それはもちろんありえますが……奴らは効率よりも自身の快楽や享楽を優先する。辺境伯一人味方につけるよりもそのまま不在にして、辺境領全体を混乱におとしいれる方がらしいというもの」

「一理ありますな」

 いつもであるならば辺境伯と一緒に秩序側の重要人物を殺害してそのまま放置という、ある意味さんとも言える今までの行動パターンと比べ違和感を覚えた枢機卿の一人が説明を続ける。

「わざわざ傀儡を立てたという事は……帝国の関与も考えられます」

「うーむ……可能性としてはあるが、それだと我ら神殿まで敵に回した理由がわからん」

「混沌の仕業に見せかけるため、と理由は思い付きますが実際に行動に移すとなると……」

 帝国の関与という新たな可能性に納得を示しつつもイマイチ信じきれないといった様子で悩み始める。結論としては混沌と帝国、どちらの関与の可能性も高いが不可解な点が見受けられるために、確信が持てないといった有様である。

「しかし帝国側からするとアレクセイは目の上のタンコブ、クロノス司教も戦争となれば王国軍の負傷兵を癒すでしょう……動機は充分すぎるほどありますぞ?」

「バーレンス辺境領を傀儡にすることが出来ればエルマーニュ王国の王都まで有力な領地はなく、一直線に攻められますからな」

 また、豊富な海産物や物流の要ともなる内海にも出られる事で帝国側の利益は大きく、そのどれも達成出来てしまう今回の件は多少不可解な点はあれど無理にでも納得出来るのではと、一部の枢機卿からも賛成意見が出る。

「しかしそれこそ混沌の思惑ではないか?」

「然り。戦争という混乱を起こすために傀儡を立てたと言えるでしょう」

「連中は効率など考えませんが、最初から戦争を起こす事が目的であるならば不自然ではないのでは?」

 それに対しても反対意見が上がり、もはや収拾はつかなくなってくる。

「……まさか、帝国は混沌に寝返ったか?」

「……確かにそれであれば納得も出来ますが」

「それこそまさかでしょう!」

 一人の枢機卿が出した帝国と混沌の協力という可能性にさらに会議は紛糾する。帝国が混沌に寝返るなど彼らにしても信じたくはない事態である。

「そもそも、現皇帝は穏健派だったはずですぞ!」

「たとえ穏健派であろうが野心満々の部下を御しきれてない皇帝に、意味などなかろう!」

「まだ帝国と混沌が手を結んだと決まった訳ではありますまい!」

 今まで出た意見はどれも不正解で、一人のプレイヤーが『なんとなく面白そうだったから』で起こした突発的な事であり、帝国側からしても青天のへきれきである事など彼らは知らない……運営ですら予想出来なかった事象をNPCである彼らが想定出来るはずもなかった。

「だから現皇帝を支持するのは反対だったのだ!」

「今さら言っても仕方なかろう! あれは大陸西部の安定を目的にしたものだ!」

「皇帝は白でも下が黒では意味があるまい!」

「他の候補者はどれも野心家だったではないか! 同じ事だ!」

 もはや一連の事件に対する意見などではなく、論点はずれ、話は脱線し、過去の政策に対する批判など、今回の件に対する対策が出てこないどころか、話し合いではなく怒鳴り合いの様相を呈し始めていた。

「おっほん!」

「「……」」

 教皇の咳払い一つ。それで今まで怒鳴り合っていた枢機卿達は一斉に口を閉じ、大人しく言葉を待つ。

「……仕方あるまい。実行犯の女に対する懸賞金を引き上げると共に王国と帝国に対して事実確認と説明を求める。……情けない事に、今はこれぐらいが限界か」

「教皇げい……そうですな、放ってはおけない問題ですが……今はあまりにも情報が足りませんからな」

「それが無難でしょうや」

「然り」

 問題の先送り、悪く言えばそうとしか取れない結論に一部の枢機卿の顔には不満の色が浮かぶが、表立って文句を言う気も……それが今出来る限界だからとわかっているからこそ、ないようだ。

「……必ず彼の女には秩序のてっついを下す。この世はすべからく偉大なる『七色の貴神』の示したルールに従わなければならない…………ルーメン・イラー」

「「ルーメン・イラー」」

 最後に聖句を唱え、円卓会議は終了した。会議が終われば先ほどまで怒鳴り合っていた者達も何事もなかったかのように黙って退室していく。おそらくはこれからの対策や情報収集を独自で始めていくことだろう。……ちなみにこれを見ていた主任は爆笑していたとか、いないとか……。