幕間 禿げる現場、笑い転げる主任


「あ」

 誰かが漏らしたその呟きを皮切りにあちこちで悲鳴が上がる。そして一斉に確認作業とこれから起こる事をシミュレートしていくが……。

「こいつどんだけカルマ値下げる気だよ?!!」

「うぼぁ……」

 たった今画面の向こうでレーナというプレイヤーが、街の中をプレイヤーもNPCも問わず虐殺しながら駆け抜けているところだ。

「先輩ヤバイっすよ! これだけで既にカルマ値マイナス50は切りそうです!」

「わかってる!」

 まだサービス開始二日目にも拘らずこのプレイヤーはチュートリアルNPCを殺害し、街を混乱と恐怖に叩き込んでいる。ある程度プレイヤーに委ねられているとはいえ、さすがにこれは想定外であった。

「なになに? どったの?」

「あっ、主任! 見てくださいよこのプレイヤー!」

「どれどれ? ……アッハハハハハハハ、なにコイツクソやべーじゃん!」

「笑ってる場合じゃないっすよ!」

 そうこうしている内にもその女プレイヤーは、最後まで虐殺を続けながら街を出ていった。この時点で『始まりの街』の被害は如何ほどか……ちゃんとイベントが開けるのか、既に現場はこれから始まるであろう確認作業のデスマーチに遠い目をし始める。

「まぁ、でもこれで大丈夫でしょ? 街を出たんだし?」

「それはそうですが……」

 それでも念のために警戒しその女プレイヤーを監視していた一人の社員が『待って……待って……』と情けない声を出す。

「どうした?」

「例のプレイヤーが自害して街に戻って神殿を襲いました……」

「……は?」

「司教が殺害され神殿には火を点けられました……」

「……は?」

 慌てて他の社員も確認するがもう遅い。そのプレイヤーは神殿を出た後すぐさま衛兵相手にジェノサイドを再開、街のド真ん中でも火を放ち地下墳墓へと逃走していく。

「「……」」

 もうこの短時間の間に怒涛の展開すぎて笑い転げている主任以外みんな茫然自失に燃え尽きていた。

「……こいつ初日でカルマ値マイナス120稼ぎやがった」

「数値が大きくなるほど難しくなるのに……」

「どうするんですか主任? こいつだけ頭一つ飛び抜けてますけど?」

「調整しますか?」

 それまで笑い転げ、写真や動画まで撮っていた主任が、ここにきてようやく息を整え部下の質問に対して答える。

「いや、このままでいいよ! むしろベータ版からプレイヤー達が他のゲームと同じく良い子ちゃんしすぎてて混沌勢力が少なすぎたしね! 一人くらいこんなのが居ないと!」

「……絶対に面白がってるだけだ(ボソッ)」

「このゲームでは人間の本性を出して貰わないと!」

「「はぁ?……」」

 主任のきょうらく主義は今に始まった事ではない。社員達は諦めて初の公式イベントに向けて作業を再開したのであったが、その半月後に……。


「コイツとうとうやりやがったな?!!」

「今までの努力がー!!

「うぼおぁ……」

「この鬼畜! 外道! けだものぉっ!!

「アッハハハハハハハ!!!!!」

 画面には重要NPCであるアレクセイを殺害し、反社会組織の幹部を跡継ぎにして領主を引退に追い込みクーデターを成功させた、例のプレイヤーが映っていた。

「り、領主主催の公式イベントが潰れた……」

「俺らの今までの努力は一体……?」

「アッハハハハハハハ!!!!!」

 現場の作業員達が今まで頑張って用意してきた公式イベントが潰れてしまい、その燃え尽きようは悲惨の一言に尽きた……。

「ていうかどうするんすか! コイツのカルマ値もうマイナス180超えてますよ!」

「そうだよ! そろそろマイナス200で上級クラスとか解放しそうな勢いじゃねぇか!!

「それぞれ200超えるのは中盤以降のはずなのに……」

「アッハハハハハハハ!!!!」

 なんとか調整しようとするも、例のプレイヤーに合わせると大多数のプレイヤーが解放出来なくなるために難しい……これが少し高め程度ならまだしもベータ版からのカルマ値トッププレイヤーさえ突き離しての独走状態、出来るはずもない……。

「いやー、笑った笑った! こういうのが見たかったんだよ!!

「それに振り回される現場の事も考えてくださいよ……」

「ごめんごめん、でもやっとこのゲームのコンセプトに沿いそうじゃない? これから」

「確かに、このままでは他の凡百ぼんぴゃくのゲームと変わらないままでしたが……」

「これからこの子を真似する後発が増えて混沌も勢力拡大するだろうねぇ?!

 主任のウキウキとした声とは裏腹に作業員達は『胃薬買っとこ……』『最近薄毛気味なのに……』『急いで代わりのイベントを……』と、死んだ魚の目をして出来る事を始めるのだった……なお、主任は秘書にこってりと絞られ、会社のロビーに『私は悪い子です』と書かれたボードを提げ正座させられていた。