幕間 私の名前は一条玲奈っていうの
「なぁ、お前なにしてるんだ?」
私が公園でアリさんの列を座り込んで見つめていると男の子が話し掛けてきました。
「アリさんを見てるのよ」
「ふーん、お前名前は? 俺は竜太って名前だ!」
「私の名前は一条玲奈っていうの、よろしくね?」
名前を聞かれたので自己紹介します。こういうのは大事だって母様も言っていました……お父様はなぜか挨拶しても返してくれませんけど……。
「……お前にもっと面白い事教えてやるよ!」
そう言って駆け出した男の子……竜太くんが引っ張ってきたのは蛇口から延びるホースでした。
「勝手に使ってもいいの?」
「いいんだよ! それよりもこれをだな……」
そう言って竜太くんはホースをアリさんの巣の入口に向けて水を流し始めました。
「どうだ! 面白いだろ?! アリが溺れたり、どんどん巣から出てくるんだぜ?!!」
「へぇ?」
「流し込むの面白いだろ? ただ眺めて遊ぶよりも楽しいぜ!」
なるほど? これは流し込む『遊び』なんだね、良い事教えて貰っちゃった。
「ねぇ、私もやってみていい?」
「いいぜ! ほら!」
そう言って竜太くんが笑顔でホースを渡してくれました。初対面で色々親切にしてくれるのは良い子か悪い大人って母様が言ってたけど、竜太くんは大人じゃないし良い子だと思う。
「ありがとう、じゃあ私もやってみるね?」
「あぁ、でも探さないとアリの巣がもうな──がぽぁッ?!!」
もうアリさんの巣がなくて、仕方ないから竜太くんの口に土とホースを突っ込み『流し込む遊び』をします。
「本当だぁ? 溺れたり空気の泡が出てきたりするね?」
「──がっぶぅ?! ──っ?!!」
教えて貰った通りに『遊んで』いると数分もしない内に竜太くんは動かなくなりました。どうしたんだろう? アリさんみたく死んじゃったのかな?
「……玲奈? なにをしているの?」
「あっ、母様!」
もうこんな時間だったんだ! 母様が迎えに来てくれた!
「あのね母様! この竜太くんって子がね、『流し込む遊び』を教えてくれたんだよ?!」
「あなた……! すぐに救急車を呼ばないと!!」
「? どうしたの?」
母様が慌ててどこかに連絡したと思ったら五月蝿い音と共に救急車が来て竜太くんを運んでいく。
「もう帰るの? バイバイ竜太くん」
「……」
挨拶は大事なのに、竜太くんの母様はこっちに挨拶を返さずに睨むだけだった……お父様もそうだけど、なんで? 母様はなぜ竜太くんの母様に謝ってるの? なにかあったのかなぁ……?
「慰謝料は後ほど……この度は申し訳ございませんでした。私の監督責任です」
母様が私にはまだ少し難しい言葉を話した後、救急車はどこかに行ってしまいました。
「……帰ろっか」
「うん! あのねあのね、今日ね!」
母様に今日あった事を丁寧にわかりやすく伝えていく。その途中竜太くんの話になると母様が質問してきました。
「……玲奈は水を流し込まれるアリさんや竜太くんがどう思ってたかわかる?」
「? 私はアリさんでも竜太くんでもないよ?」
母様はなにが聞きたいのだろう? 私は玲奈だよ? 母様が付けてくれた立派な名前があるんだよ?
「……じゃあもし玲奈が同じ事されたらどうする?」
「私はやられたくないよ?」
「そうでしょ? だったらなんでしたの?」
「竜太くんは面白いって言ってたよ? あの『流し込む遊び』が好きだったんだよ」
「……そう」
そう言うと母様は困ったように笑って言いました。
「玲奈はお母さんの事好き?」
「大好きだよ!」
「じゃあお母さんのお願い聞いてくれるかな?」
「いいよ!」
「じゃあ、その流し込む遊びを人にはやらないって約束出来る?」
「? いいけど?」
なんでわざわざ禁止するのだろう? 面白いとは思ったけどそこまで頻繁にやりたいほどではないし、たまにしかやらないのに……?
「じゃあ、約束ね?」
「うん! 約束!」
「ありがとう玲奈、大好きよ」
「私も母様が好き!」
そう言って私と母様は手を繋いで歩いて家まで帰っていきました。
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「っ! ……夢でしたか」
随分と懐かしい夢を見ましたね。幼い……それこそ小学校に上がる前ぐらいの母との記憶。
「お久しぶりです、母様」
さて、顔を頬の涙の跡と一緒に洗い流して支度して、学校に行く準備をしなくてはなりませんね。
「行ってきます、母様」
母の写真に挨拶して布団から出ます。今日は良い日になりそうです。