リュカの才能
セージビルを出発した僕たちは、アグリ国に通じる街道を南東に真っ直ぐ進んでいる。
ぽかぽかとした温かい春の陽気に、僕とリュカは御者台に座らせてもらった。
「風が気持ちいい~!」
「ふあああ~! しゅっご~い!」
ぽっかぽっかと響く
何日も似たような景色が続く。そこかしこから鳥の声が響くようになってきた。姿は見えないけれど、確かに森に住む動物たちの気配を感じる。
春は繁殖の季節なので、きっとオスがメスに必死でアピールしているのだろう。
とてものどかで平和だった。
その日も、僕たちはのんびりと街道を進んでいたけれど、ふと窓の外を見ると、騎馬で先導していたチボーが何かを見つけたらしい。
右手を大きく斜め後ろに伸ばした姿をしている。あれは、「止まれ」のハンドサインだ。
それをブノワも見たようで、「ホー」という掛け声が聞こえてきて、馬車がゆっくりと止まった。
すぐにチボーが騎乗したまま馬車に駆け寄ってきて、窓越しに緊迫した口調でドニに報告している。
「……団長、この少し先にアンデッド化した獣がいるっす」
「よく見つけた、チボー。んで、その獣っていうのは一体なんだ?」
「その、傷だらけでよくわからないんす……。たぶん、ミンクリスだと思うんすけど……」
「アンデッド化したミンクリスだと?」
ミンクリスといえば、人懐っこくてつぶらな瞳とふわふわの毛皮がかわいい、ペットとして人気の高い小動物だ。ぼくは市で高値で売られているのを、何度か見かけたことがあった。顔や毛皮は前世でいうところのミンク、尻尾はニホンリスに近いと思う。
ふつう、食物連鎖がある野生の動物はアンデッド化しにくいとどこかで聞いたことがある。動物の死骸は、ほかの動物に食べられて跡形も残らないことが多いからだ。
たとえ寿命や老衰で息絶えたとしても、人間のような知性がない限りはあっという間に分解され、土に還ってしまうらしい。
「団長。きた」
御者台に座っていたブノワが、小さな中窓を開けて報告してきた。どうやら、
「……はあ。街道に出たアンデッドは討伐推奨。仕方ねえ、ちょっくら行ってきますぜ。坊ちゃん方は、絶対に馬車から出ないでくだせぇ。おい、チボー。何があっても坊ちゃん方をお守りしろっ」
「はいっす」
ドニはそう言って、一人で外に出る。いつもは腰に
僕は
腕に覚えのあるドニが、小動物に後れをとることはないと頭ではわかっていても、危険な事態に心臓がいやな音を立てていた。
「心配しなくても、団長は強いっすから! ちょちょいのちょいで終わりっすよ!」
「……そうだよね」
けれど、予想に反して、一向にドニは戻ってこない。
僕よりも先にチボーが痺れを切らして、ブノワに詰め寄った。
「ブノワのおっさん! 団長は一体なにしてるんすかっ」
「団長、行く。逃げる。団長、引く。寄る。繰り返し」
おそらく、ブノワはドニとアンデッドがイタチごっこをしていると言いたいらしい。
(……なんで、そんなことをしてるんだろう)
その行動から、アンデッドに攻撃はおろか逃走の意思もないように思う。
「……何か理由があるのかな。助けてほしいとか、伝えたいことがあるとか」
そんなことをつぶやくと、腕の中のリュカがみじろいだ。
「にぃに、あにょねー。あかちゃん、たしゅけて~って」
「えっ。リュカ?」
「? う?」
「……赤ちゃん、助けてって言ってるの?」
「あいっ!」
僕には何も聞こえなかったけれど、リュカには何かの声が聞こえたようだ。
リュカはこんな時に嘘をつくような子ではない。もしその言葉を信じるなら、状況的に声の主はミンクリスしか思い当たらなかった。
「ブノワ、ドニに一度馬車に戻るように伝えてくれる?」
「(こくこく)」
ブノワの帰還を促す声がしたあと、しばらくするとドニは頭をかきながら戻ってきた。
「面目ねえ……。おちょくってるのか、ちょこまかとすばしっこくて、困っちまいますぜ」
「それなんだけど……。リュカが言うには、あのアンデッドは赤ちゃんを助けてほしいんだって」
「へ? 赤ちゃん?」
ドニは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「うん。だから、剣をしまった状態で、一度アンデッドに呼びかけてみてくれないかな。剣を抜いてるから、警戒して近寄ってこないのかも?」
「アンデッドに納刀したままでとは、坊ちゃんも無茶を言いやすね……。だが、このままじゃ
「ごめん……。でも、無理だけはしないで」
万が一アンデッドに噛まれたら、アンデッドになる……なんてことはないけれど、傷口が膿んで感染症などの病気に罹ってしまう可能性が高い。危険な賭けだ。
真剣な表情をしたドニが、再び外に出ていった。両手を挙げ、戦う意思がないことを示しながら、アンデッドに近づいていく。
僕はチボーに窓を開けることさえ止められたので、そこでドニの姿が見えなくなってしまった。
(ドニ……どうか無事で)
どのくらい、時間が経ったのだろうか。息を切らしたドニが、馬車に戻ってきた。……懐に、小さなミンクリスの赤ちゃんを一匹抱いて。
「ルイ坊ちゃん、リュカ坊ちゃんの言うことが見事に的中しやしたぜ」
ドニが言うには、警戒を解いたアンデッドのミンクリスは、時折後ろを振り返りながら森に入って行ったそうだ。
まるで「ついてこい」とでも言うかのような行動に仕方なく後を追うと、しばらくして一本の大木の前でアンデッドは立ち止まったらしい。
ここが目的の場所かと、その木の根穴を覗き込んだところ、三匹のミンクリスの赤ちゃんを発見した、ということだった。
「あのアンデッドは、親だったんでしょうな」
「そんな……」
ミンクリスが、なぜアンデッドになってしまったのかはわからない。でも、きっと赤ちゃんたちのことが心残りで、誰かに助けてほしくて、文字通り死んでも死にきれなかったのだろう。
「……赤ん坊たちは動いてませんで、三匹とも事切れてるもんだと思ったんですぜ。そうしたら、こいつだけかすかに動くのが見えやして、慌てて連れ帰ってきたんでさあ」
「そっか……。ほかの二匹は残念だけど、一匹だけでも生きてて良かった」
僕はドニから赤ちゃんを受け取ろうとして、ハタと気づく。
(……人に感染る病気とか、持ってないよね?)
生まれてから短い期間とはいえ、野生で生きてきた動物だ。心配になった僕は、念の為、鑑定をしてみる。
「鑑定」
【名前】ミンクリスの幼獣
【年齢】一ヶ月
【性別】メス
【状態】衰弱
【説明】嗅覚が発達している。換毛は年二回(夏・冬)。泳ぎが得意。雑食。昼行性。
(状態に『病』がないから、大丈夫なはず)
そうして、やっとドニから赤ちゃんを受け取った。赤ちゃんは手のひらほどの大きさで、まだ完全には目が開いていない。
それに『衰弱』とある通り、しばらく餌をもらえなかったのか、震えて弱々しい鳴き声をあげている。
「チボー、ちょっとミルク作って!」
「えっ、ちょっ、坊ちゃん!」
雑食とはあるけれど、赤ちゃんが何を食べるかはわからない。なので、ひとまず手持ちの粉ミルクをチボーに押しつけ……もとい渡して作ってもらう。一度フルモアに全て渡してストックのなかった粉ミルクだけど、非常事態に備えてセージビルで補充をしておいて本当に良かった。
チボーがミルクを作っている間に、僕は赤ちゃんに
綺麗になった赤ちゃんを柔らかく暖かい毛布で包んであげると、震えが止まった。
「お待たせー。ごはんだよ~」
チボーがやっとこさ作ったミルクを受けとり、布に染み込ませて赤ちゃんに含ませる。
食欲はあるようで、赤ちゃんは必死に布をちゅうちゅうと吸った。
(効率が悪いなあ……スポイトがあれば……)
「ひとまず問題なさそうで安心しやした。……俺は、三匹を
ドニはそう言うと、また静かに馬車を出て行った。その背中を黙って見送る。
僕とリュカに
「にぃに、あかちゃん、かあいいね~」
「かわいいね、リュカ。でも、触っちゃだめだよ。赤ちゃん、いまはちょっと具合が悪いから、見るだけね」
「……わかっちゃ!」
横から赤ちゃんを覗き込んでいるリュカは、うずうずと赤ちゃんを触りたそうにしていた。
けれど、まだ力加減のできない幼児が弱っている小動物の赤ちゃんを触ると、さらに悪化させてしまうかもしれない。
そう思って注意すると、リュカは慌てて両手をぐっと握って背中に隠した。そんなところもかわいい。
根気よくミルクをあげ続けて、やっとお腹いっぱいになった赤ちゃんが寝入った頃、ドニが戻ってきた。
「ただいま戻りやした」
「……ドニ、ありがとうね」
ドニは何も言わず、ただ頷く。
しばらく、僕たちは黙って赤ちゃんの様子を見ていた。ぐっすりと眠っていて小康状態のままだ。
赤ちゃんの体に障りがないように気をつけながら、僕たちは今晩の宿を求めて、ゆっくりと馬車を走らせ始めた。
「で、ルイ坊ちゃん。ミンクリスの幼獣をどうするんですかい」
「そろそろ決めないとダメなのはわかってるんだけど、悩ましいよね……」
ミンクリスの赤ちゃんを保護した日の夕方に、僕たちはこの小さな村にたどり着いた。気がつけば、もう数日滞在している。
着いた初日に、村長から効果は弱いけれど
その甲斐あってか、赤ちゃんは今では目も開いて、リュカと遊べるくらいに元気を取り戻した。驚異の回復力だ。
ここまで回復すれば、もう大丈夫だろう。僕とドニは旅を再開するにあたって、赤ちゃんの身の振り方をどうするのか、ひそひそと相談をしていた。
「クククー」
「くくくー」
「ククックー?」
「くくっくー?」
ミンクリスの赤ちゃんの鳴き声を真似て、リュカも鳴く。
リュカは赤ちゃんの寝床から片時も離れず、それはそれは可愛がっていた。とてもではないけれど、僕たちの話は聞かせられない。
「赤ちゃんを連れて行くか、里子に出すか、野生に返すか。三択だけど……」
「赤ん坊を野生に返すのは、みすみす死なせるようなもんですぜ」
「そうだよね」
せっかく助かった命だ。できることなら、生を全うしてほしい。
「親から託された責任もあるし、連れていってあげたいのは山々なんだけど……」
馬車旅で生き物……それも生後一ヶ月の赤ちゃんを連れて行くなんて、無謀だろう。餌やり・水分補給・トイレ・運動と、少し考えるだけでも問題はたくさんある。
それに、もしも病気になってしまったら?
人間と違って意思を伝えられないのだ。旅に連れて行くのは、僕たちのわがままではないか。
「言いにくいんですが、里子も良し悪しですぜ」
「えっ? そうなの? でも、ミンクリスって、ペットとして人気だよね?」
「へえ。まあ、それはそうなんですがね……。実は、ミンクリスの毛皮は高値で売れるんでさあ。飼おうにも、手間や食糧がかかりやす。小さな村の負担を考えれば、ある程度の大きさに育った途端、売り払って金を手に入れよう、となってもおかしくねえですぜ」
「そんな……」
僕は絶句して、こんなにかわいいミンクリスの毛皮を、と想像しかけた頭をぶるぶると振る。
いよいよどうしようか悩んでいたその時、リュカが言った。
「にぃに~! あかちゃん、おにゃか、ぺこぺこ~」
「……赤ちゃん、お腹が空いてるの?」
「あいっ」
(そう言えば、アンデッドが『赤ちゃんを助けてほしい』って言ってるって、リュカが言い出したんだよな……)
試しに用意したミルク皿に顔を突っ込み、がぶ飲みする赤ちゃんを見守りながら、ドニに尋ねてみる。
「……リュカは、ミンクリスの気持ちがわかるみたい。でも、そんなことってあるのかな? まだ三歳だから、スキルはないはずだよね?」
「うーむ。もしかしたら、リュカ坊ちゃんには才能があるのかもしれやせん」
「才能? スキルじゃないの?」
初めて聞く話に、僕は首を傾げる。
「俺も詳しくないんですがね。一部のスキルは後付けなんじゃないかと、まことしやかに言われてるんですぜ。ルイ坊ちゃんで言うと、計算が得意……つまり才能があったから、計算スキルを授かったというやつでさあ」
「リュカだと、そもそも動物の気持ちがわかる才能があるってこと?」
「へい」
(スキルって因果なの? じゃあ、僕の鑑定や生活魔法って、どうして授かったんだろう?)
一瞬、思考が脇道に逸れたけど、いまは赤ちゃんをどうするかだ。見るからに相思相愛の一人と一匹を引き離すのは、気が引ける。
「リュカ坊ちゃんの場合は、十歳の洗礼で
「
「平たく言うと、動物と意思疎通ができるようになるスキルでさあ。ただ相性があって、人によっては犬系だけ、鳥類だけと限定されることもあるんだとか。リュカ坊ちゃんの才能がどこまでかはわかりやせんが、いずれにせよしつけも世話も格段に楽になるかと。となれば、連れて行くのも不可能ではないですぜ」
ドニが
僕の心の天秤がどちらに傾いているかなんて、全部まるっとお見通しなのだろう。
「……うん。よし、決めた。連れて行く!」
「それでこそ坊ちゃんでさあ」
「なるべく、赤ちゃんが快適な馬車旅を過ごせるように準備しよう。それでも負担がかかるようなら、その時は責任持って可愛がってくれる里親を見つけるよ」
「わかりやした」
赤ちゃんはお腹いっぱいミルクを飲んで、ぺろぺろと口を舐めている。リュカもつられて舌をぺろぺろしていて、つい笑ってしまった。
「ククク~!」
「おにゃか、いっぱい~」
(家族として迎えるのであれは、良い名前をつけてあげないと)
赤ちゃんの歌うようなかわいい鳴き声を聞いているうちに、僕はぴったりな名前が思い浮かんできた。
「……リュカ。赤ちゃんの名前だけど、
「う?」
「まだリュカにはちょっと言いにくいか。そうだな……メロちゃん、だよ」
「めろちゃん! かあいい!」
「ククー!」
本人ならぬ本獣も、名前を気に入ってくれたみたいだ。リュカと一緒になって、嬉しそうにくるくると回っている。
こうして、僕たちの旅に、ミンクリスの赤ちゃんであるメロディアが仲間に加わったのだ。