僕の誕生月のお祝いからしばらく経ち、春もなかば頃。

 セージビルはにわかに慌ただしい雰囲気になった。待ちに待ったアグリ国まで続く街道が、ついに雪解けで通れるようになったのだ。

 そのため、僕たちと同じように足止めをくらっていた商人たちが、一斉に旅立ち始めた。

「ねえ、ドニ。僕たちはいつ頃出発するの?」

「この時期は、まだ寒さがぶり返すこともあるんでさあ。なもんで、少し様子を見て……七日後に出発しやしょうか」

「ふーん。そうなんだ。わかったよ」

 諸々の準備は大人に任せる。僕とリュカはお世話になった教会やテオドアさまに、お別れの挨拶をして回ることにした。

「にぃに、りしゅと、ばいばい?」

「……うん。そうだよ。『ばいばい』だけど、またいつか遊びに来ようね。だから『またね』もしよう」

「……ぐすん」

 リュカはせっかくできたお友達とのお別れに、しょんぼりとうつむいている。僕も、リュカにまたお別れを経験させてしまうことに、心が痛かった。


 いよいよ教会に通うのも最後となったその日は、子どもたちが門まで見送ってくれた。

「アリスちゃん、リュカと遊んでくれてありがとうね」

「りしゅ……ぐすん。ばいばい……」

「りゅーくん。またね!」

「……あいっ。まちゃね」

 アリスちゃんはリュカの両手を握って、元気に言う。そのあっけらかんとした笑顔につられて、リュカも泣き笑いの笑顔を返していた。

(アリスちゃん、ありがとう……!)

 リュカが泣きわめくことを覚悟していた僕にとっては、アリスちゃんの潔い別れの挨拶はさまさまだ。

 そして、教会図書館では、テオドアさまが僕の出立を惜しんでくれた。

「せっかく、久しぶりに見どころのある弟子と会えたと思ったんじゃがのう」

「弟子と言ってもらえて、うれしいです。僕も、もっとテオドアさまに教えてほしかった」

 ひと月半では全然足りない。もしも許されるなら、きちんと弟子入りしたいほどだった。

「ほっほっほっ。なあに、学ぶことはどこでもできるものじゃ。読み終わった本の感想に、ヴァレーの植物や葡萄のこと。なんでも手紙に書いてくれれば、わしもうれしいのう」

「ありがとうございます! 遠慮なく、手紙を書きます」

「うむ。おお、そうじゃ! 時どきで良いから、ヴァレーのワインも届けてもらえんかのう。わしはワインが大好物なんじゃ」

 テオドアさまが茶目っ気たっぷりに言ったその言葉に、僕はむしろ気持ちが楽になった。

 僕が家庭教師の代金を渡そうとしても、テオドアさまは「わしが好きでやってることじゃからの」と言って受け取ってくれなかったのだ。

 きっとテオドアさまの教えを、大金を積んでも受けたいという人は多いと思う。それがわかっていたからこそ、返せるものがない僕は気を揉んでいた。

「……もちろんです。楽しみにしててくださいね!」

 一等上等なワインを贈って、テオドアさまを驚かせよう。そう心に決めて、テオドアさまと握手を交わす。

(いつか、また)

 こうして、僕たちはお世話になった人たちに別れを告げた。

 さあ、旅の再開だ。