春の雪解け

 リュカは教会、ぼくは教会図書館で。そんなふうに充実した毎日を過ごしていたら、ひと月半なんてあっという間だ。

 日に日に春めいてきたなか、ぼくは十四歳の誕生月を迎えた。今日はセージビルでも少しお高めな食堂で、みんなにお祝いをしてもらう。

「「「「坊ちゃん(にぃに)、十四歳おめでとうございます(おめっとー)」」」」

「ありがとう!」

 ぼく……ううん、僕とリュカは果実水で乾杯だ。

 大人たちは、僕が正体をなくさない程度ならお酒を飲んでもいいよと言ったせいで、嬉々としてジョッキを空けている。

(そんなにかぱかぱ飲んで、本当に大丈夫なのかな?)

 一抹の不安を抱きつつ、次々と運ばれてくるご馳走におしゃべりの花が咲く。

 あの時食べたあれが美味しかったとか、ヴァレーはどんな良いところがあるのかとか、取り留めない話が弾みに弾んで楽しい食事だ。

 さらに食事の終わりには、思いがけずみんなからプレゼントをもらってしまった。

「筆まめな坊ちゃんに、こりゃあぴったりだと思ったんでさあ」

 ドニから手渡されたのは、にリーフ模様が彫られた品の良いレターナイフだった。

 僕が手紙を書くことが多いのを知って、長く使える良い品をわざわざ探してくれたらしい。

「わあ……。ドニ、ありがとう! 大事にする!」

「喜んでもらえて良かったですぜ」

 僕にしては珍しく満面の笑みでお礼を言うと、ドニは照れくさそうに頬をかいていた。

 次いでブノワからは、チーズの詰め合わせだった。

 チーズはそのまま食べても良し、料理に入れても良し。使い道がたくさんで、いくらあっても困ることはない。

 それに、秘密にしていたわけじゃないけれど、僕の大好物なのだ。特にハードタイプには目がない。

「ブノワはなんで僕がチーズ好きだって気づいたの?」

「……勘だ」

 不思議に思って聞いてみたら、まさかの野生の勘だった。さすが熊だ。

 お次は……とチボーを見ると、高らかに陶器の小瓶を差し出してきた。

「じゃじゃーん! オレからのプレゼントは、海の塩っす!」

「えええ! 海の塩!?

 僕がこんなに驚くのにもわけがある。

 というのも、ソル王国は海とは無縁の内陸なので、日々の暮らしで使う塩は岩塩だ。必然、国内に出回っている海塩は輸入物で、塩にしては高価だった。

 チボーに聞くと、先日たまたま見て回った露店でこの海塩を見つけて、「これだ!」と即買いしたらしい。

「……大丈夫? 騙されてない?」

「ルイ坊ちゃん、疑うなんてひどいっすよ!」

 そう言われても、心配なものは心配だ。悪質な商人だと、塩に砂を混ぜてかさ増しして売る……ということもあると聞く。僕は蓋を開け、手のひらに中身を少し出して鑑定してみた。


【名前】マリンブリーズソルト

【状態】可

【説明】食用可。セーファラーズ海国原産の海塩。海水特有の栄養が豊富。ほのかな甘みと、まろやかなえんが特徴。風味が良い。湿気やすいので保管に注意が必要。


「おおお! 本物だ! チボー、ありがとう。ぺろっ……うん。確かに深みのある良い塩だ」

「へへ、ルイ坊ちゃんは料理がうまいっすからね。その塩ならいつもの料理が何倍にも美味くなるって商人が言うもんすから、奮発したっすよ!」

 鼻をこすったチボーが良いこと言ったとキメているけど、どうせこの塩で作った料理を自分たちにも食べさせてほしいという魂胆だろう。見え見えだ。

 そうして、プレゼントももらったことだし、そろそろ締めかと思ったらまだだった。

 ドニに椅子から下ろしてもらったリュカが、もじもじと恥ずかしそうにしながら、筒状に巻かれた絵を僕に差し出したのだ。

「あいっ、にぃに。おたんどーび、おめっとう!」

「リュカ、ありがとう……!」

 受け取った絵のリボンをほどいて、丁寧に開く。そこには、人の顔が描いてあった。焦茶のわしゃわしゃ髪に、ぐるぐるの青い目。真っ赤な口は弧を描いている。

「……これはもしかして、僕?」

「しょー! にぃに~! りゅー、にぃに、だーいしゅき!」

「……っ」

 リュカが僕に抱きついてくる。その小さな背中を、絵を持った手とは反対の手で抱きしめた。

 僕が最後に誕生月を祝ってもらったのは、十歳の時。まだ元気だった父さんと優しかった母さんが、二人でお祝いしてくれたのが最後だ。

 だから、「おめでとう」と誕生を祝われる嬉しさを忘れかけていた。

(……生まれてきて、良かったなあ)

 頬が温かい。これ以上ないとびきりのプレゼントに、僕は心からそう思うのだ。