お料理教室

(なんでこんなことになったんだろう……?)

 ぼくは自前のエプロンを着て、本職の料理人と厨房で肩を並べていた。

 そもそも。こんな摩訶不思議な事態になったきっかけは、夕食おわりにストック用の料理を作ってほしいと女将さんにお願いをしたことだった。

「料理を作って売ってくれないか、ですか?」

「はい。ここの料理がすごく美味しくて。旅の間も、ぜひ食べたいなあって」

「そうはいっても、保存が効かないからすぐ腐ってしまいますよ」

「ああ。それは大丈夫です。ぼく、生活魔法の収納ストレージが使えるんで。これでも、結構な量を仕舞っておけるんですよ」

「あら、そうなんですね。……あなたー、いまちょっといいかしらー?」

 女将さんに呼ばれて、厨房からぬっとゲジ眉ゴリマッチョな男性が顔を出した。

「なんだ」

「このお客さんが、料理を作って売ってほしいんですって」

「……。材料費と手間賃がかかるが、いいか?」

 ぎろっと睨まれたのでてっきり断られると思ったけれど、意外にも了承が返ってきた。

「! もちろんです!」

「なら、作ってやる。量はどのくらいだ?」

「できれば四~五品で、一品につき五人前はあると嬉しいんですが、大丈夫ですか?」

「それなら問題ない」

「じゃあお願いします! 楽しみにしてます!」

 ぼくが喜んでいると、ドニたちが呆れた顔をしてこちらを見ていた。

「ルイ坊ちゃんは、リュカ坊ちゃんのことを食いしん坊だと言いやすが、俺たちからすればルイ坊ちゃんもよっぽどの食いしん坊ですぜ」

「そうっすよねー。この兄にしてこの弟あり、って感じっすよねー。っていうか、ルイ坊ちゃんのうまい手料理を食べて育ったから、リュカ坊ちゃんは食いしん坊になったんじゃないっすか?」

「おお、絶対そうだぜ!」

「(こくこく)」

 何やら外野がうるさいけれど、無視だ。でも、旦那さんは手料理のくだりになぜか興味を持ったようだ。

「坊主、料理するのか」

「え、はい。一応……。といっても簡単な家庭料理ですけど」

「いやいや、坊ちゃん、けんそんはダメっすよ。そりゃあ本職には負けるかもしれないっすけど、こないだ食べさせてくれたシチュー、めちゃくちゃ美味かったっすよ!」

「チボー、うるさい」

「ふむ」

 口の軽いチボーが、ぺらぺらと茶々を入れてくる。褒めてくれるのは嬉しいけれど、さすがに本職の前で言われるとバツが悪い。

「……坊主。明日の昼飯のあと、ひまか?」

「え、はい……」

「なら、手伝え。それと、もし何か珍しい料理や食材を知っていたら教えてくれ。手間賃は負けてやる。内容によっては、材料費もだ」

「それは……」

 正直、魅力的な提案だ。この旅で結構お金を使ってしまっているので、節約できるならしたい。でも、美味しいものは食べたい。

「俺は、元王宮料理人だ。その技を一つでも盗んで、弟にうまいもんを作ってやれ」

 そんなことを言われたら、やらないわけにはいかない。

「やります!」

「その意気だ」

 煽られて衝動的に受けてしまった。でも、旦那さんの言うとおり、こんな機会はなかなかないだろう。

「……ただ、良いんですか? ぼくなんかが厨房に入って」

「誰でも良い訳じゃない。が、坊主なら構わん」

「旦那さんがいいなら……。邪魔にならなければいいけど」

「調理は俺がやる。坊主は下ごしらえを手伝え。それなら問題ない。それでも心配なら、坊主の知っている目新しい料理の情報で帳消しだ」

「やけに、目新しい料理にこだわりますね」

 ぼくの言葉に、旦那さんは難しい顔をしてため息をついた。

「……昔、王都で修行していた時は、ほかにも修行しているやつがたくさんいた。流しの料理人もだ。そいつらが作る、故郷の郷土料理や荒削りな創作料理。俺はよく、そこから学んだものだ」

「? なるほど?」

「この小さな村に自分の店を持ったいま、そんな機会はない」

「ああ、要は新しい料理に飢えてる、と……」

「そうとも言うかもな」

「……わかりました。それならいくつか知ってる……はず。なら明日、魚介を多めに仕入れることって、できますか?」

「ああ。わかった。仕入れておく」


 そして冒頭に戻る。

「さて、坊主。作りたいものはなんだ」

「パン包み・天ぷら・フライ・パエリア・ワイン蒸しの五品です。知っている料理はありますか?」

「パン包みとフライはわかるが、ほかは知らん」

「それなら、良かった。作り方はこの木板にまとめてあります」

「……ふむ。この木板はもらえるか? 手間賃・材料費はなしでいい」

「はい!」

 太っ腹な旦那さんの言葉に、ぼくはほくほくだ。

 旦那さんはぼくが書いた木板を読むと、作る順番や段取りの見当をつけている。一つ頷くと、ぼくに仕込みの指示をだしつつ、テキパキと魚介の仕込みや調理をこなしていった。

 ナイフで大きな魚をおろすその鮮やかで無駄のない手捌きは、惚れ惚れとするようだ。

(やっぱり本職の料理人はすごい……!)

 ぼくは野菜の仕込みをしながら、その手捌きを感心して見ていた。

「技を盗め」と言ったくらいだ。はなから、手取り足取り教えてもらえるとは思っていなかった。

 でも、旦那さんはぶっきらぼうな喋り方で、ところどころコツを解説してくれたのだ。

 特に勉強になったのは、パン包みに使う予定のベシャメルソース。基本中の基本のソースだ。これ一つで、色々な料理に応用できる。

 ぼくが瞬きを忘れて凝視していると、旦那さんは火の強弱はこう、いつ何を入れるのか、どのくらい混ぜるのか、塩加減はこのくらい、と事細かに作って見せてくれた。

 その後はぼくにも作らせて、ここはこうすると良いとアドバイスまで!

(これでもう、失敗せずにベシャメルソースを作れる……!)

 グラタン・ラザニア・シチュー・パスタ、どんと来いだ。今回、これが一番の収穫だったかもしれない。

 二人でさくさく調理を行い、夕方の仕込みに余裕で間に合う時間に、すべての料理を作り終えたのだった。


 今回作ったのは計五品。二人で少しずつ味見をする。作ったものの特権だ。

 一品目の『パン包み』は、前世でいうクロックムッシュに近い。

 手持ちの食パンにチャーという白身魚・サーモン・フラット貝のペースト・ベシャメルソースを挟んで、オーブンでこんがりと焼いた。

(これにチーズか目玉焼き、もしくはシンプルにバターだけ乗せても美味しそう……)

 手早くガッツリ食べたい時に重宝するし、四等分に切ればリュカも食べやすいだろう。

 二品目は『天ぷら』だ。

 旦那さんがこだわって調整した衣を纏わせて、魚介と野菜を揚げる。特に、甘味のある芋やかぼちゃはリュカが気に入ると思うので、多めに揚げてもらった。

「これは塩で食べるのか?」

「基本はそうです。リモンの皮をすりおろして塩と混ぜても、爽やかになっていいと思いますよ」

 三品目の『フライ』は、天ぷらを揚げるだけではオイルがもったいないので、ついでに揚げてもらった。いわゆるフィッシュ&チップスだ。

 衣に旦那さん特製のブレンドハーブを混ぜたおかげで、香りがとても良い。トマトソースも美味しいけれど、元日本人のぼくにとってはコレジャナイ感が強かった。

(フライはやっぱりタルタルとソースで食べたい……)

 つぎは四品目。ぼくが一番楽しみにしていた『パエリア』だ。

 シザーズシュリンプやフラット貝などの魚介や野菜がどっさり。その下の大麦が見えないくらいだった。

「……! 美味しい!」

「うまいな」

 旦那さんが毎朝丁寧に仕込んでいるというチキンスープが、いい仕事をしている。肉と魚介の旨みをたっぷり吸った大麦に、涙が出そうになった。これは、リュカが目の色を変えて食べそうだ。

 ぼくもうっかり米欲がかき立てられて、味見以上に食べてしまいそうになった。危ない。

 最後、五品目の『ワイン蒸し』は、酒蒸しをアレンジした料理だ。

 たくさんの魚介・ガーリック・ネギ・塩少々に白ワインをたっぷり注ぎ、蓋をしてさっと弱火で煮る。これにパスタを入れてもいいし、パンにつけてもいい。アレンジの幅は結構広いのだ。

 大人向けにシンプルな塩味だけど、辛味をつけるとお酒が進む一品にもなる。

「はあー。たくさん作りましたね……。ありがとうございました。材料もいっぱい使わせてもらって……。勉強になりました」

「ああ。……坊主は、筋がいい。きちんと修行すれば、良い料理人になる」

「ははは。そうですか?」

 本職の料理人に褒められると、やっぱり嬉しい。それに久しぶりにちゃんと料理をして、あながち、ドニたちが言っていたことは間違いではないと気づいてしまった。

 ぼく自身が「美味しいものが食べたい!」と思っているのは確かにそうだけど、リュカの「おいちい!」が聞きたくて、ぼくは料理しているようなものなのだ。