宝石湖のビジュラック村

 ぼくたちが『藍紫色シアンの宝石』と呼ばれる美しい湖で有名なビジュラック村に着いたのは、昨日の日暮れのことだ。その頃にはもう辺りは暗く、楽しみにしていた湖はほとんど見えなかった。

 そのこともあって、ぼくは遠足当日の子どもみたいに今朝は早起きだ。

 寝ぼけ眼のまま、同室のリュカとドニを起こさないように、そっとカーテンをめくって外を眺める。

 さすが、美食と窓から湖を望める絶景の高級宿オーベルジュといううたい文句は、伊達ではなかった。

 紫紺から群青へと濃淡を描いていた空が、だんだんと明るくなってくる。世界が光を取り戻していくにつれて、湖が霧をまとった姿で現れた。その遥か遠く先には、白の山脈と呼ばれる山々が、霧の間から垣間見える。

(わあー……。さすが『藍紫色シアンの宝石』と言われるだけあって、ものすごく綺麗だ……。早起きして良かった)

 まるで、うっかり神々の世界に迷い込んだかのような光景に、ぼくは静かに息を呑む。

 少しだけ朝の湖を堪能するつもりだったのに、刻一刻とうつろう色彩にいつまでも目が離せなかった。

「ふわあぁ。あれ、ルイ坊ちゃん、もう起きてたんですかい」

「う~、にぃに~。おあよ……」

「ドニ、リュカ、おはよう。なんだか、わくわくして目が覚めちゃって……」

 結局、ぼくはドニたちが起きるまで、ぼんやりと湖を眺めていたらしい。声を掛けられて、夢から覚めたように意識を取り戻した。

 同時に眠気が戻ってきて、頭もまぶたも重たく感じる。あくびを噛み殺しながら身支度を整えると、お寝坊なチボーとブノワを叩き起こして、宿の隣に併設された食堂に向かった。

 朝食はベーグルみたいなパンに、サーモンの燻製・炒り卵・チーズを挟んだサンドイッチだ。それに、温かい澄んだ色のスープがついている。

(このサーモン、燻製の香りが香ばしくて美味しい! スープも魚介出汁なんて前世ぶりだ……)

 料理に使われている魚介は、すべて湖で獲れたものを使っているらしい。魚介に飢えていたぼくは、言葉を忘れてむさぼってしまった。

 ドニが奮発して予約を取ってくれたこの湖畔の宿は、これまで泊まった中でも一番だ。部屋からの眺めも雰囲気も食事も文句なしに最高で、ぼくは心から旅を満喫していた。

 朝からお腹いっぱい食べると、早起きだったぼくも幼児なリュカもおねむになってしまう。

 村や湖を見て歩きたい気持ちはあるけれど、諦めて二人で優雅に朝寝を楽しんだ。たまにはこんな日があってもいいだろう。

 そうして、すんなりと起きられたのは、お昼頃だった。

「さて、どうしやすか。宿で食べても良いですが、せっかくなんで昼メシがてらちょいと村を見て回りやすか?」

「賛成!」

 ドニの鶴の一声に、ぼくは飛びついた。

 全員で外へと繰り出す。たっぷり寝て元気いっぱいのリュカは、ドニの肩車できゃっきゃしていた。

 湖から村を縫うように流れている川沿いを歩く。所々に小舟が泊まった停泊場があって、前世にテレビで観た水の都・ヴェネツィアみたいな雰囲気だ。

(水がすごく透明。あ、魚が泳いでる!)

 穏やかな川面と、赤茶色の瓦屋根の家々が並ぶレトロな景観に、心が洗われるようだった。

 村のあちこちを散歩しつつ、通りがかりにたまたま開店していた食堂で、昼食をテイクアウトする。

 ついでに給仕に聞くと、冬は閑散期で開いているお店が少なく、漁師もほとんど漁に出ないのだとか。

「夏なら市もあるし、小舟で河から湖をぐるっと周ることもできるんですけどね」

「そうなんだ……」

 新鮮な魚介を仕入れたいと思っていたぼくは、当てが外れてがくっと肩を落とした。こればかりはどうしようもないので、時期が悪かったと諦めるしかなさそうだ。

 気を取り直して、ぼくたちは湖まで戻って来るとほとりのベンチに腰掛ける。

 朝の霧が嘘のように、透明度の高い明るい青のみなが、日に照らされてきらきらと光っていた。最高のピクニック日和だ。

 湖にはぼくたち以外の人気はなく、しんと静かだった。そこに、楽しそうな声が響く。

「ま~て~」

「きゃあああ~」

 ドニと追いかけっこしているリュカが、甲高い声を発しながらよちよちと逃げていた。

 逃げた先では、チボーとブノワが大人気なく通せんぼ。回れ右したリュカは結局ドニに捕まって、高い高いの刑に処されている。