葬儀と出産

 ゴーーーン……ゴーーーン……ゴーーーン……。北のはずれにある墓地兼火葬場に、物悲しい弔いの鐘が鳴り響く。

 まるで空まで泣いているかのような、冷たい小雨の降りしきるなか、父さんの葬儀は執り行われた。

 周囲の大人の手を借りつつ、ぼくが喪主を務める。

 出産を来月に控えて、すっかりお腹が大きくなった母さんは大事をとって欠席していた。どのみち、悲しみから毎日すすり泣くばかりで、ここに来られる気力も体力もなかったと思う。

 支柱で支えられた吹きざらしの石のお堂に、棺が納められる。早咲きのスノー・ローズに囲まれた父さんは、眠るように安らかだった。

「ルイ、こんなことになって、なんと言ったら良いか……。マルクは愛する家族に囲まれて、幸せだった」

「間違いないわ。……ルイ、困ったことがあったら、遠慮なく頼ってねぇ。わたしも旦那も、あんたの味方だよ」

「ダミアンさん、ポリーヌさん……。ありがとうございます……」

 父さんが勤めていた商会の商会長ダミアンさんとその奥さんのポリーヌさんが、喪服に身を包んでお悔やみを言ってくれる。いつもは陽気で気さくな人たちが、意気消沈していた。

 ぼくは葬儀に駆けつけてくれた人たちと、挨拶を交わす。

 司祭様が聖歌を捧げるなか、一人ずつ順番に、父さんと最後のお別れをした。父さんの友人知人、ご近所さん、ダミアン商会の人たち、そして最後にぼく。

 全員のお別れが済むと、棺に蓋をして火が放たれた。

 棺から立ち昇る炎を離れた場所で見つめながら、ぼくたちは指を組み、ただひたすらに祈る。

(父さん、どうか安らかに……)

 この世界でも、火葬が一般的だった。土葬は流行はやりやまいの原因になるというのもあるけれど、一番の理由はアンデッドとして蘇ってしまう危険性があるから、だそうだ。

 そのことを初めて聞いた時、ぼくはあまりのファンタジーさに「アンデッドっているんだ……」と、遠い目をしてしまった。

 二時間後に炎は完全に消えて、遺灰は骨壷に納められる。

 ふつうならこのまま墓地に納骨するのだけれど、ぼくは聖別符を司祭様に貼ってもらい、家に持ち帰った。

 父さんは最期に「故郷のアグリ国に納めてほしい」と言い残していたのだ。だから、ぼくが十六歳で成人したら、アグリ国を訪れて納骨するつもりだった。

(時間はかかっちゃうけど、絶対アグリ国のおじいちゃんとおばあちゃんの元に届けるからね……)


 そうして、父さんの葬儀を終えてからも、ぼくにゆっくりとする時間はなかった。なにせ、母さんの出産が控えているのだ。予定日まで、もうひと月しかない。

 産婆さんやナニーさんの手配。衣食住の冬支度。生まれた赤ちゃんを育てるのに必要なものの準備や、出産に関する国への手続きの確認など。

 これは、出産経験のある商会の女将、ポリーヌさんが親身になって手伝ってくれた。男のぼくには、前世の記憶があろうとも出産は未知のことなので、本当に助かる。

 今日だって、忙しい合間を縫ってナニーさんの面談に付き合ってくれているのだ。

「こんなに条件に合う人がいないなんて……」

「そりゃあ、良いナニーは貴族や裕福な商家が手放さないからねぇ」

 商人ギルドにナニーさんの紹介を依頼したところ、三人応募があった。

 ダミアン商会の一室を借りて、すでに二人は面談済みだ。けれど、給金を値上げすることにしんしたり経験がなかったりで、とてもではないけれど雇いたいと思わなかった。

 とうとう、最後の面談だ。しずしずと入室した人は、薄茶色のワンピースを着た上品そうな女性だった。事前に聞いていた話では四十代後半とのことだけど、もっと若く見える。

「エミリーと申します」

「どうぞ、座ってねぇ」

 軽くお互いに自己紹介をして、人となりやこれまでのナニーとしての経歴を聞いていく。キビキビとした口調とベテランの雰囲気は、ぼくとしてはかなり好印象だった。

「へえ~。下級貴族の家でこれまでナニーを。立派な経歴だねぇ。それで、紹介状はあるのかい?」

「それは……」

 エミリーさんがはじめて言いよどむ。困ったように眉を寄せ、頬に手を当てたままぼくをちらっと見た。ぼくがいると、できない話なのだろうか。

「ああ。この子は見かけによらず大人な子だから、大丈夫だよ。話してみな」

「そうおっしゃるなら……。わたくし、少し前にヴルガルニー男爵家でナニーをしていたのですが……。その、男爵に気に入られてしまったようで……。お断りしたら、紹介状も持たせてもらえないまま、奥様に屋敷を追い出されてしまったのです……」

「おや、まぁ……」

「そのうえ、あることないこと噂されてしまって、貴族どころか商家でも雇ってもらうことができず……」

 子どものぼくの前で話すことを躊躇ためらったのも、納得がいく。本当のことなら、呆れてしまう話だった。

「こちらの募集は大人の男性がご一家にいないとのことでしたし、食事付きの住み込みなのでうってつけだと思ったのです。それに、わたくし、一人娘がこの町に嫁いでいまして、近くにいられるのは助かります」

 エミリーさんを紹介してくれた商人ギルドの調書には、ヴルガルニー男爵家以前の勤め先からの評判は良く、貴族や商家でないならおすすめだと確かに書かれている。

(決まりだ)

 ポリーヌさんを見て、頷く。実績も人柄も申し分ない。採用しない理由がなかった。

「エミリーさん。ぜひよろしくお願いします。いつから働けますか?」

「いまは宿に泊まっているので、いつからでも」

 細かい条件などをすり合わせて、エミリーさんと握手を交わす。良い人を雇えて本当に良かった。

 エミリーさんを見送ったあと、そのまま部屋に残ってポリーヌさんと少し話す。

「赤子が生まれる前にナニーが決まって良かったよ。いや~、ルイは本当にしっかりしているねぇ。それに、準成人の十歳を超えていて、本当によかった。そうでなかったら、もっと手続きなんかが大変だったからねぇ」

「ポリーヌさんたちが手伝ってくれたからです。ぼく一人だったら、何をして良いかもわからなかった」

「よく言うねぇ。ルイはきっと良いお兄ちゃんになるよ。……ところで、サラはまだ立ち直れないのかい?」

「はい……」

 愛する夫を亡くした母さんは、最近やっと泣くことが少なくなってきた。けれど、まだ寝室の窓辺に座って、日がなぼんやりと外を眺めていることが多い。

 悲しみが癒えるまでそっとしておいてあげたいけれど、ずっと家に閉じこもっているのは体に悪いし、体力も落ちてしまう。

 ぼくは天気が良い日は母さんと手を繋いで、ゆっくりと近所を散歩するようにしていた。

(父さんが死んでまだ日が浅いから、無理もないか……)

 ぼくだって、父さんが亡くなって悲しい。けれど、生まれてくる弟妹のために、必死に自分を鼓舞してがんばっていた。……早く母さんに立ち直ってほしいという気持ちを、ぐっと抑えて。

「もし、赤ちゃんが生まれても、母さんがこのままだったらと思うと……」

「そうだねぇ。いくらナニーを雇ったところで、ほかに大人の手がないのは、ちょいと厳しいかもしれないねぇ」

「はい。夜はエミリーさんにお願いするとして、足りなければもう一人雇うことも考えてます」

「それは良いと思うけど、生活は大丈夫なのかい?」

「そのことで、実はポリーヌさんに相談があるんです」


 ぼくは出産準備をするなかで、気になったことがあった。それは前世と違って、便利な育児グッズがこの世界にほとんど存在しないということだ。

 特に、まだ子どものぼくが生まれてくる赤ちゃんのお世話をするにあたって、どうしてもこれだけはほしいと思ったものが、三つある。

 一つ目は、粉ミルク。

 ポリーヌさんから聞いたのだけど、この世界、母親が授乳するのは当たり前で、母乳が足りなければ近所から貰い乳をするらしい。

 それでも足りない場合は、ヤギ乳を加熱して冷ましたものを赤ちゃんの口に含ませるのだそうだ。

 その話を聞いて、ぼくは不安になった。

(母さんに授乳を任せきりにして、大丈夫かな……)

 かといって、近所のお母さん方に貰い乳をするのは、微妙な年頃のぼくとしては恥ずかしい。ヤギ乳だって、毎回火を通すのは面倒だ。母乳が出にくい体質もあると聞くし、深夜や早朝の授乳はどうしたら良い?

 そこで、前世のフリーズドライ技術を使って、なんとか粉ミルクを実現できないかと考えたのだ。

 二つ目は、哺乳器。これは粉ミルクとセットで、ぜひともほしい。

 父さんの看病で、吸い飲みがあることは知っていたけれど、赤ちゃんに使うとなるとえんが怖い。

 けれど、もし哺乳器があれば、誰でも簡単にミルクが作れるようになる。さらに贅沢を言えば、耐熱・耐衝撃があれば言うことなしだ。

 三つ目は、おむつ。

 いまでも布おむつはあるけれど、汚物の処理や大量の洗濯は頭の痛い問題だった。ぼくの前世が、潔癖と言われた日本人だからだろうか。

 それに、庶民が布おむつに使う布は、質の悪い粗い布だ。それだと、繊細な赤ちゃんの肌はかぶれてしまう。

(真っ赤に腫れた赤ちゃんのお尻なんて、かわいそう過ぎて泣けてくる……)

 育児グッズは、もちろん自分が必要だからという理由が大きいけれど、下心もあった。

 ダミアン商会と共同開発して少しばかりでもお金をもらえたら、赤ちゃんの育児が楽になる。そのうえ、生活の足しにもなって一石二鳥なのでは? と考えたのだ。

 都合が良いことに、ぼくは商会に勤めていた父さんから、生前、商会ギルドに特許のような仕組みがあることを教えてもらっていた。


「──ということで、商会との共同開発をお願いできませんか。まず、粉ミルクは、氷魔法が使える魔法師と薬師が必要です。ありがたいことに、ぼくは鑑定や生活魔法が使えるので、開発の手伝いや監修ができます」

 あらかじめ、木板に書いておいた仕様書をポリーヌさんに見せつつ、説明する。こんなところで、前世のプレゼン経験が活きていた。

「哺乳器は、サップ・プランツが容器の素材として使えると思うんです。それと、スライムゼリーに灰を入れると硬さを調整できますよね? 飲み口の部分には、硬めのスライムゼリーを使うのはどうですか」

 このサップ・プランツというのは不思議な植物で、枝に細長い袋をいくつもつけるらしい。はじめて父さんに聞いたときは「ウツボカズラみたいだな」と思ったものだ。

 細長い袋には樹液が蓄えられていて、採取すると時間経過で固まる。しかも、軽くて割れにくく、どこにでも生えるので安価。この世界ではガラスの代わりに使われることも多い、人気の素材だった。

 ちなみに、うちの窓も通りを走る馬車の窓も、このサップ・プランツからできた透明な板がはめ込まれている。

「それと、布おむつは赤ちゃんの肌に優しい二層構造を考えてるんです。肌側は柔らかいスライムシートで吸水力を高め、布側は硬めのスライムシートで水漏れを防ぎます」

 この世界のスライムは、なんでも食べるお掃除屋さんとして、下水や汚泥のある場所で大活躍なのだ。

 しかも、体内にある核を壊した後に残ったジェル状の体……スライムゼリーを乾かせば、吸水力抜群のポリマーみたいな素材になる。ソル王国は乾いた土壌なので、土の水分を保つために農業でよく使われていた。

 さらに、スライムゼリーに灰を混ぜれば混ぜるほど、吸水力がなくなる代わりにまるでゴムのような素材になる。まさに一石三鳥。その便利さと需要の高さから、ソル王国では飼育繁殖されているくらいだ。

 矢継ぎ早なぼくの説明に、ポリーヌさんは呆然としている。

「こんなこうとうけいな……。いや、でもこれを読む限り……、まったく実現できないわけでも……ないねぇ」

 ポリーヌさんは、しばらくぶつぶつと考えて込んでいた。けれど、だんだんと話が飲み込めたのか、十分に可能性があるとわかると目をらんらんと輝かせたのだ。

「もし、本当にこれが実現できれば、すべての母親が大助かりだよっ! それに、この可能性に賭けないなら、商人じゃないねぇ! ぜひやろうじゃないかい! 例え旦那が反対しようとも、わたしが責任持って説得するよ!」

 ポリーヌさんがそうまくし立てる。それはもう、ぼくの方がたじたじになってしまうほどの勢いだ。

 でも、そんなパワフルで肝っ玉母さんなポリーヌさんの協力とやる気が、ぼくはうれしかった。

(強力な味方ゲットだぜっ! ってことで良いのかな?)


 年が明けて、ますます冬の寒さが厳しくなってきた頃。

 母さんの出産が間近に迫っていた。詳しくは教えてくれなかったけれど、どうやら二~三日前に兆候があったらしい。

おしるしがあってからすぐに出産が始まることもあれば、七日以上かかることもあります。個人差があるので、慌てずに待ちましょう」

「そうなんだ……」

 エミリーさんの言葉に、目から鱗が落ちた。

 ぼくの出産の知識といえば、「破水したら赤ちゃんが生まれる」くらいのものだったので、エミリーさんがいてくれて本当に良かった。そうでなければ、慌てて治療院に駆け込むところだった。

 お産前の最終確認をしながら、じりじり待つこと数日。

 今朝からお腹が張ると言って、母さんは寝室をうろうろと歩きまわっていた。座っているよりも、立ったり歩いている方が楽らしい。

「ど、ど、ど、どうしよう……。エミリーさん、もう産婆さんを呼んできた方が良い?」

「まだ痛みが強くないみたいですし、間隔も長いのでもう少し様子を見ましょう」

「わ、わかった」

 ぼくは手持ち無沙汰で、母さんに温かいお茶を淹れたり、軽い食事を用意する。今朝は一段と冷え込んだので、暖炉に薪を追加して部屋を暖めた。

 数時間もすると、母さんは立ったままベッドの縁に突っ伏して、うめき声を上げ始める。

「うううぅ……」

「……ルイさん、産婆さんを呼んできてください」

「! わかった!」

 転がるように、ぼくは家を飛び出す。外に出ると、寒暖差がゆるやかなソル王国にしては珍しく、大雪が降っていた。

(どうりで寒いはずだ……)

 気が動転して、雪が降っていることにすら気がついていなかった。ぼくは慌てて引き返して、玄関に用意しておいた長靴・かっぱ・綿入りの温かい防寒具を身につける。これらも、ダミアン商会と共同開発した品々だ。

 改めて家を出ると、普段は馬車が忙しなく行き交う北大通りを、傘を差しながら歩く。

 この国の主な産業は、鉱石と鉱石の加工だ。国の東西に点在する鉱山から掘り出された鉱石が、王都ミネライスに運ばれてくる。

 そのせいか、王都は鉱石の加工エリアと商業エリアがくっきりとわかれていて、エリアとエリアを結ぶ主道路はかなり道幅が広かった。

 本来なら通行の便が良い通りで、何台もの馬車が立ち往生して路肩に止まっている。御者たちが慌てて雪かきを始めていた。

(この国では必要ないかもと思ってたけど、雪の準備をしておいて良かった……)

 初めての、そして最後だろう弟妹のために、ぼくは念入りに準備をしてきたつもりだ。けれど、名前だけはどうしても最後まで決められなかった。

 母さんにも「どんな名前が良いと思う?」と聞いたけれど、答えは返って来なくて……。だから仕方なく、ぼくは一人で考えていた。

 赤ちゃんにとって、名前は最初の贈り物だ。「生まれてきてくれてありがとう!」という気持ちを込めて、考え抜いた名前をつけてあげたかった。

 ぼくは交差点を左に曲がり、中央広場方面に向かって西大通りを真っ直ぐ進む。

 赤ちゃんの名前に頭を悩ませているうちに、治療院が見えてきた。


 ぼくは無事、産婆さんを家に連れてくることができた。

 産婆さんの到着に安心したのか、母さんの陣痛はいよいよ大きくなったようだ。うんうんと唸り、額には汗がびっしょりと浮かんでいる。破水もあったらしい。

 母さんが苦しむ様子に、ぼくはそわそわと落ち着かなかった。

(出産に立ち会う父親って、こんな気持ちなのかなあ)

 そうこうしているうちに、ぼくは準備ができた産婆さんに寝室から追い出されそうになる。

「ほれ、男の坊ちゃんは出ていくのじゃ」

「えっ! いやです。絶対に立ち会います!」

「何を言うておる。旦那ですら、嫁の出産に立ち会ったりしないものじゃ。ほれ、邪魔だから、あっちに行ってなさい」

「ぼくは旦那じゃなくて、兄です! それに、生活魔法が使えるから、手伝いとして重宝するはずです!」

 ぼくがきっぱりと言ってテコでも動かないぞと踏ん張ると、産婆さんはため息をついた。母さんのお産は進んでいて、言い争っている場合ではないと諦めたのもあるかもしれない。

「……せいぜい、こき使ってやるかの」

 ぼくが無理を通してでも立ち会いたかったのには、理由わけがあった。というのも、この世界、生活魔法の洗浄クリーンがあるにもかかわらず、いまいち衛生観念が安心できないのだ。

 ポリーヌさんや出産経験のある近所の母親たちの話によると、残念ながら出産後に亡くなってしまう赤ちゃんや、産後の熱で苦しむ母親が毎年それなりにいるとのことだった。

 なかには肛門病になった、血が足りなくてめまいが酷かった、乳房が岩のように硬くなって痛すぎて泣いたとか……。子どもとはいえ、男のぼくが聞くにはいたたまれない話もあったけれど、総じて聞けて良かったと思っている。

 ただでさえ、出産は母子への負担が大きい。ましてや、いまだに生きる気力を失っている母さんには、なおさらだろう。それに、まだ見ぬ弟妹には健やかに産まれ、育っていってほしかった。……ぼくの、たった一人のきょうだいなのだ。

 だから、産婆さんに怒鳴られながらも、ぼくは前世の知識と今世のスキルを活かして、できることはなんでもやった。

 寝室やお産に使う器具類、寝室内に立ち入る人などに徹底的に洗浄クリーンをかけて回る。井戸水はしゃふつしても心配だったので、水生成ウォーターでたっぷりと用意した。

 お湯がほしいと言われれば、望みの温度になるまで発熱ヒートもかける。

 そうして、母さんが産気づいてから数時間。ぼくが血の匂いに気分が悪くなり始めていた頃、母さんがひときわ大きくいきみ、叫んだ瞬間──

「ほぎゃー! ほぎゃー!」

!! 生まれたっ!!

「おめでとう、男の子じゃよ」

 小さく、けれどしっかりと響いた産声に、ぼくは胸が詰まって言葉が出なかった。

 産婆さんが処置をして赤ちゃんを綺麗にした後、まずは母さんに抱かせる。ぼくはその次に抱かせてもらった。

 顔をくしゃくしゃにして、ぼくの腕の中でほにゃほにゃと泣いている弟。

 肌は赤というより、紫がかっている。うっすらと生えた髪の毛は、色素の薄い茶色だ。きっと父さんに似たのだろう。

 生まれたばかりの弟は、なんだかずしりと重たい。それに、とても温かくて、光輝いているようだった。眩しい命のきらめきだ。

「きみの名前は、リュカだよ……。かわいいぼくの弟……。お兄ちゃんだよ……」

 あんなに悩んでいた名前が、もうこれしかないとすんなり口をついて出る。産まれたばかりのリュカが、まるで「呼んだ?」とでも言うかのように、ちいちゃい指でぼくの指を握った。

 あまりの尊さに、涙で視界が揺らぐ。この世のすべての幸せをもらったような気持ちだった。

(ぼくが……お兄ちゃんが、何があっても絶対にリュカを守るからね)

 命の重さと温かさを感じながら、この世でたった一人の小さな弟に、ぼくはそう誓ったのだ。