プロローグ 転生者のにぃにと幼児な弟
「にぃにー! りゅー、たべりゅ!」
「あっ。リュカ、そんなに走ると転ぶよ!」
「いやー、さすが食いしん坊のリュカ坊ちゃんですぜ」
ぼくたち兄弟がいま滞在しているのは、赤煉瓦の三角屋根と
市が開かれていると聞いて、ぼくたちは宿のある住宅街から、狭く細い路地を歩いていく。
まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのような町並みと、所々に吊るされたアンティーク調の看板に目を奪われているうちに、石畳の広場へと抜けた。
広場にはたくさんの食堂や屋台が立ち並び、ほかほかと湯気を立てる煮込み料理や、炭火串焼きの良い匂いがする。
早くもお酒を飲んでいる町の住人や旅人で、大いに賑わっていた。
そのうえ、そこかしこで楽器を演奏する人や芸を披露する人がいて、お祭りのような雰囲気だ。
三歳の弟のリュカは、風に乗って漂ってきた甘~い香りの屋台に向かって、脇目も振らずによちよちと走っていく。
ぼくと護衛のドニは、その小さな後ろ姿を小走りで追った。
(幼児用ハーネスをつけて大正解だった!)
旅の途中に立ち寄った見知らぬ町で迷子にでもなろうものなら、一生会えないかもしれない。
そう思って、かわいそうだけどリュカには幼児用ハーネスをつけていたのだ。
リードごとぼくたちをぐいぐいと引っ張ってきたリュカは、お目当ての屋台前でぴたっと立ち止まると、短い指で一生懸命に甘い香りの正体を指差した。
「こりぇ~!」
「まったくもう……。おじさん、二つちょうだい」
「あいよ! 二つで十銅貨だよ!」
リュカにせがまれるまま、ぼくはピラミッド状に積み上がったこぶしサイズの丸い玉……おそらくお菓子を二つ買う。それにしても、お菓子で十銅貨は高い。田舎パンを五つは買える値段だ。
リュカに甘い自分を自覚しつつ、ぼくはお代の十銅貨と持参したハンカチを手渡して、お菓子を包んでもらう。
「おじさん、このお菓子、なんていう名前なの?」
「雪玉っていうんだよ。んまいよ~」
「へえ。初めて聞いた」
お菓子にはうっすらと粉砂糖がかかっていて、言われてみれば確かに雪玉に見えなくもない。
(ああ、そうか。きっと砂糖を使っているから高いんだな)
「にぃにー、はあくー!」
「はいはい」
青いお目々をきらっきらに輝かせたリュカの口からは、すでによだれが垂れている。
おじさんからお菓子を受け取ると、ぼくとリュカは広場の中央にあるベンチに座った。護衛のドニは立って、周囲を警戒している。
「さすがに、リュカはかぶりつけないよね……」
雪玉は、ぼくですら顎が外れそうな大きさである。
どう食べたら良いものかとよくよく見ると、平たい紐をぐしゃぐしゃっと丸めたような形をしていた。
もしやと思って指で端を持ち上げてみると、案外簡単に
「はい、リュカ。あ~ん」
「あ~」
言われなくても開けて待っていたリュカの口に、ぼくはぺりっと
「どう? 美味しい?」
「おいちー!」
リュカはもみじのようなお手々でほっぺを抑え、にぱっと笑う。そして、すぐにまた口を開いた。
無言の催促にぼくは苦笑しながら、またお菓子を食べさせる。リュカが一口食べているうちに、ぼくも自分の口にお菓子を放り込んだ。
(あ、美味しい!)
食感は、パイとクッキーの中間くらいだろうか。優しい甘さの素朴な焼き菓子だ。でも、半分ほど食べ進めると、急激に口が渇いてぱさぱさになる。
水筒の水で口を潤しつつ、ぼくとリュカは大きな雪玉を一つ、仲良く分けっこして食べ切ってしまった。
残りの一つは、宿で留守番しているほかの護衛たちへのお土産だ。
「ごちそうさまでした」
「ごっしょしゃま、でちた!」
リュカの粉砂糖まみれの口を拭いて服をはたいたら、手を繋ぎなおした。
日暮れまでは、まだ少し時間がある。腹ごなしに散歩を再開すると、リュカがまた何かを見つけたようだ。
「あ! おうましゃん!」
リュカが指差したお店は、
店頭には、手のひらサイズの馬・ふくろう・うさぎといった動物の木製人形が、所狭しと飾られていた。
特に馬は、顔・タテガミ・胴体・脚と特徴を良く捉えたパーツで組み立てられていて、尻尾には本物の毛が使われているみたいだ。
丁寧に面取りされた滑らかなフォルムを見るに、きっと腕の良い職人が作ったのだろう。値札には一つ十銅貨と、手仕事に見合った金額が書かれていた。
「にぃに~。おうましゃん、めぇ~?」
全体的には灰色だけど、唯一タテガミだけは真っ白な馬の人形をひしと抱きしめて、リュカが上目遣いにぼくを見る。目は口ほどに物を言うとは、まさにこのことだ。
(……仕方ないか。旅の出会いは一期一会って言うし、リュカには我慢させることも多いからなあ)
思わぬ散財にため息をつきつつ、ぼくは土産物屋の店主に十銅貨を支払った。
「リュカ、大切にするんだよ?」
「あい! にぃに、だ~ぃしゅきっ!」
きゃあ~っと弾けるような笑顔で、リュカが足に抱きついてくる。
嬉しそうなリュカを見るたびに、ぼくは母さんに別れを告げて、幼い弟と二人で旅に出たのは間違いじゃなかったと思うのだ。