異世界生活154日目

 それからさらに3か月。僕らは誰ひとり欠けることなく、異世界を生き抜いていた。

 生活基盤の中心であり、リーダー役を務める杏子さん。魔物狩りを担当する僕と立花と葉月。他にも海の漁や塩作りなど、各自の役割分担は明確に決まっている。作業をサボる者は1人もおらず、集団の雰囲気は常に明るい。

 もちろん意見のぶつかり合い程度は度々起こる。先々のことを思えば不安にもなるし、長く一緒にいれば、相手の嫌な部分が目についてくる。かくいう僕もその1人。口にこそ出さないけれど、調査の進展がないことに苛立いらだちを覚えていた。

「ふぅ、今日もお疲れさまでした」

「結局、大した収穫はなかったわね。やっぱり街なんてないのかしら」

「杏子さん、諦めるのは早いですよ。もう少し頑張りましょう」

 今日は初期メンバーの4人で西の森を探索。結構遠くまで歩いたけれど、これといった成果は得られなかった。森の切れ目は見つからず、海はどこまでも断崖絶壁が続いている。

「そうね。襲撃者が来ないだけでも御の字だわ」

 ここ数か月、日本人の訪問はパタリと止まっている。おそらくは魔物にやられたのだろう。おかげで砦のことを気にすることなく遠出が可能となっていた。

「空間収納を覚えたし、食糧の心配はありません。今度はもっと遠くまで行きましょう」

「じゃあ、海沿いを行くのがいいかしら。あのルートなら遭難しなくて済みそう」

「ですね。明日、食糧を確保したら向かいましょう」

 僕に発現した『空間収納』という能力。頭の中で念じると、真っ黒な異空間が目の前に現れてくれる。どこでも出し入れが可能だし、手を突っ込めば、中に入っているものが頭に浮かんでくる。まさに四次元的なアレを彷彿ほうふつとさせる便利な機能だった。

「なあ勇人、東の森にはもう行かないのか? アタシはオークに興味があるんだけど」

 異空間から魔物素材を取り出していると、立花がそんなことを言い放つ。

「確かに。あれを倒せばレベルが上がりそうだけどさ。とてもじゃないけど武器が耐えられないよ。素手で挑むにはまだ早いと思う」

「そっか、そうだよな。もうちょいマシな剣があればイケるのに……」

 実は数週間前、東の森へと足を踏み入れている。

 異世界に慣れたせいか、もしくは自分たちが強くなったからなのか。転移当初の危機感は薄れ、東の森への警戒心はそれほどでもなくなっていた。もしかして手掛かりがあるかもと、4人で探索してみたところ──。数百メートル進んだところで二足歩行の魔物と遭遇する。

 でっぷりとした体形に、豚とも猪とも言える顔立ちの怪物。杏子さん曰く、ファンタジーに登場するオークそのものとのこと。4対1の数的有利に加え、魔法による先制攻撃のおかげで倒すことはできたんだが……。僕と立花の小剣は、オークの皮膚を貫くことなく折れてしまった。

 極上の肉が手に入ったものの、今の装備では心もとない。藪蛇やぶへびをつついて砦を襲われても困る。東の探索は保留にして、しばらくは西方面の調査を優先していた。

「あんな魔物がいる世界だもの。もし街があるなら、それなりの武器だってあるはずよ。無理して戦うよりも西の探索を優先しましょ」

「僕も杏子さんの意見に賛成かな。服もボロボロだし、靴もかなりヘタってきたからね。原始人になる前に街を見つけないと」

「あたしは裸でもいいけどさ。確かに剣は欲しいかも……」

 全裸はいろいろまずいと思うが、立花の目は本気のソレだ。彼女の剣に対する執着は、力を増すごとに増長している。小剣を失ったときの絶望感ときたら、この世の終わりかと思えるほどだったし……。きっと彼女の持つ能力とも関係しているのだろう。

「とにかく、明日は食糧の確保に当てましょう。私は念のために防壁を補強しておくわね」

「じゃあ僕たち3人で狩ってきます。立花と葉月もそれでいいかな」

「わかった!」

「うん、私も勇人について行く」

 かくして、僕たち4人は遠征を決行することになった。

 明日に訪れる『異世界最大の転機』。

 そんなものがあるとはつゆ知らず、みんなで夕飯を摂って早々、眠りにつくのだった──。