異世界生活14日目

 防壁の完成から7日後、拠点内に新たな住居が出来上がった。

 相変わらず陳腐な作りだけれど、広さに関しては申し分のない仕上がりだ。それこそ10人は住めるほどのスペースを確保している。床には平らな木材が敷き詰められ、所どころ空いた隙間は土魔法で埋めてある。そのどれもこれもが杏子さん頼り。申し訳なく思う半面、彼女への依存度は日に日に増していた。

「ねえ。あなたほんとに大丈夫なの?」

「今日は休んだほうがいいと思う」

「そうだぞ勇人。狩りはアタシらに任せとけよ」

 今は拠点内の広場で朝食を摂っているところ。みんなは心配そうに声をかけてくれるけど、僕の食欲は至って旺盛、体調もすこぶる良好だ。

「大丈夫。昨日のアレなら平気だよ。自分でも驚くほど気にしてないみたい」

「でもあなた……いえ、無理はしないでね」

 3人が気にしているのは昨日起こった襲撃事件のことだ。僕の取った行動に対し、精神的なダメージを危惧している。異世界に来てから初めての敵対者たち。まさか同じ日本人に襲われるとは思ってもみなかった。

 あれは昼を少し回った頃だったか。事件は昼食を食べ終えた直後に起こった──。


 ◇◆◇◆◇


「じゃあ、勇人はまき集めをお願い。私たちは内装を仕上げておくわ」

「了解。今日は多めに拾ってくるよ」

 新居の整備はいよいよ大詰め。外枠は既に完成しており、あとは細々とした補修を残すばかりとなった。強固な防壁のおかげで魔物が侵入してくることはない。近場限定ではあるものの、最近は単独行動も増えつつあった。

 杏子さん曰く、魔物を狩れば狩るほどレベルアップするらしい。まるでゲームのような話だけれど、実際、僕らの身体能力は目覚ましい成長を遂げていた。


 かれこれ1時間くらいは経っただろうか。乾いた枝を拾いながら、ときおり襲ってくる魔物を倒すことしばらく──。そろそろ拠点に戻ろうかと、枝の束を拾い上げたときだった。

(あれ。なんか嫌な感じがする……)

 いつも感じる魔物の気配とは全然違う。ネチネチとまとわりつくような気持ち悪い感覚。それが何なのかはわからないけれど、とにかく拠点に戻ったほうがよさそうだ。僕は全力で森を駆け抜け、数分とかからず拠点の出入口へと到着したのだが──。

「杏子さん……って、その人たちは誰ですか?」

 どういうわけか、広場の中は人でごった返していた。杏子さんたちと向き合うように、複数の男女が居並んでいる。30代くらいの男性が4人と、10代後半に見える女性が6人。しかも驚くべきことに、女性陣は両手をツルで縛られた状態だ。一方、男のほうは錆びたナイフを所持。腰のベルトにも数本の予備を携帯している。

「ちっ。もう1人は野郎だったのか。しかもすげぇイケメンだし」

「まあいいじゃないか。ちょうどいい住みかも見つかったしさ」

 男2人が口を開くと、それに合わせて残りのやつが笑みを見せる。よっぽど腕に自信があるのだろう。僕が近寄っても、ニヤついた顔を崩さなかった。どう解釈したところで、友好的な接触とは思えない。女性陣はさておくとして、男4人は敵と捉えていいだろう。

「勇人、気をつけて。さっきから魔法が使えないの。絶対何かやられてるわ」

「大丈夫です。僕に任せてください」

 相手を敵と認識した瞬間、心の奥底から熱いものが込み上げてくる。魔物をほふるときにも感じるが、いまだにその正体がなんなのかわからない。ひとまず杏子さんたちを後ろに下がらせ、僕はナイフを片手に身構えた。

「おっ、1人でやるつもりかよ」

「さすがイケメン。やることが違うよな」

「顔は関係ないと思うけど……。まあ僕だけで十分でしょ。みなさんかなり弱そうだし」

 サービス精神旺盛なのか、4人とも安い挑発に乗ってくれるらしい。すぐさま飛び込んでくると、僕を囲ってナイフを突き出してくる。

「おらっ。避けないと死んじまうぞ」

「威勢がいいのは口だけかよ!」

 ひと思いに刺せばいいのに、わざわざ牽制するような仕草を見せる4人組。もちろん避ける自信はあったが、これはもうそれ以前の問題だった。最初から殺すつもりは……というより、殺す覚悟ができていない。脅せば屈するだろうと安易に考えている。

 むろん、相手のペースに合わせる義理はない。奥の手があるのか知らないけれど、さっさと始末するのが賢明だろう。

「すみません。死んでください」

 まずは視界に入った男に向けてナイフを一突き。心臓目掛けて押し込むと、そのまま蹴りを入れて吹き飛ばす。立て続けにもう1人。首元に吸い込まれたナイフが付け根の部分で折れる。

「腰のこれ、お借りします」

 白目をむく相手からナイフを抜き取り、振り向きざまに3人目を屠る。しっかりと、男が脱力するまで気を抜くことはない。

 周りの女性たちが悲鳴を上げるなか、呆然とその場に立ち尽くす最後の男。手に持ったナイフを取りこぼし、よろよろと後ずさりしたところで腰を抜かす。

「お、お前わかってるのか。それ、人殺しだぞ……」

 命乞いでもするのかと思えば、男はそんな当たり前のことを言い放つ。先に仕掛けてきたのはそっちだろうに……。僕は男を見つめたまま、杏子さんに語り掛ける。

「この男どうしましょう。一応、事情を聞いてみますか?」

「……その必要はないと思う。彼女たちから聞けば十分よ」

「あの子たちが共犯だったら? うそをつくかもしれませんよね」

「だとしてもよ。あなたに逆らうとは思えないわ」

 ふと女性陣に目をやると、全員が僕の顔を見つめていた。言葉こそ発しないものの、激しく頷いて返す。『恐怖混じりの安堵』とでも表現すればいいだろうか。とらわれの身を演じているわけではなさそうだ。

「じゃあ、ちょっと川に行ってきます。すぐに戻りますね」

「待って勇人。私も手伝うわ。立花と葉月はその子たちを見張ってて」

 それから数分後──。森に断末魔の叫びが響いたあと、男たちは海へと消えていった。

 残った女性陣によれば、彼らとは転移初日に出会ったらしい。具体的な内容は避けるが、ほぼ想像どおりの仕打ちを受けていた。どこに逃げても探知され、男の1人に触れられると体がしてしまうとのことだった。

「探知はともかく、麻痺は厄介ですね。使われずに済んで良かったです」

「案外、勇人には効かないのかも……。かなりレアな能力だけど、そういうのもあるのよ」

「へぇ、そんな便利な能力があるんですか」

「勇人、やっぱりあなたって……」

 最後の言葉はよく聞き取れなかったが……まあ、大したことではないだろう。


 ──と、そんなこんなありつつ、襲撃事件は終幕となり、翌日の朝を迎えている。

 僕らは6人の女性を受け入れ、共に暮らすことを選択。自己紹介もほどほどに、彼女たちは深い眠りに就いていた。肉体的な疲労に加え、精神の負担がかなり大きいのだろう。結局、起き上がってきたのはも暮れだした頃だった。