異世界生活170日目

 ドラゴの視察から5日。この数日の間にいくつかのイベントが発生していた。

 そのほとんどは良いものだったが、なかには村にとって都合の悪いことも……。

 まずは何と言っても、春香が念願のクラスチェンジを果たしたこと。タイミング的には、ドラゴ一行が視察に来た2日後の朝。春香が教会に赴き祈りを捧げたときだった。

 頭の中にアナウンスが流れて、新たな職業に就けると告げられたそうだ。もちろんそれを拒む選択肢なんてない。その場で転職を決めたらしい。


春香Lv43 村人:忠誠98 職業:上級鑑定士〈NEW〉

スキル 上級鑑定Lv1〈NEW〉対象を目視することで全てのものを鑑定可能。通常鑑定よりも詳細な鑑定が可能となる。自身に対する鑑定を阻害できる。


 職業は『上級鑑定士』。一見すると安易な派生先だなと感じてしまうが、春香はそう思っていないようだ。「上級があるなら、特級とか最上級だってあるでしょ!」ってことらしい。

 そんな2次転職的なものがあるのかは不明。だが、「スキル保持者にしか理解できない漠然とした感覚」には私も身に覚えがある。春香がそう感じたなら、きっと何かがあるのだろう。

 スキルは『鑑定』から『上級鑑定』に変化。鑑定対象に制限がなくなって、今までよりも詳細に鑑定できる優れもの。一般的なところだと、『性別、年齢、種族、健康状態』なんかが見えるようになり、ちょっと変わったものだと『属性や弱点』というのもわかるらしい。

 ちなみに、私の属性は「属性:なし」と表示された。桜や秋穂も同じだったので、魔法属性とは別物のようだ。「魔物とか種族特有の基本耐性みたいなもの」と、春香は語っていた。

 また弱点については、私の名誉のために、この場で公開するのは遠慮させてもらう。勘違いしないでほしいが、決していかがわしいものではないので、邪推はしないでいただきたい。

 なんにしても、春香本人は大層喜んでおり、「次は戦闘系のスキルでも生えてこないかなー」と、欲張っている始末だった。

 2つ目のイベントは、村の食堂施設が完成を迎えたことだ。立派な炊事場が出来上がり、ルドルグ特製のパン焼きかまども併設された。朝昼晩の食事に加え、以前から構想していたお弁当企画も無事に通った。ダンジョン組や採掘班は、さっそく弁当を受け取っている。

 食堂を任せている兎人たちだが、ルルさんの他にもう1人、調理師の職業が授けられた。この調子で行けば、残りの2人も恩恵を受けられそうだ。当の本人たちに気負いはなく、「私たちはのんびりやっていきますよ」と話していた。

 あ、そうだ。お弁当の話が出たので補足しておくと、日本人の一番人気は「塩おむすび」で、獣人たちは「ただのかし芋」だったよ。採掘作業や戦闘の合間に食べるので、シンプルで手早く食べられるものが好まれるんだと。

 それと採掘作業といえば──忘れちゃいけないのが、深層での採掘が解禁されたことだ。

 北の鉱山に結界を張ってから、かれこれ9日間様子を見たんだけど……。鉱山が埋まったり、結界に影響が出ることもなかった。いよいよ今日が初挑戦。採掘班のみんなは意気揚々と出かけていった。

 そして最後に、厄介な匂いがするイベントが一つ。

 メリナードが先ほど仕入れた情報なんだが、なんとあのドラゴが議長を退任する予定みたいだ。しかもそれだけではなく、日本商会の会長が、日本人代表として議会の末席に加わった。

 つい数日前に会ったばかりなのに、それがいきなり退任なんて普通じゃない。日本商会のことにしても、この世界に来てまだ半年だというのに、一介の商会長が選出されるのにも違和感しかなかった。

 そんなことを考えながら、メリナードとの念話を思い返す。

『──で、その情報は確かなのか』

『はい、街の領主に直接聞きましたので間違いありません』

『理由は? こんな大事、よほどの事情がないとあり得ないだろ?』

『議長退任に関しては、村の監視を目的として移住するため、だそうです。本人の意志も固く、議会の総意で決議されたと』

『確かに村人にはなったけどさ。議長の座を放り出すなんて……』

『議長の真意については、直接聞かなければなんとも。ですが女神さまへの信仰心から見るに、十分考えられるのではないかと』

 まあ、わからんでもないが……。それにしたって、飛行スキルで飛んでくれば、この村まで2日とかからない。いつでも来られるというのに、なぜ移住なんて選択をしたのかは理解できなかった。

『あと、村の監視ってことだけどさ。それは建前の話だよな? 忠誠度も高かったし、まさかそんなわけないだろうに』

『ええ、それについては私も同意見です。おそらくは体のいい理由付けでしょうね』

『それにしても、家族はどうするつもりなんだ? その辺の事情は聞いてる?』

『ご家族の方も同じ竜人、ともなれば信仰心は相当なもの。私見ではありますが、問題なく村人になれると考えます』

『……まあそうかもしれないな。これ以上は村へ来たときに対処しようか』

 今からアレコレ考えても無駄だ。こちらの想定どおりに事が運ぶなんてことはまれだし、とりあえずのところは棚上げとした。

『それと日本商会のことだが……』

『領主の話では、議員の大半が就任に賛成。諸手を挙げて迎え入れたと聞いております』

『いやいや、それはおかしいだろ。絶対に何かあるぞ』

『何か、というのはスキルのことですか? それとも金銭による買収のことを?』

『賄賂の線はないと思う。議会の規律上、金銭程度でなびく輩がいるとは思えん』

『ならばスキルによる影響ですか』

『前に商会長のスキルを教えてくれただろ。確か『カリスマ』だっけ?』

『ええ。教会の登録情報には、そのように記載してありました。まず間違いないかと』

 日本人のスキル情報は、教会で一括管理をしている。そして寄附という名の情報料さえ払えば誰でも知ることができる。商会長については、割と早い段階で情報を入手していたが……。

『カリスマってさ。他人を扇動したり、人々を導く力、ってのがよくあるパターンなんだけど……。意志の強い人とか地位の高い人なんかには効きにくい、ってのが定番なんだよ』

『なるほど、そうなのですか?』

『まあ勝手な想像だから、本当のところはわからないけどな』

 とてもじゃないけど、議員を意のままに操るなんて不可能だろう。洗脳や魅了ならともかく、カリスマ程度じゃ無理だと思う。

『たぶんだけど、もっと強力なスキルを持っているはずだ』

『もしそうなら相当危険なのでは?』

『まあ好きにやればいいけど、商会長には極力接触しないようにな』

『わかりました。他の者にも徹底させます』

 私がいろいろ思案したところで、どうにかできるはずもない。そもそも、街や首都へ安全に行ける保障がないのだ。事態は止められないし、止める気すらない。


 ──と、まあそんなことがあり、いよいよ獣人領の動向が怪しくなってきた。

 この話を聞いた私は、街でしか手に入らないものをメリナードに頼んだ。製錬の魔道具や魔力炉の魔道具、他にもあかりの魔道具などなど、街との取引が困難になる前に、必要なものを揃えておきたい。

 明日は南の勇者のところへ行く予定だし、この辺りの事情も伝えておいたほうがよさそうだ。何やら杏子さんたちにお礼がしたいらしく、桜たちも同行を希望している。ランクアップの件だと思うが、彼女たちなら余計なことは言わずに上手く話してくれるだろう。私も勇人のことは気に入っているし、再会を楽しみにしていた。

 どれだけ成長したのか。そしてこれからどう動くのか。この世界の命運は、彼ら次第で決まるような気がしてならない。