異世界生活166日目
議長の視察から一夜明け、村には平穏のときが訪れていた。村人たちの緊張も解け、いつもと変わらない日常が始まる。ちなみにメリー商会の一行は、議長たちに随行して街へと戻っている。商業ギルドへの申し送り等々、事が済み次第、メリナードから念話が入る予定だ。
そんな今日は村の全休日。村人総出で水路の開通式を行っている。今まさに、放流を開始するところだった。
『村長、そっちの準備はいいか?』
『おう、いつでも大丈夫だぞ。景気よくやってくれ』
水路の上流で待機中の冬也。彼の合図とともに放流が始まった。村の中心部では、大人から子どもまで様々な種族が集まっている。みんなが水路を眺めつつ、その瞬間を待ちわびた。
「みんな、もうすぐ流れてくるぞ!」
「おおっ!」
「っ、来た来たー!」
と、すぐに勢いよく水が流れ込んできた。土魔法でガチガチに固めてあるので、水路が削られることはない。澄んだ川の水がとめどなく押し寄せてくる。
「そんちょー、はいってもいい?」
「わたしもはいりたーい」
「ぼくもー」
「いいぞ。流されないようにな」
「わたしも入っちゃおー!」
「じゃああたしも! えいっ!」
喜び勇んで川に入っていく子どもたち。それに交じって、夏希と春香が飛び込んでいく。さらには他の獣人たちが、釣られるようにゾロゾロと続いた──。
小さな子どもが入っても、せいぜい腰まで浸かるくらいか。さすがに母親が支えているけど、流れはそこまで速くないし、まあ問題ないだろう。それに村の要所には、流され防止用の鉄格子が設置してある。下流へと流されたり、海まで行っちゃうような事態にはならんはずだ。
「おおー、いい感じじゃん!」
「おっ、冬也お疲れ。そっちは問題なかったか?」
「ああ、どこも異常なしだ。丸太橋もバッチリ機能してたぞ」
それから間もなく、下流を見ていたラドが戻ってくる。水路の水は川へと合流して、問題なく流れたことを確認。村の水路工事は無事に
「みんな、今日は1日お休みだ。作業をするなとは言わんけど、今日くらいはほどほどにな」
「はーい!」
「わかりました!」」
「村長のご厚意で、今日はお酒も解禁よー! 飲みたい人は食堂までいらっしゃい!」
「「うおおおおっ!」」
「「よっしゃああ!」」
村の料理長ルルの宣言に、野太い声が村中に響く。
水路で無邪気に遊ぶ子どもたち。それを見守る獣人の夫婦。村中で完成を祝いながら、みんなが和やかなひと時を満喫する。まあごく一部、ハメを外しすぎる者もいたが……。今日だけは無礼講、誰のお
「あー、気持ちよかったー。啓介さんも入ればよかったのに」
「いや、俺はいいよ。一応、村長としての威厳があるし……」
「あれ、もしかして泳げない人?」
普段は酒を飲まない私だったが、今日ばかりは酒盛りに参加中。今は春香と桜、椿の3人と卓を囲んで、一緒にお酒を楽しんでいる。
「泳げないわけじゃないけど、小さい頃にちょっとな」
「何々ー? 教えてよー」
「小学生の頃、田舎の川で溺れかけてさ。それ以来、川に入ると足がすくんじゃって……」
「あ、そういえば水浴びのとき、啓介さんだけは川に入ってませんでしたね」
「確かに。アレは一緒に入るのが恥ずかしいんじゃなくて、川に入るのが怖かったんですね」
「正直、ビビりまくってたよ。2人の裸を見るどころではなかったな」
酔いが回っているせいか、ポロッと本音が漏れてしまう。
「何々? そんな入浴イベントがあったの?」
「っ、あったけど! 俺は何も見てないぞ」
「クンクン。これはいかがわしい匂いがしますぞっ」
「おい春香、飲み過ぎじゃないのか? あんまり絡んでくるなよ」
過去のトラウマを披露したまではいい。が、余計なことまで口走ってしまい、春香が執拗に問いただしてくる。完全に出来上がっているようで、話があらぬ方向へと発展していく。
「そもそもの話さ。こんないい女が3人もいるのに、いまだに手を出さないっておかしくない?」
「それはそう! 話し合いから結構経つけど、まだ誰からも報告なし!」
「おい、それは追い追いって話しだったろ……」
「もしかしてそういうのに奥手とか。椿ちゃんはどう思う?」
(お、助かった。椿なら上手にかわしてくれそうだ)
「そうですね。思わせぶりな態度だけして、何もしてこないのなら、とんだ
「え、椿? ……え?」
「誠実なのは結構ですけど、あまりに度が過ぎると
「椿さん、きっついこと言いますねー!」
「いいねぇ! もっとやれやれー」
どうやら椿と桜もかなり仕上がっているようだ。普段の椿からは想像もできないような、
「俺はもう40のおっさんだ。所構わずガッつくようなお年頃じゃないわけ」
「あー、知ってました? それを人は言い訳と言うんですよ」
「…………」
私がしょんぼりしていると、見るに見かねたのか、桜が助け舟を出す。
「年齢の話が出たから言うけどさ。啓介さんて、最初に会ったときより若く見えますよね?」
「お、そうか? 自分じゃよくわからんけどな」
「健康的な生活が要因でしょうね。あとは魔素の影響とか『豊穣の大地』の効果かも?」
「なるほど確かに。そういうみんなは変化を感じてるのか?」
「んー、肌の張りがいいとか?」
「ここ最近、髪のツヤが戻ったかも?」
「私も同じですね」
「そうか。やっぱり何かしらの好影響を受けてるんだろうな」
上手く話題が逸れ、ほっとしているところに──。
「ねえ。そこは綺麗になったねって言うもんでしょ。配慮が足りないんじゃない?」
「いや待て。そのセリフこそ思わせぶりだろ」
「チッ、バレたか」
これ以上ここにいると、どんな地雷を踏むかわからない。頃合いを見て、他のシマにいる男性陣のほうへと立ち去る。結局その日は、夕方になるまでドンちゃん騒ぎ。日が暮れるまで宴会が続いた。
それはそうと、議長来訪の後日談なのだが──。今日の昼頃、メリナードから念話をもらっている。彼の話によると、議長一行は早々に首都へと向かったらしい。
しかもドラゴは、自分だけ先に飛び去ってしまった。「家族に大事な話をしなければ」と言い放ち、アッという間にいなくなったそうだ。当然、側近や護衛たちは大慌て。全力疾走で追いかけていった。
それと昨日、ドラゴが帰ったあとに気づいたんだが……。
北の大山脈に住まう竜の存在について、鉱山を掘り進めても大丈夫かと聞いてもらったんだ。そしたらドラゴは、「その程度のこと、偉大なる竜は気にも留めぬ」と即答していたよ。どこを掘ろうがお咎めなし。竜の
人族領の情勢はもとより、北の勇者たちの動向ももちろん気になる。けれど、まだしばらくは放っておいてもいいだろう。今はしかるべきときに備え、村の発展に力を注いでいこう。
〈獣人族領 首都ビストリア〉 中央連合議会 議事堂にて
ドラゴが村を訪問して2日後──。
「では、定例会議を始めようか」
会議室には、竜人を除く11の種族が顔を揃えていた。
週に1度の定例報告会。獣人族の代表が集まり、各種族の現状を話し合うことになっている。議長は視察のため欠席。今日は虎人族の族長が取り仕切るはずだったのだが──。
ガチャリ。
「っ! 議長、どうしてこちらに……」
「お帰りになるのは明後日の予定では?」
「ん、少し急ぎの要件があったのでな。儂だけ飛んで帰ってきたんじゃ」
「なんと……。護衛の者たちは何をしておるのだ!」
「構わん。儂が勝手にやったことじゃ」
「ですが議長……」
本来なら現れるはずのない儂の登場に、ここにいるほとんどの者が驚き戸惑っている。
「まあいいじゃないの。全員揃ったんだし、早く始めましょ」
そんな中、魚人族の長であるマリアだけは、普段どおりの態度を崩さない。
「そ、そうですな……。では報告を始める前に、ご紹介したい人物がおります」
「んん? 儂は何も聞いておらんぞ」
「アタシも初耳よ。いったい誰なのかしら」
どうやら、知らされておらんのは儂とマリアだけのようだ。他の議員どもは、さも当然という様子で涼しい顔をしておる。
それから幾分もしないうち、会議室の扉が開かれると──。
部屋に入ってきたのは、日本商会の商会長だった。拠点を首都に移したのは、今からひと月くらい前だったか。これまでにも何度か対話したことはあるが……。
「失礼します。本日はお招きいただきっ? 議長、どうしてこちらに……」
「それを聞きたいのは儂のほうじゃ。隆之介殿こそどうしてここに?」
「あっ。いや、実はですね……」
そう言い
「おっと、これは失礼を。本日、隆之介殿に来ていただいたのは我々の総意です。彼は獣人領に多大な貢献をしておられる身。連合議員の一員に迎え入れようとお呼びしたのですよ」
あまりに突飛な内容に、さすがの儂も思考が追いつかない。隣にいるマリアも呆気にとられている。『我々の総意』とぬかしておったが……。そんな話、今まで一度たりとも聞いた覚えがない。事前に何度も議論を重ね、満場一致で承認となれば話はわかる。だが、いきなり張本人を同席させるなど、天地がひっくり返ってもあり得ん。
(まあ、ここで騒いでも話が進まん。まずは探りを入れてみるか)
そう思案した儂は、マリアに目配せをしてから言葉を発する。
「ふむ。日本商会の貢献度を鑑みれば、我らの一員となる資格はあろうな」
「おおっ! 議長もそうお考えでしたか!」
「議長の賛同があれば、もはや何も問題あるまい」
「しかりしかり!」
「さあ隆之介殿、そちらの席へお掛けを」
いつの間に用意したのか、一つ増えている議員席に誘導され、隆之介が着席する。
(やはりおかしい。マリア以外、全員、
「議長、それにご同席のみなさま。このたびは議会の末席に加えていただき、誠にありがとうございます。この隆之介、誠心誠意、獣人領のために
この小僧、もう議員になったつもりらしい。得意げな顔で口上を述べると、さも当然という態度で一礼する。あまりの茶番ぶりに笑いを堪えていると──。
「あら、もう決議されちゃったの? アタシまだ何も言ってないけど」
「っ、マリア殿、これは申し訳ない。少々先走りすぎたようで……」
(やめよマリア、それ以上やると我慢できん! クッ、ククッ)
「ゴホンッ。マリア殿の意見はごもっとも。それではこの件に対し、決をとりたいと思いますが……。議長、よろしいですかな?」
「そ、そうじゃの。では、隆之介殿が議員となることに賛成の者は挙手を」
そう言うと、儂とマリア以外の議員が迷いなく手を挙げた。小僧の議員入りが決まると、みなが席を立ち拍手で迎える。この全てが既定路線、まさに筋書きどおりということか。今の儂にはどうでもよいことだが、何を言っても結果は変わらんじゃろう。
ちなみに小僧小僧と言っておるが、確か
(さて、今度は儂の番かの)
出来損ないの茶番が済み、今日、慌ててここまで来た用件を伝えていく。今から話すことに比べれば、議員の件など
「みなの者、儂からも1つよいかの」
儂がそう言い放つと、みなが居住まいを正してこちらに注目する。
「ナナシ村の件じゃが。結論から申すと、獣人領の脅威とはなりえん。向こうがヘソを曲げん限り、食糧の供給源となることは間違いない」
「……ほお。して、戦力のほうはいかがで?」
「村の人口は約70人、そのうち戦力となるのは10人というところかの。だが強い者でも、せいぜいBランク冒険者程度じゃな」
「なるほど、それなら我らに好都合というもの。議長のお言葉ならば安心できますわい」
「うむ。全くもってそのとおりですな」
どうやら他の議員たちも、さしたる反論はないようだ。隆之介は静観を決め込み……というか、話を聞いておるのだろうか。興味がなさそうにそっぽを向いている。
「ただ、今後のことを考えるとな……」
そこで言葉を区切り、一同を見渡してから本題を述べる。
「食糧供給は重要な案件じゃろ? そこで儂は、あの村へ移住しようと思うておる。今後は村人として、監視の任に就くつもりじゃ」
「はあ? 村人って……」
「なぜそのようなことを?」
まあ当然の反応じゃろう。連合議会の議長がどこぞの村人になるなど、普通ならあり得ん。
「実は、ひょんなことから村人になれての。村に入ることができたし、ちょうどいいと思ったんじゃ」
「いやしかし、議長の職務はどうされるおつもりですか」
「うむ。議長の任を譲ろうと思うておる。なんと都合のいいことに、議員も1人増えたでな」
儂の発言を耳にした議員どもは、今日一番の驚きを見せておる。その表情や声色からしても、とても演技には見えん。最初は洗脳の類を疑っておったが、それにしては縛りが弱い。まさか金を積まれてなびいたとも思えんが……。
「仮にそれが通ったとして、いったい次の議長は誰が適任だと?」
「種族数の最も少ないマリアを推すがの。まあ、議員の総意で決めるのが良かろう」
「ちょっとちょっと! 議長なんて絶対に御免よ! 選ぶなら他の人にして頂戴」
「ふむ……。なんにせよ移住の決意は固い。そう思ってくれ」
「議長、新参者ではありますが、私の発言をお許しください」
「隆之介殿、お主も議員の1人じゃ。
ここまで沈黙を保っていた小僧は、この件で物申したいことがあるらしい。自信に満ちた表情で周りの議員を見渡している。
「私は、議長の提案に賛成です。今は脅威でなくとも、いつ反旗をひるがえすやもしれません。同じ日本人として、その性質は理解しているつもりです」
「なるほど確かに」
「うむ、隆之介殿の言には説得力がありますな」
議員も揃って同意しておるが……。この小僧、発言の意味を理解しておるんじゃろうか。「自分もいつ裏切るかわからん」そう言っているも同義ぞ。
商会を運営する手腕は認めるが、それも小僧自身によるものではなさそうだ。何かのスキルか、もしくは部下にやらせておるのか。いずれにせよ、人の上に立つ
そのあとも、多少のやり取りはあったものの、否定的な意見は一向に出なかった。
議長としての責務や、様々な権限委譲のこともある。直ちに退任とはいかぬが、新たな議長の選任を含め、この提案は可決された。
やがて議会も閉会となり──。
「ねえ、これはどういうこと? ちゃんと説明してもらうまで、絶対に逃がさないわよ」
帰り際、マリアが耳元で呟く。この女傑も、儂と同じことを感じたのだろう。今後の身の振り方を含め、彼女にだけは真実を伝えておこうかの。