農地を見せたあとは、水車小屋や万能倉庫、鍛冶場や食堂なんかを紹介していく。

 どの場所もかなり興味を魅いたようで、訪れた場所にいる村人とも楽しそうに話していた。事前に聞いていたとおり、議長の人柄は温厚、されど威厳を持ち合わせた人物のようだ。

「あとは、北の大山脈で小規模な採掘をしています。赴くには時間が足りないので、今回は省略させていただきますね」

「ああ、構わんぞ。儂も根掘り葉掘り詮索に来たわけではない」

「そう言ってもらえると助かります」

「ところで村長、あの建物はなんじゃろうか」

 議長が視線を向けているのは村の大浴場だ。風呂上がりの獣人を見て、「なぜ髪がれているのか」と、興味を持ったらしい。よろしければと入浴に誘うと、議長は二つ返事で了承する。

「もう少しで昼食となりますので、その前に入られてはいかがですか?」

「そうじゃの。では村長、参ろうか」

 どうやら2人きりの対談をご所望のようだ。さりげなくメリナードを見たあと、議長はニヤリと笑う。私も桜に念話を送って、湯の温度調整を依頼。椿に昼食の準備を任せ、議長と2人で浴場に向かった。

「啓介さん、湯加減はこれくらいでいいかな?」

「ああ、ちょうどいいよ。ありがとう桜」

「桜嬢、実に見事な腕前であった。もてなし感謝するぞ」

「いえいえ、ではごゆっくり」

 自己紹介のあと、桜が湯加減を調整……というか、わざわざお湯を張り替えてくれた。その魔法技術を目にして、議長はウンウンと唸って感心する。

「あのお嬢さんも嫁候補かの。実に羨ましいことじゃ」

「彼女とはそういう関係ではありませんよ。さあ、湯が冷めないうちに入りましょう」

「ふむ、そういうことにしておくか」

 竜人にも風呂の文化が根付いているらしい。大きな湯舟にかりながら、ドラゴは緩んだ表情で寛ぎ始める。聞こえてくるのは互いの息遣いだけ。しばしの静寂が浴場を包み込む。

「のお村長。お主はこの世界に来て何を成す?」

「と言いますと?」

「生きる目的だとか、それこそ野望みたいなものがあるじゃろ」

 やがて沈黙を破り、ドラゴがおもむろに口を開いた。横目に見える彼は、相変わらずリラックスしたままだ。

「野望なんて大それたものはありません。生きる目的については……そうですね。この世界を堪能して余生を送る、その程度でしょうか」

「ほお、余生ときたか。まだ若いのに爺くさいのぉ」

「もう40ですからね。元気に動けるのもせいぜい20年でしょう。元の地に戻れるかも不明。となれば、そう思うのも不思議じゃないでしょ?」

 これは正直な気持ちだった。野望など持ち合わせておらず、さしたる目的もない。ただただ、日々を楽しく過ごせればと、心からそう思っている。

「これほどの能力を持っておるのに、惜しいとは思わんのか」

「例えば国を興すとか、……他の領地を侵略するとか?」

「そうじゃの。実際それだけの力は有しておろう」

 侵略なんて面倒なこと、お願いされたとしても勘弁だ。向かってくる敵は容赦しないが、わざわざ敵を作る趣味はない。

「一介の人間に統治なんてできませんよ。領地を奪ったところで先は見えています」

「ほお、どうやら本心のようじゃの」

「そもそも私たちは、この世界に来た邪魔者ですから。村の存在を許されるだけで御の字です」

「なんと言うか、お主はアレじゃな。街にいる連中とはかなり違うの」

 そのあとドラゴが語った内容を要約すると──。

 首都や街にいる他の日本人は、もっと親近感をもって接してきたらしい。ものすごくオブラートに包んでいたが、ぶっちゃければ、「馴れ馴れしい礼儀知らず」ってことだ。よくある話で、いつの間にか一国の王様と友達になっちゃうやつ。アレと似たような感じだろうか。まあ、どう接するかは人それぞれ。各々好きにすればいいけど。

「相手は一国を収める長、こちらは余所よそ者の平民。立場の差は歴然ですよ」

「なるほど、それがお主の考えか。ようわかった」

「どうでしょう。お気に召す回答でしたか?」

「うむ、良き隣人となれるであろう。メリナードからも散々聞かされたしの」

「ありがとうございます」

 村人になれた時点で大丈夫だろうとは思っていたが、直接の言葉を聞けてほっとする。議会のことはさておき、議長個人とはうまくやれるだろう。

「さて、そろそろ出ましょうか。昼食の準備もできている頃かと」

「いい風呂だった。また入りに来たいものよ」

「村人である限りはご存分に。いつでも歓迎いたします」


 風呂を堪能したあと、桜たち日本人メンバーと合流。議長に紹介してから自宅へと向かった。

 不敬な態度をとるとは思わないが、椿とメリナード以外は食堂で食べさせることに。さすがに国のトップが相手では、緊張で食事どころではないだろう。

 結界の外にいる人たちにも、これでもかと言わんばかりに芋料理をもてなしている。効果は抜群のようで、護衛の任務を忘れて飛びついているらしい。

「この村に住む日本人は、誰もが良い表情をしておるな」

「ええ、みんな頼れる存在ですよ」

「確か冬也と言ったか。あの若者は相当の手練てだれであろう?」

「そうですね。彼には戦士長を任せています」

 鑑定のスキルはないはずだが、冬也の強さに感づいているようだ。リビングで食事をしながら、そのあとも他愛たわいのない雑談が続いていく。

「はてさて、昼からは何を見せてくれるんじゃ?」

「ほとんどお見せしたと思いますが……。あっ、教会がまだでしたか」

「ククッ。何を抜け抜けと。お主、わざと避けていたじゃろ?」

「いえ……。いや、おっしゃるとおりです。打ち明けるか迷っておりました」

「なるほど、議会には報告するなということか」

「はい。村人になられたとはいえ、これだけは譲れませんので」

「あいわかった。崇拝する我らが女神に誓おう」

 もし教会のことが公になれば、ちょっかいを出してくる連中が必ず現れる。それだけならまだしも、村を強奪しようと、戦争まがいの事態に発展しかねない。ギリギリまで迷った末、議長の言葉を信じることに。職業やスキルを授かれること。それに次いで、大地神の加護を説明していく。

「おいっ、今なんと申した!」

「ですから、大地の女神の恩恵が──」

 すると目の前の御仁は血相を変えて立ち上がる。テーブルから身を乗り出すと、顔が引っ付きそうなほどに急接近。いくら忠誠度があるといっても、鬼気迫る表情に恐怖を覚えた。

「なぜその存在を知っとるんじゃ。大地の女神は我らが崇める神ぞ。大山脈に住まう竜。そして我ら竜人族しか知らぬはず……」

「この土地に感謝を捧げたとき、『女神信仰』という特性を授かりました」

「その女神が大地神様じゃと?」

「はい。ステータスにもハッキリと表示されています。間違いありません」

 ドラゴの態度にも驚いたが、まさか大山脈に竜が住んでいるとは……。

 大地の女神の存在は、竜と竜人のみが知っているらしい。秘匿されているのかは不明だけど、尊い存在なのは間違いなさそうだ。

「そうか。そういうことじゃったか……」

「あの、何かまずいことでも?」

「この村に踏み行ったとき、儂の竜気が高まったんじゃ。その理由がわかって納得しておる」

 竜気というのは魔素に近いものらしい。呼び方こそ違うが、本質的には同じものだと言っている。それを強く感じたのは、大地神の加護が要因とのことだった。

「こうしてはおれん。村長、今すぐ女神さまの元へ行かせてくれんか。頼む」

「それは構いませんけど、あとで詳しく教えてくださいね」

「むろんじゃ。では共に参ろう!」

 現地に到着したドラゴは、さっそく教会の前で平伏。長い祈りを捧げたのち、深く一礼してから入室する。

「神聖なる竜気に触れ、このドラゴ感激の至り。拝謁が遅れましたこと、なにとぞご容赦を」

 ドラゴは感謝と謝罪を述べ、女神像の前で五体投地ごたいとうちを繰り返す。これが竜人族の儀礼なのか、なかなか終わる気配を見せない。まあ、大地神というのはそれほどまでに尊い存在なのだろう。ドラゴの熱心な祈りのせいで、沈黙する女神像がやけに神々こうごうしく見えた。

「村長、感謝する。無事に女神さまのお告げをたまわった」

「え? お告げって……。もしかして女神さまと交信できるのですか?」

「いやすまぬ。言い方が悪かった。儂の頭の中に、女神さまのお声が聞こえてきてな……。『竜闘士』という職業を授けてくれるそうじゃ」

「おお、それはおめでとうございます」

「じゃが村人になったばかりの儂が、女神の恩恵を受けていいものかと……」

 女神への挨拶が遅れたことで後ろめたい気持ちがあるのだろう。どうすべきか迷い、恩恵を受けることを躊躇している。

「別によいではないですか。女神さまからのお言葉となれば、それを受けねば不敬というもの。ありがたくいただきましょうよ」

「……そうじゃな。村長が言うのだ。そのほうがよいのかもしれん」

 私に促されたドラゴは恩恵を賜り、再び女神像に向かい祈りを捧げていた。ぶっちゃけた話、私はどっちでもよかったんだが……一応、この人も村人だ。強くなる分には構わないだろう。

 それからややあって、今は自宅の居間に陣取り、ドラゴのステータスを確認中。周りにある日本製品にも驚いていたが、今はそれどころではない。

「村長、これに触れればいいのか?」

「ええ。日本語なので読めないと思いますが、確認させてください」

「うむ、では……」


ドラグニアスLv50 村人:忠誠75 職業:竜闘士〈NEW〉

スキル 竜闘術Lv1 『竜の力』竜気を纏い全身を強化する。『竜の血』自然治癒力を促進させる。『竜の翼』翼による飛行が可能となる。『竜の咆哮ほうこう』竜気を放出して攻撃する。※スキルレベル上昇により各効果が向上。大地神の加護:竜気の吸収速度が大幅に向上する。


 モニターに映し出されたステータスは、「これぞまさしく最強戦士」という能力が満載。

 以前の格闘術スキルから派生職を授かったということだろう。ここまでの交流と、女神の存在が効いたのか、忠誠度も75まで上昇。春香が鑑定できなかった項目は、『大地神の加護』だと判明した。結界と同じ名称なだけあって、その効果は相当なものだと思われる。

「本名はドラグニアスというのですね」

「なっ、そんなことまでわかるのか。それは儂の真名まなじゃ。つがいとなる相手にしか明かさぬのでな。このままドラゴと呼んでくれぬか」

「なるほど、それは失礼しました」

 彼の口ぶりから察するに、真名を知られると不都合があるのだろう。理由は気になるものの、ひとまずはスルーしておくことに。

「しかし、この儂が竜闘術を授かるとは……」

 ドラゴ曰く、過去にこのスキルを身に着けた者はただ1人。竜と人の子から生まれた始祖だけとのこと。竜人族の英雄として、長らく語り継がれているらしい。うそかまことか、大地の女神とも交流があったとかなかったとか。

「ドラゴ殿も話せるといいですね」

「恐れ多いことだが、そうであれば至上の幸福。末代までの宝となるじゃろうて」


 教会の一件が終わり、他に見るところもないので自宅へと戻る。

 その後は竜人のことや首都ビストリアの様子、人族領の動向などを聞いていった。

 竜人の住みかは大山脈の頂上に存在する。滅多なことがない限り、山から降りてくることはないそうだ。『竜の里』と呼ばれる場所で竜とともに暮らしている。

 ただ大昔から続く風習で、竜人族が議長を務めているらしい。今から50年前、先代に替わる立場として、ドラゴ夫婦が首都へと降り立つ。やがて2人の子どもが生まれ、家族4人で暮らし始めた。現在、獣人領にいる竜人は、ドラゴとその妻、息子と娘の4人だけとなる。

「竜人族が議長を務めるのは、何か誓約みたいなものでも?」

「いや、そんなものはないぞ。さっきも言ったが、昔からの風習じゃな」

「ならばどうして? 他の種族が務めてもよさそうなものですが……」

「我ら竜人は、子どもを含めても4人だけじゃ。個の力は強くとも、種としての戦力は知れておるでの。中立の立場とはよく言ったものだが、要はていの良い神輿みこしじゃな」

「なるほど、厳格なおきてというわけではないのですね」

 また首都では、日本人奴隷をダンジョンに送り込み、レベルアップを図っている。日本人奴隷の平均レベルは24。高い者は40に手が届く寸前、低い者でも20は超えているそうだ。うちの主力部隊のほうが、若干なりとも先行している感じか。

 首都や各街の日本人冒険者は、レベルが20前後で停滞している者と、40を超えてダンジョン攻略に励む者とに二極化している。大多数を占める前者はオーク討伐が成せず、浅い階層で日銭を稼ぎながら、のんびりと過ごす日々。そして数少ない後者は、ダンジョンの奥深くへの挑戦を続けている。

 なお、攻略組のほとんどが、ファンタジーの知識に富んでいるそうだ。自らのスキルを最大限生かし、異世界生活を満喫しているらしい。

「ちなみにSランクの冒険者って、何人くらいいるのでしょうか」

「獣人領にいるSランクは8人じゃな。平均レベルは65といったところか」

65……。失礼を承知で言いますが、ドラゴ様よりも強いと?」

「どうじゃろうな。まあ、竜闘術を授かった今なら負ける気はせんよ」

 どうやらドラゴ級の怪物が8人もいるらしい。そう考えると、うちの攻略組はBランク上位ってところか。この分だと、まだまだレベルを上げる必要がありそうだ。

 そして最後に、人族領の動向についてなんだが……結論から言うと、停滞状況が続いている。

 人族側でも慢性的な食糧難が続いており、長期的な戦争を起こす余裕はないらしい。ただ、転移した日本人の数は明らかに多い。正確な人数は把握していないが、おおよそ獣人領の5倍程度だと判明。人族の王は、勇者や聖女を旗頭にして、戦力の増強に励んでいる。食糧事情が改善すれば、こちらへ攻め込んでくる可能性も、とドラゴは語気を強めて語った。

「もし戦争が起きても、食糧支援というカタチで後押しするつもりです」

「そうか。連合議会としても、村との交流を続けていきたい」

「わかりました。こちらへの干渉がない限り、継続した取引をお約束します」

 今回の視察を踏まえ、村の価値は十二分に理解したらしい。「悪いようにはせぬ」と、議長のお墨付きをいただく。取引量や価格については、すべて村の方針を優先するとのこと。

「村長、今日は世話になった。素晴らしい1日じゃったわ」

「私のほうこそ、村のことを知っていただき感謝しております。議会での報告の件、よしなにお願い申し上げます」

「わかっておる。では、また会える日を楽しみにしておるぞ」

「はい、お気をつけて」

 こうして、議長たち視察団は夕暮れ前に帰っていく。個人的な土産として、馬車には大量の芋を積ませている。護衛たちは大層喜び、気合を入れて警護に当たっていた。

 今回は思わぬ展開もあったけれど、議会との交流は成功したと考えていいだろう。ドラゴの機嫌は上々。「この分なら平穏に過ごせるな」と、このときの私は疑いもしなかった──。