異世界生活165日目

 本日、連合議会が村を訪れる。少し前にメリナードから念話が入り、村の近くまで来ていると報告があった。こういうとき、通信手段があると本当に助かる。

 今回の訪問者は、議長の他に側近が2名。他の議員は1人もおらず、日本人の姿もない。護衛の数は10名。そのうちの3名は、ケーモスの街でも有名な冒険者だと教えてくれた。なんでもBランクに該当するそうで、複数のオークを余裕で狩れるらしい。レベルこそ不明だが、剣士2人と魔法使いの構成だった。

『おっ、馬車が見えてきた。獣人トップのお出ましだぞ』

『みんな、鑑定したらすぐに伝えるからね』

『『了解(です)!』』

 向こうにも鑑定士がいるかもしれない。まずは私と春香だけで対応。他の連中はいつでも飛び出せるよう、近くに隠れて待機中だ。

 それから間もなく、ちょっと豪華な馬車が2台、村の結界ぎわまでたどり着く。その周囲には冒険者たちの姿がチラホラと。

「お初にお目にかかります。ナナシ村の村長、啓介と申します。本日は遠いところをご足労そくろういただき感謝します」

「儂は議長のドラゴじゃ。そう堅苦しくせんでもよい。議会を治める立場だが、国王というわけではないからの」

 威厳を身にまとった御仁は、見た感じ50代半ばくらいか。「歴戦の猛者もさ」という言葉がよく似合う顔つきだ。名前の語感から察するに、いかにも竜人族っぽい感じ。背中には竜の翼みたいなものが生えている。

「何ぶん常識知らずな身の上。不敬がないよう努めますが、ご容赦願います」

「構わん構わん。今日という日を楽しみにしておった。啓介殿、よろしく頼む」

「では失礼を承知でお聞きしますが、ドラゴ様は竜人、なのでしょうか」

「ほお。やはり日本人は察しがいいようじゃ。いかにも儂は竜人。といっても、竜の血はかなり薄まっておるがの」

 やはり竜人で間違いないようだ。血が薄いってことは、竜と人との混血ということだろうか。

「お答えいただきありがとうございます。それで、竜人の禁忌きんきに触れるような行為はありますか? あるのならば先にお教えください」

「いや、そんなものはない。おぬしらと変わらんはずじゃ」

「わかりました。ではひとまず、そこに見えます長屋にておくつろぎください」

「ん、そうしよう。じゃがその前に、儂の忠誠度を見てはくれんかの」

 まずは一息ついてもらい、その間に鑑定させようと思ったんだが……。この御仁は忠誠の数値が気になるらしい。到着して早々、そんなことを聞いてきた。

『春香、予定変更だ。この場で全員を鑑定してくれ』

『かしこまりー』

 春香が鑑定をしている間、私も無駄話を挟みつつ、時間を引き延ばしていく──。

「忠誠、ということは村人になると?」

「メリナードから話は聞いておる。儂もなんとか村に入りたい」

「なるほど、そうだったのですね」

「村長、村のことは伝えさせていただきました。是非お試しを」

「わかった。ではドラゴ殿、少々お待ちください」

 メリナード曰く、村や私のことを延々と聞かれたらしい。重要なことは濁してあり、今日の視察には支障ないとも言っていた。

『春香、鑑定は進んだか?』

『うん、冒険者の平均レベルは30。その中で3人だけ、40前後のやつがいるよ。男2人が剣術Lv3、女のほうは火魔法Lv3だよ』

『なるほど、他に目立ったスキル持ちは?』

『あー、議長さんはマジでヤバいね。体術Lv4に飛行Lv3、レベルは50もあるよ』

50? おいおい、このおっさんが最強かよ』

『それと一つ、看破できない能力があってさ。たぶんスキルではないと思うけど……ごめん、詳細はわかんないや』

『わかった。とりあえず、議長と3人の冒険者に注意だな。みんなもそのつもりで頼む』

 ざっくりとは確認したが、あまり待たせすぎると怪しまれる。ひとまず居住の許可を出して様子を見ることに。

『ちょっと。この人、忠誠度が60もあるんだけど』

『マジ? 60って、このまま村人になれちゃうぞ……』

 やけに友好的だなと感じていたが、さすがに50を超えているとは思わなかった。まあ高い分には問題ないけど……。予想外の展開に困惑しつつ、村に入れることを伝える。と、議長は何の気なしに一歩を踏み出した。

「っ、お待ちください議長!」

「何が起こるかわかりません! そばを離れては危険です!」

 するとスキル持ちの冒険者が慌てて制止。身を乗り出して行く手を阻む。

「安心せい。儂で対処できぬようならどうにもならんわ」

「……ですが議長」

「その心意気には感謝しておる。まあ心配せず見ておるがよい」

 これでは護衛の面子は丸つぶれ……かと思ったけれど、どうやらそうでもないようだ。みんなドラゴを崇拝しているのか、ちょっと褒められただけで大喜び。感極まった様子で議長を見つめていた。

「──すまん村長、気を悪くせんでくれ。こやつらも務めだからの」

「ええ、承知しております」

「では改めて、と……」

 村に入れることは忠誠度からも明白だが、こちらが鑑定していることを悟られたくない。私はそれとなく驚き、相手の反応を伺ってみる。

「まさか入れるとは……。失礼、驚きのあまり迂闊なことを」

「よいよい。で、儂も村人になれたわけじゃな?」

「はい。ようこそナナシ村へ。議長の訪問を歓迎いたします」

「うむ! 今日は楽しい日になりそうじゃの! クックックッ!」

 しかしこの人、お供の面々はどうするつもりなのか。そう思っていると、ドラゴが護衛や側近に声をかける。

「お主らは長屋で待機しておれ。これは議長命令じゃ。くれぐれも非礼のないように」

「「はっ! かしこまりました!」」

 さすがは議会の最高責任者だ。護衛たちはきびきを返して、長屋へと向かっていった。

「では村の案内を頼む。むろんメリナードも一緒にな」

「はい、ご同行いたします」

 こうなってしまった以上、忠誠度を上げる方向にシフトしよう。議会の最高責任者ともなれば、味方につけておいて損はない。利用するにしてもされるにしても、忠誠度は高ければ高いほどいい。

『みんな聞いてくれ。どういうわけか、獣人領のトップが村人になった』

『へ? トップって議長さんですよね?』

『マジかよ……』

『これはなかなか面白い展開かも』

『だから予定を変更して、ある程度のことは明かすつもりだ』

 議長が村人になれた以上、隠れて待機させる意味はなくなった。村に日本人がいることを明かし、普段どおりの生活をしてもらうことに──。

『なあ村長。普段どおりって、何すりゃいいんだ?』

『そうだな……。ひとまず水路を下流までつなげようか』

『あー、そういや途中だったもんな』

『当面、派生職や上級スキルは隠してほしい。あとはみんなの判断に任せるよ』

『わかった。村長も上手くやれよな』

『ああ、せいぜい頑張ってみるさ』

 日本人メンバーには、護衛たちの鑑定結果を聞いておくように念を押す。

 議長の相手は私とメリナード、それに加えて椿をサポート役にした。彼女は気配り上手だし頭もいい。こういう大事な場面においてはこれ以上ない配役だろう。

「それでは議長。昼まで時間がありますので、ゆっくりご案内しますね」

「うむ。村長の思うようにしてくれ」

「ではさっそく農地のほうから──」

 こうして思わぬ展開を迎えつつも、ひとまずは村を案内することになった。


 どうしてこうなったのか。一時的とはいえ、獣人の代表がナナシ村の一員となってしまった。

 なんでも村に着くまでの道中、メリナードが村や私のことについて熱く熱く語っていたんだと。最初は議長のほうが興味津々、いろいろ聞いていたそうなんだが……。途中からは立場が逆転、メリナードの独壇場どくだんじょうだったらしい。村に到着する頃には『夢のような村と人格者の村長』って感じに刷り込まれる。結果的には助かったし、何も文句はないのだけれど、なぜだか申し訳ない気分でいっぱいだった。

「初めまして。私は村長の補佐を務めております、椿と申します」

「おお、これは可憐かれんな娘さんだ。椿嬢のことはメリナードからも聞いておるぞ。よろしく頼む」

「はい、精一杯おもてなしさせていただきます」

 まずは農地に向かいながら椿と合流、今は2人が挨拶を交わしているところだった。

「して椿殿、村長とは添い遂げて長いのか?」

「そうですね。将来的にはそうなりたいと思っています」

「ほぉ、なるほどそういうことか。いやはや、先が楽しみよの村長」

「ははは。おっしゃるとおりですね」

 椿さん、なかなかキツい先制パンチをかますじゃないですか。それも国のトップを相手に……。でもまあ、おっさんはとても嬉しい気分です。

「この農地は全て彼女が管理しております。椿、頼む」

「はい。では現在の収穫量から──」

 村で育てている作物、その収穫量なんかをざっくりと説明してもらう。もうこれについては隠す必要がないし、バレたところで大した影響はないだろう。

 収穫量を聞いた議長は唖然あぜんとしている。自国との差に驚き、すぐにその理由を聞いてきた。

「村スキルの恩恵で、作物が病気や連作障害にかからないんですよ。いくら育てようが、土の栄養が枯れることはありません」

「なるほど、やはりスキルの影響か。大森林特有のものではないんじゃな」

「そうですね。議会でも開拓計画が出ていたと聞いておりますが……」

「いや、お主の領域を侵すつもりはない。あくまで確認したまでのこと」

 わざわざ『お主の領域』と言うくらいだ。ある程度の自治権を認めている証拠だろう。村への侵攻はもとより、大森林への進出についても、当面はないと見ていい。

「では、次の場所に向かいましょうか」

「うむ。まだまだ何かありそうじゃな。楽しみじゃわい!」

「ご期待に添えればよいのですが。それでは──」