異世界生活162日目
「あっ、おはよー」
「おはようございまーす」
「おはよう。2人もステータスのチェックか?」
「そうそう。朝食前に済ませとこうかな、って」
「そっか。じゃあ先に見ていいぞ」
日課のステータス確認をと思ったところで、春香と桜が同じタイミングでやってきた。
昨日は鉱山の視察をしたり、雛の誕生イベントなんかもあった。「もしかしてスキルに変化が」なんてことを思いながら、少しだけワクワクしている。
「じゃあお言葉に甘えてお先にー」
モニターに映し出された春香のステータスを覗き見る。すると、スキルや新職業は発生していないが、レベルは44まで大きく上昇していた。10階層のボスやオーク上位種を倒しているだけあって、ここ数日の成長率が半端ない。
それは桜にも言えること。レベルは46まで上がっているし、申し分ない成長だと思うのだけれど……。本人は少し不満げな様子。ステータスを
「ふぅ。まだダメかぁ」
「そんなに慌てなくても大丈夫だろ。あまり気負いすぎるなよ」
「まあそうなんですけどね。せめてキッカケでも掴めれば……」
「派生職のトリガーがわかればいいのにねー」
「やっぱりいろんな魔法を体験するのが、一番の近道だと思うんですよ」
「冬也くんもそんな感じだったもんねー」
確かに冬也は、桜の水魔法を全身に纏って戦った。その経験から派生した可能性が高いように思える。それと同様、桜もいろんな魔法を体験することで──。
ん? ちょっと待てよ。魔法の経験か……。
「なあ桜。明日、南の勇者のところへ行く予定なんだけど……おまえも一緒にどうだ?」
「勇者のところですか? 別にいいですけど、何か目的でも?」
「あそこには賢者がいるだろ? 魔法の体験とか、ヒントがもらえるかと思ってさ」
「あ……っ。行く行く! 私も一緒に行きたいですっ」
「じゃあ、わたしもついて行こうかなぁ」
「でも春香、ダンジョンはいいのか?」
「いやぁ。一度くらい会っておきたいじゃないですか。伝説の勇者様ご一行に!」
まあ、桜だけってわけにもいかんよな……。この際だし、日本人メンバーの顔合わせをしておくか。全員で顔を出しておくのも悪くないかもしれん。
「んじゃ、みんなで行って親睦会でもするか」
「おっ、それは名案だね!」
「啓介さん、できれば長めに時間を……。ダメでしょうか?」
「もちろんだ。向こうの都合もあるだろうけど、私は全然構わないよ」
「やったっ。ありがと啓介さん!」
喜び全開で抱き寄ってくる桜。おっさんは朝から鼻の下を伸ばす。
「っと、私もステータスを確認しないと……」
「あ、ごめんなさい」
全然ごめんなさいじゃなかった。もっと堪能すれば良いものを……つい話を切ってしまい、とてつもなく後悔している。
気を取り直してモニターに触れ、映し出されたステータスに目をやった。
啓介Lv50 職業:村長 ナナシ村 ★☆☆
ユニークスキル 村Lv8(72/1000)『村長権限』『範囲指定』『追放指定』『能力模倣』『閲覧』『徴収』『物資転送』『念話』
村ボーナス ★
数ある項目のうち、村ボーナスの1つの『☆』印が黒く塗りつぶされ『★』になっていた。よくよく見ると、名称も変わっているようだ。豊かな土壌だったのが『豊穣の大地』に変化している。
「おっ、なんだこれ。表示バグじゃないよな?」
「どうなんでしょう。詳細はどうなってます?」
★豊穣の大地〈NEW〉この地に生きるものは病気にかからず、生命の維持に好影響を受ける。※解放条件:初めての収穫、生命の誕生。
「これは……進化、ってことだよな?」
「ええ。以前は土壌と作物限定でした。今回は人や家畜にも効果があるみたいですね」
「解放条件は生命の誕生。ってことは、昨日の雛鳥だね」
「この、生命維持に好影響ってのはなんだろう」
「これ以上の詳細は見られませんか?」
「んー。ダメだな……。何も表示されん」
言葉面からして、良い効果であるのは間違いないんだろうけど……。詳細がわからないのでいまいちピンと来ない。
「パッと思いつくのは、怪我の治りが早いとか、疲れにくいとかだよね」
「なるほど、どっちもありそうだ」
「まさかとは思うけど、老化が止まるとか、若返りとかもあったりして……」
「いや、そこまではどうだろ。生命『維持』ってあるしな、若返りは難しいんじゃないか?」
老化防止ならワンチャンあるかもしれないが、さすがに若返りは無理だろう。私みたいなおっさんならともかく、子どもや雛鳥の成長まで止まることになる。いずれにせよ、良い効果であることは間違いない。自らの実体験を通して検証すればいい。
「まあ、なんにしてもありがたいよねー」
春香の言うとおり、非常にありがたいボーナスへと進化した。病気にかからないだけでも破格の効能。作物への影響だって、さらに向上しているかもしれない。
今回のことで、残りのボーナスにも進化の可能性が出てきた。どんな解放条件で、どのような効果になるのか。否が応でも妄想が膨らんでいった。
「ねえ啓介さん。せっかくだし、今日はみんなで水路を作りません? 疲労回復とか、MP回復の検証もできますよ」
「お、いいねそれ。是非とも試してみたい」
「じゃあわたし、他のみんなに声をかけてくるよ。あとで食堂に集合ねー」
勇者訪問の件もあるし、朝食でも食べながら話そう。と、思わぬ流れで水路建設が始まった。
「よし。敷地の拡張も終わったし、上流のほうから進めていくぞ」
「「「おおー!」」」
今後も村を大きくすることを考慮して、上流に300メートル行ったところで川の水を引き込む。下流も同じだけ距離をとって川へと戻す予定でいる。
村周辺の地形は、北から南へと緩やかな傾斜になっている。すなわち、水路の勾配を危惧する必要はない。測量機器を使わずとも、水の流れが止まることはないだろう。
「まずは村の北側まで水路を引くぞ。深さは水の流れを見て決めよう」
「水路の幅はどうしますか? ある程度の広さは欲しいですよね」
「そうだな。川の幅に合わせて3メートルにしようか」
まずは私の土魔法で地面を大雑把に
100メートル進める
それと並行して、水路に簡易な橋、というか丸太を並べていく。ここは森の中なので馬車のことを気にする必要はない。人さえ安全に渡れればいい。橋の間隔は30メートル前後に決定。あとは残りのメンバーに任せ、ただひたすらに地面を凹ませていく。
既にみんなのチカラは、人の領域を超えている。重機を入れて作業するより格段に効率がいい。異世界ファンタジーよろしく、まるでゲーム感覚のように工事が進んでいった──。
「おーい。そろそろ昼休憩にするぞー」
「「「りょうかい(でーす)!」」」
まだ昼前だというのに、上流側の工事がほとんど終わってしまった。
普通に考えたらとんでもない突貫工事なんだが……。水路の仕上がりは良好で、地盤が水流で削れることもなかった。
「桜は杏子さんの教えを乞うとして、秋穂も聖女と話してみたらどうだ?」
「私は聖女より剣聖に教わりたい。身に着けるべきは戦う力のほうだから」
「そうか。自分の思うとおりにやってくれ」
今は昼飯を食べながら、明日の予定を話し合っているところだ。
「もぐもぐ……わたしはどうしよっかなー」
「夏希は好きにすればいいさ。ただ、派生職のことは秘密にしてくれよ。むろん冬也もな」
「わかってる。そう簡単に手の内を見せるつもりはない」
「あー、あと女性陣。あまり勇人を
「わかってますよー。うへへっ」
「おい夏希……ほんとにわかってるのか?」
(ちょっと怪しいやつもいるが、まあ大丈夫だろう。……大丈夫だよな?)
今日のところは、上流と村内の水路を仕上げ、残すは下流のみとなった。重機も入れないような森の中を、このスピードは明らかに異常だ。現代でも魔法が使えたら大儲け……。と、職業柄そんなことを考えていた。
それと村の要所には、馬車が渡れる橋が架けられた。実は橋の建設途中、ルドルグが出張ってきたんだ。これでもかと言わんばかりに、見事な橋を架けてくれたよ。職人としてのこだわりがあるのだろう。こういうことには手を抜けない性分らしい。
明日はいよいよ勇者たちとの再会。はてさて、うちのメンバーは大丈夫だろうか。若干の不安、そして派生職への期待を胸に、私は眠りにつくのであった。
翌日、夜明けとともに準備を開始。日本人メンバー全員で、勇者たちの元へと向かう。
中途半端な時間に行くと、向こうの連中とすれ違うかもしれない。そう考え、勇人たちが出かける前に押しかけようという魂胆だ。先触れを頼んでもよかったのだが……。見知らぬ顔を見せると警戒するかもしれない。それならばいっそのこと、早朝に着いた方がいいのでは、とみんなで話し合って決めた。
「みんなで一緒に行動するの、久しぶりで楽しいね!」
「何言ってんだよ。昨日も水路作りで一緒だっただろ?」
「冬也くん、無粋なこと言っちゃダメよー」
「はい冬也、減点1ね」
「えぇ……」
(冬也のやつ、適当に合わせときゃいいものを。なんで口にしちゃうかね)
みんながダンジョンへ向かうなか、夏希はいつも村にいるのだ。こうやって一緒にいるのが嬉しいのだろう。私もなんとなくだが気持ちはわかる。
「おい村長! 手が止まってるぞっ」
「お、そうか? すまんすまん」
そんな私は、荷馬車の運転をしているところだった。慣れない手つきで
「もっと手綱に集中! 馬に意志を伝えないと意味ないだろ。ったく、もっと集中しろよな」
「ちょっと冬也。村長に当たるなんて情けないよ!」
「ちがっ、俺は指導をだな……」
冬也は毎日、ダンジョンへ向かう際の御者をしている。今ではいっぱしの運転技術を身に着けていた。ラド師匠曰く、とてもスジが良く、馬との相性も抜群らしい。イライラを私に向けているが、この程度は可愛いもんだ。甘んじて受け入れてやろうではないか。
と、その後も道中を楽しみながら、やがて現地へと到着。おそらくは朝食の支度をしているのだろう。砦の中からモクモクと煙が立っていた。早くから押しかけてみたけれど、既に起きていたことにほっとする。誰かしらはいるようなので、ひとまず声をかけてみることに──。
「おーい。朝早くすまん。私だ、啓介だー」
「「おはようございまーす」」
私が声をかけると、中から大きな声が聞こえてくる。出迎えの女性たちに挨拶したあと、みんなで砦に入っていく。
「今日は日本人メンバーを連れてきたんだけど、大丈夫かな?」
「ええもちろん。みなさん歓迎しますよ」
「ありがとう。じゃあ遠慮なくお邪魔するよ」
「お邪魔しまーす!」
「どうもどうもー」
早朝にもかかわらず、勇人や他のみんなは温かく迎えてくれた。新規の顔ぶれを連れてきたが、以前のような警戒心は
「啓介さん、なんかすいません……」
「全然構わないよ。正直に言ってくれるほどには打ち解けてきた。そう思ってる」
「ありがとうございます。僕もまた会えて嬉しいです!」
勇者は満面の笑みでそう言った。その声色にうそはなく、本音で語っているように見える。この調子ならば、今後も良好な関係を続けていけそうだ。
「それで勇人、あれから変わったことは?」
「変わったことですか……。あっ、僕たちオークを倒せるようになりました! これでもう、おいしい肉には困りません!」
「おー、それは良かった。今回は米を多めに持ってきたから、主食のほうも期待してくれ」
「ほんと、何から何まで……うっ」
ちょっと涙目になりながら、本気で感謝してくる勇人。気持ちは嬉しいが、このまま泣かれても困るので話題を切り替える。
「自己紹介も終わったようだし、さっそく今日の本題に入りたいんだが、いいだろうか」
「本題って……、もしかしてこの前みたいな検証かな?」
「ああ、実はさ。勇人やみんなに、スキルや魔法の手ほどきを頼みたいんだ」
「来てくれたのは嬉しいけど、手ほどきって……。教えられることなんてあります?」
「もちろんだ。是非ともお願いしたい」
「……そうですね。じゃあ、お互いに教え合うって感じでどうですか?」
「助かるよ。おいみんな! 勇人の許可はもらったぞ。食べ終わったら指導してもらえよ」
こうして桜は杏子さんとペアに。春香と秋穂、それに冬也は勇人の指導を仰ぐことになった。椿と夏希は、逆に他の勇者メンバーを指導。農耕や細工スキルを披露しながら交流を図る。
「あれ? 啓介さんはどうするんですか。よかったら僕らと一緒にやりましょうよ」
「いや、私は荷下ろしでもしておくよ。それが終わったら覗かせてもらおうかな」
「あっ、だったら僕も手伝います!」
意外と人懐っこい性格なのだろうか。勇人はなかなか離れようとしない。
その気持ちは嬉しいけれど、桜はもう待ちきれない様子。少しでも長く付き合ってくれと、指導のほうを優先してもらう。
「杏子さんも、手の内を明かすのは嫌だろうけど、よろしく頼みます」
「いえ、大丈夫ですよ。信用していますから。それより、あとで見に来てくださいね?」
「はい、必ず行きますよ。異世界談義なんかもしたいですし」
彼女の警戒心はかなり薄れている。出会った当初とは別人のようだ。柔らかい笑みを浮かべながら、桜と一緒に離れていった。
グルッと周りを見渡すと、女性同士はすっかり打ち解けている。勇人絡みでちょっかいを出さない限りは上手くやってくれると思う。夏希と春香は少し心配だが……。あの2人もなんだかんだで、空気を読むのが上手い。肝心なところでヘタは打たないだろう。
みんなと別れた私は、1人、持参した積荷を運んでいく。
今回は米や麦などの食糧や調味料、着替え用の服や靴を持ってきた。他にも剣と防具、農耕道具や大工道具も用意している。与えすぎは良くないけれど、勇者たちとの関係をもう少し深めておきたい。彼らをこの場に
「啓介さん、農具をいくつか持っていきますね」
「お、椿か。そっちもよろしく頼むよ」
「お任せください。夏希ちゃんともしっかり話したので大丈夫ですよ」
「村長ー、わたしも道具を持ってくねー」
「ああ、夏希もよろしくな」
「おっけおっけー!」
やがて荷運びが終わると、ひとまずは砦で一息。春香から聞いた鑑定結果に想いを巡らせる。
勇者たち戦闘班はもちろん、非戦闘職の人たちも均等にレベルアップ。集団の戦力は大幅に上昇していた。おそらくは杏子さんの提案なのだろう。それぞれに差がつかないよう、バランスよく成長している。
最初に会ったときから、実質的なリーダーは彼女だった。ここまで生きてこられたのも杏子さんあってのこと。できることなら村に勧誘したいところだが……。
「さてっと、どこから見に行こうかな」
やることがなくなった私は、とりあえず勇人のいる場所へ向かう。
「フッ、ハッ!」
「おらぁ!」
「くっ……」