異世界生活160日目
冬也と夏希が転職して2日後。今日も普段と変わらない平和な1日を過ごしていた。
ダンジョン班は昨日から攻略を再開。現在は11階層を探索中だ。この階層からは通常のオークに加えて、オークファイターとオークメイジが出現。敵のレベルも40を超え、明らかに狩り場のランクが上がっている。
しかしながら、それに臆する素振りもなく、下層へと潜る気満々で出かけていった。とくに桜や春香、それに秋穂なんかは、自分たちも冬也に続けと言わんばかりに奮起している。
一応、無理をしないように釘を刺したが……その程度で自制する雰囲気ではなかった。
(まあ、命がけの冒険だしな。私がとやかく言うのは
そんな一方、村にいるみんなの成長も著しい。農業班は芋畑の拡張作業に取り掛かり、農耕スキル持ちを中心に、ものすごいスピードで耕している。椿は監督的立場として、みんなにアレコレと指示を出していた。村人からの信頼は厚く、不満げな顔をする者は1人もいない。終始、良い雰囲気で作業が進む。
また鍛冶場では、夏希が特殊効果を発動させようと奮闘中だ。彼女曰く、明らかな手応えを感じる瞬間があるそうだ。どう加工すれば効果が付くのか、試行錯誤を繰り返している。
「ルドルグ、ここもそろそろ終わりそうだな」
「おう長か。見てのとおり、あとは調理場だけだぞ」
そんな私は現在、元は集会所だった場所の視察に来ていた。改装された食堂には、10人掛けの丸テーブルがいくつも並ぶ。既に食堂周りは完成しており、残すところ、かまどや調理場の設置のみとなっていた。
「これだけ広けりゃ、100人近くは座れそうだな」
「そりゃあ、座るだけならいけるだろうよ。調理が間に合うかは別だけどな」
「いや、そうでもないんじゃないか。昨日のルルさん、凄かっただろ?」
「あー確かにな。アレは見事なもんだった」
村の調理を担当している4名のうち、兎人のルルさんが『調理師』の職業と『料理』のスキルを授かった。『料理Lv1』の効果は、調理の速度と味に補正がかかるというもの。実際に披露してもらったところ、芋の皮が恐ろしい早さで
ルルさん本人が言うには、どこに刃を入れたらいいかが自然とわかるらしい。調味料の量や水加減なんかも、「最適な分量が頭に浮かんでくるんです」と嬉しそうに教えてくれた。
「それはそうと、調理場はもう少しかかるぞ。なにせルルたちの注文が多くてな」
「もちろん構わないよ。彼女たちの好きにやらせてくれ」
「今回はパン窯も作るからよ。長も楽しみに待っとれ」
「おおー、そりゃあ嬉しいね。出来上がりに期待してるよ」
その日の夕方──。
『村長、メリナードでございます。今お話しする時間はとれますか』
そろそろ寝ようかと思っていたとき、街に行っているメリナードから念話が届く。
『もちろんだよ。それでどんな話かな?』
『議会の訪問のことです。まずは日程なのですが──』
村への来訪は5日後の昼頃。しかも議長自ら訪れることになった。その最たる理由は、議長だけが完全中立の立場だから。これは商人なら誰でも知っている常識らしい。公平を
『で、実際のところはどうなんだ?』
『大半の議員は良き取引相手として認識しています。一部を除いて、となりますが』
『なるほど。価格についての不満か?』
『いえ。決して安くはありませんが、暴利というわけでもございませんので。ただ……』
『ただ、どうしたんだ?』
『作物の量をもっと増やせないのか、という意見はかなり多いですね』
『ああ、なるほど。そういうことか』
需要があるのは良いことだ。こちらがアドバンテージをとれているなら、交渉や条件提示にも有利に働くだろう。出し惜しむのは問題だが、
『当面、出荷量を増やす予定はない。交渉の余地を残しつつ、上手いことかわしてくれるか?』
『はい。その辺りはお任せください』
『よろしく頼むよ。──それで、他に目立った報告は?』
『そうですね。当日は私と議長、それに護衛の戦士団10名で参ります』
メリナードの話によれば、議長は人望が厚く、人格者として有名とのこと。村の様子を見学してもらって、こちらが無害なことを理解してほしい。
『そうか。くれぐれも日本人を連れてこないように。議会にも念を押してくれ』
『問題ありません。その件についてはしっかりと伝えてあります』
本題を聞き終えたあとは、彼の奥さんや家族の様子、街での出来事を語り合った。
ボス討伐の話題を振ると、メリナードは珍しく興奮気味。根掘り葉掘り聞いてきて、
「自分もいつかはダンジョン攻略に」と、終始、語気を強めていた。なんでも若い頃から、冒険者に憧れていたそうだ。最近は護衛の2人と、村のダンジョンに挑む計画をしているらしい。
『商会の運営もあるだろうけど、メリマスと交代で村に住んでも構わんからな』
『なんとっ。
『一度きりの人生だ。存分にやってくれよ』
『感謝します。それではまた何かあれば連絡いたします』
翌日──。
朝一番で馬車に乗り込み、採掘班のみんなと山脈へ向かった。今日は鉱山の視察を兼ね、熊人に発現したスキルを確認する予定だ。授かった職業は『採掘士』、スキルは『採掘』という名称で、掘削作業に上方補正がかかるらしい。
「村長、着きましたぜ」
「みんなは普段どおりに作業をしてくれ。私は自由に見させてもらうよ」
「わかりやしたっ。みんな、今日も安全第一だぞ!」
「「「おおー!」」」
景気のいい掛け声とともに、各自が自分の作業へと分かれていく。
採掘作業は過酷な肉体労働。常に危険を伴う仕事である。そのため、絶対に無理はしないよう言いつけてある。号令を出していた熊人も、その辺りのことはよく理解している。以前視察に来たときも、常に現場を見回り、適度な休息を取らせていた。
「スキルを授かったのって、あそこにいるベッケルだよな?」
「へぇ。今日はちょいと奥まで行きますんで、村長も注意してくだせえ」
「ベッケル。さっそくだが、スキルの使い勝手を教えてくれ」
「ああ構わんよ。何から説明しようか」
「変化を感じたことならなんでも頼む。とにかくいろいろ知りたいんだ」
「わかった。ならまずはコレだな」
ベッケルはそう言って「カァン」とつるはしを一振り。すると岩盤に亀裂が入り、岩の塊がごっそりと崩れ落ちる。どう見ても掘れる量が異常だし、力を入れたようにも見えなかった。大きな漬けもの石くらいはあるだろうか。そんな石の塊が、ただの一振りで掘れてしまう。
「まあこんな感じで、どこを掘ればいいのか何となくわかるんだ」
「こりゃあすごいな……。もしかして、掘るべき場所が光って見えるとか?」
「いや、そんなことはないな。自然と意識が集中する感じだ」
「かっこいいなそれ。他には?」
「次はこれだな、っと」
今度は、掘った岩の塊を軽々と持ち上げてみせた。もともと力の強い熊人なのだが、採掘した岩はさらに軽くなるらしい。片手でひょいっと、小石でも拾うかのように披露する。おかげで運搬も楽勝。手で持ち運ぶのはもちろんのこと、荷車に載せても軽くなるようだ。
「そういえばこの荷車、車輪や枠が鉄製だよな。こんなの以前はなかったような……」
「ああそれ、ベアーズの旦那が作ってくれたんだ。今は専用のレールを製作中だぞ」
「マジかよ。あいつすげぇな」
将来的には、製錬炉直通のレールを敷き詰める予定。近日中にもテスト運用を始めるそうだ。鉄の採掘量が増えたことで、材料の目途が立ったんだと。今は木の板を敷いているが、そのうちスムーズな運搬が可能となる。
「にしても、これだけ効率がいいとさ、相当奥まで掘れるんじゃないか?」
「まあな。でも7日が限界だぞ。どれだけ掘ろうが、どうせ穴は
「前にも聞いたけど、それがこの世界の常識なんだな」
「ああ。少なくとも獣人領ではそうだ」
「元どおりになった場所って、また鉱石が採れるんだろ?」
「しばらく経つとな。なぜそうなのかはわからん」
大山脈にできた坑道は、7日程度経過すると、あるとき一瞬で元に戻るそうだ。その仕組みは不明だが、トンネルを掘って東の領域に到達するのは無理みたいだ。
「坑道が崩落したことはただの一度もない。だが、いつまでも掘り進めていると……」
「そのまま生き埋めになるってわけか」
「ああ、それが一番の死亡原因だ。掘り返したところで死体は消えている」
この話を聞いたとき、私にしては珍しく閃きを覚えた。掘った坑道、というか大山脈って村の敷地にできないかな、と。もし可能であれば、掘った坑道もそのまま維持されるのではないか。奥に進めば、ワンチャン何かレアな鉱石でも見つかるんじゃないか、と。
「なあベッケル、この坑道って今日で何日目なんだ?」
「5日目だ。余裕を見て今日で切り上げるつもりだ」
「ちょっとさ、ここに結界を張れるか試してみるよ。念のため、いったん外に出よう」
2人で外に出たあと、岩肌に向かって拡張をイメージ。幅も長さも10メートルに設定して延ばしてみる。すると結界が点滅状態となって拡がっていき、見事に山脈の岩肌をくり抜いた。結界の高さが20メートルもあるため、巨大な洞窟が口を開けているような感じだ。
「「「うおぉ……」」」
周囲で作業をしていたみんなは、いきなり現れた洞窟に驚きの声を漏らす。
「どうやら大山脈にも張れるみたいだ」
「こりゃあすげぇ。さすがは村長でさぁ」
「どうだろ。せっかくだし、このまま固定してみてもいいかな?」
「なら、もう少し奥までどうです? お宝が眠ってるかもしれませんぜ」
まだ見ぬ希少な鉱石、それこそ大鉱脈があるかもと、みんなは目の色を変える。過去の最長記録は10メートル程度とのこと。誰も知らない未知の世界に興味を抱いていた。結界があれば崩落の心配はないだろう。と、30メートルほど延ばして固定する。