異世界生活156日目

 翌日──。今日も数人の仲間を引き連れて、勇人たちの拠点へと向かう。馬車に手土産を詰め込むと、ワクワク気分で御者台に搭乗。手綱を握るラドの合図で村をあとにした。

 本日の随行者は、椿とラドとロアの3人。男女のバランスに加え、今回は現地人の紹介を予定している。他にも希望者はいたけれど、ひとまずは見送りとなった。

 昨日同様、結界を延ばしながら進んでいく。別に固定してもよかったんだが、彼らには点滅した状態を見せている。変に怪しまれないためにもこのままにしておいた。

「ラド、ロア。相手の顔や特徴を覚えてくれ。たぶん、これから何度も会うことになる」

「はい、お任せください」

「承知した」

 道中の魔物は見つけ次第、馬車に乗ったままのロアが土魔法で倒していく。桜の影響なのか、以前に比べてかなり好戦的に見える。まあ、結構な頻度でダンジョンに潜り、オークを簡単にほふっているのだ。当然と言えばそれまでだが……せめて笑顔で魔法を撃つのはやめてほしい。


 そんなこんなで砦に到着。物見櫓にいた杏子さんが、こちらに気づいて手を振ってくれた。入り口の手前で馬車を止めると、相手の出迎えを待った。

「みなさん、おはようございます。随分と早い到着でしたね」

「おはようございます。今日はこのとおり、馬車で来たんですよ」

 今日は10人総出のお出迎え。昨日とは打って変わり、屈託のない笑顔を振りまいている。いささか不用心だと思うけれど、相手の誠意だと素直に受け取っておく。

 挨拶も早々。ラドとロアを目にすると、みんなの視線がウサ耳に集まる。

 初めて見る異世界人。それが獣人となればさもありなん。興味津々な彼らをよそに、さっそく自己紹介を始める。

「この2人は兎人族の親子です。縁あって一緒に暮らしています」

「私はラド。途方に暮れていたところを村長に救われた。今は村の戦士として生活している」

「娘のロアです。みなさん、仲良くしてくださいね」

 ピョコピョコと動くウサ耳を前に、彼らの視線は釘付けとなる。しばらく呆気に取られたあと、たどたどしく挨拶を返していく。

「では、持ってきたものを確認してください。サイズ調整もしてありますよ」

 そう言って荷下ろしを始めたものの、当然、彼らは結界に入れない。いったん結界の外に並べていき、結界越しに拾ってもらう。衣服や防具の試着も兼ねて、持参したもの全てを砦の中に運んでもらった。

 それからしばらく経つと、着替えを終えたみんなが戻ってくる。ボロボロの姿から一変、冒険者っぽい凛々しさを感じる。なにせもともとが美男美女揃い。実に様になっていた。

「杏子さん、着心地はどうですか? サイズが合うといいのですが」

「ありがとうございます。全員、問題ありません」

 実に5か月ぶりとなる新しい衣服や下着。全員のテンションは爆上がりしていた。いまも服の感触を確かめながら大はしゃぎしている。立花さんに至っては、両腰に剣を携え、ニヤニヤと狂気じみた笑顔を見せる。

「喜んでくれたみたいで何よりです。武具や道具はこれで足りそうですか?」

「いやいや、もう十分すぎますよ! 本当にありがとうございます!」

 勇人くんも大層喜んでいるようだ。彼の喜ぶ姿を見て、周りの女性陣が嬉しそうにしている。何ともまあ、うらやま──微笑ましい光景だった。

「それにしても、こんな短期間でよくここまで……。あっ、もちろん良い意味ですよ」

「最初の頃は必死でしたよ。村人たちの協力があってこそです」

「そうですか。村での生活は、さぞ充実してるんでしょうね……」

 そう返してきた杏子さん。含みのある言葉の意味は、それとなく察することができた。昨日も少しだけ触れていたが、おそらくは今の人間関係についてだろう。

「ああ、大丈夫ですよ。みなさんの関係はわかっているつもりです」

「そうですか。啓介さんはもうお見通しのようですね」

「他人がどうこう言う権利なんてありませんよ。突然、こんな状況に放り込まれたらなおさらです」

 杏子さんは、自分たちのハーレム状態をいびつなものだと理解している。それでも今の関係を崩したくはないのだろう。

 場の空気が重くなる前に、さっさと話題を切り替える。

「では、こちらの検証をしてもいいですか?」

「あ、はい。小屋の荷物は移動させました。いつでも大丈夫ですよ」

 相手の確認が取れたところで、さっそく物置に向かって拡張をイメージする。が、一向に反応がない。やはり他人の所有物があるとダメなのかも。そう考えていると椿が──。

「まずは道中の結界を固定してみては? 一度に複数の結界は張れないのかも……」

 なるほど。そういえば点滅状態にしたままだった。先にそっちを固定しないと、飛び地を拡張できないってことか。一理あるなと思い、杏子さんたちに声をかける。

「杏子さん、いったん今張っている結界を固定してもいいですか? あとで解除しますので」

 そう言ってみたものの、相手は何のことだかわかっていないようだ。細かいことは伝えてないし、それも当然だ。仕方なく当たり障りのない程度に結界についての説明をした。

「わかりました。そういうことなら遠慮なくどうぞ」

 相手も問題ないと言うので、まずはここまでの道を固定する。と、点滅が止まり、いつもどおりの結界が張られる。続いて物置小屋に向けて敷地の拡張をイメージ。今度は結界が拡がり、無事に点滅状態となった。

「よし、建物は残ったままだな。じゃあ次は固定してみるよ」

 結界の中にある小屋は、それまでと変わらない状態で残った。他人の所有物があっても敷地の拡張は可能みたいだ。おそらく、大森林の中であれば制限なく張れるのだろう。

「椿、アドバイスありがとう。おかげで上手くいったよ」

「はい。村の安全性がさらに高まりましたね」

 念のため、小屋の中を確認したあと結界を解除しておく。

「みなさん、ご協力に感謝します。無事検証が終わってやれやれです」

「そうですか。正直、とてつもない能力に驚愕きょうがくしています」

 どうやら杏子さんは、結界の使い道を正しく理解しているようだ。他の仲間が疑問符を浮かべるなか、彼女だけは真顔でそう答えた。

「これが私の切り札です。もちろん悪用するつもりはありません」

「でしょうね。もしその気だったら、出会った瞬間にられています」

「自分の能力に溺れないよう、普段から気をつけているつもりです」

 信用を得られた、とまではいかないまでも……。能力の開示や支援品によって、予想以上に警戒は緩くなったと思う。その証拠に、砦の中を見せてくれたり、海での漁や塩の作り方まで教えてくれた。昨日別れたあと、いろいろ話し合って決めたのだろう。案内はスムーズに行われ、少し大げさに思えるほどの歓迎ムードだった。


 それからしばらく、砦の中で雑談に興じ、私も杏子さんと2人で語らっていた。

「それにしても、杏子さんの魔法はすごいですね。うちにも魔法使いがいますけど、複数の属性持ちは1人もいませんよ」

 彼女は土魔法の他に、火と水と風の魔法も使用できる。

 海沿いの断崖絶壁。これを土魔法で操作し、階段状に降り口を作っていた。なんと、手すりまで付いており、下まで安全に降りられる仕様だった。降りた先には洞窟があり、そこを拠点に塩作りや漁をしている。岩肌を丸ごとくり抜いた洞窟。これも杏子さんのお手製らしい。

「異世界ファンタジーよろしく、いろいろ試して習得したんですよ」

「あー、わかるわかる。私も同じだったよ。それこそ呪文をとなえてみたりね」

「私以外はそういったものに興味がなくて……。最初は恥ずかしい思いをしました」

「うちは椿以外、大好物なやつばかりだよ。そういう意味では運が良かったかもね」

 やはり同類同士は話が弾む。近くではラドやロアを囲んで、ワイのワイのとやっている。

 和気藹々わきあいあいとした雰囲気のなか、雑談が飛び交う。お互い気を遣うのも忘れ、次第に口調も緩んでいった。椿がおにぎりとパンを差し入れたときは、全員、目が飛び出るほど驚いていた。口にした瞬間、ほとんどの者がむせび泣く。というか、今も現在進行形で続いている。

「おいしい……おいしいよぉ」

「うう、懐かしい味だ……」

 食べきれない量を持ってきたつもりだが、この様子だと全部なくなるかもしれない。

 久しぶりに食べた日本の味。それに綺麗きれいな服と便利な道具も手に入れた。緊張や警戒が最も下がった今が頃合い。そう思い、私は話を切り出した。

「みんな、ちょっといいかな」

 勇人たち全員が一斉に私のほうを向く。その表情は穏やかで、警戒心のカケラもない。

「私がみんなと仲良くなりたい一番の理由、それを今から話したいんだ」

 私がそう言っても、ほとんどの人はポカンと呆けているだけだった。

「仲良くなりたい理由、ですか?」

 かろうじて杏子さんがそう呟いた。

「実を言うとさ。私は鑑定のスキルを持ってるんだ。悪いけど能力を調べさせてもらったよ」

「まあ、相手の能力を把握するのは当然ですよね」

「それで君たちの職業とスキルを知ったんだが……少し問題があってさ」

「え、ちょっと待ってください。スキルはわかるけど、職業って何ですか?」

 杏子さん以外の人は、頭の上にハテナマークを浮かべていた。「このおっさん、急に何を言ってるんだ?」と、鑑定のことを含めて、たぶんそんなことを思っているのだろう。

 私がどう説明しようか迷っていると、

「それって戦士とか魔法使いみたいな、いわゆるゲーム的なアレですか?」

「ああ、大体そんなところだと思うよ。何種類あるのかは知らないけどね」

「なるほど。それで私たちの何が問題なんでしょうか」

「この中の4人がさ、特殊な職業を持っていたんだよ。杏子さん、あなたもその1人だ」

 それを聞いた杏子さんは一瞬驚いて固まった。が、すぐに立ち直ると──、

「私の職業って、もしかして『賢者』ですか? スキルは『全属性魔法』とか」

「おおー、すごいね。私の鑑定にはそう表示されていたよ」

「やっぱり……。どおりで都合よく魔法が──」

「他にも、立花さんは『剣聖』、葉月さんは『聖女』、勇人くんに至っては『勇者』の職業を持っている」

 さすがにこれくらいは知っていたのか、3人とも自分の職業を聞いて驚いている。

「立花さん、さっきも剣に執着してただろ? 葉月さんも、誰かの怪我を治したことは? 勇人くんもさ、なんでもやれちゃうような──全能感みたいなものを感じないか?」

「あ……」

「じゃあ、あのときのはアレって」

「僕もそう言われると思い当たることが……」

 どの程度かはわからないが、3人とも思い当たるふしがあるようだ。

「他の6人にしてもそうだ。特殊なスキルではないにしろ、それぞれがとても貴重なスキルを所持しているよ」

 それを聞いて喜ぶ人や安堵する人、まだよくわかってない人と、反応は様々だが、貴重という言葉に浮かれていた。

「まるで誰かが仕組んだ、そう思えるほど都合のいいスキル編成だ。物語で言えば、君たちは完全に主役だよ」

 しばしの沈黙のあと、杏子さんが気を持ち直して返してくる。

「でもみんな、突然の転移でした。それこそ、神のお告げなんかもありませんでしたよ?」

「そのへんのことは私もわからないな。お告げを忘れているだけなのか。何か理由があって説明がなかったのか。案外、勇者の特性で集まったのかもしれない」

「あー、主人公補正ってやつですね。自分たちが言うのもアレですけど、勇者の異世界ハーレムものって感じで……」

 ハーレムという言葉に反応して、勇人くんが少し動揺している。うっかり口を滑らせたのか、杏子さんは申し訳なさそうにしている。

「まあ、勇人くんが心の支えだったんだろう。それが悪いなんて、これっぽっちも思わないよ」

「あ、そうだ魔王……勇者がいるなら魔王もいますかね?」

「いや、全然わからん。この世界に呼ばれた理由すら謎だし。私もそれが知りたいよ……」

「ですよねー」

 少し素の口調が出てきた杏子さんを尻目に話を戻す。

「とにかく、これがみんなと仲良くなりたい理由だ」

「私たちが大きな力を持っているから……ですか」

「そう、ぶっちゃけると、恩を売っておきたいってこと。もちろん、敵対するなら別だよ?」

「いえ、今さら敵対とか考えませんよ。ねえ、みんな?」

 杏子さんが周りを見渡すと、他のみんなも頷いて返した。これまでのおもてなし効果は十二分にあったみたいだ。

「そんなわけで。鑑定結果を伝えようと思うんだけど、どうかな? 自分たちの力を知れば、これからの生活が楽になるし、戦力アップにもつながると思う」

 全員が諸手もろてを挙げて賛同するなか、1人ずつ順番に鑑定をかけていった──。


勇人ゆうとLv16 職業:勇者

ユニークスキル 全状態異常無効Lv━━ あらゆる状態異常を無効にする。

スキル 剣術Lv2 身体強化Lv2 光魔法Lv1 治癒魔法Lv1 超回復Lv

直感Lv2 幸運Lv3 解体Lv2 料理Lv1 空間収納Lv


杏子きょうこLv12 職業:賢者

ユニークスキル 全属性魔法Lv2 念じることで全ての属性魔法を発動できる。※レベルにより威力が上昇。

スキル 消費MP減少Lv1 魔法使用時のMPが10パーセント減少する。


立花りっかLv13 職業:剣聖

ユニークスキル 聖剣術Lv2 剣の扱いにけ威力が上昇する。斬撃ざんげきを飛ばす攻撃が可能となる。※斬撃数1

スキル 身体強化Lv2 身体能力を強化する。※常時発動


葉月はづきLv10 職業:聖女

ユニークスキル 聖なる祈りLv2 あらゆる傷や部位欠損を回復する。あらゆる状態異常、病気を回復する。※レベルにより効果と範囲、回復速度が向上する。

スキル 消費MP減少Lv1 魔法使用時のMPが10パーセント減少する。


 主要な4人の鑑定結果はこのとおり。他の6人も、農民、細工師、漁師、鍛冶師、調理師と、まさに万能詰め合わせ集団という構成だった。

「疑うわけではないですけど……。なんていうか、ユニークという割には物足りないような」

「あー、最初は私もそう思ったよ。たぶんスキルレベル次第で増えるんじゃないかな」

「なるほど、今後に期待ってことですか」

「今までは自分の能力を知らなかっただろ? 持ち味をきわめていけば成長も早いと思う」

 私の村スキルがそうであるように、次々と能力が解放されていくのだろう。というか、この程度で留まるとは思えない。なにせ彼らは勇者一行、どこまでも強くなるはずだ。

「あの、啓介さん……」

 そのあとも解説を続け、一段落つきそうな頃に、勇人が申し訳なさそうに近づいてくる。

「空間収納のこと、黙っててすいません」

「いや、それで正解だよ。無暗むやみに手の内を明かさないほうがいい」

「でも、啓介さんはいろいろ話してくれたのに……」

 この勇者、本当に人のいい性格をしている。傲慢ごうまんさのカケラも見せず、裏表のない好青年といった感じだ。まだ出会って間もないけれど、正直、かなり気に入っている。こんなやつでも、いずれ力に溺れて好き放題やるのだろうか。

 私はそんなことを考えつつ、勇人の謝罪を素直に受け止めた。

「さて、と。スキルの説明も終わったし、そろそろおいとましようかな」

「えっ、もう帰っちゃうんですか」

「村のみんなが待ってるからな。それに、あまり長居すると迷惑だろ?」

「っ、そんなことないですよ! もっといろいろ話したいし……」

「そっか。じゃあまた会いに来るよ。今度は米でも持ってこようかな」

 米のワードが出た瞬間、女性陣から歓声が沸き起こる。昼に出したおにぎり効果は抜群のようだ。胃袋をガッツリつかんだところで、今日のところは別れることに。

「勇人、来るときは必ず結界を進んでくる。それ以外は敵だと思ってくれ」

「わかりました。啓介さんたちもお気をつけて」

「ああ。何かあったら川沿いを北へ向かえ。村で対処できることならなんとかする」

 その帰り道──。

 満足のいく成果を土産に馬車を進める。軽くなった荷台に乗り込み、椿たちと言葉を交わす。

「今日はお疲れさま。みんなのおかげで上手く接触できたよ」

「我は何もしておらんが……まあ、獣人に興味があるのはよくわかった」

「でもお父さん、嫌な感じはしなかったでしょ。聞き耳でも悪い話は出なかったしさ」

「私は村での生活を聞かれました。みなさん、かなり興味をお持ちでした」

 今回の人選は我ながら上手くやったと思う。優しげな獣人の親子は大人気。椿による村の紹介も見事なものだった。次回もこの面子で向かいたいところだが──。

(まあ、他の連中から不満が出るだろうな。とくに春香とか夏希とか……)


 村に到着した頃には、村人のほとんどが広場に集まっていた。

 夕飯の準備をする人や、その周りで談笑している人たち。いつもの賑やかな光景を目にして自然と心がなごむ。私もその輪に溶け込んで、勇者たちから頂戴した新鮮な魚をさばいていく。

「おーい、みんなー。10層のボス部屋を見つけたよー」

 と、しばらくして、上機嫌の春香を先頭に攻略班の面々が戻ってきた。夏希が走って迎えに行くと、すぐに桜と秋穂が歓声を上げる。

「うわっ、久々の海の幸!」

「お魚大好き。早く食べたいっ」

 どうやらこの2人、魚料理が大好物みたいだ。その存在を知るや否や、速攻で着替えに飛んでいく。他のみんなが風呂へと向かうなか、2人は席に着くなり頬張り始める。塩焼きや魚介のスープなど、出来立ての料理をあっという間に平らげていった。

「にしても、まさか勇者だったとはなぁ。オレ、全然気づかなかったよ」

「勇者ならハーレムも納得だよね。ジャンルで言うと、善良系勇者のハーレムものかな?」

「おい夏希、ジャンルとか言うなよ。勇人さん、優しくて良い人なんだぞ」

「冬也って、村長にはタメ口なのにさ、勇者にはさん付けするんだね。ハーレム野郎なのに」

「秋穂まで……オレも一般常識くらいあるっての!」

「いや、そうでもないでしょ」

「説得力皆無だよね」

 新鮮な魚に舌鼓したつづみを打ちながら、若い3人が勇者の件で盛り上がる。勇人をかばう冬也に対し、夏希と秋穂が面白半分に絡む。別に勇者が嫌いなわけでも、ハーレムを否定するわけでもない。ただ単に、冬也とじゃれ合いたいだけのように感じた。

 一方、そんな私の隣では、桜が不満そうに膨れている。「なぜ秘密にしていたのか」「私にだけは教えてくれてもいいんじゃ?」と、ねた口ぶりでまくし立てた。

「桜はダンジョンを攻略中だろ? 余計な情報を伝えるのはどうかと思ったんだよ」

「まあ、それはわかってますけど、せめてちょっとだけでも──」

 まだ拗ねているが、不信に感じているわけではなさそうだ。隠していて悪かったと、ひとまずは謝罪を述べておく。すると今度は夏希が──。

「ねえねえ、じゃあわたしは? 毎日ずっと村の中にいるんですけどー」

 こいつの場合は完全にダル絡みだろう。冬也に続いて、私にまで絡んでくるとは……。

「なあ。お前に話したとして、だ。誰にも言わずにいる自信はあるのか?」

「えっ。……ど、どうかな、大丈夫なんじゃない?」

 全然まったくこれっぽっちも大丈夫ではない。こいつなら確実に言いふらして回るだろう。

「まあとにかく、掴みは上手くいった。しばらく様子を見るつもりだからよろしくな」

「あれ? 村人として受け入れないんですか?」

 桜は受入れに積極的じゃないことを疑問に思ったみたいだ。

「決して悪いやつらではないよ。ただ、村に住むのは難しいだろうな」

「もしかして、私たちとの確執を考えてます?」

「いや、村のみんなは上手く付き合ってくれると思うよ。勇者がハーレムを続けても、それほど気にしないだろう」

「ではなぜ? 戦力強化のチャンスですよね」

 勇者を中心に完成されたコミュニティ。それが村に移住してくればどうだろう。それぞれが分業となり、勇者と一緒にいる時間に差が出てくる。そうなれば必ず軋轢あつれきが生まれ、村全体に悪影響が出始める。

 今でも多少の不和はあるだろうが、村に来れば目に見えて膨らんでいく。あとに待っているのは争いか離別か。どう転がっても悪い未来しかない。そうみんなにも伝えた。

「あとはアレだ。私の指示で動くことになるだろ?」

「あー。先導者が変われば、納得しない人も出てくるでしょうね」

「その問題が解決しない限り、受入れは厳しいだろうな。間違いなく派閥ができる」

「納得しました」

「なるほどねー」

「まあ、なるべく友好的にいこうよ。良き隣人としてつながりを持てればいいさ」

 戦力的にはこれ以上ない逸材。されど、今の私にはあの集団を制御する自信がない。今できることはせいぜい恩に着せること。そして、頼れる味方を演じることくらいだった。


 〈南の勇者たち〉 啓介と2回目の会合後


 今日の昼過ぎ、啓介さんたちが自分の村へと帰っていった。

 新品の服や靴、よく切れそうな武器、他にもいろんな道具をもらって、みんなは大喜びしている。何より衝撃だったのは、日本で食べ慣れた米を見たときだ。「もう二度と食べられない」そう思ってただけに、涙がこぼれるほど嬉しかった。

 夕飯となった今も、昼に食べきれなかったパンやおにぎりを主食に、みんなで夕食を囲んでいるところだった──。

「勇人さん、食べないんですか?」

「うん? 食べてるよ。ちょっと考えごとをしてたんだ」

「それって、あの人たちのことですか?」

 今日、鍛冶スキルを所持していることが判明した紗枝さえが、心配そうに声をかけてくれた。

「とても良い人たちだったな、ってね」

「そうですね。でも私たちは勇人さんがいれば十分ですよ」

「うんうん!」

「そうだよー!」

「ありがとう。僕もみんなと出会えて良かったよ」

 杏子さんからハーレムという言葉が出たときは、正直、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。まあ、ほとんどの子とそういう関係になってるから、実際そのとおりなんだけど……。

 でも啓介さんは、それをさげすんだり否定したりしなかった。むしろ、よくやっているとめてくれたんだ。普段、みんなが頼ってくれるのもすごく嬉しいけど、彼のような大人の男性にああ言われると、今までの僕の行動が肯定されたようで──。身勝手な解釈とはわかっていても、とても心が落ち着く。

「あー、勇人また考えごとしてるー」

「ごめんごめん。ところでみんなは彼らのこと、どう思った?」

 みんなはどうなんだろう。それが気になって聞いてみると、

「いい人たちだと思うよ? 服とかいっぱいくれたもん」

「私たちのことをエロい目で見てなかったしさ。前のやつらと全然違ったよね」

「わたしはスキルが知れて良かったかな。勇人の役に立てそうだし」

 杏子さん、立花、葉月以外の6人は、理由はどうあれ好印象のようだ。確かに良いものをたくさんもらったし、スキルを把握できたのも助かった。

「立花や葉月はどう? 2人も楽しそうに話してたけど」

「んー、あたしは大丈夫だと思うよ? 一応警戒はするけどね」

「そういえば立花、剣をもらってご満悦だったよね。ひとまず信じてみようって感じかな?」

「そそっ。今日からはこの剣でみんなを守るよ!」

 自分が剣聖だと知り、彼女はさらに自信をつけていた。今までも狩りを頑張ってくれていたし、僕にとっても頼れる相棒みたいな存在だ。

「私も自分の能力がハッキリわかった。これからいろいろ試して頑張る」

「葉月に手当してもらうと、傷がうそのように消えるもんね。これからも助けてほしい」

「任せて。みんなのために立派な聖女になる」

 啓介さんが言うには、どんな傷や病気でも治せるらしい。僕らにとってかけがえのない存在、まさに生命線といった感じだ。

「杏子さんも、交渉を任せてしまってごめんね。普段もそうだけど、今回は本当に助かったよ」

「勇人も上手に話してたと思うわよ。今回はいろんな意味で本当に助かったわね」

「えー、なんか含みのある言い方じゃん。なんかあんの?」

「含みも何も、みんな殺されなくて良かったねって意味よ」

 僕たちが少しでも敵対してたら、その場で全員殺されていただろう。と、彼女はみんなの前でそう言い切った。

「でもさー。うちには勇人と立花がいるし、杏子さんの魔法もあるじゃん」

「甘すぎよ。ヘタしたら、啓介さん1人に全員やられていたわ」

「それってあの結界みたいなやつのこと? まあ守りには強いと思ったけどさ」

「単純にレベルの差よ。たぶんあの人、私たちの何倍も強いわよ。結界の外に出てきたのも、絶対に負けない自信があるからでしょ」

 確かに、僕も同じことを感じていた。彼は常に余裕を持ち、自信に満ちたオーラみたいなものを放っていた。もちろん嫌な印象は一切なかったけど、恐ろしく強いことは確かだ。

「でもこっちには勇者がいるんだしさ。それ目的で近づいたって暴露してたよね?」

「まあまあ落ち着いて。彼は相当に強いと思う。その上で仲良くしてくれたんだよ」

「まあ、勇人が言うならそうなのかな。私にはよくわかんないけど」

 一部の子はまだしっかりと認識できていないようだ。今の僕たちでは、彼らの敵にすらなれないことに──。

「とにかく、相手の力量はしっかり吟味ぎんみしよう。いつどんなやつが来るかわからないだろ?」

「そっかー。杏子ちゃんごめんね。私の考えが甘かったよ」

「いえ、私の言い方も悪かったわ。あまりにも差がありすぎて困惑しているのよ」

 多少の食い違いがあっても、最後はお互いを尊重している。それぞれ思うところはあるだろうけど、表面上は上手くやっているんだと思う。

「話は変わるけどさ。勇人は街へ移り住む気はあるの?」

 誰かしらが空気を読むように、話題が街のことに移る。

「そうだね。生活は豊かになるだろうけど、正直まだ決め兼ねている。懸念事項もあるしね」

 街にいる日本人のこと、人族との戦争のこと、何より自分が勇者という存在だということ。

 啓介さんの話によれば、街では日本人の職業とスキルを管理しているらしい。教会で能力を鑑定されれば一発でバレてしまう。そうなれば、必ず議会からの接触があると言っていた。もちろん優遇はされるだろうが、身動きは取りづらく、戦争にも絡むだろうとのこと。

「勇人、街にはダンジョンがあるらしいぞ。レベル上げには好都合なんじゃないか?」

「立花の言うことはわかるよ。僕らも早く力をつけないとね」

「川の東にいたオークと戦ってもいいと思う。立派な武器や防具もあるし、怪我は私が治すよ」

 葉月の治癒魔法があれば心強い。僕もやれそうな気がするし、啓介さんから魔物の情報をもらっている。無計画のまま街へ行くのは自滅行為だ。まずはみんなを守れるだけの力が欲しい。

 それからみんなで話し合った末、しばらくはここに留まってオークを狩る流れとなる。

「杏子さんもそれで構わないかな?」

「ええ、今すぐ街へ行くのはリスクが高いと思う。私も賛成よ」

「そっか。ありがとう」

 こうして僕たちは決意を新たに動き出す。今はまだ軟弱だけれど、1日でも早く強くなってみせる。そしていつかは啓介さんのように、みんなを引っ張れる存在になろう。

 僕はそう心に誓った──。