異世界生活155日目
それから3日後の早朝。メリナードたちが街へと向かっていった。馬と荷車を村に残し、徒歩での帰路となる。街に到着したところで念話が届く予定だ。
今回は、村の視察を提案するよう頼んである。ヘタな横やりを入れられるよりも、こちらから歩み寄るほうがいい。昨日の冒険者みたいなことは極力回避したい。
『じゃあ桜、ダンジョンに入ったら念話を入れてくれ』
「了解しました。では行ってきます!」
桜やラドたちダンジョン班が、数名の村人を引き連れて出かけていく。
「村長、オレたちも早く行こうぜ!」
一方、私のすぐ隣で、待ちきれない様子の冬也が声をかけてくる。
今この場に残っているのは私と冬也、それに椿の3人だ。昨日、南の海まで偵察に行くと話したところ、護衛として同行したいと食い気味に申し出てきた。そのほうが安心だと、他のメンバーも口々に同調。いろいろ話し合った結果、最終的にこの面子で向かうことになった。
ダンジョン探索のほうは、現在9階層まで進んでいる。10階層への階段が見つからず、今日もじっくりと探すそうだ。ボス攻略は後日、万全の態勢で挑む予定。探索だけなら問題ないと、冬也の同行を許した。
「よし、私たちも出発しようか」
「はいっ」
「よっしゃ!」
村の東にある川沿いから、南に向かって結界を延ばしていく。結界は固定せずに、点滅した状態を維持しながら向かう。
「なあ村長、敷地を固定しないのか? どうせ海まで占領するんだろ?」
「一応そのつもりだけど……。まあ、南の状況を見てからでも遅くないさ」
「そっか。村長が言うなら意味があるんだろうな」
実のところ、大した意味はないのだが……それを言うのは無粋な気がして、とりあえず頷いておく。聞いた話によると、南の断崖までは10キロメートルくらいの距離があるらしい。模倣スキルを『鑑定』にしてあるので、掘り出し物を探しながら進んでいった──。
途中で休憩を入れつつ、かれこれ2時間ほど歩いただろうか。魔物とは3度遭遇したが、他にこれといった発見はなかった。ただただ、同じような景色が続いている。
「そろそろ着いてもいい頃だが……。こうも景色が変わらないとさすがに飽きてくるな」
「そうか? オレは結構楽しいけどな。未開の地ってだけでもワクワクするぞ」
「私も楽しいです。長距離の移動は新鮮味があります」
冬也と椿はまんざらでもないらしい。椿なんかは普段からずっと村にいるし、そういうものかもしれない。と、そんな会話をしながら、さらに20分ほど歩いた頃だった──。
「あれは……
「ああ、明らかに人工物だな」
川沿いから少し西へ入ったところに、長い丸太を縦に並べた囲いが見える。周囲の木々は伐採され、川の先には海も見えた。
明らかに人の手で作られた砦のようなもの。広さは初期の村程度か。敷地の中には
『結界から出るなよ。人がいてもまずは様子見だ。冬也、いきなり切りかかるなよ』
『いや、やらねえし……。対処は村長に任せるわ』
結界を延ばしながら入り口の近くまで進んでいく。と、もう目の前というところで、砦の中から人の気配を感じた。会話の内容は聞き取れないが、人の声や生活音を耳にする。
指示があるまで動かないように伝え、まずは砦の中に向かって叫んでみる。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいますかー」
なるべく自然な感じに呼びかけたつもりだが、間違いなく警戒しているだろう。
私が声をかけると、それまで聞こえていた音が一瞬にして静まる。何度か笛の音が聞こえたあと、物見櫓から1人の女性が現れた──。
「あなたたち、何者ですか。何の目的でここへ?」
女性は淡々と話しながらも、周りにある結界に驚き、視線を泳がせている。点滅を繰り返す変な膜。そんなものが目に入れば当然の反応だろう。
(さっきの笛は仲間への合図か……。複数人がいるのは確定だな)
そう考えつつ女性に鑑定をかけると、その内容に驚き、思わず息を呑んだ。が、動揺を見せないためにも、顔や態度に出るのを必死で抑える。
「私たちは、5か月前くらいにこの世界へ飛ばされました。今は北の森で村を作って生活しています。今日は海の調査でここまで来ました。目的は塩と海産物です」
にわかには信じられない様子で、彼女はずっと黙ったまま返そうとはしない。
『たぶん、仲間が来るまでの時間稼ぎだ。このまま様子を見るぞ』
『わかった』
『はい』
相変わらず女性は無言のままだ。やはり仲間の到着を待っているのだろう。それなりの場数を踏んでいるのか、慌てた素振りを見せない。
「申し遅れましたが、私は啓介といいます。こちらの女性は椿、男のほうは冬也です。信じてはもらえないでしょうが、あなた方と敵対する意思はありません」
それにしてもこの女性、着ている衣服はボロッボロだ。上はTシャツ、下はジャージのようだが、所どころ穴が開いて破れかけている。この様子だと街へは行っていないのだろう。それどころか、その存在すら知らない可能性が高い。
「……私は
こちらが名乗ったからなのか、ようやく返事をしてくれた。敢えて仲間の存在を明かしたのは、こちらの動きを鈍らせるためだろう。
「杏子さんありがとう。この点滅している膜は、安全を確保するための結界です。今は解除できませんが、そちらに危害は及びません」
信じる信じないは別として、結界の存在を正直に打ち明けておく。
「不快でしたらもう少し下がりますが、どうしましょう?」
「…………」
どう返答していいのか判断に迷っているようだ。こちらを刺激しないよう配慮している雰囲気だった。結局、返答はないまま、自ら10メートルほど下がった。これくらいの距離ならば、向こうの会話を聞き取れるだろう。
それから5分ほど待っただろうか。西の森の中からガサガサと音がして、20代前半に見える男性と、若い女性が2人飛び出してきた──。
森から現れた3人は、顔や服装から見て明らかに日本人だった。
「杏子さん、大丈夫ですかっ!」
「ええ、まだ何もされてないわ」
こちらを警戒しつつも、彼らは自分たちの砦へと移動。入り口を守るように陣取った。
杏子さんは3人と合流して何やら話し込んでいる。櫓の上には別の女性の姿が──じっとこちらを監視する。私たちは静観を決め込んで、相手が話しかけてくるまで待つことにした。
「目的は聞きましたが、正直信用できません。そう言って襲撃された経験がありますので」
しばらくして方針が決まったのか、杏子さんがこちらに問いかけてくる。どうやらこの集団の交渉役は彼女のようだ。他の3人はすぐ隣に控える。