異世界生活127日目
村会議から6日。ようやくメリナードたちが戻ってきた。
一昨日の昼頃、槍士のウルガンから先触れをもらっている。今回は奴隷を引き連れてくるらしく、受入れの準備をお願いしたいとのことだ。予定人数は9名。そのいずれも、獣人の借金奴隷だという。議会との交渉は無事に終わり、詳細はメリナードから聞くことになった。
「村長、お久しぶりです。帰還が遅れてしまい申し訳ございません」
「いや。みんなの顔を見て安心したよ。いろいろ大変だっただろ」
メリナードたちの表情はすこぶる明るい。村に戻れたことを喜び、出迎えた村人たちと楽しそうに言葉を交わす。そして後ろに見える奴隷たちは、思いのほか生き生きとして見える。
疲れた顔をしながらも、目が死んでいるような絶望感はない。全員が結界を見て驚き、しきりに村の様子を眺めていた。
「奴隷たちですが、あの長屋に案内すればよろしいですか?」
「ああ、そのへんは春香に任せてあるからさ。引継ぎと説明を頼むよ」
「承知しました。ならばメリマスに対応させましょう」
奴隷のことは春香たちに丸投げ。私はメリナードとともに自宅へと向かう。護衛のウルガンとウルークには、結界の外で警備に就いてもらった。
「村長、先に教会へ寄ってもよろしいですか。祈りを捧げたいのですが──」
「もちろんだよ。気が利かなくて悪いね。ってメリマスたちはいいのか?」
「はい。一段落してからで結構ですよ」
教会で祈りを捧げたあとは、自宅でステータスの確認をさせてもらう。今日は剣術スキルをコピーしたので、直接鑑定することができない。
「お、空間収納のレベルが上がってるぞ。しかも忠誠度88って……」
「なんと、まだその程度でしたか……。
高いことに驚いたのだが、本人は納得していないようだ。相当悔しかったのか、ウンウンと
「それでは、議会の件をご説明します。疑問点などあれば、その都度おっしゃってください」
「わかった。よろしく頼むよ」
メリナードが落ち着いたところで、議会との交渉結果を聞いていく。
「まずはこちらの要求ですが、建前上は全て通りました」
交易はメリー商会を通すこと。移住者の募集と奴隷の購入を認めること。そして村に干渉しないこと。この全てが認められて、議会のお墨付きを得ている。
一方、議会が出した条件と言えば、食糧を軍に卸すことだけだった。一般販売を取りやめ、議会が独占して買い取ることに決まる。
「建前と申し上げたのは、村の監視についてです。不干渉を認めたものの、それなりの調査は行われるでしょう。まあ、あからさまな行動は避けると思いますが」
「なるほど。それくらいは当然だろうな。向こうにすれば怪しい村なわけだし」
「村の規模や人数、村長や転移者の存在は、議会へ報告しております。結界と農耕スキルのことも説明しました。もちろん、教会と女神の加護については話しておりません」
すべてを隠しては余計に怪しまれる。女神のこと以外はある程度話すと決めていた。
「議会が強硬手段に出る、みたいな話はなかったのか?」
「村を属領にする案は当然出ました。しかしながら、安定した食糧の調達は、議会の最重要課題です。そして同じ日本人である日本商会への配慮もあってか、却下されました」
「却下というか、様子見の保留だな。こっちが暴利を吹っ掛けなきゃ大丈夫だろう」
「はい。まさにそのような雰囲気でした」
大人しくしていれば問題ないが、もう少し歩み寄ったほうがいいかもしれない。どうせ村の場所も特定してくるだろうし──。
「いっそのこと、議会の人間を村に呼ぼうか。コソコソと探られるよりマシだろう」
「ええ、その件をご相談したいと考えておりました」
どうやらメリナードも同意見みたいだ。正式な使者を招き、村を見せたほうがいいとのこと。
「議会のことはわかった。それで、他の商会はどんな感じ?」
「大手はつながりを持ちたいでしょうが……おそらくは動かないでしょう。議会が決定したことですしね。当面は我が商会の動きを見ながら、といったところです」
「横やりを入れた場合の取り決めは?」
「それはもう、くどいと戒められるほどに伝えて参りました。問題ありません」
「そうか。苦労をかけるね」
「当然のことです。それで日本商会についてですが──」
メリナード曰く、日本商会はこの件に終始肯定的。反対意見は一切なかったらしい。ただ、取引品目に米があると知ったときだけは
「まあ、好きにさせておこう。村の恩恵がない以上、到底上手くいくとは思えん」
「なんにせよ、議会が掌握したことは日本商会にも筒抜けかと」
「ああ。そのあたりも含めて、村の視察計画を練ろうか」
議会との交渉に納得できたところで、持ってきた物資と奴隷についての話に移る。
今回は鉄や銅のインゴットを主軸として、照明用の魔道具、香辛料、生活用品などを取り揃えた。他にも
「むろん、みなさんから要望のあった品も用意してあります」
「それはありがたい。きっとみんなも喜ぶよ」
「それと椿さんからの依頼でクルック鳥を10羽。こちらは卵用ですね」
クルック鳥とは、日本でいう
「あと奴隷についてですが、今回連れてきたのは全て借金奴隷です。主に日本商会絡みで仕事を失った者たちですね」
「ほぉ。ちなみに職種は? ベリトアみたいな鍛冶職人とか?」
「いえ、今回は採掘関連の職人です。鉱山に手をつけるにしても、まずは経験者が必要かと」
「採掘か……。でもそれって、犯罪奴隷が従事するんだろ?」
鉱山で働いているのは、犯罪奴隷ばかりだと聞いたのだが──。
「採掘に関してはそうですね。今回連れてきたのは、製錬作業の職人とその家族です」
「ああ、そういうことか。ちなみに家族も一緒なのは、忠誠度を上げるためか?」
「はい。他者に買われていた者たちを買い戻して参りました」
「なるほど、それは効果が見込めそうだ」
奴隷の内訳は、職人の成人男性が3人、その家族が6人。いずれも奴隷に
と、報告を聞き終えたところで、ひとまず昼飯を食べることに──。
集会所に到着すると、食事中の春香が席を立って近づいてくる。何やら私たちが来るのを待っていたらしい。奴隷の忠誠度を見るために、居住の許可を出してほしいそうだ。
「さっきまで話してたんだけど。みんな、結構いい感じなんだよね」
春香の受けた印象だと、村人になれる可能性が高いそうだ。「早く試してみて」と促され、メリナードと3人で長屋へと向かった。
緊張した面持ちでこちらを見る奴隷たち。
ベリトアと同じ熊人族で、男性陣は大柄でゴツいが、女性や子どもは小柄でほっそりとしている。ひとまず居住の許可を出し、みんなと挨拶を交わしていくと──。隣に並ぶ春香が親指を立てて見せる。どうやら忠誠度のほうは問題ないみたいだ。
「メリナード、奴隷の解放って今すぐでも可能なの?」
「はい。隷属の首輪に触れて、主人が解放宣言をするだけです。現在は私が主人ですので、今すぐにでも可能ですよ」
次々と首輪を外すメリナード。解放された熊人たちは、戸惑いや疑念の表情を見せる。
「あの、村長さん……」
やがて男性の1人が前に出ると、何やら言いづらそうに私を見た。
「遠慮なく言ってくれ。みんなはもう村の住人なんだ」
「えっと。まずは村に住まわせてくれてありがとう」
「ああ、みんなが来てくれて嬉しいよ」
「だけど話があまりにも魅力的、と言うか好条件すぎて……」
借金の肩代わりに加え、家族まで集めたことに不安を感じているようだ。何か裏があるんじゃないかと、どうしても信じきれない様子。
「あの、本当に仮の話なんだけど、おれたちが村から逃げたらどうなる?」
「ん? 別に逃げても構わないぞ。そのあとは他人になるだけだ」
「今日初めて会ったばかりなのに……。忠誠度ってそこまで大事なのか?」
「もちろんだ。この村においてはそれが全てだよ」
「……そうか。村長ありがとう。おれたち、村のために精一杯頑張るよ」
納得とはいかないまでも、それなりの信用は得られたようだ。既に忠誠度は高いし、家族が一緒となれば、安心して暮らせるだろう。
「さあ、早く村に入ってくれ。昼食を兼ねて歓迎会といこう!」
熊人の家族は、自己紹介をしながら村のみんなに迎えられる。初めは緊張していたが、子ども同士が遊び出してからは、親のほうも笑顔を見せ始めていた。多少時間はかかるだろうけど、この調子ならうまく溶け込めるだろう。
ちなみに、メリナードが連れてきたクルック鳥は、なんの問題もなく結界を素通りしている。村に害がないからなのか、それとも魔物ではないからか。結局、答えは出ないまま、途中で考えるのを諦めた。
その日の昼食後。村の案内を春香に任せ、私はルドルグと打合せをしていた。こうして鉱山関係者を迎えた以上は、いろいろと設備を整えておきたい。
「──ってことで、鉱山の作業場とクルック鳥の飼育小屋を作ってほしい」
「それは構わんが、場所は決めてあるのか?」
「飼育小屋のほうは任せる。椿と相談して決めてくれ。でも鉱山のほうは、一緒に来てくれるとありがたい。明日、熊人の3人を連れていく予定なんだ」
「わかった。
「助かる。早朝に出発だからそのつもりで頼むよ」
急なお願いにもかかわらず、ルドルグは二つ返事で承諾してくれた。村に来てくれて以来、ずっとこの男に頼りきり。職人としても人間としても見習うべき存在だ。
「それはそうと長よ。結局のところ、長屋は必要だったんか? みんなすぐ村に入れたが……」
「いやいや。毎回こんなに上手くはいかないよ。近いうちに必ず必要になる」
「そんなもんか? まあいい。儂は鶏小屋の打合せにいくからな!」
のっそりと歩き去るルドルグを見送り、私は1人自宅へと戻る──。
リビングにはメリナードとメリマスを待たせていた。ウルガンとウルークはダンジョンに興味があるらしく、場所だけでも確認したいと言って向かったそうだ。
「待たせて悪い。メリマスも、熊人たちへの対応ありがとう」
「いえいえ。さっそく打合せを始めましょう」
大方の話は聞いているが、引き続き細かい調整をしていく。
「まず決めておきたいのは、議会に販売する食糧の種類と量、それに交易頻度ですね」
「ふむ。ちなみに議会の要望は?」
「多ければ多いほど、だそうです。首都への輸送も視野に、できる限り融通してほしいと」
現在の収穫サイクルは、芋が16日、米が25日、麦が27日。米は精米まで、麦は製粉まで加味した日数となっている。1回の収穫で米が約3トン(米俵50俵分)、麦は約2トンの収穫量が見込める。
たった1度の収穫で、村人全員が1年は食べていける計算だ。すなわち、販売量の上限を気にする必要はない。むしろ定期的に出荷しないと、倉庫がパンクしてしまうだろう。
村の現状を2人に伝え、商売のプロに助言を仰ぐ。
「では月に2回、米と麦を交互に輸送しましょう。芋は収穫量が多いので毎回運びます」
「販売量はどうする? 万が一を考えて、ある程度は備蓄しておきたいが……」
「でしたら、常に2年分ほど備蓄しましょう。余剰分だけでも相当な量になりますから」
確かにそれだけあれば十分だろう。頻度や種類についても問題ないと思われる。商人の手腕と目利きに驚きつつ、ふと思いついたことを聞いてみる。
「ところでさ。芋と米と麦のうち、一番人気なのはどれなんだ?」
「それでしたら、間違いなく芋ですね。米も流通し始めれば
やはり芋が一番人気のようだ。村人たちの様子からも、そうだろうとは思ったけどね。
「あとは販売価格なんだが……私には
お金はあったに越したことはないが、街の物資さえ手に入れば問題ない。相場がわからない以上、そもそも駆け引きのしようがなかった。
「何か条件や要望はございますか?」
「そうだな。まず安売りはやめてくれ。街の商売人から恨みを買いそうだ。あとは好きにしてくれたらいいよ。とくにこだわりはない」
「──では、販売額は我が商会にお任せいただき、売上げの8割を村へ、残りの2割をメリー商会がいただきます」
「2割? よくわからんけど、さすがに少なくないか?」
管理費や運搬賃など、他にも経費がかかるだろうに。それで採算がとれるのだろうか。利益ベースならともかく、商会の取り分が少ないように思うが……。
「我が商会は、ナナシ村唯一の窓口ですからね。それだけで十分な価値があります。目先の利益など
「村を大きくできるかわからんし、私の判断でしないかも知れんぞ?」
「それでも構いません。そもそも、私とて村の一員ですからね」
「そうか。ところで2人の家族は? もしいるなら村人になれるか確認したいんだよね」
『家族が村に入れなかった』
『だから私たちも村人をやめます』
そんな理由でメリー商会を手放すのは勘弁だ。できるだけ早く確認しておきたい。
「私には妻が、メリマスには妻と子がいます。次回来訪するときに連れてくる予定です」
「わかった。使用人も含めて、信の置けそうな者は連れてきてくれ」
「はい。ではそのように──」
そのあと、交易品の選定や、移民の条件を中心に話を詰めていく。新たに見つかったダンジョンについては、当面隠す方向でまとまった。下手に話すと冒険者ギルドの介入があるらしい。
──翌日──
北の鉱山に向けて歩くこと2時間。ようやく現地へと到着した。
昨日村人になった熊人3名の他、ルドルグとメリナードの2人が同行している。
「道中の路面も状態が良いですし、馬車を利用してはいかがしょう」
「馬車か……。それは名案だが、村まで連れてこられそう?」
「馬ならなんとか引いてこられますし、荷台は私の空間収納があります」
「そうか。ダンジョンへの移動にも使えそうだし、用意してくれるとありがたい」
(この際だ。街から集落までの道も開通させるか。今さらコソコソする意味はないからな)
などと考えつつ、小休止を入れてから視察に入った。今は熊人たちが試し掘りをしているところ。獣人領と地層は変わらないが、鉱石の含有量はこちらのほうが多いらしい。
「掘り進めてみないとわからないが……。かなりいいものが採れそうだぞ」
「おお、マジか。敷地を拡げた
3人とも同じ意見なのでひとまずは安心だ。私の鑑定結果でも、鉄や銅などを確認できた。
「あとは集積所の場所決めだな。ルドルグ、製錬の魔道具なんだが──」
そう言って、必要な設備や建物の大きさを決めてもらう。どちらも専門的なことなので、ルドルグと熊人たちに全て任せた。素人が口を出してもロクなことにならない。私はメリナードと話しながら、打合せが終わるのを待った。
──と、早くもルドルグたちが戻ってくる。まだ10分と経っていないが……。
「長よ。結界を拡げることはできるか?」
どうやら今の広さだと足りないみたいだ。山肌に沿って20メートル、敷地の拡張を希望している。その程度なら余裕があるし、拡げても問題ないだろう。
「これくらいでどうだ? もう少しならいけるけど」
「いや、これで十分だ。あとは任せておけ。明日からさっそく取り掛かるぞ!」
製錬炉は高熱を発するため、屋外に設置しなければならない。
当分の間は、村で利用する分だけを確保できればいい。作業時間についても、毎日夕暮れ前には村へ帰るよう指示を出す。
それと熊人の妻や子どもについてだが──。全員、村の中での作業を希望している。のんびり農作業でもしながら、村に馴染んでくれたらいい。