「私は……。私は啓介さんが好きです。異性として魅力を感じています」

 椿は視線をらすことなく俺を見つめる。少しだけ目を潤ませ、それ以上のことは何も語らなかった。再び桜と目を合わせ、満足そうに微笑ほほえんだ。ふと気づけば、春香とロアも一緒になって笑っている。

(……なるほど。全て予定調和ってことか)

 唯一、私への思いを宣言した椿。彼女に関しても、何をどうしたいってわけじゃないらしい。当面は村の発展を優先しつつ、いろんな意味で積極的に動くそうだ。しばらく経つと、彼女はそんなことを宣言した。

「まあ、誰かと結ばれるにしてもさ。亀裂とか、序列ができるのは避けたい」

 上から目線の物言いだとは重々承知している。が、実際起こり得ることだし、村の崩壊へとつながりかねない重要案件だ。ぶっちゃけ話のついでに念を押しておく。すると桜がおもむろに──。

「ねえ。とっくに気づいてると思うけどさ」

 そう前置きをして、これまで彼女たちがしていた密談について語り始める。


・このような場があるまでは、全員、抜け駆け禁止にしていたこと。

・場合によっては、俺をシェアすること。

・不意の進展があった場合は必ずみんなに報告すること。


 などなど、俺の取扱い方法を事細かに暴露していった。しかもこれ、椿と桜が村に来てすぐに決めたらしい。やがてロアや春香を巻き込んだ末、現状へと至っている。

「わかった。あとは流れに任せるってことで頼む」

「元よりそのつもりですよ。ただ、情報共有は続けますけどね」

「ああ、それで収まるなら構わないよ」

 どう取り繕ったところで、俺もハーレムよろしく、欲望まみれのおっさんということだ。ただ、それを実行に移すかは別の話。随分と卑怯な言い方になるが……節度を守った上で、自然の流れに身を任せたい。

 結局、昼になるまで話は続き、お腹が空いたところでようやく解散となった──。


 ──その日の午後──

 私は主要メンバーとともに村会議を開いた。午前の一件があり、今日のダンジョン探索は中止。冬也やラドたちも朝から村に残っている。これはちょうど良い機会だと思い、いつもの面子に声をかけた次第だ。みんなが集まると、誰からともなく気になったことを話し出す。

「そういえば、メリナードさんからの連絡は? そろそろ戻ってくる頃ですよね」

 街の話題になったとき、桜がそう問いかけてくる。帰還予定日は昨日のはずだが、いまだに伝令の一つも届いてこなかった。

「村長よ。この前も言ったが、我らが様子を見にいこうか?」

「いや、それはやめておこう。何かあったときの2次被害が怖い」

「……そうか。まあ、しばらく待つのも良いだろうな」

 期日を過ぎたとはいえ、まだ1日だけのこと。数日遅れることもあると、出発の段階で話し合っている。ラドの提案を却下して、ひとまず気持ちだけ受け取っておく。

「それはそうと長よ。結界の外に作ったアレ。周りのさくはどうするよ? さすがに何もなしってわけにはいかんだろ」

 アレと言うのは長屋のことだ。既に建屋は完成しており、あとは内装だけだとルドルグが教えてくれた。難民用として建てたものだが、いかんせん周囲は野ざらしのまま。魔物が襲ってくればひとたまりもない状態だった。

「それもそうだな。私たちも手伝うから、このあと一気に仕上げようか」

「よし! そうとなったら準備が必要だな!」

 ルドルグはそう言うと、ラドやロアを連れて駆け出していく。まだ会議は始まったばかりだというのに、実に慌ただしいことだ。巻き込まれた2人は渋々とついていった。

(まあいいか。どうせ聴覚強化で聞こえるだろ……)

 ──と、会話が途切れたところで、ふと思い立つ。

「なあ、そういえばさ。みんなは日本に帰りたいと思ってるのか?」

 せっかく全員が揃っているので、日本への帰還について聞いてみることに。自分はどっちでもいい派だと伝え、みんなの反応を待つ。と、すぐに冬也から、

「なあ村長。どっちでもいいって、どういう意味だよ?」

「こっちでずっと暮らすのもなぁ。でも今さら帰ったところでなぁ。みたいな感じだ」

「あー、それわかる。ってか、オレも同じだわ」

 他のメンバーも似たような感覚らしく、絶対に帰りたいってやつは1人もいなかった。

「そもそも帰れるのかって話だけど、今は考えるだけ無駄だよな」

 無駄ってことはないけれど、過度な期待はしないほうがいいだろう。現状、帰還の方法はおろか、手掛かりすら見つかっていない。

「しかしアレだな。全員、帰れなくてもいいだなんて、それはそれで怖いよな」

 せめて1人くらい、帰還を望んでもいいと思うのだが……。まるで世界の意思に支配されているような。もしくは洗脳でもされているかもと、あらぬ妄想を語る。

「え、なんだよそれ。やめろよ村長……」

「でもみんな。実際、帰りたいって考えたことあるか? 少なくとも私はないぞ」

「そう言われると、ないかも」

「私もないですね……」

 冬也に続き、夏希や桜も怖がりはじめた。どうやら全員、帰還を考えたことはないらしい。転移直後は別として、それ以降は考えもしなかったようだ。

「まあ、みんな異世界好きばかりだしさ。順応性が高い、ってことにしておこうか」

 私が無理やりまとめると、みんなは引きつった顔で頷く。唯一、ケロッとしているのは椿くらいか。彼女だけは、平然とした態度で話を聞いていた。そして突然──。

『この会話の謎が判明したのは、それから随分と経ってからであった』

 何を思ったのか。普段は出さない野太い声で、彼女はそんなことを言い放つ。その場の空気が凍りつき、みんなは呆気あっけに取られてフリーズする。

「あ、ごめんなさいね。ただの冗談です。なんの根拠もありませんよ」

「なんか椿が言うとソレっぽいな。俺もちょっと怖くなってきた……」

 そんなこんなで、鍛冶や農業関連の話に移りつつ、久しぶりの村会議はお開きとなる。

 椿のセリフが伏線じゃないことを祈りながら、今日も穏やかな1日が過ぎていくのであった。