異世界生活99日目

 翌日。朝食を終えた私は、メリナードと護衛を連れて、村の各所を案内して回る。

 まずは教会へ行くことになり、2人に祈らせてみたのだが……。村人になって1日だというのに、職業とスキルが発現してしまった。

 商会長のメリナードは、『商人』の職業と『空間収納Lv1』を授かり、護衛の狼人は『槍士』の職業と『槍術Lv1』を取得。これには度肝を抜かれたようで、神の御業みわざに感謝して、女神像の前で何度も平伏していた。

 護衛のウルガンは外へ出るなり、槍を振り回して自分の動きを確かめる。と、あまりの変化に驚き、しばし呆然ぼうぜんと立ち尽くす。その様子を見ていた冬也が、何やら訓練を申し出ていた。すぐに模擬戦のようなことを始めると、兎人の戦士たちまで集まってくる始末。

「メリナード、滅多めったにない機会だ。しばらくアイツらの相手をさせてもいいかな」

「もちろんですよ。さあウルガン、存分にやってきなさい」

「はっ、ありがとうございます!」

 夢中になっている連中を残し、万能倉庫や畑の状況、鍛冶場や水車小屋を見学して回った。

「主要な施設は大体見せられたと思う。あとは北の山脈で採掘の計画があるくらいだよ」

「いやはや、参りましたよ。スキルもそうですが、村の価値を相当甘く見積もっておりました」

「そうか。なんなら村へ移り住んでくれてもいいんだぞ?」

「ええ、実は真剣に悩んでいます。商会をメリマスに任せてしまおうかと──」

「親子でやり取りしてくれたら、私も楽ができて助かる。冗談抜きで検討してくれよ」

 真顔で頷くメリナード。きっと頭の中では、今後の展望を描いているのだろう。集会所に戻って早々、取引の話に熱が入る。私の要望を言う前に、まずはメリナードの考えを聞くことになった。

「今、最も必要なのは人材でしょう。次に専門職。これは人が増えれば自然と定着します」

 頷いて同意し、話の続きを促す。

「村の防衛に関しては結界がありますし、敷地拡張の可能性もあるようなので問題ないと思います。しかしながら、街との交易が盛んになれば、必ずや他の商会や連合議会が干渉してきます。そこについてはどう考えていますか」

 さすがは商会長、街や議会のことにも詳しいようだ。せっかくのチャンスなので、自分の考えを素直に伝えてみることに。

「私としては、メリー商会を窓口にして、信用のおける者とは適正な取引をしたいと考えている。しかし、村を取り込もうとする者や、敵対的な者とは一切交渉する気はない」

「あくまでナナシ村は独立した状態を維持する。そう捉えてよろしいですかな?」

「ああ、どこかの属領になるつもりはない。好きなようにやらせてもらいたいね」

「そうですか。ならばメリー商会は協力を惜しみません」

「それはありがたい。村を害さない限りだが、商会も最大限の利益を上げてくれよ」

「はい、そうさせていただきます」

 メリー商会の利益、そして村の発展のため、お互い利用し合うことに同意する。


 その日の昼食後──。

 メリマスたちの到着を待つ間に、メリナードの『空間収納』スキルを試していた。

 収納できたのは物置小屋サイズだったが、それでも本人はとても喜んでいる。なんでも、空間収納のスキル保持者は、獣人領全体で3人しかいなかったそうだ。日本人の登場により保有者の数は増えたものの、商人にとっては夢のようなスキルだと語る。

 何度もスキルを発動させ、子どものようにはしゃぐメリナード。それから1時間ほど経った頃、ようやくラドやメリマスたちが村へと戻ってきた。

「村長、今帰った」

「みんなおかえり。取引の方は問題ないか?」

「ああ、製錬の魔道具も手に入れたぞ」

 てっきり後日になると思っていたが、メリナードが手配してくれたらしい。芋の売却益も目標額に達し、塩や砂糖、果物類なども集落から転送しておく。

 交易品の確認をしていると、メリマスたちが騒ぎたてながら戻ってくる。私が倉庫の確認をしているうちに、教会に行くよう言っておいたのだが……。

「村長さん。私たちも祝福を頂きました!」

 メリマスと護衛のウルークは、感極まった様子で喜びを表現していた。4人が祝福を受けたことからも、村での滞在期間は、能力を授かる条件とは関係ないみたいだ。

 メリマスは職業『商人』と『交渉術Lv1』を授かる。交渉事が有利にはたらく、というフワッとした効果だったが、本人は手放しで喜んでいる。メリナードと同じ職業だが、授かるスキルはまちまちということだろうか。

 一方、狼人族のウルークは、『剣士』と『剣術Lv1』を授かり、もう1人の護衛ウルガンと抱き合っている。よく似ている顔だなと思っていたら、実は双子の兄弟らしい。2人の興奮が治まったところで集会所へと向かった。

「先に聞いとくけど、4人とも村人のままでいいよな? 支障があるなら解除もできるけど」

「とんでもありません。我々一同、すぐにでも移り住みたいくらいですよ」

「いやいや、それは困る。街との交易はしばらく続けたいんだ」

 お互い笑顔でそう語り、気もほぐれたところで本題に入る。

「まず通貨の確保についてだが──。芋や米、麦を売れば問題ないと考えている」

「そうですね。倉庫の在庫や収穫のサイクルからして、潤沢な資金が調達できます」

「人材確保もそうだが、問題となるのは連合議会への対応に尽きると思うんだが……」

「ええ。介入があるまで穏便に動くか、初手から議会に話を持ち込むか。どちらかを選択することになるでしょう」

「メリナードはどう思う? どのみち、介入を避けられないことは理解している」

 議会や街のことについてはさっぱりわからない。こういうときは地元商人の意見を尊重するのが一番だ。

「どんな方法であれ、かなり早い段階で干渉があります。であれば、最初にこちらの要望を通すほうが良いかと」

「なるほど。仮に話し合いをしたとして、交渉が決裂した場合は?」

「そうですね、交渉が決裂すれば、街は食糧難を解決できません。強硬手段に出たとしても、この村を攻略することは不可能です」

「村を占領できないにしても、街との取引は妨害されそうだな。そうなると少し困るが……」

 村は大丈夫だとしても、取引ができないのは痛い。少なくとも、もうしばらくは継続したいところだ。

「議会がよほどの欲を出さない限り、交渉は通ると思います。最悪の場合、メリー商会の全てを持参して村に移住しますよ」

「わかってると思うけど、村人になれない者は受け入れないぞ?」

「もちろん承知しております。この村にはそれ以上の価値と未来がありますので」

「わかった。議会や商会連中との引き合いは任せていいか?」

「お任せください。では、具体的な要望をまとめていきましょう。まずは──」

 メリナードと話し合い、以下のような条件を定めて動くことになった。


1.食糧品の売買は、全てメリー商会を通すこと。

2.議会及び他の商会がこれを反故ほごにした場合、今後一切の販売を取りやめること。

3.村への移住者募集、奴隷の購入を認めてもらう代わりに、定期的な交易を約束すること。


 随分とシンプルにまとめたが、相手側の意向もあるだろう。最低限譲れない条件を決め、今後の交渉を進めていくことに。

「ところで、メリー商会は奴隷の売買もやっているのか?」

「直接はしておりませんが、信用のおける奴隷商会に伝手つてがあります」

「そうか。くれぐれも、犯罪奴隷とか日本人奴隷は避けてくれ。村人になれる見込みがなきゃ意味がないからな」

「奴隷に限らず、日本人の移住は議会が認めないでしょう。人族に対する貴重な戦力です」

 そういうことなら安心だ。議会の意に反することは、できるだけ避けて通りたい。

「そうそう、戦力って言えばさ。戦争が近いってのは信憑しんぴょう性のある情報なのか?」

「はい。時期まではわかりませんが、可能性は高いです。人族領には日本人の転移者がとても多いようでして。冒険者はもちろんのこと、軍に加入する者がいたりと、随分と厚遇されているようです」

「……なるほど。他に何か情報はあるかな」

「あとは、そうですね。人族領には『勇者』や『聖女』など、特別なスキルを持つ日本人が存在するらしいです」

 勇者というワードを聞いて、「やっぱりいたのか」と思った。ゲームのような職業やスキル。それがある以上、そんな存在もいるだろうと、以前からぼんやりと考えていたんだ。たぶんそいつらこそが、この世界における主役なのだろう。

厄介やっかいな使命を授かってなきゃいいが……。勇者の性格次第では、こっちにも飛び火がありそうだ)

 議会との交渉や人族のことを聞いたあとも、街の様子を中心に様々なことを教えてもらった。やはり商人だけあって幅広く情報を集めている。今まで不明だった街の状況も、おおむね把握することができた。


 話が一段落したのは夕暮れ間近。夕食を交えながら、他のメンバーとも情報を共有する。

 そんな折にベリトアから、とある提案を受ける。鉱山採掘までのつなぎとして、金属のインゴットを多めに確保したいらしい。

 もし戦争となれば、金属の価格が高騰するはず。今のうちに確保して、有事に備えておきたいそうだ。とくに反対意見もなく、メリナードに購入を依頼する。

「啓介さん、私からもいいですか?」

 と、どうやら椿にも提案があるようだ。私は一つ頷いて続きを促す。

「そろそろパン作りに着手できそうです。乳製品や卵の確保が可能ならお願いします」

「おー、手作りパンか。メリナード、その辺りも頼めるかな」

「はい、では次回お持ちしましょう。さすがに牛は無理ですが、鶏を何羽か連れてきます」

「ありがたい。よろしく頼むよ」

 その他にも、果樹の苗木があればとお願いした。村でも数本育てているが、どうせならいろんな種類を食べてみたい。

「みんなも欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれ。じゃないと、私が言いにくいからな」

 商会と取引できるようになり、村は安定期に入りつつある。少しぐらい贅沢したって構わないだろう。