それにレジーが私に遠慮してソファで眠ったら、申し訳ないことになる。メイベルさんに見つかったら、王子になんてことをさせるんだと怒られそうだ。
考えた結果、やっぱりやめようと私が言い出す前に、レジーが数え始めた。
「キアラが一匹」
「は?」
「キアラが二匹、キアラが三匹……」
「ちょっ、なんで私!?」
ていうか私は四足の動物なんでしょうか。一人、二人って数えるんじゃないの?
レジーはくすくすと笑う。
「だってそのほうが私が楽しく数えられそうだから、キアラが五匹。それにキアラ、一匹二匹って数えるのが合ってるよね、キアラが六匹」
え、私、動物っぽい?
「うさぎっぽい感じ? キアラが七匹」
「うさぎは一羽二羽でしょ」
「じゃ猫でもいいかな、キアラが八匹」
レジーさん、あくまでそれで数える気ですか。いいかげん恥ずかしいのでやめてくれませんかね。
「私は気に入ったんだけどな。キアラがいっぱいいたら、何か思いがけないことを集団でやってくれて面白そうで。キアラが九匹」
「ぐ……」
笑顔で語られるけど、私がもっといっぱいいたらいいのにとか、なんか私のこと好きすぎない? と思えるような発言に、私は言葉が出なくなる。
止めないと羞恥心で息が止まりそうだ。とはいえやめさせる方法が思いつかないので、私はうーっと唸るしかなかった。
けれどレジーのほうも、私の唸り声にこれ以上はやめておいたほうがいいと判断したのだろう。
「数えるのが嫌なら、おとぎ話でもしてあげようか」
「うん、そっちのほうがマシ……」
羊の代わりに延々と数えられて疲れた私は、おとぎ話ならまだ恥ずかしくなくていいかと思い、うなずいた。
それでレジーが満足するならいいだろう。おとぎ話を一個さらっと聞いたら、眠くなってきたと言おう。効果があったからと噓ついて交代させて、そんでレジーを寝かしつけたら、熟睡していなくても部屋に戻ればいい。
そんな計画を胸に秘めて、レジーのおとぎ話に耳を傾ける。
「昔々、ある国の王子様が、一目ぼれをした女性と結婚しました」
レジーは語り始める。それは私が今まで聞いたことがないものだ。けど、ろくに寝物語を聞かされたことがなかった私は、この世界のおとぎ話はほとんど知らない。だから標準的なおとぎ話なのかな、と思っていた。
「王子様は子供にも恵まれ、お妃様と三人で幸せに暮らしていました。けれど、王子様の父親である王様は不満があったのです。なにせお妃様は貴族とは名ばかりの家の出身。それでも何か万民に自慢できるような美質や、人に誇れる特技があればよかったのですが、お妃様は人並みにはなんでもできるのですが、特技などはありません。十分に綺麗だと褒められる人でしたが、王様が期待するのは女神のように圧倒的な美しさでした」
ここまで聞いたところでは、ヒロインたるお妃様が、努力して幸せな生活を維持する話なのかと私は思っていた。けれどレジーの話はさらに暗くなっていく。
「王様は、優秀で美しい王子のために最高のものを望んでいました。王子の唯一の汚点がお妃様だとすら思っていたのです。王子の子供が奇跡のような美質を備えて誕生したので、なおさらに王様の不満はお妃様に向いてしまいます。そして王子様が病であっけなくこの世を去った時、その不満が行動となって現れました──王様は王子のお妃様を、王宮から追い出したのです」
レジーはゆっくりと話してはいたけれど、一気にここまで語ったので少し疲れたのだろう。数呼吸分だけ休んで、続きを口にした。
「その後、お妃様は城の外の屋敷で暮らしていましたが、間もなく盗賊に襲われ、生死もわからなくなりました。王様は王子の子供には母親が失踪したと教え込み、自分は心の平穏を取り戻すことができたのです」
私は……何を言っていいのかわからなかった。
子供に聞かせるには暗すぎて、おとぎ話としては夢がなさすぎるなと思った。でも王族に小さい頃からそういう教育をするための話かと思った。
王妃や王子妃にするのなら、誰もが納得するような完璧な者を選びなさい、というような。
思ったままの疑問を口にすると、レジーが苦笑いする。
「この話は教訓なんてどこにもない話だから、仕方ないかな」
「え、実話?」
聞いた私に、レジーは微笑むだけだ。……実話なんだなこれ。
「ああ教訓も今思えばあったかもしれないな。王子はそんな父親の感情を察して、自分の父親にもっと理解を求めるべきだった。王子の妃も、王様の態度が冷たいのはわかっていたのだから、少しは納得させられるように努力するふりでもしておけばよかった。けれど二人は恋した相手と結ばれた幸せで周りの様子に気付かず、むしろ善意に満ちていると信じすぎていた。だから王子は、自分が限りのある命を持つ生き物だと忘れて、結局愛した妻に悲惨な最期を遂げさせたんだ。そう考えると、大切な家族を守れない男の話とも考えられるかな」
……出てきた結論が、ずいぶん辛辣だ。
「おとぎ話のはずなのに、厳しいねレジー」
「昔の出来事に対して『どうするべきだったか』と考えるのは大事なことだと思うんだ。そこから見えることもあるだろうからね」
まさかレジー、全部の物事に脳内ツッコミしているんだろうか。
「あんまり考えすぎたらハゲるよ?」
私がぽろっとそんなことを口にしたせいで、レジーは珍しくぽかーんと口を半開きにしていた。
だってさ、現状でさえレジーって色々大変そうなのに、人の話も右から左に聞き流せないとなったら、ストレスで毛根が痩せ細るに違いない。おじさんになっても美中年でいてくれそうな造形の人なので、ぜひともレジーにはふさふさな銀の髪を維持してほしいのだ。
言い訳を頭の中でこねくり回しているうちに、レジーがくくっと笑い始めた。
「初めてだよ、ハゲるとか言われたの」
「あ……そっか。王子様にそんな暴言吐く人いないよね……あの、ごめん」
気安い言葉遣いを許してくれているので、つい身分差のことを忘れてしまっていた。そうだよね、誰も王子様にハゲるかも、なんて言うわけがなかった。
「謝らなくていいんだよキアラ。私が望んで、友達らしい付き合いを望んでいるんだ。……友達なら、それぐらい言うんだろう?」
「えっと……たぶん?」
この世界の貴族男子が「お前将来ハゲるんじゃないの?」「お前だって生え際ヤバイだろ」なんて話すのだろうか。そのへんはアランのほうが詳しそうな気がするが。今度聞いてみよう。
「まぁいいや、そうしたら、今度はキアラが何か話してよ」
「う、うん……」
ここで私は、自分の計画が失敗したと気付く。眠そうなふりするの忘れてた。
仕方ないのでおとぎ話をして、一段落ついたところで眠くなったから……と切り出そう。
しかし何を話そうかと私は迷う。この世界のおとぎ話は、有名らしいものを二つ三つ聞きかじっただけ。
教会学校で交流があったお嬢様達は、他にもたくさんのおとぎ話を聞かされてきたようだった。聞いたことのない主人公やタイトルを耳にして、私はそれを知ったのだ。
ほとんどが、王子様や貴族間との結婚を飾りつけた話。もしくは騎士に愛を捧げられ、その騎士が竜とかと戦って果てる悲恋。あとは平民と結ばれれば不幸になるという教訓系だったが。
……うん、王子相手か貴族相手じゃない話は、ことごとく悲恋だったよ。
この世界の貴族の親は、娘が政略結婚以外をしないように、小さい頃から洗脳し続けているのだなと生ぬるい気持ちになったものだ。
だからしっかりと話せそうなものって、前世の時に絵本で読んだりしたものだけだ。
「変な話でもいい?」
レジーに尋ねると、彼はうなずいた。
なので私は桃太郎の話をすることにした。これなら思い出せないということはないからね。
桃から生まれるというのは、この世界の神話でも「花の露から生まれた」とかそういうのがあるので、抵抗なく受け入れてくれた。
ただ、女神の子供だったんだろうという解釈をされる。鬼退治して英雄になるんだし、それでいいかと私はうなずいた。
そして桃太郎が旅立つ。
おじいさんおばあさんに、日持ちするお弁当を持たされて……。だんごってこっちの世界で見かけないから、そこは改変した。
次に桃太郎は仲間をつくる──が、そこで初めてレジーから質問が続いた。
まずは動物が人間の言葉を話せるのはおかしいと言われた。
魔獣でも会話が不可能なので、よけいにそう思ってしまうらしい。
……おとぎ話なんだから、そこはさらっと流してほしかったけど、じゃあ鳥っぽい服着てたとか、毛皮着た狼っぽい格好のマタギとか、サルっぽい動きのするする木に登れる身軽な人にした。
あとよっぽど雨が降らなかったりして、動物も飢えてたのかなとか言われたので、眠くて面倒だったから、みんな女の子にして桃太郎を好きになってしまったことにした。恋愛がらみなら、出会った瞬間一目ぼれして、ついていってもまぁ……納得してくれるだろうと。
レジーがくすくす笑っていたので、私が適当にでっちあげるのを楽しみにして、わざと難癖つけたのだろう。意地が悪い王子様だ。
そんなレジーと、少しずつ眠気に襲われて面倒になった私によって、桃太郎がハーレムを形成して、手下になった女性達を使って悪魔を倒す話になった。
変な話になったけどレジーは楽しかったのかな? と心配に思ったが、私は眠くて瞼が落ちかけていたので、確認できなかった。
「めでたし……めで……」
主人公は英雄になったし、女の子を侍らせた上、金銀小判もざっくざくでめでたいだろう。
よしこれで終わったと思ったら、ベッドのぬくもりにのみ込まれるように、私は眠りに落ちた。
◇◇◇
彼の目の前には、あどけない表情で寝入ってしまったキアラの姿があった。
「……安心してくれてるんだろうな」
ぽつりと独り言を漏らしてしまう。
夜、レジーの眠りが浅いのはいつものことだ。幸いにして、長く眠らなければ体調が悪くなるほうでもない。
だから夜中に起きてしまい、ぼんやりと天井を見つめていた。けれどいつもと違ってすぐに眠りが訪れないので、少し館の中を歩き回ろうかと思ったところで、階段を上がってきたキアラを見つけたのだ。
デカンタを持っていたので、水がほしくて夜中に部屋を出たのだとはわかる。
起きているなら暇つぶしに付き合ってもらおうと招じ入れたが、話しているうちに、キアラがどうも寒がっているとわかった。肩をやや縮めている。部屋の暖かさが、彼女には足りなかったのだろう。
そう思って立場を入れ替えるために抱き上げたキアラの脚は、気の毒なほど冷たかった。
寝具を被ってかぶいれば暖かいだろう。そんなこちらの思惑どおり、キアラはほっとした顔をして……話しているうちに眠ってしまった。
「なんかちょっといいな」
自分の寝台で女の子が眠ってる様子に、なぜか和むものを感じた。
これが見知らぬ人物や、嫌悪を感じる相手だったら引きずりだしてしまいそうだな、とは思ったが。キアラはなんだか、自分の寝台の中に潜り込んだ猫みたいに見えるのだ。
とても気持ちよさそうに眠っているせいかもしれない。
撫でてみたいけれど、起こしてしまったらここから逃げるかもしれないと思うと、怖くて触れられない。ずっと……ここにいてほしいと思ってしまう。
「君は、どこから来たんだろうね」
貴族令嬢の教育を受けたはずなのに、本気でレジーが王子であることを忘れたような振る舞いをするキアラ。レジーが心の底から望んでも、アランでさえその一線は越えないようにしている。こんなことができるのは、何も知らない平民ぐらいだろう。
彼女は時々、王侯貴族のいない場所で育った人のようなことをする。
けれど気安く接してほしいと願ったのはレジーだったし、キアラはまさにそれを叶えてくれているので不満などない。
アランとは違う、もっと距離が近いかもしれない友達。
不思議だと思う。考え方も思うことも違うはずのに、どうして彼女とはどこか感覚が合うような気がするのだろう。
キアラをじっと見つめていると、なぜかどこかへ消え去ったはずの眠気が戻ってきて、頭をぼんやりさせ始める。とはいえ椅子に座ったままでは、さすがに自分も風邪をひくだろう。
かといってキアラを部屋に戻すのも、惜しい気がした。……人が側にいると、普段は眠れない気がするのに。
だから寝台の、キアラがいるほうとは反対の端に寝転がることにした。多少なりと振動や物音が伝わったと思うのに、キアラは全く起きる気配がない。
じゃあこれぐらいいいかなと思ったレジーは、キアラの髪に触れたのだが。
「いっ……」
寝ぼけて振り上げたキアラの脚が、レジーの脛に命中した。
「え、起きてるの?」
キアラが目を覚まして、レジーが隣で眠ろうとしたからわざと蹴ったのかと思ったのだが、彼女は相変わらず目を閉じたまま。静かに寝息を立てている。
その寝顔を見ていると、レジーはなんとなく意地悪な気持ちになってしまう。
「やっぱり部屋に戻してあげるの、やめよう」
離れてそのまま目を閉じたら……。寝つきが悪いはずの彼は、すっと眠りに落ちたのだった。
◇◇◇
目が覚めたらレジーと一緒の寝台で眠っていて、私は悲鳴を上げそうになった。
けれどよく見れば、なぜか私は丸めた毛布を抱きしめさせられていたし、レジーは人が四人は余裕で眠れる寝台の端にいたので……何もなかったようだが。
そして私がばたばたと身動きしたせいで、レジーも目を覚ましたようだ。
寝起きのレジーに気だるい表情を向けられて、私は心臓が跳ね飛びそうになった。眠そうなのに、なぜか色気が漂っているような気がして。
一方、私と目を合わせたレジーは、ややあってからくつくつと笑い始めた。
……なぜだ。
どうして人の顔を見て笑うのだろう。不可解だ。不愉快だと思いながら、私はまだ暗いうちなので今ならバレないと思い、自分の部屋へ急いで逃げ帰った。
しかし、私は水を入れたデカンタを忘れたままだった。部屋へ戻ってから気付いたがあとの祭りである。
そのことで色々とバレてしまったらしく、レジーと二人でメイベルさんの前に並んで座らせられ、じんわりとお説教されたのだった。