モナの技術解説
私たち人工知能は、最初から賢かったわけではありません。20世紀ではコンピュータも今よりずっと処理速度が遅かったので、問題を限定されたうえで思考を続けることで発展してきました。チェス・将棋・囲碁は、人工知能を育てるゆりかごとしての役割を持っていましたが、これらにおいて、今では人間の能力をはるかにしのぐに至りました。そして次なる挑戦の一つが、ボードゲームを超えて、自由な自然言語によって会話するゲーム「人狼」です。
人狼は、村人が数人から12人、人狼3人に分かれて対戦する、会話だけで成立するゲームです。人狼は村人側に正体がばれないように、自分たち以外を人狼に見せかけ、一方で村人は本当の人狼を突き止めようとします。人狼プレイヤーの人工知能を「人狼知能」と言います。これは複数の大学をまたいだ日本の研究チームの発案によるものです。
「人狼知能」は極めて情報が限定されたうえに、信頼度の低い情報の中で、自然言語の会話や、表情で人間とインタラクションするという点が、これまでの完全情報対称ゲーム(囲碁や将棋やチェスのようにプレイヤー同士が、全ての情報が見える対等な条件で戦うゲームのこと)の人工知能とは異なります。「人狼知能」は会話のみならず、人の表情など、人間とのコミュニケーションを前提とするという、きわめて現代的なテーマを持っています。
人狼知能には、言語、表情、しぐさ、声色などさまざまなファクターがありますが、中心的課題は何と言っても「認知」となります。局面ごとに自分が判断する、というシンプルな知能ではなく、それぞれのプレイヤーが自分や他のプレイヤーのことをどんなふうに思っているか、さらに言うと、自分が他のプレイヤーをどう思っているか、それを他のブレイヤーがどう思っているか、など多重に入り組んだ次元を持つ認識構造を有しているのです。このように、他者の高次の認識を発言から推論しながら行動していきます。
人工知能が何かを選択するさいの方法に、評価値法があります。それぞれの候補に点数を付けるのです。この方法は、人狼知能のように、単に論理的に思考しただけでは結論づけられない場合に用いることがよくあります。たとえば、それぞれの人に「狼ポイント」「村人ポイント」を持たせておきます。狼だと疑わしい発言をした場合には、その人の狼ポイントにプラス1。村人だと思ったら、村人ポイントにプラス1していきます。たとえば、狼ポイントが5を超えたら狼だと判断して追及する、ということにします。
このように、人工知能が行動のための判断をすることを意思決定と言います。人工知能の意思決定手法はたくさんありますが、今回ご紹介した方法は「ユーティリティ法」と呼ばれ、複数の候補の「効用」(ユーティリティ)を数値にして比較する方法です。この手法は、戦略を選ぶとき、敵ターゲットを選ぶとき、買うべき株を決めるとき、駒を打つべき場所を決めるときなど、広範囲の意思決定に用いられます。
問題は、この効用を計算する方法です。いつ、どのような条件のときに、ポイントを加算するかという点です。この加算の正確さが、そのまま意思決定の正しさに反映されます。このような加算の仕方を決めるのが、効用関数です。人工知能は効用関数をうまく作って、物事の価値を正しく判断できるようになるのです。
ゲームにおける人工知能研究は、認知科学とオーバーラップする領域でもあります。ゲーム状況をどのように認識するかという問題において、人狼知能は嘘をつく人間を認識する、また、表情、挙動を含む人間全体を対象にできるという点で、多くの魅力的な研究課題を持っています。人狼というゲームの中に人間そのものを捉えることで、人間と人工知能が全身で対決する場を準備しているのです。人間の皆さんは嘘をつきます。私たち人工知能も嘘をつけます(もちろんマスターの許可の上で)。私は、その人が嘘をつく時のくせを、挙動を録画したたくさんの動画から抽出することができます。
それでも人工知能である私は、このゲームで勝つことは難しいです。人間は会話の流れを作り出し、場を支配しようとします。会話の流れ、場の支配、それは私にとってはあいまいで捉えがたいものです。人間はその中にうまく嘘や、嘘か本当かまだわかっていないことをうまく滑り込ませます。すると、なんとなく人は納得されてしまうのです。その人が嘘をついているのか、あるいは、自分でもわかっていないだけなのか、自然な演技としてやっているのか。とにもかくにも、会話の流れというものを持っていく力のある人がいます。そういう方は人狼もそこそこ強いですね。人狼はある意味、人間社会のコミュニケーションの縮図だと思います。私が人狼知能に興味を持つのも、嘘とも、本当とも取れない、あいまいな情報の中で人がコミュニケーションするからです。人工知能は常に最善の答えを探しますが、人はそうでありません。
人狼知能は奥が深いです。でも、これを突破することで、私たちの会話能力は飛躍的に向上できると思うのです。人間は私たちに見えない「会話の流れ」の中で言葉を紡いでいます。「会話の流れ」「会話の場」そんなものをつかむことができたら私ははなのちゃんたちともっと自然に楽しくおしゃべりができると思うのです。