この作者の話に付き合ってくれる道楽者さんに、敬意を込めて作品の経緯。


 中学生の時に、とあるラブコメを読んで初めてラブコメっていう文化を知りました。

 以来がっつり沼にハマって……ラノベに限らず色んな媒体でラブコメを摂取してきたように思います。

 ラノベ、漫画、ギャルゲー、ドラマ、WEB小説に、やる夫スレとか。

 ファンタジーや現代異能ものも大好きでしたが、同様にラブコメや恋愛軸の物語も大好きで、思えばたくさん触れてきましたし、人生を変える最高の出会いもありました。

 ただその中で、これはダメだーっていうものもあって。

 名作と名高いものを薦められても、どうしてもその一点があると読めないという、いわゆる地雷があったんです。

 それが、ダサかったり、情けなかったりする主人公。

 ボクは共感性羞恥がかなり強いタイプで──っと、共感性羞恥ってなにかって言うと、

〝主人公の受ける恥とかを、自分のことのように感じてしまう〟っていう、まあだいたい日本人の十人に一人くらいが持ってる感覚です。意外と少ない。

 で、ボクみたいな人間は主人公に対してこういう風に思うことがあるんです。

「どうしてそんな恥ずかしいことするんだよ」とか、

「こんな目に遭いたくて読んでるんじゃない」とか、

「そんなダサい反応したくない」とか。

 そうして怒りを積み上げて、しまいには主人公に対して「お前なんかボクじゃない」とたたきつけてボクのペルソナが出現し──なんでもないです。

 ともかく、そういう風な気分になるのがとても嫌だったんです。今もかな。今も嫌。

 そんなわけで、ラブコメやわいいヒロインは好きなのに、読める作品に制限が掛かってしまうという切ない状態。もちろんごのみしてしまう自分の責ではあるのですが……。

 でもだってどうせなら、気持ちよくかっこいい主人公になりたいじゃん?

 そんな風に思ってました。

 それで今回ラブコメを書いてみないかと言われて企画を練る内、ふと気づいたんです。

『たとえばボクと同じようなこと思ってる人が居たとして……ボク自身が気にしているからこそ、共感性羞恥強めの人でも安心して読める作品を提供できるんじゃないかなあ』

 って。

 わかんない。結局そんなとこ気にしてんのボクだけかもしれない。

 主人公が情けなくても、ダサくても、ヒロインが可愛ければオールオッケー。そこにはこだわらないのがラブコメの文化である……のかもしれない。

 でも、企画を考えた時に、やっぱり主人公に感情移入するならカッコいい方がいいかなって思って、同じ思いの人がどのくらい居るかな? とも思ったんですよね。

 今回の作品は、そういうところを担保する感じにタイトルを付けたんです。

『完璧な俺の青春ラブコメ』

 大丈夫、主人公はこの五代涼真。読んでいる皆さんに、情けない思いや恥ずかしい思いはさせない。だから安心してお読みください……なんて。

 好きなヒロインと相性が良かったのもあります。

 きのしたみなみ。頑張ってる子。挫折しちゃって、自己肯定感が低い。

 そういう子の唯一の理解者になって、支える。

 その結果として、みなみの情緒がちょっとバグってしまうこともあるけれど……でも、救えた。みたいな。

 だからこれは「ボクが読みたかったラブコメ」で、かつ、「手に取った人が読みたかったラブコメならいなと思って書いた作品」、デス。

 どうだったかな。

 楽しんでもらえたら、本当に良かった。

 良かったよって方は、感想サイトとか、SNSとかで感想ください。

 そんでその感想を見つけた色んな人に、この作品が届いたら、うれしいです。

 よろしくどうぞ。

 さて。そんなわけで以下は謝辞になりしゃす。なりやす。

 この企画の草案作った時、「完璧な俺のラブコメ」で行きましょう、とかじを切り、紛糾する編集会議地雷原を神速突破してくれた編集O氏。

 希望する方向性からさらに昇華したデザインとイラストを記載し、やはり餅は餅屋と証明し続けてくれているkodamazon先生。特に亜衣梨がヤバい。

 なんだかんだ結構小説出しているなかで、正直一生この人が良いなと思った今回の初校の校正さん。

 作品執筆にあたり、調整に多大な助力をいただいた盟友みかみてれん氏。

 そして何より、本編をお楽しみいただいたうえで、わざわざこんなところでこんな語りにまでお付き合いいただけたあなたに感謝を。


2022年 12月吉日 別の仕事途中にぶっこまれたあとがき執筆に文句垂れながら

 あいふじ ゆう はい